
お正月の浅草の風物詩として、また若手歌舞伎俳優の登竜門として、1980年の以来定着している「新春浅草歌舞伎」が、2026年も1月2日に浅草公会堂で幕を開ける(26日まで。9日・19日は終日、12日は14時まで、13日は14時から休演)。
若手俳優たちが、通常の本興行ではなかなかつとめることのない大役にチャレンジするのも新春浅草歌舞伎の醍醐味。今回の第1部は、武将・梶原平三景時と名刀との出合いが起こした奇跡を描いた『梶原平三誉石切(かじわらへいぞうほまれのいしきり)』に、二人の姫が艶やかな舞で日本の四季や恋心を表現した舞踊『相生(あいおい)獅子』、そして藤の花が咲き誇るなか藤娘があでやかに踊る『藤娘』の3作品。第2部は、苦難を乗り越えた夫婦の情愛を描いた『傾城反魂香』に始まり、桜が満開の道成寺で白拍子と男の狂言師が踊り比べる『男女(めおと)道成寺』。もちろん、浅草ではおなじみの開幕前の「お年玉〈年始ご挨拶〉」も楽しめる。
出演者は、2025年に引き続き参加となる中村橋之助、中村莟玉、市川染五郎、尾上左近、中村鶴松に、今回が初参加の市川男寅を加えた6名に、中村歌女之丞、中村又五郎というベテラン俳優が若手を支える。
11月中旬、都内でその製作発表記者会見が開催された。会見に先だち、平日ながら多くの観光客がひしめく浅草寺で、公演の成功祈願も行われた。会見には、橋之助、男寅、莟玉、染五郎、左近、鶴松の出演者のほか、松竹株式会社取締役副社長・演劇本部長の山根成之が出席。それぞれから挨拶の後、質疑応答に移った。
【挨拶】

中村橋之助 昨年メンバーが変わり、お兄さん方から引き継いだバトンを手に会見をさせていただいてから、もう1年が経つんだと、非常に驚いております。私は座頭をまた来年もさせていただき、今年の「挑戦」から来年からは「継続」のフェーズに入っていくと心してつとめたい。来年の新春浅草歌舞伎で、僕のテーマは「幸せを力に」。2年目を座頭で迎えさせていただけた幸せ、そして第2部で『傾城反魂香』の又平をつとめさせていただきますが、おとくをつる(鶴松)がやってくれます。中学生ぐらいの時に平成中村座につると出た時、『傾城反魂香』は又平とおとくで、2人で初役を一緒にやろうと約束した思い入れの深い演目。今回お話をいただき、僕たちの夢だった初役をつとめさせていただく、このような「幸せ」はございません。この幸せを胸に、お客様方に素敵なお芝居、素敵な時間をお届けできるよう一座で一生懸命につとめます。

市川男寅 今回唯一の“新入生”です。この年で新春浅草歌舞伎に出演させていただけるとは思ってもおらず、自分の中では憧れの興行だったので、出演し、七代目市川男寅という名前を刻むことができて本当に感無量です。今は楽しみ半分、不安半分ですが、どんな景色を見られるか、今からわくわくしています。

中村莟玉 私も橋之助兄さん同様、前の世代からのバトンを受け継ぎ、新メンバーとなった1年目を走り抜けることができました。本当に頼もしいリーダーのおかげで、非常に和気藹々としつつ、緊張感もきちっとある素敵な座組に恵まれ、良い1年目を過ごせました。各世代の先輩方から、やはり2年目からが難しいという話をたくさん伺いました。それに対してどんなことができるのか。橋之助さんとは、「2年目も1年目を越える素敵な公演だったね」と言ってもらえるようにしたいと話しておりました。2年目もこうしてみんなで一緒に頑張れて非常に嬉しい。私は第1部、第2部ともに舞踊作品に出演します。初めて昼夜ひと言も台詞を発さないお役です(笑)。『藤娘』は、皆さんが最近よくご覧になる、六代目尾上菊五郎さんの型である「藤音頭」ではなく、私の養祖父・六世中村歌右衛門が六世藤間勘十郎先生と一緒に作り上げた「潮来出島」という珍しい振りで踊らせていただきます。『男女道成寺』は、左近さんとペアで踊らせていただきます。本当に頼もしく、近年よくいろんな座組でご一緒している左近さんと良いチームワークで踊らせていただけたらと思います。

市川染五郎 私も2回目となる「新春浅草歌舞伎」に出演させていただき、とても嬉しく思います。今回は『梶原平三誉石切』で梶原平三をつとめさせていただきます。2025年も『絵本太功記 十段目』の光秀という、高麗屋にとっても大切な役柄に挑戦させていただきました。『石切梶原』でも、私の家に伝わるやり方がある役に挑戦させていただけて、とても嬉しいです。義太夫にきちんと乗ってお芝居することを、ひと月かけて祖父や父から教わってつとめたいと思います。お客様にとっても2026年の幕開けにふさわしいひと時に、自分にとっても2026年に新たな挑戦をしていく一歩になれるよう、何とか結果を残せたらと思います。

