今年も大阪・東京で熱く開催! 尾上右近自主公演「研の會」記者発表会レポート

曾祖父の六代目尾上菊五郎に幼い頃から心酔し、子役時代から早くもその才をかわれ、歌舞伎に打ち込む熱量も人一倍だった尾上右近。2015年に第1回の自主公演「研の會」をスタートさせて、今年で9回目。7月11日・12日に大阪の国立文楽劇場で、15日・16日に東京・浅草公会堂で幕を開ける。
演目は、まずは『坂崎出羽守』など新歌舞伎の作者としてもお馴染みの山本有三が、六代目菊五郎たっての希望でシュニッツレルの『盲目のジェロニモとその兄』を翻案・歌舞伎化した『盲目の弟』。兄の角蔵を右近、弟の準吉を中村種之助、お琴を新派で活躍する女優の春本由香、兄弟の関係を乱すきっかけとなる客を中村亀鶴が演じる。続いて、舞踊の名作『弥生の花浅草祭』では、右近と種之助が2人で4役ずつを早替りで踊り分ける。どちらも腕に覚えのある踊り手同士の競演で、こちらも必見である。
その記者発表会が5月に都内で行われた。当日はちょうど三社祭で、早起きして宮出しに行き、仲見世の担ぎ手仲間が作ってくれた名前入りの袢纏を着て参加したという尾上右近。挨拶と質疑応答で、自主公演にかける思いや今回の作品、共演者のことなどを語った。

【挨拶】
尾上右近 第9回となる研の會、自主公演で、とにかくやりたいことをその都度全力でやるということがテーマです。今回の東京公演も浅草公会堂でさせていただきます。浅草は馴染みの深い土地で、その街の一大イベントである三社祭も大好き。今回の演目の1つ『弥生の花浅草祭』は、まさに三社祭にちなんだ作品で、思い入れのある土地、思い入れのあるイベント、そこにゆかりのある公演をさせていただきます。浅草は言わずもがな、皆さんに楽しんでいただけると思いますし、大阪ではそんな浅草の風を感じていただける公演にしたい。お祭り男、尾上右近、やらせていただきます。
─それぞれの演目について、選ばれた理由や見どころ、意気込み、演目に関するエピソードは?
歌舞伎をご覧になる方にももちろん楽しんでいただく、自分の思う歌舞伎を存分にアピールして皆さんに受け止めていただきたいと切に願ってやっている公演ですが、同時に、右近を知っている人や、歌舞伎を観てみたい人のきっかけになる公演を目指しています。
『盲目の弟』は約40年ぶりの再演になる演目で、歌舞伎をご存じない方もご存じの方も、全然馴染みがない作品だと思います。出演者の話を後ほどしますが、中村種之助さんは、本当に小さい時から踊りのお稽古場が一緒だったり、歌舞伎座が新開場してから毎日のように一緒に毎晩過ごした間柄。そんななか、僕の曾祖父・六代目(尾上)菊五郎の写真集で、『盲目の弟』という作品を過去に演じたことがあると知り、暗い話ですが、自分はすごくインパクトがあった。そんな話を種之助さんにしたら、種之助さんが過去の資料を調べて、(松本)白鸚のおじさんと(二代目中村)吉右衛門のおじさんのご兄弟で、この『盲目の弟』を歌舞伎座で上演したことがあると。資料室で映像を一緒に観て、「なんて素敵な作品なんだ、これをいつかやりたいね」と話したのがきっかけです。今回種之助さんに出ていただけるので、2人の約束を果たすために上演させていただくことにしました。フライヤーのビジュアルを見ていただいてもわかる通り、わりとリアルな、セリフも普段の喋りに近い、演劇寄りの作品です。自主公演ではポピュラーな作品を上演することが多いですが、わざわざ自主公演でこれをやろうという人はなかなかいないのでは。僕としては、やりたいものを、やりたい相手とやって、観ていただきたい人たちに対する思いを自分の中に育んで、観ていただいた方に受け止めていただけたらいいなといます。情熱には色んな形があるということを、自分でも確認したい。
演出は今回、川崎哲男さんに入っていただきますが、元々ある形を土台に、多少手を加えながら台本を作り直し、皆さんにもわかりやすく演出していくなかで、自主公演も来年で第10回を迎えるので、作品を一から作る、練り直すことも今後役者の仕事の一つのとしてやっていきたいことなので、『盲目の弟』を通じてそういった目線も育みたい。自分の中にある新たな情熱を発揮したい作品です。
『弥生の花浅草祭』は、三社祭の山車人形が動き出すという、三社祭に縁の深い演目です。これも種之助さんといつか踊ろうと約束していた作品で、今回出ていただけると決まった段階で選びました。舞踊作品で、常磐津、清元、長唄と3つの音楽を一つの作品で楽しんでいただける、そして2人の役者が4役ずつ演じるという、一粒で何度美味しいんだろうかと逆に問いたいような(笑)、歌舞伎の伝統的なエネルギーの中にあるエンタメ性が存分に詰め込まれた作品なので、「いいものを見たな、楽しかったね」と言って浅草、大阪を後にしていただけると思います。種之助さんの踊りはすごく信頼し、尊敬もしている。自分の踊りを彼にぶつけつつ、彼の踊りを受け止めてやっていきたい。彼の先祖・初代吉右衛門と僕の先祖・六代目菊五郎はともに名優ですが、僕らぐらいの30代の頃はお互いに切磋琢磨した間柄で、そんな先祖への思いも、彼と接する時はすごくあります。彼には、歌舞伎を抜きにしてもきっと巡り合って、お互い腹を割れる間柄なんじゃないかなと思うような、歌舞伎界イチ、心も幸せな男。そんな彼と一緒に踊れる、彼の汗を見て何を思うかも非常に楽しみです。

