名コンビが劇場に紡ぎ出した多幸感の記憶 宝塚花組『鴛鴦歌合戦』『GRAND MIRAGE!』

トップスター柚香光とトップ娘役星風まどかの、ますます加速する名コンビぶりが輝く宝塚歌劇花組公演オペレッタ・ジャパネスク『鴛鴦歌合戦(おしどりうたがっせん)』ネオ・ロマンチック・レビュー『GRAND MIRAGE!』が9月2日~10月8日まで東京宝塚劇場で上演された。

オペレッタ・ジャパネスク『鴛鴦歌合戦』は、マキノ正博監督による1939年公開の日本映画「鴛鴦歌合戦」を基に、小柳奈穂子が新たに跡目騒動も加えて舞台化した作品。古き良き時代というよりも、オペレッタ(台詞と踊りのある歌劇。日本では喜歌劇とも称される)文化が最も大衆に近いところにあった時代の映画ならではの、庶民から殿様までが入り乱れて繰り広げられる大騒動を描いた舞台になっている。

【物語】
花咲藩の城下町。三年ぶりに歌合戦が催されるという報せに、町が大いに賑わっている頃──。
堅苦しい宮仕えを嫌う浪人・浅井礼三郎(柚香光)は、木刀削りをしながら貧乏長屋で貧しくも気楽に暮らしていた。隣家に住む傘張り職人の娘お春(星風まどか)は、礼三郎にぞっこんだが、料亭香川屋の娘・おとみ(星空美咲)、礼三郎の叔父で城務めの遠山満右衛門(綺城ひか理)の娘・藤尾(美羽愛)と、礼三郎に言い寄る女人たちにも、それなりに接する礼三郎の態度に、日々一喜一憂を繰り返している。しかもお春の父・志村狂斎(和海しょう)は骨董に目がないばかりか、本人だけが信じている目利きも実はからっきしで、骨董屋の主人・道具屋六兵衛(航流ひびき)の口車に乗せられ、二束三文のがらくたに米代までもつぎ込んでしまう有様。これでは歌合戦に出るための晴れ着も買えないと嘆くお春を、礼三郎は親を悪く言ってはいけないと諭し、生みの親を知らず育ての親も早くに亡くした己の身の上を語り、赤ん坊の時に寺の近くに捨てられていた自分の側に唯一置いてあった香合を、晴れ着などなくてもうまく歌えるお守りだとお春に持たせる。礼三郎も心の内ではお春に惹かれていたが、生まれも定かでない自分がお春を思ってはならないと自ら律していたのだ。
同じ頃、花咲藩城内では藩主・峰沢丹波守(永久輝せあ)が、藩政に見向きもせず怪しげな骨董収集にうつつを抜かしていた。このままではお家が持たぬと家臣の蘇芳(紫門ゆりや)らが困り果てていると、丹波守の正室・麗姫(春妃うらら)が現れ、かつて花咲藩で起こったお家騒動で、丹波守の二つ違いの兄と、将軍より賜った家門の証の「鴛鴦の香合」が行方知れずになっている、という重大な秘密を明かす。跡目の証を持たず、本来なら藩主になるはずだった兄への負い目から政に背を向けている丹波守をいさめる為に、麗姫は鴛鴦の香合をなんとしても探し出し、丹波守に真っ当な藩主となるよう進言して、どうしてもそれがならぬ場合には、弟の秀千代(聖乃あすか)に家督を譲るように最後通牒を渡すと、愛故の厳しい決断を迫る決意を語る。その思いに感じ入った蘇芳らは香合探しに奔走する。
そんなこととは露知らぬ丹波守は、娘にどうしても礼三郎を娶わせたい遠山満右衛門にそそのかされるままに、道具屋で意気投合した狂斎の家へと繰り出し、そこで出会ったお春を見初めてしまい……。