尾上左近 私は昼夜、最後は舞踊ですが、3役とも女方をつとめさせていただきます。去年9月に初めてお芝居で女方をさせていただいてから、今年1年、本当にいろいろな経験をさせていただきました。そのなかで女方の役をいろいろさせていただくなか、自分のなかで女方を修業していきたい思いが決まり、こうやって「新春浅草歌舞伎」で女方のお役で1年のスタートを切れることは本当にありがたい。私事ですが、1月公演中に20歳の誕生日を迎えます。この節目に「新春浅草歌舞伎」に出演させていただくことは、とても縁も感じますし、身の引き締まる思いです。2年目は、1年目より進化した自分を見せられるよう精一杯つとめます。

中村鶴松 新メンバーは去年から変わって今年が2年目、果たして出られるのか不安でしたが、ありがたいことに素敵な皆様方とご一緒に新春浅草歌舞伎で1年を迎えさせていただき、本当に嬉しく思います。第1部は『相生獅子』で、中村屋の公演以外で自分の名前が最初に来るのは初めてです。左近さんと年の差を感じさせない、パワフルな舞台をお届けできれば。第2部では、橋之助さんも仰ったように、子どもの頃から憧れていた『傾城反魂香』を、夢を語り合ってきた仲間と一緒にできることが本当に嬉しい。おとくの僕が良くなかったら、今後の橋之助さんの評判も良くならないと思いますので、しっかり支えて、奥様より鶴松のほうが愛してくれるなと思っていただけるぐらい素敵な奥さんをつとめます(笑)。
【質疑応答】

──先ほど成功祈願を終え、浅草にたくさんの人が集まったなかで写真撮影をされました。何か感じたことは
橋之助 浅草寺さんで成功祈願をさせていただいたのは、今までないことで、こうした機会をいただけてすごく嬉しい。会見や本番以外で全員が揃うタイミングはなかなかなく、2回目の「新春浅草歌舞伎」が始まるんだと、とても実感しました。撮影では、外国の方を含めて浅草にいらっしゃる方々が見てくださり、去り際に手を振ったら、皆さんがチラシを持ってくださっていました。「1月に浅草公会堂で歌舞伎があるらしいよ、観に行こう」と、お一人おひとりが宣伝してくださったら嬉しい。
鶴松 浅草は、平成中村座が浅草寺の境内に立っていたり、ロングラン公演をしたり、子どもの頃から本当にお世話になっている土地です。自主公演なども浅草で開催させていただいているので、舞台の上で良いお芝居を見せることが第一の恩返しだと思います。来年1月もと良いお芝居をご覧になって「応援してよかった」と思っていただけるよう頑張りたい。
──先ほど橋之助さんがテーマをあげられましたが、他の皆さんはいかがですか?
男寅 『石切梶原』の俣野は父も祖父も何回もさせていただいている役で、『傾城反魂香』の修理之助は逆に父も祖父も一度も経験したことがなく、修理之助は曾祖父の三代目左團次が79年前にやって以来です。父と祖父が経験してきた役、そして全く縁がなかった役、両極端の役をさせていただき大変光栄です。恒例行事のお年玉ご挨拶を含めて、父や祖父とは違った男寅の色を皆様に見つけていただきたいし、それを発信できるよう全身全霊でフルスイングしたい。テーマは「自分の色」です。
莟玉 やはり「2年目の壁」がテーマかなと思います。1つ上の世代だけでなく、さらにその上の世代の先輩方も「2年目は心が折れかけた」とお話をされたことがありました。もちろんお客様に来ていただけるという意味だけではない部分もあるのかなと思いますが、そういうものに打ち勝ちたい。「僕らの世代は2年目も大丈夫だったね」と後で言える3年目を作るには、まず2年目の壁を超えることだと思います。

染五郎 やはり「橋之助兄さんの幸せオーラを力に」ですね(笑)。もちろん第2部もとても重要なお役をやらせていただきますが、やはり『石切梶原』は、とにかく時代物のイキを体に染み込ませる、時代物の勉強をするということを、2025年に引き続きテーマとして掲げてやっていけたらと思います。
左近 今回は踊り2本に出していただきますし、どれも女方ということで、華麗に踊り狂いたいと思います。『相生獅子』は、女方の華やかな舞踊でありながら、石橋物で最後に毛振りがあるので、綺麗なだけではなくダイナミックに、お客様に楽しんでいただけるよう踊れたら。『男女道成寺』も、いろいろな踊りの名人が踊ってきたものです。気心の知れた、いつも頼りにしている莟玉のお兄さんと踊らせていただけて本当に嬉しいし、個人的にも、うちはもちろん歌舞伎役者の家ですが日本舞踊の家でもあるので、踊りで勝負していきたい気持ちもあります。テーマは「踊り狂う」です。
鶴松 橋之助さんの言葉に近しいかもしれませんが、「愛」ですかね。『傾城反魂香』では又平を愛し、又平の絵の力を愛し、その愛が全てを凌駕していくのも1つのテーマだと思います。若手の「新春浅草歌舞伎」では、地元の方々に愛され、ご贔屓の方々に愛していただいてこそ1ヶ月の若手興行が成立すると思います。愛される役者になっていきたい。

