
過去を知り、未来に活かす大切さを伝えていきたい
ミレニアムの2000年のデビュー以来四半世紀、ミュージカル界のトップランナーとして走り続ける井上芳雄。その精力的な活動は、ミュージカルというジャンルの魅力をひとりでも多くの人に知ってもらいたい、という内なる情熱を常に感じさせている。一方で、井上の台詞劇、ストレートプレイへの取り組みも、長年途絶えることなく続いていて、あくまでも真摯な姿勢が、数々の研ぎ澄まされた作品を生んできた。
そんな井上が2026年に出演するのが、2月明治座で上演される『大地の子』だ。山崎豊子による同名小説初の舞台化作品で、時代に翻弄され戦争孤児となった少年が辿る、壮絶な半生を描き、当時何が起きたのかを現代に問う骨太な舞台が展開される。その舞台で主人公・を演じる井上が、作品に臨む想いを、演出を担う栗山民也から受けた刺激や共演者など、様々な角度から語ってくれた。
自分たちの話なんだと感じた
──『大地の子』の陸一心役を、というオファーを受けた時の気持ちから教えていただけますか?
「まさか」と思った、というのが本音で、本当に驚きました。僕自身上川隆也さんが陸一心を演じられたドラマを夢中になって観ていましたし、その後、原作も何度も読み返してきました。そんな作品が舞台になり、自分が一心を演じられるというのは、奇跡のような巡り合わせだなと。ドラマは家族と一緒に観ていたので、まず両親に知らせたほどです。
──作品のどこが井上さんをそこまで惹きつけたのでしょうか?
ドラマとしての完成度も、演じた日中の俳優の方々も本当に素晴らしかったと思いますが、更に原作を読み込み、実際にあったことをもとにしている物語で、しかも決して遠い話ではないことに、思うところがとても多かったです。当時満州には希望と理想があると言われていただけでなく、満蒙開拓団は各村から何人と決められた人員を出さなければならなかった。もし僕がその状況に置かれていたら行く可能性もあったし、親が行くと決まれば子供はついて行くしかないですよね。そう考えると「昔って大変だったんだな」ではとてもすまない作品で、自分たちの話なんだと感じました。だからこそ、いま舞台にすることに大きな意義があると思います。
──製作発表会見で、演出の栗山民也さんのメッセージを井上さんが代読されましたが、「戦争によってかけがえのない命を奪われた人々に、もう一度言葉を送り、全身を与える。これが演劇の一つの仕事だ」という、栗山さんの信念があふれ出るようでした。
あのメッセージをはじめに代読することになっていたので、製作発表会見に臨む緊張感がすごく大きかったのですが、今回の『大地の子』に対する栗山さんの思いがすべて詰まっていましたよね。演劇に対する栗山さんの姿勢や、演劇にできること、その役割りが綴られていて。いつも千穐楽にくださる、栗山さんのお手紙を思い出しましたし、この作品を舞台化する意味を改めて感じます。メッセージのなかで栗山さんが繰り返し読んでいると書かれていた、「シャオハイの満州」という本を、僕もお借りして読んでいますが、そこにはたくさんの取り残された孤児たち、たくさんの“一心”がいて、一人ひとりの人生が壮絶なんです。彼らの人生の重みや思いを受け止めて、その記憶を力にしながら、力いっぱい取り組みたいと思います。
──その演じる陸一心については、いまの時点でどう感じていらっしゃいますか?
一心は長野に生まれ、満蒙開拓団の一員として家族で満州へ渡り、終戦後の混乱で家族全員と離散してしまい、あまりに過酷な状況から記憶も失っていたところを、山西惇さんが演じる中国人教師に助けられ中国人として育ちます。日本と中国の戦中・戦後の歴史を体現するような人物です。舞台には時間の限りがありますから、原作に描かれる一心の壮絶な経験をすべて再現することはできないですし、語りだけで説明される部分もあります。でもだからこそ、そうした経験を経た人物として、如何に説得力を持った存在でいられるかが重要だと思っていて。僕自身、経験したことではないですし、その時代を知らないことは変えられません。それでも一心を懸命に演じることで、近づきたい。時代の匂いや重さのようなものを如何に表現するかが、最も大切で最大のチャレンジだと思っています。
演劇はいまの時代とつながっていないと意味がない

