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幸福な余韻の残る大人の寓話宝塚月組公演ミュージカル『GUYS AND DOLLS』

ブロードウェイで最も陽気なミュージカル・コメディの一つとして絶大な人気を誇る三井住友VISAカードミュージカル『GUYS AND DOLLS』宝塚月組公演が、11月16日東京宝塚劇場で大千穐楽を迎えた。

ミュージカル『GUYS AND DOLLS』は1950年にブロードウェイで初演され1200回のロングランを記録した後も、世界各地で再演を重ね、愛され続けている作品。宝塚歌劇では1984年に月組の大地真央、黒木瞳により初演、2002年に月組の紫吹淳、映美くらら、2015年に星組の北翔海莉と妃海風により再演され、心躍る数々のナンバーで綴られた名作ミュージカルとして、強い記憶を残している。

そんな作品が今回、鳳月杏と天紫珠李を中心とした月組による2025年バージョンとして登場。連日熱い熱気に包まれた宝塚大劇場公演、そして東京宝塚劇場公演と、日に日に成熟した舞台が、作品の上演史に新たな歴史を加えてくれた。

STORY

1948年頃のニューヨーク。天上知らずの賭けっぷりでギャンブラーたちからも一目置かれているスカイ・マスターソン(鳳月杏)はラスベガスで大儲けし、意気揚々とニューヨークに戻ってくる。スカイは翌日にはハバナに飛んで、ゆっくり休養をしようと考えていた。
そんなスカイがニューヨークに帰っていることを知ったネイサン・デトロイト(風間柚乃)は、スカイに賭けを持ちかけることを思いつく。ブロードウェイ界隈のクラップゲーム主催者として長年信頼と実績を積んできたネイサンだったが、違法賭博を取り締るブラニガン警部(佳城葵)の監視がますます厳しくなり、危険を承知で賭場を提供してくれる持ち主は減る一方。ようやく脈がありそうなガレージを見つけるが、主のジョーイ・ビルトモア(大楠てら)は前金で1,000ドル払えば、という条件を一切譲歩せず、万策尽きたネイサンは、スカイからその1,000ドルを引き出そうとしたのだ。
はじめは思惑に気づき、賭けに乗らなかったスカイだったが、ネイサンが「CLUB HOT BOX」の踊り子ミス・アデレイド(彩みちる/彩海せらWキャスト)と14年間婚約したままでいることに、自分たちのような人種は女性と深くつきあうべきではない、と意見を述べたばかりに、ひとりぼっちでハバナ行きのお前に言われる筋合いはないと挑発され「指名された女性を口説き落としてハバナへ連れていけるかどうか?」の賭けに乗ってしまう。だが、ネイサンが指名したのは、耳を傾ける者もいないブロードウェイの街角で、日々信仰を持つことの大切さを説き続ける救世軍の軍曹サラ・ブラウン(天紫珠李)だった。
 
自分がハメられたことに天を仰いだスカイだったが、もちろん諦めることなく伝道所に出向き悔い改めた罪びとを演じ、サラに接近しようとする。けれども何かがおかしいと気づいたサラから追求されると、即座に手の内を明かし、閑古鳥の鳴く伝道所で開かれる大集会に、罪びと1ダースを出席させることを条件にハバナでのディナーを、との取引を持ちかける。怒り心頭のサラは断固拒否するが、スカイは諦めず、翌日もサラ達の路上集会に参加し続ける。
折も折、救世軍の支部を訪れたカートライト将軍(梨花ますみ)から、成果の上がらないこの支部の閉鎖が決まったと聞かされたサラは、意を決してスカイとの取引を承諾。そうとは知らないネイサンと、その仲間のナイスリー・ナイスリー・ジョンソン(礼華はる)、ベニー・サウスストリート(夢奈瑠音)は、スカイからの掛け金を待ちながら、クラップゲームの為に集まってきたギャンブラーたち、ラスティ・チャーリー(瑠皇りあ)、ハリー・ザ・ホース(柊木絢斗)、そしてシカゴから乗り込んだビック・ジュール(英かおと)らへの対応に追われていた。ところがそこに現れたブラニガン警部にお歴々がなんの集まりだと追求され、ネイサンが明日アデレイドと結婚する、そのバチュラーパーティだと苦し紛れの嘘をついたナイスリーの言葉に、来合わせたアデレイドは有頂天。遂に結婚の日取りまで決まってしまったことに呆然とするネイサンだったが、肝心のスカイからの1,000ドルは届かない。
 
