歌舞伎座「十二月大歌舞伎」第一部『あらしのよるに』中村獅童・尾上菊之助 取材会レポート
人気の新作歌舞伎『あらしのよるに』が、「十二月大歌舞伎」の演目として、12月3日~26日に歌舞伎座にて上演される。
狼のがぶと、山羊のめい。本来なら食うか食われるかの関係にある二匹が、ある嵐の夜、お互いの正体を知らないまま出会い、やがて不思議な友情を育んでいく…という物語の絵本『あらしのよるに』。1994年の刊行以来、愛され続けて、今年で30周年を迎えたこの作品を原作とする新作歌舞伎『あらしのよるに』は、2015年の南座での初演以来、再演を重ねている人気演目である。2016年に歌舞伎座で一度上演されているが、12月3日に幕を開ける「十二月大歌舞伎」の第一部で、8年ぶりに再び歌舞伎座に“凱旋”することになった。
5回目の上演となる今回は、狼がぶ役の中村獅童はもちろん、狼のおばばの市村萬次郎、狼がいの河原崎権十郎、山羊のおじじの市村橘太郎、山羊のはくは市村竹松など初演から変わらぬメンバーに加えて、八代目尾上菊五郎の襲名を来年に控えた尾上菊之助が山羊のめい役で初参加するほか、狼ぎろ役の尾上松緑、山羊たぷ役の坂東亀蔵も初役となる。
また、獅童の長男・中村陽喜が幼いころのめい、次男の中村夏幹が幼いころのがぶ役で出演するとともに、獅童はがぶだけでなく、がぶの父親である狼の長との2役を勤めることも決まった。さらに、獅童とともに超歌舞伎を盛り上げてきた澤村國矢が、この作品で師匠・澤村藤十郎の前名である澤村精四郎を二代目として襲名する注目の公演となっている。
11月上旬、都内で中村獅童と尾上菊之助が取材会を行った。2023年の新作歌舞伎『FINAL FANTASY X』(以下FFX)で久しぶりに共演して以来、今年の六月大歌舞伎『上州土産百両首』でも共演、公私ともに信頼関係を深めているふたり。挨拶の後、質疑応答が行われ、作品の魅力や自身の役、公演への思いなどをそれぞれ語った。
【挨拶】
中村獅童
5度目の再演ということで、また配役も一新しての上演となります。今度は私の倅の陽喜、夏幹も出演します。どうぞよろしくお願いいたします。
尾上菊之助
『あらしのよるに』30周年、本当におめでとうございます。その記念すべき年にこの作品に参加できることができて、こんな嬉しいことはありません。今年は(中村)壱太郎さんが先に京都・南座で山羊のめいを演じられました。先日も獅童さんとお話をさせていただき、この作品を再演するたびにいろいろな発見があり、また新たな気持ちで作っていくと仰いました。お稽古の時にいろいろ獅童さんに伺いながら役を作っていきたいと思っています。
【質疑応答】
──今回また歌舞伎座で上演です。菊之助さんというめい役については?
獅童 めいのお役は、もしかしたら雌(めす)なのと思われるような瞬間があります。(尾上)松也さんの時もそうでしたが、やはり女方の経験がある方に、菊之助さんは女方の修業ももちろん立役もおやりになるし、菊之助さんにぜひやっていただきたいと、『FF(X)』に出演させていただいた時、ちらっとお話をさせていただいて、快く引き受けてくださった。大変心強く、ありがたく、嬉しいです。今までも『FF』までは10年近く共演することもありませんでしたが、6月も共演させていただきましたし、また新しい『あらしのよるに』ができると思います。
菊之助 『FF』のちょうど昼夜の間にいらして、このお話をいただきました。新作でこれぐらいの短いスパンで5回再演されるのは、やはり幅広い世代の方、世界中に愛されているこの絵本を獅童さんが歌舞伎にされたわけです。テーマにある友情、それから感じるのは、嵐の中で2人が出会い、どういうふうに共通点を見つけていくのかが、この作品の一番大事なところなのではないかということ。『FF』以前にはしばらく共演はなかったですが、それ以降、獅童さんは私が出演している地方の劇場にも来てくださって、食事をしながらお芝居やこれからの歌舞伎など、いろいろなお話をさせていただきました。それからずっと親密にさせていただいて、今年の6月も共演させていただいて、2人の関係性や普段話していること、親密にさせていただいていることがとても舞台に生かされているのではないか。『あらしのよるに』という、(狼と山羊の)食うか食われるかの関係ですが、それがどのように仲良くなっていくのかを丁寧に、お稽古でお話ししながら作っていければと思います。
──今回は陽喜君と夏幹君も出られますが、獅童パパとしてはどのようなお気持ちですか?