──栗山さんがメッセージのなかで「素敵な俳優たちが揃った」と書かれていましたが、共演者の皆さんについてはいかがですか?
そこを自分で読むのがちょっと照れ臭かったんですけど(笑)、本当に素晴らしい方々が揃っているので、皆さんの手を握りながらやっていきたいです。中国の父である役の山西惇さん、日本人としての本当の父親、松本耕次役の益岡徹さんとは以前にも共演させていただいていますので、とても心強いですし、生き別れになった妹のあつ子、中国名の奈緒さんとは、ほぼ「はじめまして」ですが同じ福岡の出身だとお聞きしました。妻になる役の上白石萌歌さんは、彼女のお姉さんの上白石萌音さんとの共演がとても多いので、“妹”のようなイメージでいましたから、あ、妻役なのかと(笑)。萌音さんとは舞台上、作品のなかでですが何回も結婚しているので、上白石家とは間違いなく前世でなにかの縁があったんだろうと思います(笑)。他にもたくさんの、栗山さんのお言葉を借りれば「素敵な俳優たち」がいらっしゃいますから、心を合わせてやっていきたいです。
──その栗山さんの言葉についてですが、これまでも多くの作品で演出を受けている井上さんの印象に残っている言葉はありますか?
はじめてご一緒させていただいたのが、ミュージカル『マリー・アントワネット』初演の時でしたが、そこで「演劇はいまの時代とつながっていないと意味がないんだ」とおっしゃった時には、とても驚きました。ただミュージカルがやりたい!と思ってこの世界に飛び込んだ僕は、それまでそんな風に考えたことが全くなかったので。
──当時はそうだったのでしょうが、いま井上さんご自身が『大地の子』に向かう気持ちを伺っていると、まさに同じ思いでいらっしゃるのだなと。
そうですね。過去を知ることは未来を知ることなんだと思いますし、いまは色々な意味で難しい時代になってきていますから、演劇を通してこうした過去を繰り返すべきではないということを共有したいんです。それから栗山さんについてもうひとつ驚いたのが、『組曲虐殺』の初演の時です。井上ひさしさんの最後の戯曲になった作品ですが、まだ台本が完成していないうちから、栗山さんが先の筋を見通してどんどんセットの発注をされるんですよ。それがピッタリあっていて、いったいどうなっているんだろうと。魔法使いのような、預言者のような感じでした。
──それだけ井上ひさしさんが目指すものを、栗山さんが理解していらしたんだろうなぁ、と想像できるエピソードですが、その『組曲虐殺』もそうですし、今回の『大地の子』に至るまで、特に台詞劇では過酷な時代を描いた作品に多く出演されている印象があります。それはご自身で意識しての選択なのでしょうか?
いえいえ、自分で選んでいるわけではないのですが(笑)、確かにそういう役をいただくことが多いですね、何かを背負うような。そうした役柄を演じる時には、僕はクリスチャンなので、いつもキリストの姿が頭の中にはあります。
──あぁ『組曲虐殺』の小林多喜二役には、拝見していてもまさにそのイメージがありました、まるでキリストのようだという。客席にいても苦しいのですが、だからこそ伝わってくるものも多くて。
演じていても苦しいです。でも「目の前でその人が生きている」と観る方に感じてもらえるのが演劇なので、自分なりに伝えられるものがあると信じて、苦しみながらでも力いっぱい向き合う。それしかないなと思って取り組んでいます。
とんでもないものを背負って舞台に出ていく

──今回『大地の子』が上演される明治座には、2025年『二都物語』12年ぶりの再演で立たれています。明治座の印象はいかがでしたか?
とても演りやすい劇場だなと思いました。それに帝国劇場にも通じる歴史ある佇まいが、どこか落ち着くんですよね。あとはやっぱり明治座と言えば「」だと思いますが。
──皆さん、記念撮影されますよね。
公演が終わったあといただけたんですよ。いま、実家にあります。
──幟ってもらえるんですか!?
僕はいただきました。今度実家にかえったら、幟が上がっているはずです(笑)。
──大きさを実感されることでしょうね(笑)。もうひとつ、いまお話の出ました帝国劇場のラスト公演となったCONCERT『THE BEST New HISTORY COMING』で、連日センターを務められました。帝劇ファイナルを振り返って、最も目にうかぶ景色はなんですか?
オープニングでひとり、花道でスタンバイする時の緊張感でしょうか。とんでもないものを背負って舞台に出ていくなと思っていました。あとはその公演を終えて、もうこれで本当に入れなくなるという閉館直前に、堂本光一くんと二人で、最後のお別れに帝劇ツアーに行ったんです。楽屋の畳も全部剥がされていて、どこか廃墟のようになっている帝劇を見て、本当に終わりなんだなと、すごく感傷的になりました。あの光景はやはり忘れられません。
──私ですらまだ帝劇の通りには行けないくらいなので、帝劇が生んだ大スターのお二人の気持ちは如何ばかりかと思いますが、でもだからこそ井上さんには、帝劇を締めくくられた方として、新しい帝劇の歴史を創り、作品をつないでいっていただきたいです。そんな道程の過程である今年、2026年上演の『大地の子』への抱負を改めてお願いします。
とても大切な物語をやらせていただきます。いまの自分たちだからできる『大地の子』をお届けし、過去を知って未来に活かす、力強い2026年のスタートになるよう努めますので、ぜひ劇場で体験、共有していただけたらこれ以上の幸せはありません。どうぞよろしくお願いします!
(このインタビューは「えんぶ2月号」より転載)
インタビュー◇橘涼香 撮影◇中村嘉昭 ヘアメイク◇川端富生 スタイリスト◇吉田ナオキ
プロフィール
いのうえよしお〇福岡県出身。2000年『エリザベート』皇太子ルドルフ役でデビュー。以降ミュージカル界のトップランナーとして走り続ける一方、台詞劇、コンサート、近年では音楽バラエティ番組への出演、MCなど意欲的な活動を続けている。近年の主な舞台作品に『ダディ・ロング・レッグズ』『エリザベート』『ナイツ・テイル─騎士物語─』ARENA LIVE 『二都物語』『桜の園』『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』など。5月明治座上演の『アイ・ラブ・坊っちゃん』への出演も控えている。
公演情報

『大地の子』
原作◇山崎豊子「大地の子」(文春文庫)
脚本◇マキノノゾミ
演出◇栗山民也
出演◇井上芳雄 奈緒 上白石萌歌 山西惇 益岡徹 飯田洋輔 浅野雅博 ほか
2026/2/26〜3/17◎明治座
〈お問い合わせ〉
東宝テレザーブ TEL.0570-00-7777
(11:00〜17:00/ナビダイヤル)