その頃スカイは、サラを連れてハバナに飛んでいた。開放的な雰囲気のなかで過ごすうちに、自分に心を開いていくサラへの愛おしさを感じながら、自責の念を抱くスカイは、酔った勢いのまま二、三日ここで過ごしたいと言うサラを強引に最終の飛行機に乗せ、ニューヨークに連れて戻る。
そんな二人が伝道所の前に着いたのは、眠らないこの街が、唯一静けさに包まれる夜明けの刻。世界にただ二人だけのような穏やかな時間のなか、二人は互いの生き方を越えて素直な想いを打ち明け合う。そこに徹夜で路上集会を続けていたサラの後見人を務めるアーヴァイド・アバナシ―(悠真倫)をはじめ、救世軍の仲間たちが戻ってくる。罪びとを見つけるのなら夜がいいのでは?とのスカイの提案を受けて、一晩中街にいた彼らは、多くの罪びとと話すことができたとスカイに感謝する。だが、突然そんな静けさは破られ、ブラニガンら警官たちから逃れようと、大勢のギャンブラーが伝道所から飛び出してくる。あろうことかネイサンは、誰もいない伝道所でクラップゲームを開催していたのだ。
この件と自分はなんの関係もない、と訴えるスカイの言葉にサラは耳を貸さず、伝道所の扉は固く閉ざされる。果たしてすれ違ってしまった二人の恋の行方は──

この作品が宝塚歌劇団で初演された1984年は、宝塚歌劇が創立70周年を迎えていた年だった。と書いてそんなにも長い時間が経ったのかと改めて驚く思いになるが、時代の寵児として当時の宝塚を牽引していた月組トップスター大地真央が、自ら上演を熱望したと伝え聞く公演は熱狂を持って迎えられ、以後、作品は再演を重ねてきた。また東宝ミュージカルとしても劇場を移しながら上演されていて、2022年帝国劇場での井上芳雄スカイ、明日海りおサラ、浦井健治ネイサン、望海風斗アデレイドでの上演は、殊に記憶に新しい。この2022年版の当代のミュージカルスターを集めたキャストが象徴するように、この作品は二組のカップルを中心に、出会いによって、愛によって人は変われるという理想を、男性が女性の願望にスッポリとハマって見せる大人の寓話として描いている。そのことがブロードウェイ初演から70年、宝塚初演から41年を経ても作品が色あせない所以だろう。実のところ生まれや育った環境や信じるものの違いは、そう簡単に乗り超えられはしない。けれどもだからこそ人は自分とは違う相手を尊重し、互いに理解し、歩みよることを諦めてはいけない。そこが一貫して押さえられているから、結婚しない人生というものがそもそも選択肢にない時代を生きる女性たちの固定観念や、スカイが聖書をそらんじていたり、伝道所には目もくれないギャンブラーたちが、いざ「みなさんで歌いましょう!」と言われれば結局聖歌を歌えてしまう、悪ガキだったとそれぞれが口にする子供時代には、家族で当然のように礼拝に行っていたのだろうな、と想像させるほど、キリスト教の教えが根底にある作品を、いまの日本でエンターティメントとして楽しむことが可能になっている。

特に今回の上演では、過去の宝塚バージョンで慣れ親しまれてきた酒井澄夫脚色・演出、青井陽治翻訳、岩谷時子訳詞のスタッフワークを、稲葉太地による新脚色、演出、訳詞の2025年版として再構築したことが、宝塚の『GUYS AND DOLLS』上演史のなかで、非常に大きな転換点になっていた。全体にひと言で言うなら、作品は初演以来の「宝塚化」から、ブロードウェイバージョンの原点に近い方に寄せられていて、海外ミュージカルを上演する際には、必ず作品を自らに引き寄せた潤色を施してきた宝塚としては、非常に新しい視点だった。その上確かに、時を重ねてきた翻訳には、例えばギャンブラーたちが話すスラングなどに、いまの時代ではちょっと通用しない表現が入っていたから、調整が必要な時期でもあったと思う。ただ多分に意訳も含まれるとは言いながらも、詩情あふれる岩谷時子訳詞を新たにするのは、稲葉にとっても相当なプレッシャーがかかる仕事であったろうことは想像に難くない。実際に客席にいてさえ、完全に覚えてしまっている歌詞が異なることに慣れるまでがまずひと苦労だったし、1音に2語入れる箇所が相当に多いのに、逆に「てにをは」を抜いてまで何故ここは1音1語にしたんだろう、と思わせる箇所もあり、研究の余地はまだあるように思う。特に直近の東宝バージョンでは同じ宝塚歌劇団の演出家・植田景子が翻訳を担当していた為、岩谷版、植田版いずれとも違うものをと考えると、言葉のチョイスのハードルが更にあがっていたはずで、その労苦は如何ばかりだったかと思う。

