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株式会社えんぶ が隔月で発行している演劇専門誌「えんぶ」から飛び出した新鮮な情報をお届け。
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(雑誌『演劇ぶっく』は2016年9月より改題し、『えんぶ』となりました。)
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【ノゾエ征爾の「桜の島の野添酒店」】No.147「出番です」

今年の世田谷パブリックシアター@ホーム公演は、16年目にして、初の時代劇ものでした。
初の時代劇であり、初のタイムスリップものであり、初めて挑戦する芸もあったりと、少々初モノが多めの印象でしたが、
これが思いの外、好評だったというか、何年も観て下さっている関係者さんたちも、最高傑作できましたね!と喜んでくださり、ホッと安堵。
初参加の串田十二夜くんの若さと華やかさも大きかったと思う。
などなどがありつつも、
やはり、どの施設でも、ご利用者さんの息遣いや笑顔に触れられるのは、何年やっても本当に嬉しいもので、胸が詰まる。めちゃくちゃ力をいただく。

そんな公演の合間に、町田水城くんが出演していた舞台を息子と観に行った時の話を少し。
しばらく観ていると、A Iアバターの白石加代子さんが映像で登場してきて、おおーすごいなーなどと感心していると、おもむろに俳優さんがマイクを持って客席に降りてきた。
「A Iの白石さんにお客さんから質問をしてもらいましょう!何を質問してもいいです!」と降りてきたわけだが、気がついたらそのマイクが完全に私に向いていた。
あれ? え?
軽く動揺して、まずは息子に振ってみた。子供もたくさん観に来ている舞台だったので、子供の方がいいだろうと思ったわけだが、息子は完全に体を仰け反らして拒否っている。俳優さんも、お父さんお願いします!と言うてくる。
はて、困った。心が完全に奥の方に隠れてしまったようで、なんにも動かない。
普段、舞台上にいる時は、何が起きてもーくらいの気持ちでいるものだが、いざ客席でお客としていた時には、驚くほどそっち側と乖離していることに気がついた。マイクがこっち向いた瞬間に、心が完全に引きこもった。あ、引きこもったなと、はっきりとわかった。
こうなったら一切出てこないことを私は49年の付き合いでよく知っている。
だから、舞台上の皆さんにとても申し訳ない気持ちになった。
大変つまらないことになると思います、ごめんなさい。と、まずは心の中で謝り、自分の口が動くのを待った。
異常に長く感じる3秒ほどが過ぎて、ようやく口が動いた。
「こんにちは」
違う。誰も挨拶なんて求めていない。質問をするのだ、A Iの白石さんに。
ツルツルの美肌でニコニコしているA Iの白石さんに。
口が二言目を発した。
「好きな・・」
まずい、その後に続く言葉で、面白いものを聞いた記憶があまりない。
「ご飯は・・。」
終わった。
私の口から、同業者であり作家でもあるとは到底思えないような単語が三言出てきて、その口は、そこで活動を終えた。
「・・は、なんですか?」などと締めくくりもしなかったもんだから、A I白石さんは、「好きなご飯は・・・」に対する言葉をひたすらにたくさん並べて、終着点もあまり見えない感じで回答を終えた。

終演後、息子と中華街で、巨大な肉まんを頬張っていた。
なぜ、特別に好きというわけでもないそれを買ったのか、あまりよく覚えていない。
しっかりと余った肉まん3分の1が、リュックの中でみっしりと潰れていた。
酷暑がすぐそこまで来ております。

著者プロフィール

ノゾエ征爾
のぞえせいじ○1975年生。脚本家、演出家、俳優。はえぎわ主宰。青山学院大学在学中の1999年に「はえぎわ」を始動。以降全作品の作・演出を手がける。2011年の『○○トアル風景』にて第56回岸田國士戯曲賞を受賞。

▼▼前回の連載はこちら▼▼
https://enbutown.com/joho/2025/05/14/nozoe-146/

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