
日本初上演となる、甘いチョコレートが心を解きほぐし、ほろ苦さとないまぜになりながら、人生に奇跡を起こす様を描いたミュージカル『ロマンティックス・アノニマス』が、東京池袋の東京建物 Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)で上演中だ(3月24日まで。のち4月1日~5日、大阪・東京建物 Brillia HALL 箕面〈箕面市立文化芸能劇場〉で上演)。

ミュージカル『ロマンティックス・アノニマス』はジャン=ピエール・アメリスとフィリップ・ブラスバンド脚本による2010年のベルギー・フランス合作映画「Les Émotifs Anonymes」を原作とした、繊細でシャイな男女の恋を描いたロマンティック・コメディを原作として2017年、翻案・脚本エマ・ライス、歌詞クリストファー・ダイモンド、音楽マイケル・クーマンという布陣でミュージカル化された作品。今回、日本でも多くの演出作品を手掛けるスコット・シュワルツを演出に迎え、岩﨑大昇と吉柳咲良という新鮮なコンビを中心に、実力派の俳優たち9人で、紡がれるチョコレート同様に甘くスイートでありつつ、ビターでもある物語が展開されている。

【STORY】
舞台はフランス。亡き父(大谷亮介)からチョコレートファクトリーを受け継いだ若き経営者、ジャン=ルネ(岩﨑大昇)は、他者とのコミュニケーションに困難を抱えていることを悟られまいとするあまり、孤独感に苛まれている。しかも父の教えを守り、伝統的な普遍の味を作り続けているファクトリーは時代に取り残され、深刻な経営難に陥っていた。そんなジャン=ルネの癒しは謎の天才ショコラティエが手掛け、店主のメルシエが亡くなったあとは手に入れることができなくなった、いまや残り少ないチョコレートだ。
一方、天才的なショコラティエの才能を持つアンジェリーク(吉柳咲良)も、他者と関わることに極度の緊張感を覚えてしまう女性。それでもなんとか前に進もうと「エモティフ・アノニム(名前を明かさない、感情過敏者の為の助け合いの集い)」に参加したアンジェリークは、同じように様々な悩みを抱える仲間たちに勧められ、なんとか経営を立て直そうと新たな人材を求めたジャン=ルネが出した求人広告に募集する。

面接の場で、アンジェリークがチョコレートの真の魅力を知っていることに気づいたジャン=ルネは、即決で採用を決めるが、互いにコミュニケーション力に問題を抱える二人の言葉足らずから、アンジェリークは最も不向きな販売を手掛けることになってしまう。当然ながら成果はあがらないばかりか、頼みの綱の大口卸売り業者からも取引中止を言い渡され、ファクトリーに倒産の危機が迫る。
なんとか取引を再開してもらう為には、現状を打破する新たな一手を打つしかない。アンジェリークや従業員たちに励まされ、ジャン=ルネが取った選択とは……


劇場に足を踏み入れた瞬間から思わず「可愛い…」と声に出てしまったほど愛らしい石原敬の装置に迎えられる舞台は、まるで絵本をめくっていくような甘い展開のなかに、とてもビターな現実をくるみこんで展開されていく。
何しろ主人公の二人共が、医学用語としてではなく、敢えてわかりやすい表現をするなら“対人恐怖症”で、実は出会った瞬間からそれぞれが他の人とは違うものを相手に感じていることを察知しながらも、それが所謂「運命の人」だとは全く気付かないまま物語は進んで行くのだ。だから観ている側は「どうしてそうなるの?」とすれ違い続ける二人がもどかしくてたまらなくなる。つまりもうその時点で、心はこのミュージカルにすっぽりつかまれていて、「頑張れ!」「ほら、あと一歩行け!」という応援団のような気持ちになっていることに気づくいた時、なんだか自分の感情の起伏までが愛おしいような想いがした。
それほどジャン=ルネもアンジェリークもどうしようもなく不器用なのに、なんとかして前に進もうとすることを諦めない。その姿には心を動かされずにはいられないし、そんな気持ちにピッタリと寄り添うように、二人を見守る周囲の人々、7人の実力派の俳優たちが老若男女問わず演じ分ける多くの登場人物たちが、時に優しく、時に厳しく、二人を叱咤激励しながら、自らもまた前進していく様が温かい。