──昨年も出演したメンバーの方に伺います。普段と違い、自分たちが中心に立つのは違った経験だと思います。今年やってみて、成長したところや大変だったところは? また、男寅さんは新入生ですが、去年は橋之助さんが決起集会をされました。今回は?
橋之助 まず『絵本太功記 十段目』という、歌舞伎のなかでもとても重い狂言を一座で、体当たりでつとめさせていただきました。幕が開くことに関しては、お役の不安より、やはり興行への不安が僕は大きかった。お客様がきちっと入ってくださるのか、盛り上がることができるのか、僕たちの思いがお客様に伝わるのか。お役は僕も染五郎君もしっかり稽古していただいて、一つひとつ積み重ねてきたものが舞台上で自信になると信じられるくらい、役に真摯に向き合いました。幕を開けたら本当にたくさんのお客様が来てくださって、初日の第1部は僕がお年玉ご挨拶、その後が莟玉君でしたが、出たら満員のお客様がいてくださって、丸ちゃん(莟玉)と「よっしゃー!」と。一生忘れられない光景もありましたね。
莟玉 僕も興行に対して不安もありましたが、お役としては『絵本太功記 十段目』では、第1部では久吉、第2部では操と、この年でなかなかチャレンジさせていただけるようなものではないお役を、立役は父の梅玉に、女方は叔父の中村魁春に教わって進めることができました。前の世代までの新春浅草歌舞伎と同様に、父や叔父に教わる機会をいただけたのはすごく嬉しかった。そして、『落人』を橋之助さんとさせていただき、僕の人生では初めて、演目名の後に僕の名前が来るという経験をさせていただけたのもすごく嬉しかったですね。興行の宣伝に関しては、ちょうど1年前ぐらいの今頃から橋之助さんといろんな相談をして、演目の解説動画を撮ろうという案を出しました。僕と橋之助さんを先生に見立て、ホワイトボードで説明するという動画で、どうかな…と思いながらやっていましたが、本当に上手に編集していただいた。「あれがあったから観に行ってみたい」「これを観てからなら楽しめるかもと思ってきた」という声をいただき、非常に嬉しかったです。
染五郎 2025年は『太十』の光秀をやらせていただきました。今回もそうですが、ずっと舞台のど真ん中に座っている時間が多い役で、やはりそのプレッシャーや、360度すきを見せてはいけない緊張感を感じながらやっていました。『石切梶原』は、もっとどっしりとしつつも、爽やかさがないと、お客様が疲れてしまうので、大きな舞台のど真ん中にどしっと座っていながらも、爽やかさやお正月らしい華やかさを感じていただけるよう、研究して臨みたい。
左近 今年の「新春浅草歌舞伎」はいろいろ大役をさせていただき、もちろんそれもとても大切ですが、宣伝活動やこのような会見も前回が初めてでしたので、それが非常に印象的でした。自分のキャラクターを見ていただいたのが、今年の1月だったかなと思います。鏡開きで挨拶を嚙んでから、本当にいろんな先輩方からいじられキャラとして扱われることが増えてしまいました。自分の中ではとても不本意なので、男寅さんが初めてご出演ということで、先輩ですがいじられキャラもバトンタッチをしていこうかなと思います(笑)。
鶴松 私も『絵本太功記 十段目』の十次郎そして操という、普段の興行ではなかなかいただけないお役を勉強させていただき、本当に嬉しかったです。逆に怖い点は、普段だったら先輩方が傍で舞台を見守ってくれて、良くないことがあったらすぐに指摘してくださるありがたい環境ですが、そういう方々がいない若手だけの舞台なので、決して気を抜かないようにやっていきたい。
男寅 いじられキャラになるかもしれない新入生です(笑)。決起集会は、染五郎君はどうしてもスケジュールの都合で来られませんでしたが、他の5人で1回集まりました。座頭の国ちゃん(橋之助)とは実は同い年で、誕生日も1日違いで、この1日に何があったかというぐらいしっかりしています。僕は一人っ子なので、座頭を中心に、この4人に甘えながら、芝居は今の自分の立ち位置や実力だと全力投球するしかないので、まず男寅の存在を1人でも多くの人に認識していただけるよう、全身全霊でつとめたい。

