繰り返す同じ1日が人生の意味を変えてゆく!ミュージカル『Groundhog Day』

眠りについても、ついても、また同じ1日に戻ってしまう永遠のタイムループに巻き込まれた青年を通じて、真の幸福が見えてくるミュージカル『Groundhog Day』が東京国際フォーラムホールCで上演中だ(22日まで。11月27日~12月1日大阪・新歌舞伎座、12月5日~8日愛知・御園座で上演)。

この作品は90年代で最も優れたコメディ映画のひとつとと称えられた1993年公開のアメリカ映画「Groundhog Day(邦題:恋はデジャ・ブ)」を基に、2016年夏、ロンドンのオールド・ヴィック劇場で世界初演されたミュージカル。その後2017年春からニューヨークのブロードウェイでも上演され、多くの観客を魅了。2017年のローレンス・オリヴィエ賞で「最優秀新作ミュージカル賞」と「ミュージカル部門主演男優賞」を受賞。さらに同年のトニー賞ではミュージカル作品賞を含む7部門へのノミネートを果たした。

今回の上演はそんな作品の日本初演で、アメリカ・ペンシルベニア州の小さな田舎町で、毎年2月2日に行われる平凡なお祭り「グラウンドホッグ・デー」の1日を永遠に繰り返すことになった天気予報士の主人公・フィルに、近年舞台での活躍が目覚ましいWEST.の桐山照史を迎え、数々のコメディ作品を世に送り出す福田雄一が演出を担当。トップ娘役を務めた宝塚歌劇団を退団後、ミュージカルを中心に活躍し2024年第31回読売演劇大賞優秀女優賞を受賞するなど活躍を続ける咲妃みゆ。NHK朝の連続テレビ小説「虎に翼」でも話題を振りまき、本作でミュージカル初挑戦を果たす戸塚純貴。ミュージカル映画「リトル・マーメイド」の日本語吹替版で主人公アリエルの声及び歌唱を担当した抜群の歌唱力に定評がある豊原江理佳。さらに、ミュージカルへの出演も多く、多くのジャンルで存在感を示す川久保拓司ら、多彩な顔触れが集結。タイムループから抜け出せない主人公が、時に破天荒に、時に自暴自棄に陥りながら過ごす「今日」によって成長していく姿を、笑いに次ぐ笑いのなかから生まれる落ちるひとかけらの尊い輝きで描いていく。

【STORY】

テレビの人気天気予報士として活躍し、人に持てはやされることに慣れ、いつしか自己中心的な態度をとるようになっているフィル(桐山照史)は、「グラウンドホッグ・デー」(※2月2日に冬眠から目覚めた大きなリスの一種であるウッドチャック〈別名グラウンドホッグ〉の動きで、春の到来を予想する天気占いの行事)の実況中継をするため、アソシエイト・プロデューサーのリタ(咲妃みゆ)、カメラマンのラリー(川久保拓司)と共にペンシルベニア州のパンクサトーニーにやって来た。

だがフィルは退屈な田舎町で行われる天気占いの中継に文句たらたら。午前6時、グラウンドホッグ・デーを告げるラジオのDJの声で目を覚ましたフィルは、コーヒーを勧める民宿の女主や、通りで出会った高校時代の同級生ネッド(戸塚純貴)にも不機嫌な態度を取ったまま、町の広場へ向かう。
おざなりの中継を済ませ、仕事を終えたフィルたちが町を後にしようとした時、吹雪が町を襲い、道路は閉鎖され電話も不通という事態に見舞われた一同は、やむなくもう一泊することに。
一夜が明け、朝午前6時。昨日と同じようにグラウンドホッグ・デーを告げるDJの声に驚いたフィルに、民宿の女主は昨日と同じにコーヒーを勧め、通りで出会った同級生ネッドはフィルとの「久々の」再会に昨日と変わらぬ反応を示す……そう、何もかもが昨日と全く同じ。そしてまた吹雪にあい、道路は閉鎖され、町に閉じ込められ、また一泊…。夜が明けるとまた午前6時。今日も同じ1日が始まる……。

