
大事なものを残したい
スギノユキコの写真の魅力に惹かれて、はじめた『えんぶ』の連載「CLOSE to my HEART」。もう左半身がうまく動かないので、お金をいただく撮影は止めますと言われ2年が過ぎた。その間、彼女は納得の行く医者を探しながら、横浜・大阪・和歌山・ミラノで個展を開催した。いったい何が起こっているの? 約30年前、出会った頃から不思議だった独自の撮影スタイル、創作眼、パンクで心優しい行動、そしてこれからについてようやく聞けた。
(えんぶ2025年10月号掲載記事)
【プロフィール】1970年生まれ、神奈川県川崎市出身。三人姉兄の末っ子。姉とともに子どもの頃よりモダンダンスを習い、日本女子体育短期大学を卒業。独学で写真を学び、雑誌等でポートレートを撮る。約10年のブランクの後、iPhoneでインスタを始め、カメラを再開。2018年より5年間、『えんぶ』連載「CLOSE to my HEART」の人物撮影を担当した。
猫から始めた写真
——写真を撮り始めたきっかけは何かあるんですか。
きっかけ…。もともと家にカメラがなくて。
——意外な方向から(笑)。
飼っていた、すごくかわいがっていたインコの写真が撮れなかったのがずーっと心残りで。大事なものを残すということに執着がある方だと思いますね。
——最初のカメラは?
高校生の時にやっと自分で買ったんです、赤いトマト。
——1980年代にコニカが発売した真っ赤なカメラですね。
普通に教室で友達を撮ったりしてました。本当にすごく楽しくて。
——で大学に行って。
体育短大の舞踊科に。そこ通ってる時に、友達が当時の某人気劇団の公演に連れて行ってくれて。オーディションを受けたりして。
——受かったけど辞めちゃったみたいな話でしたよね。
はい、でも舞台は続けたかったので就職しなかったんです。だけど結局、結婚したので…21で結婚してるんです。
——え!?
卒業して1年ぐらいで結婚しちゃった、早く家を出たくて。
——はあ。
でも、相手がなんか疲れちゃったって言って、故郷に帰ることになって。そこで旦那さんがEOSの立派なカメラを買ったんです。
——へー。
ちょうどその頃、猫を初めて飼って。猫を撮り始めたんですよね。
——故郷には長く?
1年ぐらいでもう帰りたくなって、1人で帰ってきちゃいました。猫を連れて(笑)。
——え!? それは離婚をして?
離婚するつもりで出てきたんですけど、旦那さんが追いかけてきて、また一緒に暮らし始めたんです。その辺から写真を独学で学び始めた感じです。
——その頃からカメラマンになろうと思っていた?
本当は報道写真家になりたくて。奥尻、阪神の震災、水俣などを撮って記事書いて載せてもらったりしていたんですけど。それでお金をもらうのは違うのかなと思って、依頼されて撮影をした写真でお金をもらおうと決めて。数社で撮影をしていました。
——2000年前後には、『演劇ぶっく』でも表紙などを撮ってもらってましたよね。
1990年代半ば、24、25歳の頃から次男が生まれる32、33歳までやらせていただきました。
その人の一番いい瞬間を
——復活したのはいつ?
坂口さんが「写真やらないのか」って連絡くれたんです。
——10年以上のブランクの後、ふら〜っと編集部に現れたときは、2人の息子を持つ鎌倉在住のシングルマザーになってました。
はい。
——で2018年10月号から『えんぶ』で連載が始まりました。いかがでしたか?
ずっと気になっているのは、もっとひと目見て、「これは私が撮った写真だ」って分かるような写真しか撮らない方が良かったのか…。その人の一番いい写真を撮ろうとしてきたんです。だから人によって写真が全然違ったのは、連載としてちょっとどうだったのかなって。
——あんなに語りかけないカメラマンは滅多にいないですよね。
本当ですよね、皆さんよく耐えてくれてるなぁって。
——「え、え、どうしたらいいの?」と戸惑う感じが。
撮影させていただいたみなさん、そうですよね。
——そういう人がぱあって舞台に出て、面白い表現をするのが演劇やダンスの魅力のひとつなのかなと思っているので。
だから写真を撮る時どなたも前面にボンって出すよりもジリジリくる感じなので。魅力的でした。
——そうですね。僕らは面白く楽しく、撮ってもらっていたんですけれども。スギノさんの健康上の理由で、連載の撮影は2023年10月号が最後になりました。
はい。
約束した作品の発表
——とても残念だったんですが、具合が悪くなったことで、何か別のチャンネルが開いたという感じがしませんか。ここ近年の活動。
へー?
——2023年から個展が続きますよね。最初は3月に横浜で『1号室のミドリガメ』という。
個展とか自分が撮ったものを発表するとか興味が持てなかったんです。撮るのが楽しかったので。でも10年くらい前かな、仕事先でWさんに出会いまして。約束を守ることが大事で。
——最初の個展のモデルのおじさんですね。そのときのスギノさんの仕事は言っても差し支えないですか?
大丈夫です。精神の障がいを持たれてる方々が生活しているグループホームの世話人です。
——そのお世話をする対象の方を撮っていた?
どちらかというと彼に撮ってもらいたかったんです。毎日ひとりでただひたすら歩き続ける彼が、カメラを持ったら楽しいのではないかと。でも「写真は命を取っちゃうから嫌だ」と言うので、「じゃあ私が撮っていいか」って言ったらいいっていうので、撮り始めました。私、ひどい人ですが。ホームとご家族にも許可をいただいて。
——そうでしたか。
撮らせてもらっていると、楽しそうというか。今まで「一緒に散歩行きましょう」って言ってもあんまり気が進まなかったのが、写真を撮り始めてから誘うとよく来てくれたんです。
——ほう。
彼の生活に何か目標がある方がいいかなと思って、「いつかこれを一緒に発表しよう」って約束をしました。
——駅の地下街の通路でしたね。
通りすがりの人が見れるところでやりたかったんです。そういうところを探していたら、横浜の「関内駅チカウィンドウギャラリー」があって。そこの榊さんは、やりたい事をやっていいって言ってくださって。
——彼はすごく個性的だけどとても自然な感じがしました。
私にとっては、友達を撮って発表しましたっていう感じなんですよね。見た人の中には「不思議な関係性だ」って言ってくれた人がいましたけど。彼はかっこいいし、美しかったんです。

