
早くも上半期最後の月に入っている2026年、日比谷の東京宝塚劇場で春4月からはじまった宝塚歌劇花組公演グランド・ラメント『蒼月抄(そうげつしょう)』-平家終焉の契り-、スパイシー・ショー『EL DESEO(エル・デセーオ)』が5月末千穐楽を迎えた。
今年の宝塚のラインナップは後半に雪組の『ポーの一族』、星組の『RRR×TAKARAZUKA~√Rama~』、そして花組の次回作品となる『エリザベート~愛と死の輪舞~』と一本立てミュージカルの三作連続上演が決まっていて、大きな期待と共に、エネルギーを充満して爽やかに「楽しかった~!」と劇場をあとにできるショー作品のない興行が続くことに、いくばくかの寂しさを感じるのも本当のところだ。
そんな今年のラインナップにとっては殊に貴重な二本立て、しかも日本ものの芝居と熱いラテンショーの組み合わせで上演された花組の『蒼月抄』-平家終焉の契り-と『EL DESEO』は、ふり幅の大きな二作品が宝塚歌劇の懐深さを改めて感じさせる興行になった。
その日本もの、『蒼月抄』-平家終焉の契り-は、平安時代末期、栄華を誇った平家一門が、大黒柱である平清盛を失ったのち、信じ難い速さで威光を失っていくなか、一門の誇りを守ろうと最後まで戦った平知盛を中心に、その妻明子、弟・重衡、従兄弟・教経らの生き様を、欠けゆく月を象徴に描いた演出家・熊倉飛鳥の宝塚大劇場デビュー作。日本物の経験豊富なトップスター永久輝せあ率いる花組の新たな魅力があふれる一作となっていた。
【物語】
寂寥とした月が照らす夜の海。船頭が操る小舟に旅装姿の後高倉上皇(天城れいん)と琵琶を爪弾く四条の局(朝葉ことの)が乗っている。ここは栄華を極めた平家一門の多くが眠る壇ノ浦だ。悲劇の時にまだ幼い童だった後高倉上皇に問われるままに、四条の局は、平家の栄枯盛衰を語りはじめる……
平安時代末期。平家の棟梁・平清盛(英真なおき)は、平治の乱に勝利したことを足掛かりに、武士として初めて政の頂点たる太政大臣にまで上り詰めていた。権力を掌握し、我が世の春を謳歌する平家一門。その栄華の陰で、朝廷や各地の武士たちは平家への不満を募らせていた。
清盛の息子たちのなかでその才を色濃く受け継いだ知盛(永久輝せあ)は、知にも武にも長けた清盛最愛の息子と言われていた。清盛の己に対する絶大な信頼と期待は、いつしか知盛に武人には心優しすぎる兄・宗盛(一ノ瀬航季)を支え、風流を解する弟の重衡(聖乃あすか)、平家随一の猛者と謳われる従兄弟の教経(極美慎)ら次代を担う若武者たちを率い、己が平家を導くとの強い使命感と同時に、父の期待を裏切ってはならぬという心理的な負荷を募らせていた。
そんなある日、知盛は父の命により、藤原忠雅(紫門ゆりや)の娘・明子(星空美咲※のちの四条局)を妻に迎えることとなる。だが顔合わせの席で明子はこともあろうに「平家の没落」を予言し、この縁談は受けられないと言い放つ。怒りに震えた清盛に命じられ、一度は明子を斬ろうとした知盛だったが、重衡のとりなしと「平家にあらずんば人にあらず」とさえ言われるいまの世で、己を含め誰もが逆らうことのできない父・清盛に敢然と立ち向かう明子に心惹かれ、父を説き伏せてなんとか場を納めると、二人で語らう時を持つ。明子が抱える平家への強い怨念を聞きながら、知盛は父が目指し、自身がさらに大きくしたいと願う外国との貿易を進め、まだ見ぬ異国の人々と出会いたい。それこそが、平家が目指すのちの世なのだとの夢を語る。明子もまた知盛に他の誰とも違う才気を感じ、知盛の夢を我が夢として共に歩むことを決意する。二人の間にはほどなく嫡子・知章(美空真瑠)が生まれ、人生で最も幸福な日々が過ぎていった。
だがその時の流れのなかで、平家の専横に反感を募らせる怨嗟の声は日増しに高まり、ついに源頼朝、木曽義仲を筆頭とした諸国の源氏一族が平家打倒の為に立ちあがる。この動きに呼応した寺社の鎮圧を清盛から命じられ、総大将として戦いに挑んだ重衡だったが、戦は日暮れまで長引き、夜の闇に紛れた不意打ちを防ぐため寺社や民家を焼き払い灯りをとるべきとの郎党たちの進言を、重衡は受け入れざるを得なかった。火勢は想像以上に燃え広がり、源氏と共に民たちをも焼き尽くしていく。激しい後悔に苛まれ、心に深い傷を負う重衡。更にあたかもこの祟りかのように清盛は病に倒れ、高熱のなか「頼朝の首を我が墓前に……」と言い残して世を去る。偉大すぎる船頭を失った平家の命運は急速に傾きはじめる。