─今回のキャスティングはどのように考えましたか?
やはり種之助さんに出ていただけるということで、今回のテーマが一つ決まりました。本当に同期の桜、竹馬の友で、お互いいろんな時期・状況を経験して、時期を経て、よくまた話すようになり、久しぶりに去年2人でお酒を飲んだとき、彼が「踊りをひたすら踊りたい。そして主役をやりたい」と僕に言ったのがすごく印象的でした。同期だからこそ見得を張る部分や、腹を割っていても見せられないものがあり、お互いの尊重が必要とされるなか、種之助さんがそれを言った時に「じゃあ僕の土俵でよかったら相撲取る?」と言ったら、僕の目をまっすぐ見て「取る!」。それが初めて彼が僕に見せた顔だったので「わかった!研の會でも徹底的に2人でやろう」と約束したのが今回の始まりです。彼が友として信じてくれていること、そして役者としても尊重してくれていること、認めてくれていることを非常に感じて、そのアンサーとして、研の會を2人でやることを形にしました。お客様にも感じていただけるものがきっとある。
中村亀鶴さんは過去にも出ていただいている先輩ですが、楽屋もご一緒することも長かったし、去年2月の大阪公演では『曽根崎心中』で自分が徳兵衛をさせていただきましたが、とにかく関西の役者さんたちの中に江戸の俳優が私1人という状況のなか、亀鶴さんは今までもご一緒させていただいていたので非常に心強かったし、困った時にアドバイスをくださる頼れる先輩のお1人。今回は「インバネスを着た客」ですが、この男が兄弟のトラブルを引き起こす元凶でとても大事なお役ですし、亀鶴さんの嫌味なお役がすごく僕は好きなので(笑)、OKをいただいてとても嬉しく思います。
春本由香さんは(尾上)松也さんの妹さんで、僕はすごく松也さんにお世話になっています。松也さんにご恩返しすることは、いろんなことをやってもなかなか難しいなか、春本由香さんは高校の同級生で、松也さんは僕の兄と同級生で、僕が役者をする前から松也さんとファミリーで仲良くさせていただいた。真由香(春本)は幼馴染で、彼女が舞台に出ている姿ももちろん観にいったこともありますし、何かで一緒にできたらいいねと話はしてきた。今回のお琴は、前回上演では今の福助のお兄さんがなさいましたが、彼女は新派の女優さんでもあるので、この役がぴったりだなと。松也さんにも話した上で、春本さんにお電話しました。赤ちゃんが生まれるちょっと前ぐらいで、「そんななか悪いんだけど、7月出てもらえる?」というめちゃくちゃなオファーでしたが、二つ返事で引き受けてくれました。

─会場では昨年初めてバリアフリーを導入されました。今年の施策は?
観劇サポートの日を7月16日に設けます。観劇サポート席を確保して、字幕ガイドをご利用いただきたいと思います。さらに今回は歌舞伎を初めてご覧になる方へのサポートとして、浅草公会堂公演のみですが、研の會で初めてイヤホンガイドを導入します。解説を聞きながら舞台を観られるコンテンツなので、ぜひ初めての方におすすめしたい。せっかくの自主公演なので、面白い形でイヤホンガイドを楽しんでいただけたらと思います。
─昨年、一昨年ととても素敵なポスターを横尾忠則さんにお願いされました。今年の状況は?
今回もお願いさせていただきました。横尾さんには、以前お仕事をご一緒させていただいたご縁からお目にかかる機会があり、初めて劇場を浅草公会堂に変えたタイミングで、ポスターをお願いさせていただくことになりました。最初のポスターを作っていただいた時にお手紙を添えていただき、「研の會が続く限り私もお手伝いさせていただきたいと思っております」と願ってもない言葉をいただいたことは、本当に嬉しく驚きでした。もしかしたら横尾さんの中ではリップサービスだったかもしれませんが、私は真に受けるタイプなので(笑)。横尾さんが僕をどういうふうに見てくださっているか、ポスターを通じてすごく感じられる。自主公演は、自分が年々どういうふうに変化したのか、1年をどう過ごしていたかを顧みる一つのバロメーターにもなっていますが、まさしくそれを象徴するようなポスターを作っていただいて嬉しい。「これをこういうふうにしたら面白いね」と、素材をお見せしたそばからアイディアを思いつくような時間の流れはすごく不思議で、今回もすごく楽しみです。