フィルは自分だけが永遠に同じ2月2日を繰り返していることに気づく。はじめは混乱したフィルだったが、明日が永遠にやって来ないのであればいくら食べても太らないし、どんなに飲んでも二日酔いにならない、この特権を利用しない手はないとばかりに大暴れ。町で出会ったナンシー(豊原江理佳)と、繰り返される時間のなかで得た情報をインプットし続け、運命の出会いを演出したり、仕事仲間としてフィルと一線を引き続けるリタを口説いたりと、永遠のタイムループを楽しもうとしていくが……

「それでも明日はやってくる」は演劇や創作の世界に於いて、だからつまりは人生に於いて、変わらぬ希望として描かれてきた概念にほかならない。照る日もあれば、曇る日もあるのが「生きる」ということだし、結局人生は誰にとってもプラス、マイナスゼロ「プラマイゼロだ」という人生哲学もある。どんなに絶望し、もう良いことなどはひとつも起きないとまで気持ちが落ちていく眠れぬ夜を過ごしたとしても、必ずいつか空は白んで朝がやってくる。それは全く新しい、たとえ万に一つとしても、いま抱えている困難が解決に向かう可能性を秘めた新しい明日だ。だからこそ人はこの不確かな世の中をなんとか生きていくことができるのだろう。

だが、その明日が来ないとしたら?をテーマにしたこの作品ミュージカル『Groundhog Day』はそんな、よくよく考えるとかなりダークな「if」を具現化した作品だ。もちろんフィルは閉じ込められた「Groundhog Day」で命の危険にさらされる訳でも、食べるに困る事態に陥る訳でもない。都会に生きる彼にとってはちょっと退屈な、でも平和な田舎のイベントが繰り返されるだけだ。それでもその同じ1日がEndlessで続くことは、どう考えても相当なストレスにさらされる日々に違いない。しかも自分の意識や記憶、習得した知識は「永遠の1日」を記憶し続けていくのだから尚更だ。それでもフィルはそんなタイムループを特権だと考え、賑やかに遊び倒すようになる。彼の意識のなかでだけは昨日だったはずの「今日」、女性が好む飲み物を注文するのを見聞きしていれば、翌日のはずの「今日」先回りして、同じ飲み物を注文するなどわけもない。こんなに効果的なカンバセーションピースが永遠にくる「今日」を積み重なれば、相手がフィルを運命の人と勘違いするのも当然だ。こんな状況を利用して、面白おかしくやりたい放題に生きていこう!と思考を転換させられる、フィルのポジティブシンキングには感心させられるし、そうした繰り返しによって起きていく仕組まれた偶然や、思い込みをどこかシチュエーションコメディのように、ある意味刹那的な笑いに持っていく福田雄一の演出も、この作品に非常によく合っていると感じる。

ただ、たった一人フィルだけは、この繰り返される「今日」をすべて覚えている。彼にだってもちろん感情はあって、そうした小さな積み重ねで相手のことを知れば知るほど、彼の気持ちも蓄積され変化していく。そんな思いが募るあまり、自分が置かれた人知の力では説明がつかない状況を打ち明けもする。そのことに驚きながらも、なんとかフィルに「明日」をもたらそうと力を尽くしてくれる者も現れる。けれども朝が来てはじまる同じ「今日」では、その相手はフィルの告白を何も覚えてはいない。同じ挨拶、同じ「グラウンドホッグ・デー」の賑わいを喜ぶ言葉が繰り返されるだけだ。この状況が切ないでなくてなんだろうか。

そうした切なさを感じるからこそ、フィルが繰り返される永遠の今日のなかで、人に対した無意識の傲慢な振る舞いを改めていき、確実に瑞々しい人間性を取り戻していく姿を応援したい気持ちになるし、未知の明日がくることがどれほど幸福なのかが、知らずしらずに心にしみてくる。しかもコメディのベースを手放さないまま。このミュージカルの真価はそこにあって、おとぎ話のような二村周作の美術や、十川ヒロコの衣裳、物語の摩訶不思議な部分を助ける髙見和義らのスタッフワークが作品の軽やかな世界観貫いたことも、大きな力になっている。