目を奪われた映像作品
——横浜の後、大阪の2か所で同じ展示を?
同じ作品では1ヶ所ですね。お世話になっていた写真家さんが服部天神の「galerie SPUR」の高林さんを紹介してくれました。Wさんの写真を受け入れてくれました。
——僕は大阪の2回目の個展に行って、瓢箪山でした。
「Gallery Hommage」ですね。1階で彼の写真を展示しました。
——『宝箱』というタイトルの個展で、2階には息子さんの写真とかいろんな写真がありましたよね。別の作品にしたのはなぜ?
SPURで高林さんにWさんの写真を見ていただいているときに、たまたまHommageの石黒さんが来られて「別の写真も見てみたい」と言ってくださり。やることになりました。
——その次は和歌山の?
「かまどの下の灰までgallery」は石黒さんが紹介してくださいました。『すきとおる』というタイトルにしました。
——真っ白な空間が写真の世界で満たされていて…あれはもうすごく素敵な出来映えでしたよね。
ありがとうございます。
——その時にはもう病名が分かっていた?
2023年の12月にパーキンソン病って言われたんです。今は多系統萎縮症。
——和歌山はもう無理みたいなこと言ってませんでした?
日程が2024年の9月だったので…もう最後かもしれないと思って、すごく考えて、やっとできたものでした。
——写真も素敵だったんだけれど、さりげなく流れていた動画から目が離せなくなって…。あれは一体、どうやって作り始めたんですか。
いつからか…桜の時期とか電車とか、静止画より動画の方がいいと思った時は、動画も撮ってたんです。で、その『すきとおる』を作ってる時にどうしても動画の最後に入れたような次男が必要だったんですけど、静止画がなくて。で動画を作りました。
——わざわざ動画にしたというのは?
ただ単にどうしてもあれが必要で、あれだけではと思い、集めてみたらできたという感じです。
——映像を投影していた場所も部屋の隅の壁と床に曲がって動画が流れていて。そのセンスがすごいなって。
あれは本当に全く偶然です。「かまどの下の灰までgallery」の井上さんと田和さんと、どこがいいかねってやってるうちに、プロジェクターに誰かがぶつかって。そしたら、ここがいいねって。
——その映像作品は、11月に東京で見られるんですよね?
ソニーイメージングギャラリーで。今度はあれが映画みたいに流されるんですよ。他の人の映像と一緒に順番ずつ流れていくんです。さりげなくではないので…。
元気なら住みたかったミラノ
——そして今年1月には、イタリア・ミラノで個展をやりました。体の状態がよくない中で突然1人で行ってびっくりしました。
「Gola Gallery」というところから、インスタでメッセージが届いたんです。イタリアでの展示に興味はないですかって。でも1回断ったんですよ。
——体力的に大変ですよね?
もういろいろ…。出発当日までプリントして、作品を全部トランクに詰めて行きました。
——スギノさんの写真展『swim』の紹介文が、的確にスギノさんの作品を理解したすばらしい文章(※インタビュー最後で読めます)で感動しました。そもそもイタリア語はできるの?
できません。
——(笑)そうかー。でも1週間ぐらいやってたんですね。
イタリアは日本みたいにきちっとはしてないので。会期中突然「今日はあそこへ行こう!」とか言って、一緒に写真の催しに行ったり。
——じゃあそれなりに色んなところにも行けた?
いろいろ連れて行ってもらいました。ミラノって聞くと、こう何か華やかなキラキラした感じかと思っていたら、ずーっと天気が悪かったせいか、すごい私が好きな暗〜い感じで。
——どよ〜んとしてるのね。
ほんと元気なら住みたかったです。