─『盲目の弟』のビジュアルは、ちょっと新派の叙情的な感じも漂ってきますが、春本さんが今回客演されるということで、そのへんはどういうふうに考えていますか?
春本さんと直接いろんな話をする時間はまだ作れていませんが、自分の思いとしては、やっぱり僕は役者を志す上で六代目菊五郎という曾祖父の存在はすごく大きい。新派が生まれる時代に、ちょうど六代目菊五郎も新しい演劇寄りの作品をたくさん作り出しました。歌舞伎は型や様式があったり、白塗りで鬘も衣裳もデフォルメされて、非日常的な舞台の展開の仕方を魅力の一つとして持ちますが、そうではなく、普通のお芝居に近いものも歌舞伎俳優はやっぱりきちっとできるべきだと、六代目菊五郎は考えていたと思います。それはいつの時代も大事なことだし、ことに今の時代は最も大事だと思います。自分自身は今までの自主公演一つとっても、義太夫狂言を中心にやらせていただいてきたので、世話物を飛び越えて、よりリアルの世界に飛び込んでしまいました。第1回目の自主公演も『鏡獅子』をやらせていただきましたが、それもやりたいからやった。本来なら娘役の踊りをいくつかやるとか、もうちょっと短い長唄の曲をいくつか経験してから『鏡獅子』に取り組むという意見もありました。でも、飛び級でも自分の公演だから、やるだけやってしまって、後から恥を知るということもありますが、勢いは大事だと思うので。30代になってもその勢いは衰えを見せていないので、今回も曾祖父が残した作品に素直に取り組み、人間描写の心情表現を、きちんと種之助さんと…でもこれは種之助さんとだからこそ作れるというイメージで、彼の目の見えない弟の姿を想像した時、自分はこの役ができるとすごく思います。

─役者としての種之助さんの魅力は?
柔らかさとふくよかさと、まっすぐさと優しさと…奥ゆかしさ。そしてやっぱり独特の聡明さ。本当にそう思う。自分にはないものを相手が持っているからこそ関わる面白さがあると思いますが、彼にそれを最も感じます。自分にはないものを持っている、でも心躍る瞬間は一緒。非常に頼りがいのある役者であり人間だと思います。
─9回目までやってきての収穫と今後については?
自分の人生で、まずやりたいことが歌舞伎だった。そのやりたい歌舞伎ができていること、歌舞伎の中でもやりたいことがまたさらにできて、それはもう自分にとってはとてつもなく幸せなことですが、自分の手で幸せを掴み取るということでは、研の會はまさにそうだったと思うし、幸せそのものじゃなかったとしても、幸せを引き寄せる呼び水になった公演だったかなと思います。「こういうことがやりたい」と言っても、待っているだけだし、やって初めて「やりたいのね」と伝わるので、そういう意味では、是が非でも自主公演を毎年やってきたことが「歌舞伎でこういうことをやりたい、こういうことをやる役者になりたい」と表明することになってきたと思います。
─そこから本興行に繋がったところもあったのでは。
そうですね。本当に毎回「何とかしなきゃ」という気持ちで自主公演をやってきたことは事実だし、今年もまさにそうです。でも、自分が状況的に恵まれてきたらもうやらなくていいということではない。やりたいことはまだまだある、自主公演でやるべきこともあるという実感が、この第9回でもまだある。だからこそやるわけだし、満たされたらもう前に進めなくなるのが自分という人間なのかな。なので、今回も思いきり「やりたい」を詰め込んでお届けしたいですが、なまじ種之助さんという頼れる同輩が出てくれるので、過去イチ緊張感はありません(笑)。

【公演情報】
尾上右近自主公演 第九回「研の會」
一、盲目の弟
角蔵 尾上右近
準吉 中村種之助
お琴 春本由香
インバネスを着た客 中村亀鶴
二、弥生の花浅草祭
武内宿禰・悪玉・国侍・獅子の精 尾上右近
神功皇后・善玉・通人・獅子の精 中村種之助
●7/11・12◎大阪 国立文楽劇場
●7/15・16◎会場:浅草公会堂
〈チケット取扱〉各プレイガイド
〈公式サイト〉https://www.onoeukon.info/category/kouen/
【取材・文/内河 文 写真提供/松竹】