そんな舞台で主人公フィル・コナーズを演じた桐山照史の、明るい持ち味が役柄のポジティブな姿勢に説得力を与えている。大きな人気を獲得しているWEST.の一員としても活発な活動を続けている桐山だが、近年は精力的に数々の舞台作品でも躍動していて、そうした蓄積がこのフィル役に結実している。何より傲慢で自己中という冒頭からしばらくのウィルの言動にも、決して根っから悪い人間ではないと思わせる温かさが垣間見えるのが貴重。それが、物語が進むにつれて、素直にウィルに感情移入できる要因のひとつともなっている。上島雪夫、福田響志の多彩な振付も軽快に踊り、はじめてだったというタップダンスも手中に収め、温かさが生きる主演ぶりだった。

番組アソシエイト・プロデューサー、リタの咲妃みゆは、生真面目でフィルに対しても務めて一線を引こうとしていた女性が、繰り返される「今日」のなかで、変わっていくフィルによって、喜怒哀楽の表し方が異なってくる、でも彼女にとっては全く新しい2月2日を過ごしているだけ、という難しい居どころを持ち前の高い演技力で表現している。グラウンドホッグ・デー」に初めてやってきて感想を言うシーンなど、何回あったろうかと思うほどだが、その都度台詞の鮮度を落とさないのはたいしたものだし、一転、突然熱血になるシーンのギャップの可笑しさもとびっきり。恋心を抱きながら、仕事を決してないがしろにしない、現代の愛すべきヒロイン像を具現していた。

フィルの高校時代の同級生ネッドの戸塚純貴は、町中でフィルに鉢合わせしたときの、あまりにも不自然なすれ違いをしっかりと笑いに持っていける、さすがは福田作品の常連らしいツボを心得た芝居が目を引き、舞台を横切る動きひとつにも可笑しみがあふれる。ミュージカルには初挑戦とのことで、歌いあげるには至らないものの、芝居歌としてのペーソスがあって役柄を効果的に見せてくれた。

フィルがそのセクシーさにひと目で興味を引かれる女性、ナンシー・テイラーの豊原江理佳は、可憐な容姿とパワフルでエネルギッシュな歌声でミュージカル界での存在感を日々高めている人材。役柄としてはワンポイントの出番が、この作品ならではのこととして延々と繰り返されるが、そのすべてにきちんとインパクトを与えているだけでなく、街の人々としても大活躍。どこにいても目を引いて、作品全体のアクセントになっている。

カメラマンのラリーの川久保拓司は、何をしてもうまい実力派としても、またミュージカル作品への経験値の高さにも、作品を支える力があって出てきてくれるだけで安心感がある。それでいて、コメディシーンの弾けっぷりも楽しく、二役の演じ分けでも個性を発揮していた。

他のキャストにも、ベタと言えばこれ以上ないほどベタな口調のピアノ教師をインパクト強く演じる可知寛子をはじめ、全員に目立つシーンや役名が用意されているのが好ましく、カンパニー一丸となって、この同じ1日が繰り返されるドラマの先に見える大切なものを、届けてくれる舞台だった。

なお、雪の降る永遠の2月2日を共に体験する為に、客席の温度設定が抑えられているので、観劇には温かい上着やひざ掛けの持参をおススメしたい。きっと永遠の1日を生き続けるフィルが体験していることを、感じ取れる時間になるはずだから。

【公演情報】
ミュージカル『Groundhog Day』
脚本◇ダニー・ルービン
音楽・歌詞◇ティム・ミンチン
演出◇福田雄一
翻訳・訳詞◇福田響志
出演◇桐山照史 咲妃みゆ 戸塚純貴 豊原江理佳 川久保拓司 ほか
家塚敦子 井上花菜 岡田誠 可知寛子 ぎたろー 小山侑紀 坂元宏旬 高橋卓士 竹内真里 茶屋健太 常住富大 伯鞘麗名 堀江慎也 横山敬 横山達夫(五十音順)
スウィング 高山裕生 田中真由
●11/11~22◎東京国際フォーラム ホールC
〈料金〉S席15,500円 A席10,000円(全席指定・税込)
〈公式サイト〉https://groundhogday.jp/

ツアー公演
●11/27~12/1◎大阪・新歌舞伎座
●12/5~8◎愛知・御園座

【取材・文・撮影/橘涼香】

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