私の玄関口
― オペラ・ニース・コート・ダジュールから東京宝塚劇場、
そしてオペラ・バスティーユへ ―
私は、4月のバカンス期間中、ParisとNiceを週末ごとに往復しながら過ごし、その後、日本のゴールデンウィークに合わせて1週間ほど帰国しました。
今回のフランスの玄関口は、1885年に再建された歴史を持ち、今も南仏文化を支え続けている Opéra Nice Côte d’Azur(ニース・コート・ダジュール歌劇場)。

劇場を出れば紺碧の地中海。
週末には海岸沿いでマラソン大会が開かれ、
振り返れば旧市街。
朝には色とりどりのマルシェが並びます。


海と街。
その境界に立ちながら、私は日本へ向かいました。
そして日本の玄関口は、今回も東京宝塚劇場でした。
まだ始まったばかりだった花組公演。
トップスター永久輝せあさんを中心に、聖乃あすかさん、そして星組から組替えした極美慎さん。

同期の二人が2番手として並ぶ姿に、花組の新しい時間が動き始めていることを感じました。
あの日は、まだ始まったばかりでした。
《Rusalka》の初日も満月の夜でした。
そして時間は流れ、二度目の満月とともに、花組は千秋楽を迎えます。

宝塚歌劇団で育った私の身体は、東京宝塚劇場へ入った瞬間に反応します。
宝塚を仕事に合わせて遠ざけていた時期もありました。
けれど、
宝塚という文字に触れると感覚が反応します。
私の身体の中で、それは消えることがありません。
今回の帰国中には、

『まいど!ジャーニィ〜』
『大和悠河杯①②③』
が3週間連続でテレビ放送されました。
10年以上にわたる出演の積み重ねから生まれた冠企画。
YUGA YAMATO CUP。
Masterclass de Yuga Yamato。
出会った頃は、
まだ小さな男の子だった関西ジュニアたち。
その時間は流れ、
今、新しい世代へ受け継がれています。

宝塚からParisへ。
Parisから大阪へ。
大阪から東京へ。
そして再びParisへ。
パリの5月は祝日が続きます。
キリスト昇天祭。
聖霊降臨祭。
夜10時近くになって、ようやく暗くなり始める季節です。
バカンスが日常の世界。
それがParisです。
今回、Parisへ戻った私を迎えた玄関口は、Opéra Bastille バスティーユ歌劇場でした。
Antonín Dvořák ドボルザークの《Rusalka(ルサルカ)》。
水の精霊が人間の世界へ入ろうとする物語です。
幼い頃に読んだ人魚姫の物語が、どこかに流れています。
ドボルザーク晩年の集大成です。
5月2日に初日を迎えた《Rusalka》は、
2回目の公演が当日の朝に突然中止になりました。
半音ずつ上昇していく音の中で、人間ではない存在が、人間の世界へ入ろうとする。
深く美しいロマンの世界。
けれどそのすぐ隣には、ストライキによって突然公演が中止になる現実があります。
それがParisです。
その音楽は静かに身体の奥へ入り込んできます。
このオペラを観た翌日は、どっかりと身体が動かなくなるほどです。
ニース歌劇場から東京宝塚劇場へ。
東京宝塚劇場からオペラ・バスティーユへ。
劇場から劇場へ。
作品から作品へ。
時間から時間へ。
その一本の線の上を、
私は今日も静かにCRUISEしています。
5月の中頃には暖房が入る気温だったのが、先週から一気に30度を超える真夏日になりました。

パリの気温は季節を飛び越えます。
でもParisには、ちゃんと四季があります。
復活祭の頃、桜のようなアーモンドの花が咲いていた私の庭では、
紫陽花が静かに6月を待っています。
故郷とは、帰る場所ではありません。
何度離れても、身体が今も覚えている場所です。
私の人生は、離れた距離ではなく、
反応し続ける場所で作られています。
劇場は、作品へ入る場所ではありません。
私にとっては、新しい時間へ入るための玄関口です。
大和悠河
YUGA YAMATO
文◇大和悠河 写真提供:(株)GOOGA