日本の時代劇オペレッタ映画として、近年再評価の機運が高まっている「鴛鴦歌合戦」を宝塚歌劇の舞台に乗せようという着想を聞いた時には、『幕末太陽傳』を既に世に出している脚本・演出の小柳奈穂子らしい企画だな、とは得心がいったものの、それを柚香光率いる今の花組でというマッチングには、いささか驚きもあったものだ。物語としては正直なところかなり他愛ないし、柚香の個性は同じ原作ものなら小柳自身が手がけた『はいからさんが通る』の大ヒットを引くまでもなく、いま少し現代の香りがする、漫画原作などにより適しているのではないか、という思いがあったからだ。
けれども、実際に幕を開けた舞台には、その他愛ないからこそあふれ出る可笑しみと、時代劇オペレッタの謂わばぶっ飛んだ部分を、カラフルなレビューシーンに変換させてしまえる宝塚歌劇の微笑ましさが充満していた。分けても浪人姿の柚香の鮮やかな殺陣はもちろんのこと、傘をさす、懐に手を入れる、お春に手ぬぐいを差し出す等々、どんな場面のどんな仕草も、まるで一幅の絵のように決まる美しきフォルムが、宝塚版でひとつ影も背負った浅井礼三郎という人物を、存在感ひとつで際立たせたのに舌を巻く思いがした。口を開けばまるで道徳の教科書の如き言葉を並べるし、誰にでも優しいのはどうなんだ…と思わなくもないし、何よりお金ってないよりあった方がいいよ…と、冷静に考えると言いたいことが案外ある礼三郎という人物を、観ている間には微塵も感じさせず、ただただ見惚れさせてしまう、これぞスターの真骨頂を発揮した柚香の礼三郎は、長く記憶に残り続けるに違いない。

その礼三郎を思い続けるお春の星風まどかも、この人物が長屋の隣に住んでいたらそれは惚れるよね、という絶大な説得力の上に、喜怒哀楽を全身で表した愛らしいお春を体現している。心に染まないことがあると必ず「ちぇっ!」と吐き出す、この台詞自体が宝塚のトップ娘役としてはまず口にしないものだと思うが、幾度もある「ちぇっ!」に、怒り、寂しさ、切なさなどその場の感情がきちんと乗っている上に、思いっきりのふくれっ面や、ほとんど白目を剝いているほどの、変顔すれすれの不機嫌な表情を大胆に見せて尚、お春がひたすら可愛らしいのは驚異的だ。そこには、礼三郎のお春を見つめる瞳の温かさも大きな役割を果たしていて、宝塚歌劇という世界のなかで、愛に溢れるトップコンビが生み出すものの尊さをしみじみと感じさせた。

峰沢丹波守の永久輝せあは、政そっちのけで骨董にうつつを抜かし、しかもやすやすと偽物をつかまされているという、組の二番手披露の男役にとっては、決して演じやすくはないだろう役柄を、おおらかな明るさを貫いて務めていてる。自己紹介ソングとも言えるあっけらかんとした歌唱にもリズム感があり、何より居住まいのすべてが華やかなのが、組の中核を形成する男役としての資質の高さを改めて示していた。
その弟、秀千代の聖乃あすかも、岡惚れしている藤尾のことしか頭にない、花咲藩大丈夫なのか…と家臣でなくても心配になるお花畑気質の弟君をてらいなく演じて、十分に笑いも取る思い切りの良さが清々しい。しっかりしろよ~と思わせながらチャーミングというのは、宝塚の男役としてやはり大きな武器。小姓・空丸の美空真瑠との掛け合いのカリカチュアも面白かった。

その藤尾の父・遠山満右衛門の綺城ひか理は、大劇場公演としては花組に復帰して初の舞台で、娘可愛さのあまり仕える殿も巻き込もうとする役柄を嫌味なく演じている。欲を言えばこの人には、いま少し若い役柄をまだまだ演じて欲しいが、与えられた持ち場を丁寧に務める真摯さが美徳に感じられた。また男役陣では、丹波守がつかまされた偽物から壮大な時代絵巻になる場面での、平敦盛で見せた美しさがひと際印象的な帆純まひろ、瓦版売りで闊達な歌声を響かせた一之瀬航季と侑輝大弥が目に立つし、希波らいと休演でおとみに付き従う丁稚・三吉に扮した天城れいんが、儲け役を十分に活かした好演が印象的。そうしたホープたちの活躍に並んで、おとみの父・香川屋宗吉の羽立光希の朗らかな歌声が、この舞台の世界観にピッタリとあって耳に残った。
娘役では、お春と礼三郎をめぐって恋のさや当てを展開するおとみの星空美咲の、早い抜擢で積み上げた経験値の高さからくる演技力、表現力がやはり群を抜くし、藤尾の美羽愛の秀千代が夢中になるのもうなづける可憐な佇まいが際立った。二人共に終幕でお春にきちんと謝罪する潔さが、舞台の爽やかさの要因にもなっている。
そして、この公演を最後に惜しくも退団した、お春の父・志村狂斎の和海しょうは、花組の歌唱面を長く支えた人だが、骨董狂いの困り者を「ありゃ、いい人だ」と礼三郎に言わせる憎めなさで演じて、演技者としても見事な有終の美を飾った。骨董屋の主人・道具屋六兵衛の航流ひびきは、近年とみに演技に深みが出てきただけに、ここでの退団が非常に残念でならない。そして、「花娘」の矜持を貫き続けた麗姫の春妃うららが、彼女の為に用意された大役で美しき娘役の集大成を示したのが嬉しい。この「花娘」の伝統を、是非、咲乃深音や、朝葉ことのなど、近年大きな働き場を得ている娘役たちに引き継いでいって欲しい。
更に、「お待ちください!」のひと言の凛とした台詞発声が耳に残る天風院の組長・美風舞良、この公演では専科からの特出で、千秋楽後副組長に新たに就任した蘇芳の紫門ゆりやの、花道での小芝居も楽しい品のある男役ぶりが目に残るなか、丹波守の母で山寺の寺院を守る蓮京院の京三沙の、どっしりと落ち着きのある芝居のなかからこぼれ出る可笑しみの巧みが、さすがは専科生の見事さだった。