思えば何をもって完璧とするかも含めて、欠点のない人間なんているはずもないし、誰もが自分のどこかにコンプレックスを抱えつつ、それでも日々を生きているだろう。だからこそ作品には時に客席も写り込む鏡が用いられているのだろうなと思えるし、そんな人々に対する演出のスコット・シュワルツの目線が共感に満ちていて、全体を通してはラブコメだで、ファンタジー色が豊かなおとぎ話のなかに、真実のほろ苦さが随所にあらわれる様にハッとさせられる。そう、まるで、食べるまではプレーンなのか、中にヌガーやナッツや、時にはブランデーが入っているのかわからない、綺麗に並んだチョコレートボックスを前にした時のドキドキ感に、この舞台の展開はとても似ている。

特に、英国でミュージカル化されたのち、今回の日本での上演に際して、隅々までの手直しがなされて、シュワルツ曰く「初演と言ってもいい」と言うほどだという、今回の日本版を構成している、転換もコーラスもダンスもたった9人の俳優たちがすべてを担う舞台の醸し出す色合い。徹底的にシアトリカルで、ウィットに富み、微かにセクシーで大人っぽくもある作風は、振付を担うアディ・チャンの個性と、それを見事に体現した俳優たちの力量によって生まれている。

ジャン=ルネの岩﨑大昇は、STARTO ENTERTAINMENT 所属ジュニアグループKEY TO LITでの活動と共に、ミュージカル界にとってはなんと言っても2024年に主演を務めた『ニュージーズ』での好演が記憶に新しい。伸びやかな歌声と力強い演じぶりで魅了したすぐあと、カーテンコールに現れた途端、あまりにもピュアな笑顔で客席の拍手に応える様が微笑ましく、なんとも印象的だった。そんな岩崎が持つ真っ直ぐで無垢なものが、今回のジャン=ルネ役にそのまま生きている。自分に欠けているものがあるのを知り過ぎているが故に、それをなんとか取り繕おうとするジャン=ルネの行動のいくつかには、正直ちょっと待て……と思うものも実はある。けれどもそれが全くネガティブな印象にならず、なんとか背中を押したいとすんなり思えるのは、岩﨑本人の資質が役柄に投影されているからに違いない。しかもそうした、時折「うん?」と思わせていた行動の真実が終幕で明かされた時、ジャン=ルネの幸せを心から願う気持ちになる、岩﨑が演じたからこその主人公像がここにいた。冒頭から客席を巻き込む力も鮮やかで、キャスティングの勝利を感じさせる存在だった。

アンジェリークの吉柳咲良は、2017年『ピーター・パン』のタイトルロールでミュージカルデビューを果たして以来、舞台、映像の双方で活躍を続けているが、ピーター・パンはもちろん、『ロミオ&ジュリエット』のジュリエット役でも見せていた、舞台を疾走する勢いとエネルギッシュさから一転、劇中なかなか目線や顔をあげず、常に逡巡しているアンジェリークの言動を的確に表現している。それは怒るよなぁ……とアンジェリークに共感する展開も多いなかでも、やはり彼女にも変わってもらいたいと願うのは、吉柳の澄んだ歌声が殊更美しく響き、役の心情を伝えてくれるからこそだ。ミュージカル俳優として、この資質を改めて貴重に感じるし、役幅を広げ続けている今後の活躍も楽しみだ。

二人以外のキャストは多くの役柄を担っているが、ファクトリーの従業員マグダ、アンジェリークの母ブリジッド、「エモティフ・アノニム」の参加者ドクター・マキシムなどを演じる朴璐美が、それぞれの役柄の鮮やかな変貌ぶりと共に、どの役柄も朴璐美が演じていることがわかるからこその面白さもきちんと見せて惹きつける。この感触は他のキャストにも共通していて、作品が持つ演劇の魔法の醍醐味を倍加させているし、朴の大胆でありながら、どこかにコケティッシュさもある持ち味が各役に生きた。

ファクトリーの従業員ルド、チョコレートフェアの審査員ロワゾー、「エモティフ・アノニム」の参加者レミなどを受け持つ勝矢は、持ち前の堂々とした体躯とのなかに、凄み以上の可笑しみがある個性がこの作品にベストマッチ。ルドが言うことをもっと早く聞いていればいいのになぁ、と思わせる展開も笑わせてくれるし、ロワゾーが発する威圧感をも、笑いに変換できる強みが光った。

