松竹創業百三十周年「四月大歌舞伎」上演中!

歌舞伎座では4月3日より4月公演、松竹創業百三十周年「四月大歌舞伎(しがつおおかぶき)」が上演中で、新作、古典、舞踊と、彩り豊かな演目で春らしい朗らかな舞台を堪能できる公演となっている。
昼の部は、直木賞と山本周五郎賞をダブル受賞した同名の時代小説をもとにした話題の新作歌舞伎『木挽町のあだ討ち(こびきちょうのあだうち)』から。
幕が開くと、さる大名家の重臣、伊納清左衛門(市川高麗蔵)が突然、遠駆けから帰ってきたばかりの嫡男、伊納菊之助(市川染五郎)に斬りかかる。父の急変に驚く菊之助が戸惑うのを尻目に、下男の作兵衛(市川中車)が清左衛門と斬り合い、そのまま逃亡。菊之助は、父の仇となった作兵衛を討つため、江戸へと向かう。

菊之助が向かった先は、江戸は木挽町にある芝居小屋・森田座。歌舞伎座のご当地“木挽町”での今回の上演では、原作で丁寧に描かれる芝居小屋の空気を実際の舞台上に表現しながら、主人公・菊之助を軸に物語が展開。若衆・菊之助を勤める染五郎が、冒頭のあどけなさが残る前髪立ちの姿から、父の仇を打つという強い意志を背負い、森田座の人々と関わる中で精悍に成長していく姿を鮮やかに見せていく。

公演に先立って行われた取材会で染五郎は「出てくる登場人物全員が愛すべきキャラクターで、これを歌舞伎の世界に落とし込み、先輩方の身体で実体化することにワクワクしております。『芝居っていいな』『歌舞伎ってすごいな』という熱さがこもった作品」と語った通り、菊之助に大きな影響を与える人物・狂言作者の篠田金治(松本幸四郎)はじめ、仇討ちの相手となる作兵衛、小道具方の久蔵(坂東彌十郎)、与根(中村雀右衛門)夫婦や女方役者のほたる(中村壱太郎)をはじめ、個性豊かな登場人物たちがそれぞれの事情を抱えながらも生活を営み、泣いて、笑って、生き生きと存在。芝居小屋にタイムスリップし、登場人物の一員になったような臨場感が場内を包み込む。
雪景色の芝居小屋の前に、遂に仇討ちに挑む菊之助が蛇の目傘をさし、真紅の衣裳を被いて現れると、客席のボルテージも最高潮。若衆が成し遂げる真の仇討ちを見届けた客席からは、割れんばかりの大きな拍手が送られた。

取材会で原作者の永井紗耶子は「菊之助は見た目が美しいだけではなく、心の豊かさ、芝居小屋の面々が支えたくなるような若者でもあり、まさに染五郎さんはそういう雰囲気」と話し、染五郎の祖父・松本白鸚、父・松本幸四郎の舞台も手がけてきた脚本・演出の齋藤雅文は、「菊之助が森田座の人たちに助けられながら成長していく物語には、家の芸を受け継いでいく染五郎さんご自身の姿とも重なります」と話している。
終演後のロビーでは、永井紗耶子と齋藤雅文がにこやかに話す姿が。劇中には、染五郎が筆を執った題字による芝居幕が使用され、こちらの題字は特別ポスターにも使用されている。

続いては、『黒手組曲輪達引(くろてぐみくるわのたてひき)』。

名作者・河竹黙阿弥が筆をふるい、歌舞伎十八番のひとつ『助六』のエッセンスが散りばめられた洒落た趣向の一幕。序幕では、美しい遊女の白玉(中村米吉)が醜男の番頭権九郎(松本幸四郎)をそそのかし、吉原を抜け出してくる。白玉には何か企みがある様子だが、すっかり浮かれ気分の権九郎の滑稽な様子に客席からは笑いがこぼれる。
白玉と示し合わせた牛若伝次(中村橋之助)に五十両の金を取られた上、不忍池に突き落とされた権九郎は、池から這い上がると、出演者を入れ込んだセリフのなかで、「花の歌舞伎とブロードウェイ、“二刀流”の先駆けで、見果てぬ夢を飛んでいくのだ!」と父白鸚に絡めたセリフで盛り上げると、やおら着物を脱いで“二刀流”大谷翔平選手のユニフォーム姿になって、舞台上からホームランをかっ飛ばす(海の向こうでもちょうど大谷選手がサヨナラホームランを打ったのは、まさに高麗屋の奇跡‼)。

大谷選手が飼う犬「デコピン」が登場して、昼の部で上演したばかりの息子・染五郎主演の新作歌舞伎『木挽町のあだ討ち』の話題に。デコピンが染五郎は美少年だという話が出ると、「染五郎だったら俺だって負けはしないぞ!」と対抗意識を見せ、客席を沸かせる。『木挽町のあだ討ち』の染五郎の役名が伊納菊之助ということにちなみ、「菊之助と言えば…来月は歌舞伎座で「團菊祭」。しかも襲名披露、音羽屋!」と言うと、大きな拍手が起き、時勢を盛り込んだ演出に、場内は大盛り上がり。