その期に乗じて木曽義仲が信濃で挙兵。瞬く間に北陸を配下に収め、新たな棟梁となった宗盛を総大将として鎮圧に向かった平家軍は、倶利伽羅峠で壊滅的な大敗を喫する。母・時子(美風舞良)や、帝の中宮となり、いまは幼い安徳天皇(花海凛)の母となっている妹・徳子(美羽愛)らにも動揺が広がるなか、重衡は源氏との和睦こそが平家を守る唯一の道だと主張する。だが知盛は父の築いた世を手放すわけにはいかない、すべての責任は自分が負うとして、三種の神器と帝を奉じ一端西国へ退き、体制を立て直すことを提案。それがどんな決定だとしても兄とも慕う知盛と共に戦うのみ、と固く誓う教経をはじめ、平家一門はそれぞれの想いを抱えながら栄華を極めた京をあとにする。知盛の妻、知章の母、また安徳天皇の弟宮の貞守親王(彩葉ゆめ※のちの後高倉上皇)の乳母として、夫と運命を共にすると決意する明子も、父の制止を静かに拒み、今生の別れを告げて西国へと向かっていく。
知盛の思惑通り、西国を拠点に勢力を盛り返し、再び上洛を画策するまでになった平家一門だったが、彼らの前に源頼朝の弟で軍略の天才・源義経(希波らいと)が立ちはだかる。双方がぶつかりあった一ノ谷の戦いで、源氏の副将・梶原景時(侑輝大弥)、その子景季(夏希真斗)さえもがはじめは猛反対した奇襲に打って出る義経。勝利を確信していた平家は大混乱に陥り、知盛、重衡、教経は、それぞれに苦渋の選択を強いられ……
作品に接してまず驚いたのが、これが大劇場デビュー作となる作・演出の熊倉飛鳥の宝塚大劇場、東京宝塚劇場が誇る、銀橋、大階段、盆、幾多のせりなどの潤沢な舞台機構をあますところなく使いつくした演出だった。デビュー作で、しかも日本もので、ここまでダイナミックに舞台機構を効果的に使えるというのは大変な才能で、それにより、基本的には敗走に敗走を重ねていく、滅びに向かって突き進む「驕る平家は久しからず」を描いた切ない作品に、エンターティメントとしての醍醐味を与えることに成功していたのは特筆に値する。なかでも、世に広く知られた一ノ谷の戦いでの「義経の逆落とし」では、幕に移した映像が義経の声と共に開かれ、宝塚の象徴たる大階段で断崖絶壁を表す展開が鮮やかだったし、知盛と明子の語らいの向こうに大せりを使った唐船が浮かび上がる様や、潮の流れを盆回しで表すなどなど、見事な演出が随所にあり作品の成果を高めている。満月からひたすらに欠けていく月に平家終焉の時を重ねたのも美しい。美しいと言えば太田健による主題歌「蒼月抄」が簡潔にして要を得ている熊倉の作詞と、メロディーラインがベストマッチ。いささか複雑になり過ぎとのきらいもある近年の宝塚オリジナル楽曲群のなかの白眉と感じる1曲が、物語を彩って秀逸だった。また我が子に守られた形となった知盛が、失意のどん底で歌う「冷たい月」や、四条の局が平家の栄枯盛衰を、琵琶による語りの形で歌う、この言葉にはこの旋律しかないと思わせたほどの楽曲を書いた多田里沙の確かな仕事も見逃せない力になっている。
この演出面を中心としたスタッフワークの確かさの一方で、脚本家としての熊倉の言葉選びや、また場面ごとに境遇が大きく変わっていくとは言いながらも、ひとりの人の人生である役柄の根幹にしばしばズレを感じる人物描写には一考の余地があると思う。なかでもそう言い切られるとどうしても「バスティーユの戦い」がはじまる、と咄嗟に連想してしまう宝塚の代表作との台詞かぶりは、やはり慎重を期して避けた方が無難だろう。同じ意味で純粋に殺陣の場面は全く問題がないのだが、ダンスで合戦を表す宝塚得意の場面展開で、時に和装束に比して振りが西洋的に映りすぎる時間があり、洋楽で日舞を踊る宝塚の日本もののセオリーに一度立ち帰って、ほんのひとさじ日舞の要素を振付に増やせると、より馴染んでくると思う。これはもちろん熊倉ひとりの責務ではなく、振付家、また楽曲の編曲も大きく関与しくることなので、もちろんアップデートをしながらの、宝塚の日本物の美を共有していって欲しい。

