尾上松緑主演の新作歌舞伎『俵星玄蕃』と『荒川十太夫』歌舞伎座で二か月連続上演!
歌舞伎座では、尾上松緑主演の新作歌舞伎『俵星玄蕃』と『荒川十太夫』を、本年12月と来年1月、二か月連続上演する。
江戸時代、元禄年間に起きた「赤穂事件」。元禄14(1701)年3月14日、江戸城松之廊下で赤穂藩主の浅野内匠頭が、吉良上野之介に刃傷に及び、切腹。その遺恨を晴らすべく大石内蔵助を筆頭に赤穂の浪士たち47名が刃傷のあった翌年の暮れ、元禄15年12月14日に吉良邸に討ち入りを果たし、本懐を遂げる。浅野内匠頭が眠る泉岳寺の墓前へ報告を終えた四十七士は、松平家など四つの大名家にお預けとなり、討ち入り翌年の元禄16年2月4日、幕府の命によりお預かりの大名家にて切腹。その後、義士たちは主君の浅野内匠頭と同じ品川・泉岳寺に埋葬された──。
この史実をもとにして、歌舞伎では三大名作のひとつ『仮名手本忠臣蔵』をはじめとして数々の「忠臣蔵物」が創作され、現在でも上演が繰り返されている。また、講談では赤穂義士たちの活躍を描いた「赤穂義士伝」と共に「赤穂義士外伝」「赤穂義士銘々伝」など義士たちから派生した演題も数多くあり、冬になると頻繁に高座でかかる人気ぶりで、赤穂義士たちに纏わる物語は現代でも生き続けている。
江戸時代から大衆の文化として人気を博してきた歌舞伎と講談は、互いに影響しあい、交流を持ちながら同じ題材による新たな作品を生み出してきた。旧き良き日本の文化を今へと繋ぐ古典芸能は、現代では忘れられがちな日本人の心の機微、人を思い遣る心を繊細に描き出す。
尾上松緑が初めて手掛けた「新作歌舞伎」として話題を呼んだ、令和 4(2022)年 10 月に歌舞伎座で初演した『荒川十太夫』。赤穂義士が討入りを果たした後日譚を描く、人間国宝の講談師・神田松鯉の口演による「赤穂義士外伝」を、講談好きとしても知られ、松鯉の弟子である神田伯山とも親交のある松緑が、歌舞伎として初めて上演。『荒川十太夫』は四十七士に関わる人物に焦点を当てた「外伝物」として松鯉が得意とする講談の人気作で、高田馬場の決闘で有名な赤穂義士のひとり、堀部安兵衛の切腹の際に介錯をつとめた下級武士の荒川十太夫の苦悩と、武士としての覚悟が情感豊かに描き出された傑作となっている。
歌舞伎座での上演にあたり、主演の荒川十太夫を尾上松緑が勤め、平成 20(2008)年に松緑が出演した現代劇『ハリジャン』の作・演出をつとめた劇団「InnocentSphere」主宰、脚本家・演出家の西森英行が歌舞伎の演出を初めて手掛け、歌舞伎の狂言作者である竹柴潤一が脚本を担った。
新作ながら、擬古典の装いでつくられた『荒川十太夫』は、歌舞伎通を唸らせ、まるで昔からあった作品のような仕上がりで評判を呼ぶと、その舞台成果から、一年間で最も優れた新作歌舞伎に贈られる栄誉ある「大谷竹次郎賞」(第 51 回/令和 4 年度)を受賞、さらに「文化庁芸術祭賞・芸術祭優秀賞」(令和 4 年度/第77 回)を受賞するなど、松緑が講談から題材を得て生み出した新作歌舞伎は最大級の評価を得て、再演や新たな作品を望む声が高まりをみせた。
そして、この度、尾上松緑が手掛ける新作歌舞伎が歌舞伎座で2ヶ月連続上演されることが決定した。赤穂浪士による討入り前夜と当日の物語である『俵星玄蕃』を12月に、そして、討入りの後日譚である『荒川十太夫』を年明け 1月に上演する。
12 月に上演が決まった『俵星玄蕃』は、赤穂浪士たちが素性を隠して、虎視眈々と吉良邸討入りへの準備をしている中で登場する槍の使い手・俵星玄蕃を主人公にした名作で、赤穂義士の杉野十平次との心の交流が描かれ、討入り前夜から当日の物語が展開される。浪曲では三波春夫のものが有名だが、今回は講談の人間国宝である神田松鯉に脚本協力を仰ぎ、昨年好評を博した尾上松緑主演・西森英行演出・竹柴潤一脚本のトリオにより、新たな舞台が誕生する。
「時は元禄 15 年師走半ばの 14 日……」。討入りのあった 12 月に『俵星玄蕃』が、そして討入りの後日譚を描いた『荒川十太夫』を 1 月に連続上演する意欲的な企画に注目したい。
