お役者/糞詩人である小野寺ずるが表現の世界で闘う女達にインタビュー。
彼女達の過去現在未来を聞きだし、想いを馳せながら
私たちの平和は、女の平和は、表現の世界に身を投じる我々の望む世界はなんなのか。を夢見る連載。
漫画家 岡藤真依

淡くこそばゆい絵のタッチから、複雑な情熱をじゅわりと滲ませ
“性”を描き続ける漫画家・岡藤真依。
最新作『彼女は裸で踊ってる』ではストリップを題材に
さらにその”性”に肉薄する。
「この方はきっと、恐ろしく繊細で無口に違いない」
取材当日、そんな偏見でド緊張しながら待ち合わせ場所へ。
すると、すごいスピードを出したママチャリが目の前に現れた。
そして乗っていたご婦人が大きな声を上げる。
「どーもどーも岡藤でーす!」
ありがたい肩透かしから始まる、愉快な岡藤先生をお届けします。
(※2025年5月取材/撮影)
頑張れない人生の導火線

ず(ずる) 直球で恐縮なんですが、なぜ漫画家になろうと思ったんですか?
岡(岡藤) 元々はイラストレーターになりたかったんです、子どもの頃から絵を描くのが好きで。それで一枚絵を描いて活動していた時に、絵の展示を偶然見に来た編集者さんが「この絵を漫画にしてみませんか」と声をかけてくださって。それで、ですね。
ず すごいじゃないですか。
岡 でも編集者さんてす〜ぐ色んな人に声かけるから。
ず え?そうなんですか?
岡 みたいです。でも当時は知らなかったから「え、私才能あるんじゃ?」って思っちゃって(笑)。
ず 思いますよそれは。
岡 でもまぁ人に求められたら、基本、ノッちゃう。
ず (笑)。
岡 人に導かれる…というか流されることが多い人生です(笑)。で、その編集さんに枠線の引き方から教わって、一作目の漫画(『どうにかなりそう』)が完成するまでに3、4年かかりました。
ず 単行本1冊分の量が出来るまで3、4年がかかったと。
岡 そうです。だから本が出来た時には30代半ば。遅咲きも遅咲き。
ず 面白いデビューですね。
岡 最初は大変でした。自分が描いた世界を編集者に全部ボツにされたりが当たり前で。
ず え!全部ボツ?
岡 はい。ネーム(漫画の下書き的なもの)が全く通らない。何十回もやり取りします。漫画家志望の人が諦めてやめてしまうのは大体その段階です。でも私は運が良くて。担当の編集さんに言われたことを咀嚼して自分なりの答えを出して直せば、作品が確実に良くなっていく。そういう実感があったんです。だから3、4年も続けられました。楽しい日々でした。
ず 全ボツの日々が楽しかった?
岡 はい。勿論OLしながら描いてたので大変でしたけど。
ず それキツすぎません?
岡 だからあの時期は帯状疱疹になったりインフルエンザによくかかってましたね。仕事から帰宅して、21時〜夜中3時まで描く、そして朝8時に家を出る生活を続けてましたから。
ず 頑張りましたね。
岡 そうですね…それまでの人生、あそこまで頑張ったことなかったですね。
ず 何でその時はそんなに頑張れたんだろう。
岡 うーん、なんか、私ずっとすぐ諦める妥協妥協の人生だったんですよね。「私には才能ない」「私レベルならこの辺だろう」って何も頑張れなかった人間で。ずっとそのコンプレックスを引きずって生きてきてしまったんです。だからかな、漫画描いてる時に「ああ、ここでも諦めたら、私本当にダメだ」って心底思って、着火したんですよね。
ず 着火…。
岡 「どんなことをしてもこれを絶っ対形にしたい」って、思って。
ず なんか涙出てきた。
岡 (笑)。初めてあんなに頑張れた。
ず でもいくら着火したとはいえ体力の限界はあるでしょう?
岡 はい…会社のトイレで寝てしまったりしてました。
ず よくクビにならずに(笑)。
岡 あの時勤めてた会社には申し訳なかったと思っています…。
“あわい”で挑むマッチョな栄誉