そんななかで、それら人物描写の揺れを、ダイナミックな演出と共にねじ伏せているのがキャストの熱演の数々で、観劇している間にはそうした疑問を差しはさませない勢いを維持しているのが素晴らしい。
その筆頭、平知盛を演じる永久輝せあが、大劇場作品としてはトップスターとなって三作目にして初めてめぐりきた「人」の役どころを繊細に演じて惹きつける。
何しろ平知盛と言えばどうしても、歌舞伎の「碇知盛」のイメージがあるし、それは置いたとしても「見るべきほどのものは見つ」との末期の言葉があまりにも知られている人物だ。その知盛が異国の人々と出会いたいという夢を語ったところでは、行き着く先がわかっている物語なだけに、それでは「見るべきものを見ていない」にならないのか?と不安になったほどだ。だが熊倉脚本は、異国への想いは父から植え付けられた夢で、自分の夢は違う、栄華も敗走も愛した者の顔も、見るべきものはすべて見た、と語る知盛がむしろ自分を取り戻して逝ったという形に至るのだ。つまりはある種のアダルトチルドレンとしての知盛を描いていて、その斬新な切り口が力強さも明るさもありながらも、どこかにほの暗いものも秘めている永久輝の魅力を照射したのが、主人公として立つことに相当の難しさがある役柄の底支えにつながっている。
そもそも宝塚大劇場で平家終焉の物語が描かれたのは、私の記憶に間違いがなければ、1985年に当時の星組トップスター峰さを理主演で上演された菅沼潤による『西海に花散れど~平資盛日記抄』以来だと思う。実に40年余の月日が流れていて、東西の劇場の建て替え前でもあり、舞台機構の使い方、ミュージカルとしての展開には当然ながら隔世の感がある。ただ、『西海に花散れど』は知盛にとっては甥になる平資盛を主人公に選んでいるのがキーポイントで、歴史に名高い多くの戦に対してこの人物には直接の責任がない。そればかりか義経を倒せる決定的な情報を入手しながら、宗盛の反対に合い実行できない、自ら兵を動かせる立場にないからこその苦渋というエピソードが創作されたことによって、主人公の立ち位置がストレートに悲劇のヒーローになっている。物語自体も壇ノ浦の直前、当代の歌い手だった峰が、滅亡に向かう平家の哀切(この部分で象徴的に舞台を横切っていく人々のなかにいた知盛は、碇を背負っていた)を振り切り、それでも明日を生きていこうと歌い上げる、吉崎憲治による5分間に及ぶ大曲「愛の祈り」で一人幕を切るという、非常にわかりやすいスター芝居になっていた。
そこからすると、知盛は清盛亡きあとの平家を牽引した人物だけに、ひたすらに滅びに向かう物語のなかで、主人公として立つ難しさはどれほど大きかったかしれない。実際、清盛の優れた資質をすべて受け継いだ最も優秀な人物、としての描写が作中にほとんどないから尚のことだ。それでも波間からせりあがってくる冒頭から、全く本意ではなかったとは言え、結果的に息子を盾にして逃げ延びる形になる筆舌に尽くし難い無念と絶望を経て、落命からエピローグまで、知盛の言葉、歌、表現にこれほど泣かされるのは、永久輝その人の魅力、力のなせる技に他ならない。実際に公卿衆に武家の栄華を強調する台詞よりも、明子との顔合わせの瞬間、すでに知盛のなかで何かが動いていることを感じさせる表情の方がより雄弁なのは、永久輝がトップスターとして更に大きく進化し続けている証だろう。日本ものの経験値が高いことも生きていて、いまの不穏な世の中に一門が揃って入水の道を選ぶことを、正直あまり美談にして欲しくないな、との理性をも弾き飛ばし、感情移入できる知盛にもっていった永久輝に感謝したい。「さらり、さらり」のリフレインが耳に残る歌声も伸びやかで切なく、何よりも美しい知盛を具現してくれていた。