それでもここでガラリと翻訳、訳詞を変えたことで、例えばスカイとサラが初めての恋を打ち明け合うデュエットナンバー、今回のタイトルでは「初めての想い」が、植田訳を思い返すと井上芳雄の声でしか脳内再生されないのと同様、稲葉訳では極自然に鳳月杏の声が蘇る利点があり、今回の月組の陣容にあった訳詞、あった演出がなされた効果もまた大きかった。それが2025年月組メンバーでの上演の大きな力になったし、ニューヨークからハバナへとところを移す場面や、大団円のラストシーン、二組のカップルの幸福を祝って、ラジオシティミュージックホールのロケットガールズたちが現れる……という本編からフィナーレへの移行など、ショー作家でもある稲葉らしい転換の妙に見応えが多くあり、それぞれが印象に深い。回り舞台を多く使って流れを止めない國包洋子の美術や、石田肇の映像も過度に前に出ることなく作品を支えて品が良く、古き良き時代のミュージカルとよくマッチしている。

何より、そうした2025年の新たな『GUYS AND DOLLS』を生んだ最も大きな要因は、この公演だけの月組の陣容、キャストの充実に他ならない。

主人公のスカイ・マスターソンに扮した鳳月杏は、頭の回転が速く度胸もある大物ギャンブラーを、余裕綽々に演じて小気味良い。この公演は幸運なことに宝塚大劇場初日から観劇できたのだが、東京宝塚劇場に来る頃には、スタイリッシュでスマートでありつつ、やはりカタギの男性ではない、という危険さを更に纏っていて、そんなスカイがあくまで賭けの対象だったサラに対して、自分でもコントロールできないまま本気になっていく過程を繊細に表出して惹きつけた。サラ、ネイサン、アデレイド、それぞれとの会話だけで、互いの距離感を滲みだせる演技力と同時に、男役という非現実な存在を全うしながら、演じる役柄に実存感を与えられる鳳月の持つ大きな武器が、スカイのなかに十全に生きていたのが作品の人間ドラマを深めた。唯一、これは演出の問題として、1幕ラストは花道への引っ込みでなく、誤解が溶けない悔しさとやるせなさを示したスカイの背中に幕が下りてくる、これまでの宝塚バージョンが圧倒的に宝塚のトップスターに相応しい幕切れだと思うし、鳳月の背中の演技が観たかった。こういう宝塚ならではの演出の変更には、くれぐれも熟考を願いたい。

そのスカイと恋に落ちるサラ・ブラウンの天紫珠李が、従来のサラ像よりも自らの職業にプライドを持つ、凛とした女性としてヒロインを構築してきたのが、今回の『GUYS AND DOLLS』をより新しいものにしている。これは強さを前面に出しても、鳳月のスカイがビクともしないからこそ選択できた役作りだと思うし、そうしたサラのなかに“いつか王子様が”を夢見る少女がいることがこぼれ出る「私には分かる」のナンバーを、より新鮮なものにしている。歌唱も公演を重ねるごとに安定したし、天紫のどこかおっとりとした気品ある持ち味が、記憶がないほど酔っぱらってハメを外すハバナのシーンでも、可愛らしさを失わせなかったのも貴重で、フィナーレのデュェットダンスがその「私には分かる」だったことも、サラが信じた王子様に出会えた恋の成就を思わせてなんとも美しかった。

ネイサン・デトロイトの風間柚乃は、14年間婚約者を婚約者のままにしているという、かなり困った男であるネイサンを、従来の界隈の顔であり、口八丁手八丁な男というイメージから、心根にある誠実さを垣間見せる方向に、僅かに寄せた役作りが非常に面白い。風間のネイサンからはスカイに言われるまでもなく自分が「結婚」という制度に向いた男ではないことを自覚していながら、アデレイドに惚れ抜いているが故に到底手放すことができない、というジレンマが感じられていて、ナイスリーとベニーが歌う主題歌「ガイズ アンド ドールズ」の「愛とかを知っちまうと、つまらねぇヤツに成り下がる」にピッタリとハマる説得力がある。だからこそアデレイドに別れを切り出された時の動揺に真摯さがあるし、あれだけ余裕綽々の鳳月スカイと並んで全く貫禄負けしない堂々とした舞台ぶりが、いつもながら圧巻だった。