ChatGPTと動画撮影
——で、これからですね。どうしましょう。
本ですかね。写真集を作りたいです。あと映像は楽しいのでやりたいです。
——さっきインスタで夜電車が通るだけの動画を観たけど、楽しかった。
あれ、いいですよね。撮れてうれしかったです。ChatGPTに「電車が銀河鉄道みたいに見える場所」を聞いたんです。
——どこ?
茨城。本当にすごいキレイだった。朝見たら可愛くなかった電車。広告で(笑)。
——まだまだリハビリしながらやらなきゃならないことはたくさんありそうですね。
本当ですね。
Gola Galleryは、1月24日18:00にミラノのエミリオ・ゴーラ通り5番地で開催される日本人写真家スギノユキコの写真展をご紹介いたします。
「私は夢を見る。時々、それが唯一正しいことだと思う。」
この村上春樹の言葉は、スギノユキコの写真を見ていると心に浮かびます。
彼女の作品は記憶と夢の間を行き来しますが、常に現実に繋がる何かが存在し、それが私たちを現実にしっかりと引き戻します。スギノユキコの写真は、日本の親密で深いビジョンを私達に語りかけ、また、現代と伝統の対比が特徴的な日本社会を探求しています。
彼女の作品は、日本の都市生活のダイナミズム――高層ビルや都市の喧騒―禅庭園や寺院のような伝統的な空間の静けさと精神性が織り交ざる様子を見事に捉えています。
彼女の写真は単に風景を描写するだけでなく、豊かな伝統を持つ国での現代生活に伴う「疎外感」をも探求しています。
それぞれの写真は、時間の流れや文化の変遷に向き合う個人の葛藤を映し出す瞑想的な作品です。(イタリア ミラノ Gola Galleryインスタより)
Sugino Yukiko PHOTO session
以下のページ(写真と文章)はスギノユキコさんに自由にお任せしたものです。

編集部オススメ写真(撮影:スギノユキコ)


スギノユキコ活動予定

アートイベント『Room』
【開催概要】
• 日時:2025年11月1日(土)/2日(日)
13:00〜19:00
• 場所:ロイカビル
(奈良県生駒郡斑鳩町龍田西8-3-22)
JR王寺駅より徒歩15分/三室山下バス停より徒歩3分
※会場に駐車場はございません
• 入場無料
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【参加 Artist(アーティスト)】
• 写真:井上智象/奥田仁寿/果物往復書簡/児島雄介/スギノユキコ /三木邦仁 /村上由希映
• 絵:坪井愛子/にしもりただし / HAPIBAR/宮城凜太朗
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【Shop(ショップ)】
• 植物・アクセサリー:haco
• 古本屋:you books(11月1日)
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【Food(フード)】
• 喫茶店:角砂糖(11月1日)
• コーヒー:KAMI COFFEE(11月2日)/日々のコーヒー(11月1日)
• パン販売:クラシコ ベーカリー(11月2日)
• ドーナツ:papa donut(11月2日)
• スパイスカレー:panda youth(11月2日)
• カフェ:verygoodchocolate
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【Stage(ステージ)】
11月1日(土)
• 14:00〜:音楽(ケルトなど)|Sláinte!(スロンチャ)
• 17:00〜:踊り|真嶋淳太
11月2日(日)
• 14:00〜:演奏と弾き語り|神高雅史
• 17:00〜:弾き語り|emi otsuka
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【SNS・詳細情報】
• Instagram @yukie_library

第15回公募セレクション作品
黒田 教裕/スギノ ユキコ/中山 莉瑠/Hidetoshi Koizumi・Ryuta Tomiyama映像作品展
11/7〜20◎ソニーイメージングギャラリー 銀座
「CLOSE to my HEART」visual again
『えんぶ』連載「CLOSE to my HEART」にご登場いただいたみなさんです。
ご協力ありがとうございました(敬称略)。
このページの写真が載っている雑誌『えんぶ』(2018年10月号〜2023年10月号)【電子版】は、無料でご覧いただけます。(えんぶ電子版ミュージアムショップ▶ https://enbudenshi.com/?category_id=57e4bc7e99c3cd6f25000dd7)



皆さんのお写真からそれぞれの情報をご確認いただけます▼(Xやホームページへリンク)
インタビュー/坂口真人 写真提供/スギノユキコ
★このインタビューは、えんぶ最新号に掲載されています▼!