ず 頑張って初めて本を出して、どうでしたか?
岡 自分の頑張りが初めて形になったという達成感がありましたね。
ず いいですね。
岡 あのね〜忘れられないことがあって。
ず なんですか?
岡 編集さんがウチの最寄駅まで単行本10冊を届けてくれた時のことなんですけど、本を受け取った時のあの重さが、忘れられなくて。物理的な重さもですけど、めっちゃ重かったんですよ。「これは自分へのご褒美であり、これを世に放つことの重みだ」って思わされて。
ず くぁ〜(悲鳴)!
岡 「私は本を出したんだ、もうちゃんと作家って言わなきゃダメだ」って思わされる重み。私はこの重みを一生忘れちゃいけないってなりましたね。
ず その重さを引き受けて更に漫画出版を重ねていくわけですが、題材は一貫して”性”ですね。なぜ?
岡 なぜ性を描くのか…うーん、憤り、から描いてるのかな。まだ私の世代って「女は愛嬌」「強姦されても犬に噛まれたと思って忘れろ」とか、そういう感じで。
ず ふざけんなですね。
岡 それに対する憤りがずっとあった。でもその憤りをどこにぶつけていいかもずっとわからない。そんな17、18くらいの時かな、吉田秋生さんの漫画を読んで。そしたら漫画の中で、自分が言葉にできなかった憤りや悲しみを表現してくれていたんです。「犬に噛まれたこと忘れられる人いる?」って。その時から、私も誰かがしんどい時にその気持ちを掬って絵や詩にできたらなっていうのは、なんとなくあって。
ず なるほど。
岡 で、漫画という媒介を得た時に、無意識にそこに、性になっていったのかな、と。
ず あの〜うまく言えないんですけど、岡藤さんの漫画は、青虫からサナギになる、または、サナギから蝶に羽化する、そういう変化の”最中”を描いていると感じていて。
岡 わ、嬉しい!
ず それこそ性への憤りや戸惑い、もちろん喜びも。それらの変化のグラデーションを、羽化しきってない蝶を撫でるようにふわりと掬い上げてくれる。だから、甘くて苦いような気持ちにさせてくれる。
岡 自分の作品そう言いますこれから!その感想絶対書いてください!
ず (調子にのり)掴めない”あわい”を描こうとしてるのかな、と。
岡 そう!”あわい”を描かれてる作家さんに憧れてるし、なりたい。
ず もうなれてますよ。他に目標はないんですか?
岡 賞を獲りたいです!
ず (笑)淡いの話から急に!
岡 ほんと(笑)。
ず 狙ってる賞はあるんですか?
岡 手塚治虫文化賞と、宝島社「このマンガがすごい!」のトップ10入りです。私みたいなタイプの漫画家は100万部目指すより、賞を目指す方が現実的なんですよ。
ず 春風の話してたのに急にベンツの話された気持ちです今。
岡 (笑)淡くない野望です。
辞めるなら今かな。から
ず 漫画を描くって孤独な作業ですよね。家で一人でずーっと。
岡 そうですね。
ず 辞めたいって思う時はありますか?
岡 思っちゃう時はありますね。自分一人で0からだし「これは本当に面白いんだろうか」って悩んだり、売り上げのこともあるしで。でもそういう時に読者さんに助けられてます。
ず 例えば?
岡 サイン会に来てくれた方が「あなたの漫画をお守りにしてる」って伝えてくれたり、2冊目の性被害を扱った作品(『少女のスカートはよくゆれる』)の時は「自分もそういう目に遭って辛かった」ってメールをくれる方もいて。今までやれていたのは読者の皆さんのそういう声だなって本当に思います。

ず それを思い出すと「いや、もうちょっと頑張ろう」って思えると。
岡 そうです、(目を輝かせながら)そういうこともあったじゃないかって。
ず いい話です。ちなみに具体的にどんなことが辛いですか?
岡 うーん、売り上げが良くなかった時のダメージとか、自分の中がカサカサになって「まだ4冊しか描いてないのに枯渇してるってどういうこと?」って自分に思ったり、そういうのが辛いですね。そんな状態で企画を出しても面白くないって言われるし、それを自分自身でもわかってるしで…前作(『あなたがわたしにくれたもの』)の後、何も描けなくなったんです。

ず それは確かに辞めたくなりますね。
岡 で、お金もないから日雇いのバイトにも行くようになって。そんな苦しい時に「直接契約でウチで働かない?」って居酒屋さんに誘われちゃったりもして。求められると嬉しくて「ここで働こうかな」ってなる。漫画ではいらないいらないって言われるのに、居酒屋では求められてるな〜って。
ず …また人に流されそうになったんですか。
岡 そう!また流されそうになったの!(悔しそうに)そういうタイプなんです!
ず その誘惑からどうやって漫画道に戻れたんですか?
岡 その時期にストリップで黒井ひとみさんの踊りを見たからです。「辞めるなら今かな」って悩んでる踊り子さんが、それでも裸になって踊るっていう内容の演目にガツンときて。OLしながら漫画を描き始めた自分を思い出したんです。苦しくても漫画を描いて頑張ってる自分が、私はやっぱり好きなんだよなってハッて思い出した。
ず (泣いてる)
岡 私の作品、もしかしたら誰にも求められてないかもしれない、けど、だからって諦めたくない、明日死んでもいいってくらい、もう一度漫画と向き合いたいって思わされて。
ず それがきっかけでストリップを題材にした漫画『彼女は裸で踊ってる』を描き始めるわけですね。
岡 そうです。そこから黒井さんを追いかけてるうちに「もしかしてストリップって今まで私が作品で描いてきたことを全部込められるんじゃ?」って感じ始めて。それで「どうしても描きたい」ですね。
ず 題材が見つかってよかった。
岡 はい、黒井さんに出会ってなかったら居酒屋さんになってたかもしれない。
ず 時々イラスト描いて、個展やって。
岡 そうです(笑)。
ず それも素敵な人生ですね、でも、漫画に戻りましたね。
岡 はい。今、初めて漫画描いた時くらい、めちゃくちゃ燃えてます。
ず 素敵。賞を獲れるよう応援してます。
岡 (笑)ありがとうございます!

岡藤真依の平和
自分自身が自分の一番の味方でいれること

プロフィール

岡藤真依
おかふじまい○漫画家。乙女座・B型。
2017年、初単行本『どうにかなりそう』を刊行。
“性”をテーマに様々な媒体で活躍中。
【SNS】
X@maiokafuji
Instagram@okafujimai
著者プロフィール

小野寺ずる
おのでらずる◯気仙沼生まれのお役者、ド腐れ漫画家、脚本演出。
個人表現研究所・ZURULABO所長。ダイナマイトアナルズのドラム兼座付き作家
【SNS】X@zuruart / Instagram@zuru_onodera
【漫画連載】日刊SPA!『小野寺ずるのド腐れ漫画帝国』
【出演】映画『風のマジム』全国公開中
パルコ・プロデュース『シャイニングな女たち』12/7〜28◎PARCO劇場(地方公演あり)
構成・文・撮影◇小野寺ずる
小野寺ずる撮影◇下地萌音



