
花總まり 森公美子
アメリカ西部の砂漠の真ん中にある「バグダッド・カフェ」に偶然現れたドイツ人旅行者ジャスミンとカフェの女主人ブレンダとの出会いと友情、さらにそこから広がる国籍も人種も立場も異なる人々の絆を描いた、ファンタジックなコメディ映画『バグダッド・カフェ』(パーシー・アドロン監督)。1989年の日本公開では記録的なロングランを果たし、当時のミニシアターブームの火付け役となり、昨年4Kリマスター版が公開されるなど、今なお、多くのファンに愛され続けている。
なかでもジェベッタ・スティールが歌ったテーマ曲「Calling You(コーリング・ユー)」はアカデミー賞歌曲賞にノミネートされ、多数の歌手にカバーされるいまやスタンダードの名曲として歌い継がれてきた。
そんな作品を、アドロン監督とその妻エレオノーレ・アドロン自らが脚本を、映画と同じ作曲家ボブ・テルソンが、ロック、ソウル、レゲエ、ラップ、クラシックなど様々な要素を盛り込んだオリジナル楽曲を手がけ、ポップで楽しいミュージカル版が誕生。小山ゆうなの演出で、2025年11月東京日比谷のシアタークリエで日本初演を果たすことになった(11月2日~23日まで。のち、11月28日~30日愛知・Niterra日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール、12月4日~7日大阪・梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ、12月13日~12月14日富山・富山県民会館で上演)。
その作品で、夫と喧嘩別れして、アメリカ西部の砂漠にたたずむ、さびれたダイナー兼ガソリンスタンド兼モーテル“バグダッド・カフェ”に突然現れるドイツ人の旅行者ジャスミンを演じる花總まりと、子育てや仕事に日々ストレスを抱えながらカフェを切り盛りする、ブレンダを演じる森公美子が、作品に臨む思いや、初共演に抱く期待を語り合ってくれた。
登場人物全ての心の声を歌う「Calling You(コーリング・ユー)」
──まずこの作品へのオファーがあった時の気持ちから教えていただけますか?
花總 私はこのお話をいただくまで映画の『バクダッド・カフェ』にはご縁がなく観たことがなかったのですが、曲は良く知っていましたし、身近に熱心な作品ファンの方がいることもわかり、多くの人に愛され続けている映画を基にした舞台に出られることが、とても嬉しかったです。
森 私は映画の『バグダッド・カフェ』をリアルタイムで知っている世代で、はじめはミニシアターではじまった上映が、どんどん人気が出て上映期間も延び、大きな映画館でやるようになり、賞も獲って更に大きな映画館で上映される話題作になっていったのをよく覚えています。砂漠の塵だらけのところに色々な人たちが集まって、友情を深めていくという内容を噛み締めると、あんなところでこんなにも篤い友情が生まれるんだ、ということにいっぺんに惹かれました。なかでも主題歌の「Calling You(コーリング・ユー)」の力がものすごく大きくて、あの歌の歌詞は登場人物の心の声を歌っているんですよね。ジャスミンやブレンダだけではなくて、たくさんの登場人物すべての気持ちが歌になっている。それがすごいなと思って、当時レーザーディスクも買ったんです。そんな作品に出られることになったので、もう一度観たいと思ってDVDで改めて観ましたが、やっぱりいい作品ですよね。
──ご縁があったんですね。
森 そうですね。特にジャスミンがいなくなった時に、こんなことってあるんだろうかと思うほど、みんなが所謂「ジャスミン・ロス」の状態になっていく様など、レーザーディスクで観ていた当時にはあまり感じなかった部分が、年齢を重ねてから観るとすごく沁みてきたりもするんですよ。それを映画の色々な部分で感じたので、自分も少しは成長しているのかもしれないな、ということに気づかせてくれた作品です。
──先ほど「Calling You(コーリング・ユー)」が、みんなの気持ちを歌っているというお話もありましたが、心の声を歌で伝えられるのはミュージカルの強みとぴったり重なっていますね。
花總 本当にいい曲なんですけれど、すごく難しくもあって。あの曲をお好きな方が本当にたくさんいらっしゃるから責任重大ですしミュージカルナンバーとして書かれた曲ではないんですよね。他の曲はミュージカル用に創られているけど、「Calling You(コーリング・ユー)」は成り立ちが違っていて、やっぱりご覧になる方たちは「Calling You(コーリング・ユー)」がはじまったら「来た!この曲だ!」と期待するでしょうけど、私たちとしてはお芝居の延長で歌わないとダメですよね。
森 それは絶対そうだと思う。
花總 とは言え、難しくてもこれだけ良い曲を歌えるのは幸せです。