ファクトリーの従業員スザンヌ、「エモティフ・アノニム」の参加者ミミなどを演じる花乃まりあは、他にも印象的ないくつもの役を演じるが、この短い時間でよくぞ、と思うほどそれぞれの役柄を衣装だけでなく、ヘッドドレスなどにも凝って登場してくるのに喝采を贈りたい気持ちになる。トップ娘役を務めた宝塚歌劇団時代も非常に抜擢が早かった人で、アンサンブル的な出番を受け持っていた時期の方がむしろ短いはずだが、やはりそうした経験値の高さが今回の作品創りを根底から支えていた。

「エモティフ・アノニム」の参加者ピエールをはじめ、敢えてここではあまり語りたくないな、と思うほどインパクトある意外な役柄の数々で登場する上野哲也は、これまで一本気な役柄を演じるのを多く観てきただけに、軽やかな変身ぶりに驚かされる。おそらく上野のキャリアのなかでも、この作品への出演は大きな財産になることだろう。それぞれの登場場面で見せる多彩な表現に是非びっくりして欲しいし、それでいてちゃんと俳優としての実直さも感じさせるのがいい。

「エモティフ・アノニム」の参加者ウィローももちろんだが、こうくる?ここ人でくる?という楽しさにあふれる出番をも受け持つダンドイ舞莉花は、常のパワフルでエネルギッシュな舞台姿は残したまま、ちょっとした仕草や視線が適度にセクシーで、フランスを舞台にした作品のエスプリを体現する存在。振付の洒脱さにもピッタリで、よく踊り、よく歌い、作品のアクセントになっている。

ジャン=ルネが大切にしているチョコレートを販売していた店の店主メルシエや、「エモティフ・アノニム」の参加者もごもごエモティフ、そしてジャン=ルネにとって最後の砦の卸売業者メルシーなどを演じるこがけんは、誰もがそうである舞台のなかでも、「えっ?!」と二度見することが何度もあった変身の妙の極めつけで魅了する。キャストのなかではおそらく最も演じ分けのふり幅が広く、俳優であり芸人でもあるこの人の本領発揮を観た想いがした。

そして、舞台俳優として、また映像作品でも多くの代表作を持つ大谷亮介が、ジャン=ルネの父親、ファーザーの役どころで登場。なんと初ミュージカル作品への挑戦だとのことだが、冒頭から既に亡くなっている設定の人物が実体として現れることを、こんなにも自然に見せるのは大谷の懐深い演技あってこそ。もうひと役の受付係も作品全体の鍵を握っていて、他のキャストたちの演じ分けとはひと味違う効果を発揮しているので注目して欲しい。

全体に、作品と地続きになっているとも感じられる、耳に馴染むミュージカルナンバーも美しく、ジャン=ルネとアンジェリークだけでなく、様々な登場人物がビターな事情をそれぞれに抱えつつも舞台のなかで成長し、新しい扉を開ける様が心を温めてくれる作品だった。1点、チョコレートを使った魔法を、客席全員にかける粋な演出から物語がはじまるので、是非開演には余裕をもって劇場に足を運ぶことをおススメしたい。
【囲み取材】

初日を前日に控えた2月28日囲み取材が行われ、キャストを代表して岩﨑大昇、吉柳咲良、大谷亮介、そして演出家のスコット・シュワルツが登壇。公演への抱負を語った。

そのなかで岩﨑は、作品について「楽しい作品だし、やっている我々も幸福感を味わえる本当に素敵な作品になっています」と語った一方で、苦労した点を訊かれると「何がと言うのが難しいくらい」だとまず答えて、これまでのミュージカル出演作品がいずれも再演作品だったことから「(日本)初演をやらせてもらうのが初めてで、こんなに大変なんだと。本当に毎日違いますし、どんどん変わっていきますし、その中で自分の大切なものを見つけていく作業は、すごく大変ですが楽しいなと思いました」と稽古期間を振り返った。また、所属するグループKEY TO LITでの活動ではチームの深みをどんどん探っていくが、個人としてミュージカル作品に出演することには、また違う挑戦が常にあり、自分に足りないところもみつかると吐露した上で「今回もそうですけど素敵なご縁もあって、僕の人生を盛り上げてくれる。色々な仕事やらせてもらう中でも、ミュージカルや舞台をすごく特別に考えています」と舞台に向かう熱い想いを語ってくれた。