その妻となる明子の星空美咲は、この時代に家門どうしで定められた縁の席でこの発言をする女人がいたとは到底思えない、脚本上の大胆な展開を、凛としたたたずまいで非現実感を与えずに表現したのがたいしたもの。その硬質な風情が知盛本人と、語る夢とによって解きほぐされていく様もよく伝わり、西国に落ちていく平家、知盛と運命を共にする決意にも説得力がある。まだ新人公演に出演する学年だと気づいて驚くほど押し出しも確かで、高音部にも張りがある歌声も作品を豊かに彩っていた。
知盛の弟・重衡の聖乃あすかは、その知盛と明子の初体面の場での少年の姿がひと際よく似合う瑞々しさを保ちながら、あくまでも戦うことを主張する平家一門のなかで、別の形で平家の名を守る術を模索する重衡の懊悩と決意を描き出している。壇ノ浦の戦いの時点で捕われの身になっている史実故に、プロローグの出方、またクライマックスを共にできないなど、この立場の男役としての難しさもあったと思うが、一方で作中での言動が最も首尾一貫している人物でもあり、憂いを秘めた表現が終始魅力的だった。

知盛を兄とも慕う従兄弟の教経の極美慎は、この公演から花組生として本公演に加わったが、ただ知盛と共に戦うのみ、というある種の単純さを、竹を割ったような清々しい魅力に変換できる星組育ちのパッションを感じさせ、作品にとって非常に効果的な存在になった。長身もよく映え、冒頭の船頭を兼ねる仕掛けもある儲け役を豪快に演じた上々の花組デビューで、何よりも公演終盤になるに連れて役柄に良い意味の重さを湛えていった様が、極美自身の伸びしろ、可能性を感じさせてくれていた。

清盛の後を継いで棟梁となった宗盛の一ノ瀬航季は、才長けた弟に先んじて棟梁になったことに自らも不安を抱いている、人の意見に頼り流されてしまう難役を、弟の才能を信じ、素直に委ねられる人物に造形して気を吐いた。作中で負けを認めようとする、宗盛が唯一自ら下した決断を結局は翻す、つまりは歴史の事実に物語を返す役割も痛切だった。
軍略の天才であり、悲劇の人として愛され続ける源義経の希波らいとは、そうした巷間伝えられる二枚目役の代名詞でもある義経像を、あくまでも平家側から見える姿、ヒールとして演じたのが鮮烈。平家を終焉へと追い込む源氏方の武将が、僅か三名しか登場しないなかで、希波のあきらかに常人とは異なるエキセントリックな造形のインパクトは絶大。希波自身の成長を大きく感じさせた。
その源氏の副将・梶原景時の侑輝大弥も少ない出番のなか、源氏の軍勢を双肩に担う迫力ある演技が印象的。常に息子である景季を伴っていることが、知盛とその息子・知章の悲劇にとって大きな効果になっていて、我が子に命を救われる知盛の絶望を、同じく嫡男と共に戦場にいる父親の立場で瞬時に理解したからこそ、知章に自らとどめを刺す流れを、目の動きや表情で浮かび上がらせ、役柄に深みを与えていた。
その息子たち、知章の美空真瑠は屈託ない少年の面影を持ったまま、平家を守る盾となるとの誓いを立て、平家一門の要である父・知盛を、身を挺して守る様がひたすらに健気で涙を誘ったし、景時の子景季の夏季真斗が、対照的な堂々とした若武者ぶりを披露したことで、より敵味方の明暗をくっきりと映し出している。夏季は新人公演で演じた清盛役も見事で、美空と共に花組若手の層の厚さ、また新人公演で主演を経験する意味深さを知らしめる存在になっている。同じ意味でこの公演『蒼月抄』で新人公演初主演を飾った鏡星珠が、少年時代の知盛を演じているのも、宝塚歌劇団が112年間つないできたスター育成のドラマを観る思いで、同じくスターの萌芽を感じさせる遼未来にも機会があることを願うばかりだ。
娘役ではやはり知盛の妹で、安徳天皇の母・徳子の美羽愛が初登場の舞姿から、ヒロイン経験豊富な人ならではの華やかさで作品の雅を彩っていたし、重衡の妻・輔子の七彩はづきが、夫を信じ続ける妻を気丈に表現。安徳天皇の花海凛、守貞親王の彩葉ゆめは、童子のあどけなさに欠片の不自然さもないことが哀切を誘った。更に特筆すべきが、作品全体の語り部となる四条の局の朝葉ことので、琵琶法師が語る「平家物語」をストレートに連想させる語り、力強い歌声、芝居と頭抜けた完成度を見せていて、力のある人だとは重々知っていたものの、これほどとはと舌を巻く演じぶりが圧巻。流れで後先になったが、その四条局と共に語り部を務める後高倉上皇の天城れいんが、記憶にほとんど残っていない平家終焉の真実を知ろうとする、という作品の水先案内人となる役柄を真摯に演じている。非常に重要で大きな役柄だが、二枚目スターとして躍進中の天城が扮することには意見もあったことと思う。ただ、武力ではなく言の葉で人の心を動かすという、おそらくは作者である熊倉飛鳥の信条を託されているポジションだし、全くの結果論だが怪我による休演を余儀なくされた天城が、早い復帰を果たせたのはこの役だったから、という側面も大きいことを考えると、間違いなく持っている人だと思う。この先の活躍を楽しみにしている。
また、知盛の母・徳子の美風舞良が、作中でかなり目立つ言動の揺れを抱える人物を、都落ちを経て心境をガラリと異にした母の顔でねじ伏せていたのがベテランの技だし、明子の父・藤原忠雅の紫門ゆりやの、清盛に娘を差し出しながらも、お家大事の冷徹さばかりではない情を感じさせるの個性故。平家の武将たちの群衆芝居のなかからやはり個性を発揮する紅羽真希、峰果とわも頼もしいなか、清盛の英真なおきが専科から特出の大きさで、死してなお知盛を、平家一門を支配する棟梁を造形。情に深い役柄を得意としてきた英真が、いま尚進化し続けていることを示していた。
全体に「平家物語」で印象的な平家への陰口や不満を摘発する赤衣の禿髪や、壇ノ浦に沈んだ者たちの霊「海つ霊」のダンスで彩った、特に視覚要素に優れた一作となっていて、熊倉の次作に期待が膨らむ舞台だった。