獅童 2003年に「てれび絵本」というNHK Eテレの読み聞かせ番組で、全動物の声をやらせていただいたのが、この作品との出会いでした。ちょうど私が浅草公会堂の新春花形歌舞伎で『四の切』をしていた時で、『四の切』は狐が親狐の(皮でできた)鼓を求めるという歌舞伎の中でのファンタジーで、歌舞伎では人間が狐を演じる場合もありますから、『あらしのよるに』もすぐにこれは歌舞伎にできるね、なんていう話を母としました。そうこうするうちに母も亡くなり、2015年に南座で獅童で何か演目をという時に、せっかくだから母と話していた『あらしのよるに』をやらせていただけたらということで始まったんです。京都は母の故郷ですし、そこでできたらなと、自分が企画を立ち上げてやったつもりでしたが、初日前日に松竹の方に呼ばれて、叱られるのかなと思ったら、2003年に、母が「いつか獅童が自分の責任興行が打てるような役者にもしなれたら、これをいつかやらせてやってほしい」と全て手書きの企画書を持ってきたんだと…。亡くなった後で少しは親孝行できるかなという気持ちでいましたが、またもや母に助けられました。そんな思い入れのある作品に、今度はまさか自分の息子が出演するなんて、当初はまだ陽喜も夏幹も生まれていませんでしたから、思っていませんでした。私の演じるがぶは、いじめられっ子で誰にも相手にされず、ちょっと気が弱くてお人好しの狼ですが、めいと出会うことで彼自身も成長していきます。この作品のテーマである「自分は自分らしく、自分を信じて」というのは、まさしく私が20代でまだまだ歌舞伎のお役がつかない時代に母に言われていたことで、それが、自分の未来に向かって歩んでいく上での支えとなり勇気となった。「あなたはあなたらしく」というのは、特に弟の夏幹には、今はまだわからないかもしれませんが、そういうテーマ、メッセージ性のある作品に出たことが、彼がこれから生きていく上での勇気みたいなものに繋がってくれたら嬉しい。もう5回目なので、これだけやらせていただけたら、10年、20年、30年、私がこの世から去った後も作品としては生き続けてほしい。やはり絵本と歌舞伎には普遍性があると思います。こういったストーリーが数多くの方たちに愛される時代になれば、もっともっと世の中では、偉そうな言い方になりますが、いい時代になっていくのではないかなという思いも込められています。
──今(子息の)お2人は何か稽古をされていますか?
獅童 まだ稽古はしていませんが、この間ちょうど衣裳のひびのこづえさんのデザイン画が上がって、それを見せたら、やはり舞台に出ることがとても好きなので、テンション上がっていました。陽喜は1、2歳ぐらいから『あらしのよるに』のDVDをずっと見ていて、夏幹もずっと見ていて、どっちが狼をやるかで喧嘩になるかなと思ったら、陽喜は立役と女方両方をやりたいそうで「僕はめいをやりたい」と。なっちゃん(夏幹)は「僕は絶対がぶ」「じゃあそれでいいよ」と、もめることなく決まりました(笑)。がぶのおどけた場面とかを、一生懸命真似しています。
──陽喜さん、夏幹さんが登場する場面が新しくありますが、どんな場面ですか?
獅童 狼の長はがぶの父親ですが、長の役は夏幹との絡みがあって、「お前はお前らしく生きればいい」という一番大事なことを伝える場面があるんですね。なので、今回はがぶの父親役を獅童がやったらどうなんですかと藤間勘十郎先生が仰って…だから2役です。先ほども言いましたが、役者として、1人の人間として、夏幹がこれから生きていく上でも、そのテーマ性、大切な言葉がずっと心に残っていてくれたら嬉しいという思いもございましたので、それが正解かどうかわかりませんが、僕はがぶ1役のつもりでしたが、“皆様が”そう仰るので、今度は父親役をやらせていただきます(場内笑い)。陽喜は、冒頭で山羊の群れの踊りの場面がありますが、そこで一緒に踊らせていただけるみたいです。冒頭が今までとガラッと変わって、短いのですが、子どもが出る場面が加わります。
──菊之助さんはめいの姿がすごく可愛らしいですが、ご自身でご覧になっていかがですか?
菊之助 原作を読んでも、美味しそうに見えないといけないなと思って…愛くるしく(場内笑い)。でも、嵐の夜の次の日に会って、怖いながらもお互い近寄っていく芯の強さみたいなものもないと、この役は成立しないと思いましたので、そういうところを出せれば。
──めい役は、松也さんや壱太郎さんがされていますが、どういう印象を受けたか。それを踏まえて、めい役をどういうふうにやっていきたいですか?
