切なくも美しく立ちあがった『ダンスカンタービレ2025 ~VIOLET~』

男性パフォーマー集団DIAMOND☆DOGS(以下D☆D)の一員としての多彩なパフォーマンスはもちろん、近年は振付家、演出家としても活躍の場を広げている中塚皓平が構成・演出・振付・出演を務める『ダンスカンタービレ2025 ~VIOLET~』が銀座博品館劇場で上演中だ(6日まで)。
『ダンスカンタービレ2025 ~VIOLET~』は、戦国の世を駆け抜けた織田信長と明智光秀を主軸とした人間模様を、台詞を介さずダンスのみでドラマを表現していく作品。織田信長をはじめとしたこの時代の戦国武将が全員女性だったら…という、逆転の発想で紡がれた独自の世界観が展開されている。

【ものがたり】
戦乱の世に時代を切り拓き、大きく世の中を変えていった武将がいた。そんな武将に心服した、同じように先見の明のあるもう一人の武将が、沈着冷静な懐刀とも言うべき形で側近く仕えていた。二人は主従の関係にありながらも、互いに深い絆と信頼と情愛で結ばれ、共に天下を手中にせんとしていた。だが群雄割拠のこの時代、数多の武将たちの権謀術数が渦巻き、二人の関係には少しずつ齟齬が生じていき……

『ダンスカンタービレ』はD☆Dの中心メンバーとして、また後年は構成・演出・振付家として多くの作品で才能を発揮し、人生を駆け抜けていった森新吾が、ダンスでドラマを紡ぐ作品を目指して2017年に立ち上げたプロジェクトだ。切り裂きジャックを彷彿とさせる人物を中心に、霧に包まれた大英帝国を舞台にした作品は、森と女性ダンサーが繰り広げる光と闇が強いコントラストを残し、2018年に早くも再演され、多くのコンテンツを持つD☆Dカンパニーのなかに、またひとつ大きな可能性を開く作品となっていた。

その『ダンスカンタービレ』が中塚皓平の手によって再び動き出す。そこには大きな決意と覚悟がいっただろうことは想像に難くないし、だからこそ設定をガラリと変えて戦国の世を舞台にした和のテイストを入れた作品にしていったこと。更には世に知られた戦国武将たちが全員女性というユニークな着想が、舞台に全く新しい『ダンスカンタービレ』の世界を広げた様は鮮やかだった。この設定に相応しいジェンダーレスを感じさせる宝塚OGを中心とした女性メンバーと、宝塚の世界観を愛し振付家としても活動している中塚との親和性が極めてよく、ただ一人の男性武将と、女性武将たちが繰り広げる作品が、世にいうハーレム感を全く生まないのに感心させられる。

そればかりか愛憎と野心と駆け引きが渦巻く舞台面には緊張感と同時に切なさがあり、全ての絵面が美しいのが、あぁこれこそ中塚の描く『ダンスカンタービレ』だなと感じさせる。何よりも言葉を介さずに伝えられるドラマが非常にわかりやすい。それは森新吾が踊りだけで誰にでも物語が伝わる理想の作品としてよく口にしていた、バレエ『白鳥の湖』をふと思い出したほどで(物語が類似しているのではなく、身体表現のみで伝える上でのわかりやすさという意味に於いて近いものを感じる)、森の理想を中塚が自然に継承していること、『ダンスカンタービレ』のバトンがつながっていくことに深い感慨を覚えた。


その名だたる戦国武将たちが女性だった、という設定の中心を成す織田信長の彩凪翔は、美貌の男役として宝塚歌劇団で活躍したのち、現在も多くの舞台に活動の場を広げていて、目にも麗しい艶やかな女性も数多演じているが、こうしたひと捻りある役柄で放つ、男役時代と現在とが融合している独特の色気が作品の着想に打ってつけ。強い目力から感情表現がよく伝わるのもダンスでドラマを伝える世界観によくあっていて、彩凪の起用が作品の色を決めたとも言える存在感だった。

羽柴秀吉の泉まいらは今年1月に宝塚歌劇団を卒業したばかりの元男役で、退団後のこれが初舞台。とにかくひたむきで真面目で実直という印象が強い人だが、「人たらし」として有名だった秀吉の人懐っこさを意外なほど弾けた表現でよく踊っていて、新たな魅力を見る思いがした。