【コメント】
尾上松緑
御機嫌宜しゅう御座居ます、尾上松緑です
この度、東京歌舞伎座に於きまして、今年の十二月に「俵星玄蕃」、来年一月に「荒川十太夫」と、講談から起こしました新作歌舞伎を二ヶ月連続で上演します事が決定致しました
昨年、初演致しました「荒川十太夫」は賞を頂いたりと、お客さんもとても喜んで下さっていた手応えは有りましたが
再演が叶い、友人であり尊敬している神田伯山先生との約束が一つ果たせた事、嬉しく思います
また、伯山先生から御縁を繋いで頂き台本協力等、様々なお教え、御力添えを賜っている神田松鯉先生には言葉では言い尽くせ無い感謝の念で一杯です
今年十二月に初演予定の書き下ろし「俵星玄蕃」は忠臣蔵事件の討ち入り前夜から当日
そして、来年一月再演予定の「荒川十太夫」は討ち入り後の顛末を物語った作品となります
「俵星」は原作をベースにしながら、より歌舞伎味を強く
「荒川」は前回の台本を手直ししながらも、講談ベースをより色濃く
二作品の毛色の違いを出して行けたらと計画中で
話は続いておりますので二夜連続ドラマとして観て頂ければ幸いと思っております
二作品共、脚本竹柴潤一さん、演出西森英行さんと、何でも言い合える仲間と再び手を組める事も心強く存じています
御好評頂ければ、今後も年一本位のペースで古典歌舞伎に準じた新作歌舞伎を発表出来ればいいなとも胸の内に願っております
また、個人的には私は再来月の歌舞伎座「吉例顔見世大歌舞伎」にて、片岡仁左衛門の兄さんが松浦鎮信公を演じられます「松浦の太鼓」で赤穂浪士の一人である大高源吾を勤めさせて頂きます
この芝居もまた討ち入り当夜を描いた作品で御座居まして、続けて観ても話に矛盾は御座居ません
或る意味、忠臣蔵三夜連続ドラマを観る様な感覚でお楽しみ下さると私もより嬉しいです
共演者、スタッフ、松竹株式会社と共に、また新たにお客さんに喜んで貰え、再演を望まれる作品となる様に努力致します
どうか応援の程を宜しくお願い致します
神田松鯉
嬉しいニュースが二ツ届いた。
第一は、講談「俵星玄蕃」の歌舞伎化である。飲兵衛(のんべえ)で槍の名人俵星と赤穂義士杉野十平次の物語は、かつて歌にまでなった名作。
第二は、昨年秋に初演された「荒川十太夫」が、早くも来年の正月歌舞伎座で再演されるという。快挙である。
こうして講談を次々と歌舞伎化して下さる尾上松緑丈には只々感謝をするばかりだ。真ッ直でいて懐が深く、豪放と細心を併せもつ松緑丈の舞台に今から胸を躍らせている。
西森英行 (演出)
「俵星玄蕃」・「荒川十太夫」、歌舞伎座二ヶ月連続上演。この挑戦的かつ意欲的な興行に、演出として参加させて頂けることを、心より光栄に思います。
「荒川十太夫」は、緻密な心理劇の構造を俳優の皆さんと共有し、古典劇現代劇の技法を融合させ、あたかも古くから上演を重ねてきたかのような歌舞伎作品として昇華させることを考え続けて作り上げました。
「俵星玄蕃」では、人として生きる誇りとは何か、根源的な問いを抱える俵星玄蕃の心様を縦糸に、重層的な対話劇と活劇を織り合わせ、新たな人間ドラマを描く歌舞伎作品として、醸成していきたいと考えています。
赤穂事件により、その人生が色濃く浮き彫りになった俵星玄蕃と荒川十太夫。二人の男、二つの物語から浮かび上がるのは、時代が変われど、現代を生きる私たちにも受け継がれている「日本人のこころ」。
講談の世界で、声とことばで聴くものの心を震わせ続けてきた物語、古から受け継がれる「こころ」を、優れた歌舞伎俳優さんの肉体を通して、現代に甦らせたいと思っています。
尾上松緑さんは、若かりし頃から一意専心、歌舞伎への、伝統への深い思いを青い炎のように胸の内にたぎらせ続けてきました。俵星玄蕃、荒川十太夫、二人の人物を通して、松緑さんの達人の居合の如き魂の一閃を、目撃して頂きたいと思っています。
【公演情報】
令和5(2023)年12月歌舞伎座 俵星玄蕃
令和6(2024)年1月歌舞伎座 荒川十太夫