菊之助 実は松也さんに先日電話をして、初演の時にがぶとめいの関係性をどういう風に構築していったのか、ちょっとお話を聞きました。少し前なのでと前置きがありましたが、どういうふうに2人の関係性を築いたらいいかのディスカッションを数多くされたようなので、その話を踏まえて、今回も狼と山羊が一緒にいて不自然にならないような導入をしっかりと作れれば。壱太郎さんは、映像を拝見してとても愛くるしいめいを演じられていたので、私も芯が強いながらも愛くるしく演じていきたいと思います。
──すごく愛されている作品ですが、お2人が感じる作品の魅力は?
獅童 普遍性ですよね。人を思いやる気持ちや、自分を信じて自分らしく生きるということは、やはりなかなか簡単なようで難しいじゃないですか…。誰にも相手にされなかったけど、自分を信じて自分らしく生きていきたいというのは、どこか自分の若い時から今日までの、役者・中村獅童の人生観と非常にオーバーラップします。演じれば演じるほど、この作品のテーマ性が身にしみます。
菊之助 生命の根源みたいな感じはします。狼と山羊ですから、食うか食われるかの二極ですが、辿っていけば元々ひとつの命。今は分かれているけれども、例えばがぶとめいも、幼い頃に両親を亡くしてしまったとか、雷が嫌いとか、「風のうた」が好きとか、そういうお互いの共通点を見つけていき、獅童さんが仰ったように、自分らしく自分の信念を持って生きることができれば、乗り越えられない壁も、もしかしたら乗り越えられるかもしれない。人と人との交わりが難しくなっている今の時代に、この作品はとてもふさわしいのではないかなと感じます。
──この演目は、澤村國矢さんが二代目澤村精四郎を襲名する公演でもあります。國矢さんへの思いは?
獅童 國矢さんは、2016年に始まった超歌舞伎でずっと共演してきて、超歌舞伎の初音ミクさんのファンの方たちにすごく支持されたんですね。それも含めて、國矢さんが主役の回を作ろうと、リミテッドバージョンを作りました。非常に多くの方に観ていただき、ミクさんのファンの人たちも喜んでいただいた。その数ヶ月後、今度は歌舞伎座に行った時に、國矢さんがたまたま非常に出番の短い時で、超歌舞伎ファンの人たちは、國矢さんが出るということで歌舞伎座に観に行ったけど、ちょっとしか出てなくて、しかもその時は、言い方は悪いですが(その他)大勢みたいな役だったんですね。それが現実かもしれませんが、それだけじゃいけないなという思いで、なんとか國矢さんをステップアップさせてもらいたいと会社の方にお願いしました。それが21年か22年だったと思いますが、すぐに会社が國矢さんの師匠である澤村藤十郎のおにいさんにご相談にあがると、「自分の前名を國矢君に譲ってもいい」と仰ってくださった。ということは、お弟子さんから幹部の役者になる。一緒に歩んできた超歌舞伎の思い出や、共演が多かったので、自分が作った新作の中で、國矢改め精四郎を紹介できるのはやはり非常に特別な思いだし、そのお話は菊之助さんともしましたが、やはり技術があって、チャンスがあればいい役をやりたいと思っているお弟子さんは、まだまだ大勢いらっしゃる。そういう方たちにはやはり、どんどんチャンスを与えるべきですし、大切なものは守りつつ、変わらなきゃいけないところは変わっていかないと、何も変わらない。我々の時代で変えていくところは変えていく。そしてもちろん、先人の方たちが残していってくださった大切なものは守っていく。やはり「伝統と革新」が私の生き方ですし、1人ではどうすることもできませんが、菊之助さんともこれからもっといろんな話をして、歌舞伎界を動かしていきたい。なので、僕の中では第1弾といいますか、大好きな國矢さんが襲名するのは、やはり歌舞伎界に対してもすごく刺激になるのではないかなと思っています。
菊之助 國矢さんの精進と、それから心意気ですよね。若い頃から研鑽を積まれ、超歌舞伎でもリミテッドエディションでも多くの観客を魅了する。それにはやはり基礎となる土台がしっかりしていないと、いきなりチャンスを与えていただいても、お客様に応えることができなくなってしまいます。それはやはり師匠の背中を見て、師匠のようになりたいという憧れや、歌舞伎の舞台に対する思い、それから歌舞伎座の亡くなられた方たちに対する思いをもって精進をするからこそ、お客様に応えられる基礎ができているのではないかと思います。技術だけではどうしようもない、心意気だけではどうしようもない。そういう精進研鑽を積んだ國矢さんだからこそ、師匠も精四郎さんというお名前をお許しになられて、継がせようと思われたわけです。そういう方には私も刺激を受けますし、さらに精進しなければいけないという気持ちにさせてもらえるので、歌舞伎界全体として、精進研鑽を怠らず前に進んでいくという気持ちになるのではないでしょうか。
──子どもから大人まで楽しめると思うので、普段なかなか歌舞伎をご覧にならない方に、こういうところが面白いよとアピールするところは?