吉柳は「もう明日が初日なんだという感覚がすごく強いです」と、充実した稽古期間を振り返りながら「チョコレートを通じて繊細な人間の痛みや、幸福を描いているすごく素敵な作品なので、たくさんの方に共感していただけると思います」と語り、是非作品を楽しんで欲しいと客席への期待も込めた。

大谷は「僕はこんな本格的なミュージカルに参加させていただくのは初めての経験なので、本当に素晴らしい2ヶ月でした」と語り、そのことを知らなかったという岩﨑がまず誰よりも驚いていて、それだけ大谷の舞台への取り組みが堂々としていたのだろうことを想像させるやりとりも。「父親役なので、彼(岩﨑)としか一緒に出ていないんですけど、大人の方がご覧になっても大変面白いミュージカルになっていると思いますので、どうぞよろしくお願いします」とアピールした。

演出のシュワルツは「この作品はお客様にとって感動的な瞬間、心が動く瞬間、面白かったり喜びを感じたりする瞬間がたくさんあると思うのですが、自分の思う見どころは、主役の2人の対人恐怖であったり、社交的な不安を抱えつつ自分を発見していく、パートナーシップを築いていくところではないか」と、作品の甘やかな部分だけでなく、人が抱えている悩みに寄り添っている視線を改めて感じさせた。また登壇している3人の魅力について問われ、岩﨑について「大昇さんは心の深いところから誠心誠意役に向き合ってくださり、しっかり深く考えた上で役に取り組んでくださる方だとの実感があります。同時にすごい遊び心があって、稽古場でもよく新しいことにいきなりトライしてくれて、僕にサプライズをくれます。それが本当に楽しかったし、全てが活かされて本番で活用されていますのでお楽しみに」との讃辞を。吉柳には「咲良さんは本当にクリスタルの結晶のようなすごい声の持ち主です。その声を通じて色々な表現ができる。類まれなる女優さんです」と、ミュージカル俳優としての確かな表現力を。大谷には「亮介さんは素晴らしい役者さんで、こんなスキルを持った方とミュージカルでご一緒できるのは本当に珍しく、幸いなことだなと感じています。そして衣装もちょっとキラッとしていますが、衣装だけではなくご自身にきらめきと遊び心があります」と、ウィットも交えて称賛した。

最後に岩﨑から「Brillia HALLの舞台を9人で埋めて、このストーリーと感動を届けるのはストイックで、なかなかないことだと思います。でもそこに向かってキャスト、スタッフ、チーム全員がいいものを創ろうと頑張ってきた結晶がここにあると思いますし、見てくださったお客様には、コメディですから、笑いもあるし、ロマンスもありますし、でも見終わった最後に言葉では表せないような幸福感と、皆さんの日常を少しですけど、背中を押せる何かを持った作品だと思っています。最後までチーム全員で駆け抜けられるように頑張りますので、応援のほどよろしくお願いします」と力強く締めくくり、公演への期待を高めていた。

【公演情報】
ミュージカル『ロマンティックス・アノニマス』
原作◇映画「Les Émotifs Anonymes」(ジャン=ピエール・アメリスおよびフィリップ・ブラスバンド脚本)
脚本◇エマ・ライス
歌詞◇クリストファー・ダイモンド
演出◇スコット・シュワルツ
音楽◇マイケル・クーマン
振付◇アディ・チャン
出演◇岩﨑大昇 吉柳咲良 朴璐美 勝矢 花乃まりあ 上野哲也 ダンドイ舞莉花 こがけん 大谷亮介
●3/1〜24◎東京・東京建物 Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)
●4/1〜5◎大阪・東京建物 Brillia HALL 箕面(箕面市立文化芸能劇場)
〈お問い合わせ〉東宝テレザーブ 0570-00-7777(ナビダイヤル)
〈公式サイト〉https://www.tohostage.com/romantics/index.html
【取材・文・撮影/橘涼香 】




