『神話、夜の果ての』稽古場リポート到着!

詩森ろば作・演出で、7月5日に東京芸術劇場シアターウエストで初日を迎えるserial number11『神話、夜の果ての』の稽古場写真と稽古場リポートが届いた。

『神話、夜の果ての』はカルト宗教2世に焦点をあて、よるべない現代人の痛みに寄り添いなが ら、痛ましい精神の軌跡と結果としての犯罪を描く詩森ろばの新作となる。

【稽古場リポート】

野中広樹

例年より約2週間遅れて梅雨入りした東京だが、参宮橋にある稽古場の見学にうかがった2日間は青空が広がり、ぐんぐん気温があがるなか、集中した稽古がおこなわれていた。稽古が始まってから23日目と24日目、『神話、夜の果ての』の稽古のようすを見学した。

1994年にオウム真理教による「松本サリン事件」が起きてから、早いもので今年は30年目にあたる。翌年の95年3月には、地下鉄サリン事件が起きて、死者14人、重軽傷者6千人以上という大勢の犠牲者が出た。

「救済」を目的に生まれたカルト教団は、時代の要請もあるのか、次第に大規模化し、入信した本人だけでなく、その家族にも大きな影響を与えるようになる。たとえば、芦田愛菜主演で映画化された今村夏子著『星の子』(朝日文庫)は、「あやしい宗教」に入信した両親を持つ中学3年生の視点から描かれた物語として記憶に新しい。詩森ろばの新作『神話、夜の果ての』も親が入信し、宗教施設で幼少期を過ごした子供たちの物語である。

〈2024年6月25日〉

この日は2回目の通し稽古がおこなわれた。しかも、効果音を入れておこなう初めての通し稽古となる。リラックスした空気のなか、川島鈴遥が「緊張します」と誰にともなくつぶやく。ベテランの杉木隆幸と廣川三憲は無言で、それぞれがゆっくりと同じところを往復しながら集中力を高めていく。

舞台中央に鉄製の頑丈そうなベッドが一台。稽古場の舞台装置はそれだけだ。そのうえに坂本慶介が片膝を立てて座っている。田中亨は下手前方で、舞台を見つめながら待機していた。

面白いのは舞台中央のベッドの上で流れる時間と、その周囲で語られる時間とが異なっていることだ。大きく分けると、ベッドの上では、それが起きた「過去」、そして、その周囲では進行中の「現在」が描かれる。つまり、舞台を見ながら観客は、ふたつの時間を体験することになる。それだけではない。「過去」に起きたことは、どこか「夢」のようでもあり、過去と現在、夢と現実という重層的な世界に誘(いざな)われるのだ。

通し稽古が終わり、休憩時間になると、坂本と田中は、まずスマホのチェックをしてるのが印象的だった。川島はグミを食べながら休憩している。その後、作・演出家の詩森ろばと廣川、杉木、川島はドーナツを食べて、休憩後に備えた。

舞台は通し稽古2回目にしては、驚くほど完成度が高いものだったが、詩森は「高いところで安定しているし、完成度はあがっているけれど、おたがいにもらいあえていない気がする」と指摘。

演劇とは観客の目の前で実際にやってみせるものであり、その場で何かが起きないと本来の魅力は半減する。だから、完成度の高さと同時に、そこで起きる「化学反応」のようなものが不可欠だ。それゆえ、さらに劇的な舞台を目指すための微調整がおこなわれた。

くり返し伝えられたのは「段取りに見えないように」「予定調和にならないように」ということで、この先どうなるんだろうとドキドキしながら惹きつけられる舞台に仕上げたいという思いが伝わってきた。

 通し稽古の後、長台詞があるミムラ役の坂本は、作・演出家の詩森と台詞の内容について、細部にわたる解釈の擦り合わせをおこなった。精神科医役の廣川は、演出家に何度も演技の方向性を確認していた。