そのネイサンの婚約者ミス・アデレイドは彩みちると彩海せらがWキャストで務めた。今回のバージョンのアデレイドは、これまでのネイサンにぞっこんで、彼に対しては微かに天然が入っているコケテッィシュな造形よりも、ひとさじ現実が見えている現代にマッチした女性になっている分、より演じ方が難しかったと思う。そのなで当初彩にこれぞ宝塚の娘役が演じるアデレイドのチャーミングさがあり、彩海に女優が一般舞台で演じるアデレイドのイメージがあったところから、公演を重ねるに連れて、彩がより闊達に、彩海がより愛らしくと、イメージが逆転していったのがなんとも興味深かった。これは元々宝塚の娘役が持っている浮遊感、この世の者でないプリンセス気質が備わっているが故に、どんなにドスを利かせても愛らしい女性に着地できる彩、男役が娘役を演じるというひとつのフィルターがある分、どれだけ愛らしく演じてもあざとさにはつながらない利点を生かした彩海、それぞれが己の培ってきたものを活かして役作りを深めた帰結だと思う。彩海にはここで得たものを、男役の懐深さが娘役を輝かせる「宝塚マジック」を深める経験値にして欲しいし、惜しまれつつこの位置の娘役としては、おそらくこれ以上ない大役を得ての退団という道を選択した彩には、是非宝塚で成し得た全てを自信として、次の世界でも輝いて欲しいと願っている。

また、この作品は個性豊かなギャンブラーたちが多く活躍するが、その筆頭、ネイサンの仲間のナイスリー・ナイスリー・ジョンソンの礼華はるは「調子はどうだい?」と訊かれて必ず「ナイス、ナイス」と答える役柄の、その挨拶が滑ってしまう、というやはり従来とは全く違うやりとりに可笑しみが溢れる。男役として恵まれたプロポーションと、如何にも現代ウケするビジュアルを持ちつつ、どこかに緩やかな隙がある礼華の持ち味を、ナイスリー役の新たな造形につなげていてこれは大収穫。宝塚ではここまでスカイの持ちナンバーに変更されていた「座れ、舟が揺れる」が本来のナイスリーのナンバーに戻されて、スカイ、そしてネイサンと掛け合いで歌う楽しさも大きく、決して器用な人ではないことが、魅力につながっている令和の男役スターの底知れなさを感じさせた。

もう1人のネイサンの仲間ベニー・サウスストリートの夢奈瑠音が、踊ってよし、歌ってよし、芝居してよしの三拍子揃った男役ぶりで、ベニーという決して切れ味鋭くはないものの、ギャンブラーとしての矜持はきちんと持っている憎めない男を、軽やかに演じている。5学年下の礼華とバディの役柄で尚チャーミングなのも驚異的だし、大劇場では後半ネイサンのスーツと色が重なるのが気になったワインレッドの衣装が、東京ではブルーの大胆なチェック柄に変更され、これまでの宝塚の『GUYS AND DOLLS』の香りも持ち込みながら、見事に着こなしたのも好印象。この公演のあと副組長の大任に就いたが、スター管理職を多く輩出してきた極めて月組らしい人事だし、今後も実力派の男役として、様々な役柄で魅了し続けて欲しい。

このネイサンの仲間に、冒頭で「博打屋のフーガ」を歌うラスティ・チャーリーを加えて三人組としてきたのが、これまでの宝塚バージョンの特色で、今回かなりの部分でブロードウェイ版に寄せたことから、ラスティがそこから外れたのは、多くの人材に活躍の場を作りたい宝塚歌劇として、もったいない処置だなと残念だった。ただラスティを演じた瑠皇りあの出番が思った以上にあり、ダンスのポジションも常に良かったのは好材料で、瑠皇のスター性も発揮されたのが何より。ただやはり宝塚としては、役のポジションを上げることはあっても、改定で下げるという方向性は極力取らないで欲しい。また、同じように改定されていたのがビッグ・ジュールで、確かにいまぬいぐるみを持っている=危ない男、という表現自体がかなり危険なので、それを取り払ったのは正しい選択だと思うが、負けが込んだからと言ってピストルで脅して横紙破りをする、ギャンブラーの風上にも置けないと感じる役柄を演じる英かおとにとっては、更に役作りのハードルが上がったのは否めない。そのなかでギリギリ、イヤな奴ではなくイッちゃっているヤツに見せるべく奮闘していたし、伝道所の集会に行ってからのビッグ・ジュールが最も英にあっていて、終わりよければすべて良し、に持ち込んでいる。ビッグ・ジュールと親しいハリー・ザ・ホースの柊木絢斗も、正当化が難しい役柄をアク強く演じきっていて、とことん芝居を深める月組らしさを感じさせた。アクが強いと言えばジョーイ・ビルトモアの大楠てらも、ワンシーンでネイサンと渡り合う役柄を強烈に印象づけていて、このシーンからコメディ要素を抜いたことに整合性を感じさせた。更に、彼らを取り締まる側のブラニガン警部の佳城葵が、わかりきっていることをわざととぼけてみせる嫌味の応酬はもちろん、ネイサンとアデレイドの結婚について、偽装を見破ってではなく、本気でロマンスを感じて駆け落ちを提案しているのかも?と思わせた幅の広さが、警部役に人間としての深みを与えたのが素晴らしかった。