初共演を楽しみにしている
──改めてという形の質問になってしまいますが、舞台版としてどう演じたいと思っていますか?
花總 これだけ愛されている映画が基になっていますから、映画をご覧になっている方に「あぁ、バグダッド・カフェだ!」と感じていただける部分は絶対に舞台にも持っていきたいですし、その上でせっかくの舞台版ですから、「舞台っていいな、ミュージカルっていいな」というところも感じていただきたい。そこがうまくカチッとハマって、お互いの相乗効果がお見せできるように頑張りたいです。
森 バグダッド・カフェって、ラスベガスへ向かう道の途中にあるのですが、滅多に人が寄らない砂漠の中のカフェでの出来事で、本人だけでなく、家族についてなどみんなが色々な問題を抱えているんです。でもそれが最終的には光に向かって進んでいくストーリーですし、映画では絡むお芝居のない登場人物たちが歌で絡んでくるなど、舞台作品として全く別の創り方もされているので、シリアスな面と面白い面、心の機微を丁寧に表現していきたいです。
──そうした細かい表現が積み重なる作品というのは、シアタークリエの空間にすごく合うのではないかと思いますが。
花總 まさにちょうど良いサイズ感ですよね?
森 そう!この人数にして、この芝居にして、劇場空間を全部巻き込める、クリエでしか出せないものがきっと生まれると思います。大阪公演のシアター・ドラマシティにもピッタリだと思うし、クリエで培った空気感を持って全国ツアーにも臨みたいです。
花總 お客様もこの世界に入ってきやすい空間を創りたいですね。
──世界観を客席も共有できるのはとても嬉しいことですが、お二人は今回が初共演ということで、楽しみにされていることは?
花總 もうそれはすごく楽しみです!モリクミさんは、私が今まで共演させていただいてきた方々のなかにはいらっしゃらないタイプの方なんです。私はこれまでどちらかというと宝塚OGの方との共演が多かったので。
森 あぁ、なるほどね!座組に誰かはいるという感じだったでしょう?
花總 そうなんです、大地真央さんや涼風真世さんなど、特に先輩の方々が多くいらして。
森 今回宝塚出身って花ちゃんだけだよね?
花總 そうです。だからすごく刺激も感じますし、一緒にお芝居をできることが楽しみで仕方ないです。
森 ビジュアル撮影でお会いしたのが最初だったんですが、「遠慮はなしね」と言ったんです。「こう思ったんですけどどうですか?」や「そこの芝居はちょっと違うかもしれない」ということなども、全部バシバシ言ってねと。「花ちゃんごめんね、私横道に逸れると逸れっぱなしになるから、面白いことやり過ぎてたら言ってね」とも言いました(笑)。
花總 宝塚出身者って基本とても真面目なので、そうおっしゃる方も初めてだったので(笑)、刺激がいっぱいありそうです。私自身真面目タイプなんですよ。まずとにかくちゃんとやろうとするところがあるので、毎回舞台を楽しまなきゃと思うんですけど、生真面目さが出てしまうので、モリクミさんとご一緒なら楽しめるんじゃないかって!そういう期待も大きいです。
森 アドリブとかもどんどん言っちゃいそうなんだよね(笑)。
花總 鍛えられそう(笑)。でもだからこそモリクミさんのお芝居って、生きているお芝居なんですよね。段取りをきっちり決めてそれを毎日やるのではなくて、その日その時の空気、その回のお客様に対して、今日の舞台はどうなるのか?というところを、自分も生きて体感したいです。
森 私は花ちゃんをお手本にしてカチッと芝居がしたい!
花總 やめて下さい!私ホントに生真面目になっちゃうから。
森 そんなことない!大地さんとのお芝居の、花ちゃんの怯え方に私どれだけ笑ったことか!
花總 本当ですか?私、第一の殻を真央さんに剥いていただいたなと思っているので、今度はモリクミさんに第二の殻を剥いていただけるように頑張ります!私のファン方々はモリクミさんと私っていう組み合わせを聞いて、とても楽しみにしてくださっているので。

──それは本当に期待感が高いので、楽しみにしている方たちがたくさんいらっしゃると思います。是非そんな皆さまにメッセージを。
花總 『バクダッド・カフェ』という映画をご存じの方も、そうでない方も、本当に心温まるコメディで、最後もハッピーに終われる素敵な作品なので、私とモリクミさんのコンビ力を観ていただきたいです。
森 この二人の掛け合いや、いがみ合いも全て含めて、楽しい作品になると思っております。
「Calling You(コーリング・ユー)」の魅力だけでなく、それ以外のミュージカルナンバーは本当にライブ感のある音楽ばかりで、最後まで決して飽きさせない舞台ですから、是非楽しみにしていて下さい。そして(劇中で披露する)マジックが失敗したらごめんなさい!
──それも舞台ならではの一期一会ですよね。
森 そうですね!失敗した日にあたったらラッキーだと思ってください(笑)。是非楽しみに劇場にいらしてください!

【公演情報】
ミュージカル『バグダッド・カフェ』
脚本:パーシー・アドロン/エレオノーレ・アドロン
音楽:ボブ・テルソン
歌詞:リー・ブルーワー/ボブ・テルソン/パーシー・アドロン
演出:小山ゆうな
翻訳:訳詞:高橋知伽江
音楽監督:荻野清子
出演:花總まり 森公美子
小西遼生 清水美依紗 松田凌 芋洗坂係長 岸祐二 坂元健児 太田緑ロランス 越永健太郎 ほか
●11/2日~23◎東京 シアタークリエ
〈公式サイト〉https://www.tohostage.com/bagdad-cafe/
【取材・文/橘涼香 撮影/中田智章】