そんな欠けゆく月を見送ったわずか35分後、人の欲望そのものをテーマにした色の氾濫のステージが展開されるのが「これぞ宝塚!」との喝采を惜しまない気持ちにさせるスパイシー・ショー『EL DESEO』で、指田珠子の美しさの裏にある毒気を全面に出す作風が、湿度濃く舞台を横溢していく。
聖乃、極美、侑輝、希波が艶やかなドレス姿で登場し、あまつさえ口を使って手袋を脱ぐという、攻めに攻めた冒頭から指田カラーが満載。ここでも前述した、明るいパッショネイトのなかに、ほの昏い色も持ち合わせる永久輝の魅力が炸裂していて、華やかなプロローグのあと銀橋にひとり残ってのソロから、七変化を見せてくれる様々なシーンがいずれも印象深く連なっていく。

特に中詰めでは宝塚男役の大定番曲「エル・クンバンチェロ」が斬新なアレンジで披露されていて、楽曲の火ぶたを切る星空の歌唱も実に鮮やか。大階段のセンターに座っているトップスターはこれまでも多かったが、大階段の真ん中で、トップ娘役に膝枕されているトップスターがかつていただろうか……と感嘆する禁じ手状態のデュエットダンスまで、まさに一気呵成のあっという間。

欲を言えば、聖乃と極美の同期生ならではの呼吸はもちろん心地良いが、時には別々に中心となる場面があっても良かったかな、というのがひとつ感じたことぐらいで、ほぼ穴のない構成が素晴らしい。

盛りだくさんのなかに星空、一ノ瀬、希波に決して忘れないと歌われ、フィナーレでは永久輝と踊る場面も用意された、この公演で退団した鈴美梛なつ紀、湖春ひめ花への餞も手厚ければ、咲乃深音の歌唱力もちゃんと活かされているキャスト陣への目配りも周到。水を得た魚とはこのことの、色気の噴出から目が離せなくなる侑輝のバウホール初主演にもより楽しみが増す、タイトル通りのスパイシーなショー作品になっていて、『エリザベート』へと向かっていく花組の上半期を彩る、忘れ難い二本立てだった。

【公演データ】
宝塚花組公演
グランド・ラメント『蒼月抄(そうげつしょう)』-平家終焉の契り-
作・演出◇熊倉飛鳥
スパイシー・ショー『EL DESEO(エル・デセーオ)』
作・演出◇指田珠故
出演◇永久輝せあ 星空美咲 ほか花組
●2026/4/18~5/31◎東京宝塚劇場
【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】