そんな、どこかアバンギャルドな時代劇オペレッタのあとに、品格を持ち美しい色の氾濫と、馥郁たる香りを湛えたレビュー作品を求め続ける岡田敬二の「ロマンチック・レビュー」シリーズ第22作ネオ・ロマンチック・レビュー『GRAND MIRAGE!』が並び立ったことも、この花組公演全体の色を決めている。一度聞くと覚えられる主題歌を持ち、大向こうから「愛」を語るレビューというのは、宝塚歌劇でもいまは少なくなっていて、そこに冒頭述べた通り現代の香りを併せ持つ柚香光がセンターに立った時、実に新しい化学反応が生み出された。

芝居と同じく、どんなフォルムも抜群に決まるのに、どこまでも自由で、良い意味の抜け感がある柚香のダンスの魅力が最も生きるのは、謝珠栄振付による「夜の街の幻影」なことは論を待たないと思うが、東京公演で更に趣を深めた「遥かなるミラージュ」で見せた、砂漠に足を取られていることがハッキリとわかる歩き方から立ち上るドラマ性や、名場面として知られる「シボネー・コンチェルト」に「いま」を吹き込んだラテンシーンのリブートなど、柚香のショースターとしての輝きが満載。星風まどかとのデュエットダンスも、実に多彩に用意されていて、そのいずれにも、異なるドラマが感じられることも、レビューの見応えを倍加した。

「VIVA カンツォーネ!」の明るい輝きが殊更に印象的だった永久輝せあ。その永久輝とほぼ同等の活躍を見せた聖乃あすかの躍進ぶりをはじめ、娘役陣にも大きな見せ場が多いのも岡田レビューの良さ。星風との白一色のデュエットダンスの引っ込み際に、柚香が「どうぞ!」とばかりに場面を託す朝葉ことのが披露したエトワールの歌声が響くパレードまで、宝塚を観たという充実感に満ちたレビューとなった。 

この東京公演を前に、柚香光と星風まどかコンビが、次公演ミュージカル『アルカンシェル』
~パリに架かる虹~で、トップコンビとして存在する期限を定めたことが発表され、それは同時に二人を頂点としたいまの花組で観られる、これが最後のレビュー、ショー作品になることを意味してもいた。トップスターとして柚香が走り続けた年月は、平均的に考えて短いということではないものの、コロナ禍のただなかにその期間の大半があり、この公演でようやく再開した東京公演での囲み取材が柚香にとって初めてだった事実や、東西で全ての上演期間を完走するという、コロナ禍前には誰もが当たり前だとしか思っていなかったことが未だ目標になっているなど、イレギュラーな要素があまりにも多い。それが柚香率いるいまの花組を愛した人たちにとっての、惜別の思いをより色濃いものにしているのは無理からぬことだろう。そうした思いが長く尾を引くなかで、この二本立てが残した多幸感、宝塚歌劇団でしかあり得ないと思える美しさを、曇りなく維持し続ける努力を宝塚には粉骨砕身続けて欲しい。それが交わされる視線や、指先の動きにまで互いへのリスペクトがあふれている名コンビを惜しむ人々の胸中に報いる、ただひとつの道に違いないのだから。

【公演情報】
宝塚歌劇花組公演
オペレッタ・ジャパネスク『鴛鴦歌合戦』
~原作 映画「鴛鴦歌合戦」(c)日活株式会社 監督/マキノ正博 脚本/江戸川浩二~
脚本・演出:小柳奈穂子
ネオ・ロマンチック・レビュー『GRAND MIRAGE!』
作・演出:岡田敬二
出演:柚香光 星風まどか  ほか花組
●9/2~10/8◎東京宝塚劇場 

【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】 
  


  

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