一方、娘役の役柄が極端に少ないのがこの作品の唯一辛い部分で、「CLUB HOT BOX」のドールズたちに、羽音みか、花妃舞音や、フィナーレのエトワールで美声を響かせた桃歌雪、この公演を最後に星組に組替えとなった天愛るりあ等々、力のある娘役が集結している状態。特に、ここでの退団を選んだ白雪さち花が、台詞のある芝居は僅かにワンシーンのミミ役なのは、これだけのキャリアを積んだ娘役の集大成としてあまりにももったいなかったが、群衆芝居やダンスのなかでもイヤリングを落とす小芝居を足していたり、アデレイドに張りあうようにセンターに出ていくなど、演出面を含めた細かい工夫にも、愛情を感じた。副組長の任に就いてから特に、押していく傾向の強かった芝居に引き算の要素が加わり、良い演技者になっていただけに、彩と共に退団が非常に惜しまれた。もう1人退団の男役・爽悠季も、どんな役柄でも細かい芝居をするのが印象的な人だったが、持ち前の英語力を生かした「CLUB HOT BOX」のMC役が、名前の通り爽やかな餞になっていた。

また大劇場公演を休演していたハバナの女Aの白河りりが東京公演には元気に復帰してくれたのも嬉しく、スカイにアプローチする場面の艶やかさがサラを刺激するに十分。この役柄は、プログラムに掲載されているスチール写真の通り、他のハバナの女性たちとは衣装が異なっていても良かったと思う。

他に救世軍の仲間たちも、どんな短い台詞も印象的に聞かせられるアガサの妃純凛をはじめ、それぞれの細かい芝居が楽しめるなか、専科から特出のアーヴァイト・アバナシ―の悠真倫のソロナンバー復活が嬉しく、作品の温かさをあげている。そして真打ち、組長・梨花ますみのカートライト将軍が、作品全体のなかでおそらく最もポジティブ思考の女性を、カリカチュアし過ぎずに演じたのが印象に深く、これもまた確かな力量がなければできない選択としてなんとも頼もしかった。

他に七城雅、雅耀など有望な男役たちを含めた全員がギャンブラー、ニューヨークの街の人々などを、それぞれに群衆ではなく、一人ひとりがブロードウェイ界隈で生きている個性をにじませて演じているのが“芝居の月組”の面目躍如で、ここからはじまる宝塚の新しい『GUYS AND DOLLS』の歴史に、期待を抱かせる上演に仕上げた月組の力量に拍手を贈りたい。このメンバーがトップコンビを中心とした話題作『侍タイムスリッパー』と、礼華はるを筆頭とした『雨にじむ渤海(パレ)』の二手に分かれて公演する2026年の月組にも、更に注目が集まること必至の、記憶に残すべき上演だった。

公演データ

三井住友VISAカード ミュージカル
『GUYS AND DOLLS』
“GUYS AND DOLLS”
A Musical Fable of Broadway
Based on a Story and Characters of Damon Runyon
Music and Lyrics by Frank Loesser
Book by Jo Swerling and Abe Burrows
原作◇デイモン・ラニヨン
作曲・作詞◇フランク・レッサー
脚本◇ジョー・スワーリング、エイブ・バロウズ
脚色・演出・訳詞◇稲葉太地
GUYS AND DOLLS is presented through special arrangement with Music Theatre International (MTI), New York, NY, USA.
All authorized performance materials are also supplied by MTI. www.mtishows.com
出演◇鳳月杏、天紫珠李 ほか月組
●10/4~11/16◎東京宝塚劇場(※公演終了)

公演情報

ミュージカル『侍タイムスリッパー』
原作◇安田淳一「侍タイムスリッパー」
脚本・演出◇小柳奈穂子
出演◇鳳月杏、天紫珠李 ほか月組
●2026年1/9〜20◎東京・東京国際フォーラム ホールC
●2026年1/28〜2/5◎大阪・東京建物 Brillia HALL 箕面(箕面市立文化芸能劇場)

亡国封史『雨にじむ渤海(パレ)』
作・演出◇平松結有出演◇礼華はる ほか月組
●2026年1/21〜2/4◎兵庫・宝塚バウホール

【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】