そして場面は変わって新吉原仲の町。幸四郎の二役目となる俠客・黒手組の助六は、父の仇を探し、夜ごと吉原に現れては喧嘩を仕掛け、相手の刀を見定めていく。そこへ紀伊国屋文左衛門(松本白鸚)が現れると…。白鸚勤める紀伊国屋文左衛門の登場に、舞台がぐっと引き締まる。

権九郎とは全く異なる助六をひとりの俳優が演じ分けるところも本作の見どころ。満開に咲き誇る華やかな桜が広がり、助六に屈辱を与える中村芝翫勤める鳥居新左衛門とのやり取りなど、『助六』でお馴染みの趣向が盛り込まれる豪奢な舞台で観客を魅了した。

夜の部は、義太夫狂言の名作『彦山権現誓助剱(ひこさんごんげんちかいのすけだち)』より幕開き。

当月は、主人公の毛谷村六助を奇数日に片岡仁左衛門、偶数日に松本幸四郎が勤める。「杉坂墓所」では、孝心厚い若者の六助(片岡仁左衛門)と狡猾な微塵弾正(中村歌六)が立ち合いに至る経緯、幼子の弥三松(中村秀乃介)を六助が引き取るまでの過程を丁寧に描き出し、後に続く人気の場面「毛谷村」へと続く。

仁左衛門勤める六助の、武芸の達人でありながら純朴で心優しい様子が観客の視線を釘付けに。ここへ現れるお園(片岡孝太郎)は、力持ちでありながら六助が許嫁と知ると女性らしい仕草と色気を漂わせる。微塵弾正が実は六助の師匠・一味斎の仇であると知り、柔らか雰囲気の六助が遺恨を晴らそうと意気込む姿に武勇の人物であることがあらわれる。お園と一味斎の妻・お幸(中村東蔵)に見送られながら仇討へと向かう様子に割れんばかりの拍手が響き渡り、温かな空気に包まれる一幕となった。

続いては、新歌舞伎十八番の内『春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)』。

3歳のとき、小津安二郎が監督した曾祖父・六代目尾上菊五郎の「鏡獅子」の映像に魅了され、「『鏡獅子』は生きる意味」と語る尾上右近が、歌舞伎座で初めて小姓弥生/獅子の精を勤めることでも話題の舞台となる。
江戸城の大奥では初春吉例のお鏡曵きが行われ、余興として踊りを所望された小姓弥生が可憐に踊り始める。やがて、弥生が祭壇に祀られた獅子頭を手にすると、その獅子頭に魂が宿る。可憐に戯れるのは、坂東亀三郎と尾上眞秀が勤める胡蝶の精。呼吸を合わせた可愛らしい姿が舞台を華やかに彩る。

やがて、花道から右近が勤める勇ましい獅子の精があらわれると、場内からは待ってましたとばかりに大きな拍手と「音羽屋!」の大向こうが。右近の魂がこもった一挙手一投足に観客は集中し、場内は張り詰めた空気に。舞台上と客席が一体となる空間は、獅子の精の豪快な毛ぶりでクライマックスを迎え、幕が閉まっても拍手がやまなかった。


夜の部の切には、人間国宝・神田松鯉の講談をもとにした新作歌舞伎『無筆の出世(むひつのしゅっせ)』を上演。

演出の西森英行、脚本の竹柴潤一と、これまで尾上松緑主演で好評を博した『荒川十太夫』、『俵星玄蕃』のスタッフが再集結。この度は、神田松鯉が舞台上で自身が速記本から起こしたという講談『無筆の出世』を実演しながら舞台が展開していく趣向で楽しませる。
幕が開くと、釈台を前にした松鯉が『無筆の出世』を読み始め、観客を物語世界へと引き込む。松鯉の後ろに、墨田川にある橋渡しが登場すると、文箱を持ち息せき切って渡し舟に走り乗ったのは、尾上松緑勤める主人公の中間治助。無筆の治助は、主人の佐々与左衛門(中村鴈治郎)から預かった文の内容を知る由もなかったが、手紙を落としてしまったことから「この手紙を届けた者を新刀の試し斬りに使うように」と、驚きの内容が記されていることを知り…。

読み書きのできない無筆の治助は、幕府勘定奉行方祐筆の夏目佐内(市川中車)に見込まれると、ひたむきな努力の末、幕府の要職に出世する心温まるサクセスストーリーが観客の心を惹きつける。治助の真摯な姿勢と、それを取り巻く人々の人情。講談によって磨き上げられた物語が立体的に立ち現れる胸を打つ舞台に、客席からは温かな拍手が起こり、新たな名作が誕生した。
公演中の毎週水曜日(9,16,23日)には、坂東亀蔵が主人公の中間治助後に松山伊予守治助を勤める。
講談=神田松鯉市川笑三郎、中間治助後に松山伊予守治助=尾上松緑.jpg)

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【公演情報】
松竹創業百三十周年「四月大歌舞伎」
令和7(2025)年4月3日(木)~25日(金) 会場・歌舞伎座
[休演]10日(木)、18日(金)
[貸切]12日(土)昼の部 ※幕見席は営業
昼の部 午前11時~
夜の部 午後4時15分~
〈公演サイト〉https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/930