獅童 新作といっても、新しい技法は全然使っていません。超歌舞伎は最新技術を用いた新作歌舞伎ですが、これは絵本のノスタルジックさを表現するために、やはり歌舞伎が持っている技法、音楽でいえば長唄であり義太夫、演技でいえば踊りや立廻りがあって、歌舞伎の要素が全て凝縮された、古典にこだわったもの作りです。例えば古典歌舞伎で、義太夫を語った時に、言葉が難しくてわかりづらい。『あらしのよるに』は、義太夫節の語りも絵本の中の言葉で、非常にわかりやすいです。なので、それを観ていただくと、義太夫というのは役柄の心情を語っているんだなとよくわかり、これからまた古典を観た時、言葉は難しくても今は心の中の言葉を言っているんだなと、繋がっていくんですね。主婦の方などのお話をよく聞くと、子どもがまだ小さいから最近は歌舞伎を観に行くのは遠慮しているという方が多いんです。それに気づいた時に「子ども連れでも楽しめる」というのが1つのテーマにありました。南座でやった時は、お子様とお母様で一緒に笑ったりする姿を見て、作ってよかったと。また、自分自身は幼少期に母がいろいろな演劇を観に連れていってくれたことを、この歳になっても鮮明に覚えているし、今『あらしのよるに』を観てくれた人たちがやがて成人して、「昔、お母さんお父さんと歌舞伎観に行ったな」と思い出して、またその子たちが歌舞伎に帰ってきてくれれば嬉しい。今日明日のことももちろんとても大事ですが、やはり我々は10年後、20年後、30年後の歌舞伎もきっちり視野に入れておかないと。そんなこともよく菊之助さんとお話ししますが、これからどういうふうに観客も世代交代して、若い世代の方たちも歌舞伎を観てくださるようになるかは1つの大きな課題ですし、新作と同時に、やはり我々が守っていかなくてはいけない古典歌舞伎の伝え方の難しさも1つの大きな問題になっています。とにかく(『あらしのよるに』は)歌舞伎の入口として相応しい作品だと思いますし、歌舞伎を常日頃からご覧なっているお客様たちにも喜んでいただけるものにしたいという思いで作りましたので、楽しんでいただけたら。
菊之助 初演の時は学生さんがたくさんいらっしゃって、食い入るように観ていたと聞いています。大人から子どもまで幅広く愛される作品をという獅童さんの考えのもとで出来上がった素晴らしい作品だと思いますし、仰られたように、古典歌舞伎の手法を使っていらっしゃいます。古典の作品をやらせていただいて思いますが、虚(きょ)つまり嘘と実(じつ)の間に真実があるとよく感じるんですよね。男が女をやったり、ストーリー性でも、『千本桜』でも狐の親に対する思いに義経がうたれるとか。もちろん、演じて実を見せることも歌舞伎の手法の1つですが、狼と山羊が本当に友情になるかというと、現実では虚の世界で。それを戯曲として成立させて、友情それから自分らしく生きる、分断された2人がこれから未来に向かって歩いていくという、この虚の中に、人間として普遍的な大事なテーマが隠れていると感じています。
【公演情報】
歌舞伎座「十二月大歌舞伎」
日程:2024年12月3日(火)~26日(木)
休演:11日(水)、19日(木)
出演:坂東玉三郎、中村獅童、尾上松緑、尾上菊之助、中村勘九郎、中村七之助、中村雀右衛門ほか
演目
◎第一部 午前11時~
発刊30周年記念
きむらゆういち 原作(講談社刊)
今井豊茂 脚本
藤間勘十郎 演出・振付
『あらしのよるに』
二代目澤村精四郎襲名披露
がぶ 中村獅童
めい 尾上菊之助
たぷ 坂東亀蔵
みい姫 中村米吉
はく 市村竹松
のろ 市村光
幼いころのめい 中村陽喜
幼いころのがぶ 中村夏幹
ばりい 澤村國矢改め澤村精四郎
山羊のおじじ 市村橘太郎
絵師 市川門之助
がい 河原崎権十郎
狼のおばば 市村萬次郎
ぎろ 尾上松緑
〈公演サイト〉https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/882
【取材・文/内河 文 写真提供(C)松竹】