──『国宝』の大ヒットで歌舞伎にすごく注目が集まった年でした。歌舞伎座にも新しい若いお客さんがたくさん来ていると聞いています。「新春浅草歌舞伎」は、まさに若いスターを観に来る方も多く、演目も一部は映画で知ったものが観られると思う方もいると思います。そういう方に向けて、見どころなどは?
橋之助 『国宝』のヒットで注目してくださり、歌舞伎におみ足をお運びくださる方が増えているのは非常に嬉しく、ありがたい。僕も拝見して一番共感したのは、命をかけてやっているところです。このメンバーだけでなく歌舞伎役者はみんなそうです。いただいた役そして歌舞伎のために、家のために、命をかけて芸に向かっています。そのなかでも「新春浅草歌舞伎」は、普段より大きいお役をいただき、より命をかけている部分が助けになっている。それはあまり表に出すべきではないと思いますが、若手公演に限っては僕たちのそういった思いが芸の背中を押してくれるところもあります。20代30代の僕たちが命をかけてやっている思いを観ていただきたい。
男寅 新春浅草歌舞伎も若手に世代交代していくのと一緒で、お客様もやはり少しずつ世代交代していくものだと僕は思います。新春浅草歌舞伎は年齢層も若いし、お値段もお安いので、『国宝』の映画だけに限らず、興味を持ってくださった若いお客様にも足を運んでいただけるよう、宣伝も舞台の上での演技も含めて一生懸命やりたい。またこの浅草で気になった役者さんを見つけていただいて、歌舞伎座や新橋演舞場などの興行にも足を運んでいただけるようにつとめたい。
莟玉 『国宝』に関するご質問はいろんなところでいただきます。決して『国宝』に寄ってこの演目になったわけではなく、やはり今の僕たちの世代で、その年齢で何に挑戦すべきか、その先も見据えて演目とお役を決めてくださっていると僕は思っています。なので、そこに集中するのみというのが僕の本心ですが、客観するとどうしたって、外から入ってきた私が『藤娘』を1人でやっていれば、おおっと思いますよね(笑)。そう思って観てくださる方はどうぞご自由にと思いますが、映画は映画、歌舞伎は歌舞伎と思って僕はやりたいと思います。
染五郎 橋之助のお兄さんが仰ったことと重なるかもしれませんが、やはり一瞬一瞬に魂を込めて、その積み重ねで1つのお芝居、1つの作品をご覧いただくつもりでやっております。だからこそ、やる側としてはとにかく、舞台上にいる時はなるべくすきを見せず、しっかりとその役として存在することを全うする。それに尽きると思います。それは映画とは関係なしに、当たり前のことだと思いますが、映画の影響でやはり「歌舞伎の裏側ってこういう感じなのかな」と思って見てくださる方も増えたと思います。だからこそ、舞台に上がる前からきっちりと気持ちを作って、役として魂を込めることを変わらず今回もやっていきたい。
左近 皆さんが言ってくださった通りです。映画の影響で歌舞伎を初めてご覧になったというお客様は、本当にありがたいと思います。ただやはり映画は映画、舞台は舞台と僕も思っていますので、自分のなかでしっかり1本芯の通ったものをもって芝居をしていきたい。映画では綺麗な女方さんが2人出てきますが、私と莟玉さんがつとめさせていただく『男女道成寺』は、ちょっと陽気な狂言師が出てくるので、映画とはまた別の演目だということをご承知おき願いたいと思います。
鶴松 『国宝』のおかげで、今まで歌舞伎に興味を持ってこなかったお客様が多数(劇場に)いらっしゃると思いますし、新春浅草歌舞伎はチケット料金もお手頃ですし、足を運びやすいと思います。だからこそ、危機感を持たなければいけない。『国宝』を観て歌舞伎に興味を持ったけど、1回観たらそれで満足してしまう、観光地化してしまうことは一番避けなければいけないと思います。皆さんも仰ったように、全歌舞伎役者が、一瞬一瞬を大切にして、1人でも多くのお客様を獲得するチャンスでもありピンチでもある状況かなと思います。

最後は「新春浅草歌舞伎」をイメージしたAポーズで決めて和やかに取材会は終了した。
【公演情報】
「新春浅草歌舞伎」
出演◇中村橋之助 市川男寅 中村莟玉 市川染五郎 尾上左近 中村鶴松
●1/2~26◎東京 浅草公会堂
チケットホン松竹(10:00-17:00) 0570-000-489
チケットWeb松竹(24時間受付)
〈公演サイト〉https://www.kabuki-bito.jp/theaters/other/play/951
取材・文◇内河 文 撮影◇松山 仁