この日の稽古では、どの俳優も完全に台詞が入っており、舞台にかけても遜色ないほどの出来ばえだった。とりわけ弁護士を演じるクボタ役の田中が、志に燃える若手弁護士らしく、内に秘める情熱がひしひしと伝わってきてよかった。

〈2024年6月26日〉

奇しくも稽古を取材した2日目は、松本サリン事件が起きた6月27日だった。そんなことを考えながら稽古場に入ると、芝居の演技を開始するタイミングの「きっかけ」を確認したり、立ち位置の確認などが丁寧におこなわれていた。それから前日に続いて、ミムラの長台詞についての確認が、詩森と坂本のあいだで時間をかけておこなわれた。その後、休憩を挟んで、3回目の通し稽古。

 前日の通し稽古は、完成度が高いものだったので、今日はどうなるのだろうと思っていたが、それぞれの俳優は、いったんできあがった完成像の一歩か二歩手前まで戻り、いろいろな可能性を試していた。作りあげた役をいったん途中までほどき、そこから新たに作り直す感じだ。そのような試行錯誤の積み重ねが、新たな可能性を生んでいき、舞台上で起きる不測の事態にも対応できるようになるのだろう。

通し稽古を終えた演出家の詩森は「これまででいちばんよかった」という言葉に続き、「再現性を考えるよりも、今日の感じにできるようにやってみよう」と提案した。そのうえで、細部についての改良点を具体的に確認しあった。

この日の稽古でいちばん印象が変わったのは、前日、詩森と時間をかけて長台詞について解釈の確認作業を続けていたミムラ役の坂本だった。前日は自分の内面を見つめつづけて、そのなかに引きこもっているような印象だったが、今回の通し稽古では、声の出しかたを少し大きくしたことで、宗教施設内の毎日の生活に対して、抵抗するエネルギーというか怒りのようなものが見られるようになったのだ。

そういった演技を正面から見つめていた詩森は「(舞台で起きている出来事が)ずっと現在進行形だった」と伝えた。新しいことが稽古場で起きていることが感じられる。このようにして、毎日、稽古場でのやりとりを通して、新たに生まれる演技を見るのは楽しいものである。

昨年の12月から今年の2月にかけて、篠田節子著『仮装儀礼』がNHK衛星BSでドラマ化されたが、これも宗教という新ビジネスをめぐる物語で、それに大学生役で出演していた川島は今回が初舞台。子どものときから宗教施設内で育てられたシズル役を、ミムラ役の坂本ととともに演じる。

宗教施設内の教育係キジマと刑務官を、serial number公演では常連の杉木、精神科医をナイロン100°Cの廣川三憲が演じる。どちらも若くて勢いのある俳優たちに負けない、落ち着きのある重厚な演技を見せる。

宗教は心のなかで起きている出来事であり、目に見えないものであることが多い。信仰とはきわめて個人的なものであり、生きる拠りどころとしている人もいる。そういった内面的なものを言葉と演技によって見えるものに変換していく。それは複雑で微妙な作業だ。

『神話、夜の果ての』はいくつかの生と死をめぐる神話的な物語であり、その背景にはオウム真理教の事件に加えて、2022年7月に起きた安倍晋三銃撃事件も透けて見える。さらにこれらの出来事は、なんらかのかたちで現在にも続いている。安倍晋三銃撃事件の山上徹也被告は、精神鑑定の結果、「完全責任能力」があるという報道がなされたばかりだ。

5人の俳優たちは、宗教二世であるミムラと関わることでどのように変わっていくのか。信仰とは、宗教とは人に何をもたらすものなか。そして、それぞれの登場人物たちは夜の果てに何を見たのか。それを劇場で確認してほしい。

【公演情報】

serial number11『神話、夜の果ての』

作・演出:詩森ろば

出演:

坂本慶介

川島鈴遥

田中亨

杉木隆幸

廣川三憲 

●7/5〜14◎東京芸術劇場シアターウエスト

https://serialnumber.jp/next.html

 

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