柴田勝家の留依まきせはどんなに長いソロがあっても、もっと聞いていたいと思わせた歌唱力抜群の元男役のイメージが強いが、ダンス力も人一倍な上に真っ向ストレート勝負の熱いパワーの持ち主。この舞台でもその魅力が全開で、出てきただけでライトが倍加したように感じさせる熱さと、明るさが共に健在なのが頼もしい。

彼女たち三人はなんといっても元・男役でもあり、名だたる戦国武将役にも納得感があるなか、徳川家康に永遠の娘役として多くヒロイン経験を持つ音波みのりが扮していることには正直かなり驚いた。だが他の武将たちがどんなに羽目を外すシーンでも、一歩引いて全体を俯瞰している音波の存在は、群雄割拠の世を最後に勝ち抜く役柄に神秘性も与えていて、これはキャスティングの妙。ダンスのキレの良さとは裏腹な佇まいの静けさも際立った。

もう一人、前田利家の白峰ゆりも、美貌の娘役として長く活躍した人で、舞台のどこにいても光り輝くビジュアルの良さが常に目を引いたものだが、今回はそんなクールビューティな一面と同時に、コケティッシュな魅力も放って踊りまくる様が爽快。女戦国武将という個性ある設定に多様さを与えていた。

一方、元娘役陣では、雪組の歌姫として作品のフィナーレを飾るエトワールを多く務めた有栖妃華が、信長の妻・濃姫に扮しただ可憐なだけではない色濃さを示したのが新鮮。ビビットなピンクの衣裳もよく似合い、夫と光秀の関係に嫉妬の炎も燃やす役柄をくっきりと造形していた。持ち前の歌唱力を披露する場もあり大活躍だ。

もう一人「愛蘭みこ」として活躍していた沙弥音は、現花組トップスター永久輝せあ主演公演で、作品の清涼剤とも言える大役を演じた愛らしい娘役姿が忘れ難いが、この舞台では信長の小姓・森蘭丸としてミステリアスな一面も見せてくれる。有栖と共に歌でも活躍し、特にドラマ部分の全容をリードする歌唱が光った。


彼女たち固定の役柄があるメンバーと共に活躍するダンサーでは「光」の篠本りのが、確かなダンステクニックと共に時に戦国武将にも加わる自由度の高い設定を表情豊かに踊れば、「闇」の松本ユキ子があくまでも端正なダンス表現で惹きつけ、力のあるダンサー同士でありつつ、互いの個性が鮮明になるのが舞台の奥行を深めている。


そして、この作品の全てを統括した明智光秀の中塚皓平が、元男役陣のスタイリッシュさに伍して端正かつ繊細な表現で、自身が生み出した『ダンスカンタービレ2025~VIOLET~』の世界観を体現している。D☆Dの中でもひと際スター性がありつつ、中塚と言えばタライという身体を張った定番ネタや、歌唱力に対する自虐ネタなど、メンバーの一員としての常のポジション取りからひとつ離れたところで構築された、中塚の美意識が舞台の隅々にまであふれている。歴史の事実として悲劇につながっていくのは自明の理のドラマに、儚さや脆さを加えていて、シリアスに振り切った中塚の真骨頂を感じさせた。

全体に「美しい」という言葉が最も相応しい舞台で、役柄を離れた様々な組み合わせも楽しめるフィナーレパートも含めて、目が足りない思いがする。重要なポイントで使われるTAKAのクラシカルな音楽も殊の外耳に残り、楢木和也、木野村温子、西川卓、百花沙里、そして中塚自身と振付陣の多彩さも、ダンスで語るステージを支えていて、『ダンスカンタービレ』がシリーズとしてつながったこと。魂のリレーが作品が手渡されていく重みを噛みしめる舞台になっている。


【公演情報】

『ダンスカンタービレ 2025 ~VIOLET~』
構成・演出・振付:中塚皓平
出演:彩凪翔
泉まいら 留依まきせ
有栖妃華 音波みのり 沙弥音 白峰ゆり(五十音順)
篠本りの 松本ユキ子
中塚皓平
〈料金〉10,000円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉博品館劇場 tel.03-3571-1003
7/30~8/6◎博品館劇場
〈公演サイト〉
https://www.hakuhinkan.co.jp/theater/archives/event/pr_2025_07_30
【取材・文・撮影/橘涼香】