【粟根まことの「未確認ヒコー舞台:UFB」】第168回「抜き丁番」
劇団☆新感線「紅鬼物語」の大阪公演が無事に終了いたしました。続く東京公演に向けて暫しの休息です。ちょっと間が空きますんでね、それぞれが身体と頭を休め、でもセリフや段取りを忘れないように充分に休息を取りましょうともそうしましょうとも。
さて、「紅鬼物語」の大阪公演は初めましてのSkyシアターMBSという新しい劇場でした。とにかく客席のイスの座り心地が良くてゆったりしているので、長時間のご観劇でも安心です。音響も良くてとても見やすい劇場だと思いました。
客席も1,300席ほどの手頃な大劇場で、楽屋も舞台面に近くて使いやすかったので、ぜひまたお世話になりたい劇場でしたよ。今のところその予定は無いけどさ。
でね、次の東京公演もまた出来たての初めましてのシアターHです。まだ中に入ったコトもないので詳しいことは判りませんが、客席数が750席ほどという大阪の半分ほどの中劇場サイズのようです。
大劇場から中劇場へとツアーをすると、様々なサイズ感が変わってきます。客席が小さければ、そのぶん全体的に小さくなりますので、舞台面も舞台ソデも楽屋も、全てが小さくなるのが常です。今回も、どうやら色々と小さくなるようです。
もちろん劇場が決まった段階で小さくなることは判っているワケですから、舞台セットなどもそれに合わせて作られています。複数の劇場を回るツアーでは、その中で一番小さな劇場に合わせて全てが作られているのです。
今作だって同様です。シアターHに合わせて全てが作られています。特に影響を受けるのが大道具。これは舞台面の広さだけではありません。収納される舞台ソデのスペースも考えながら作られているのです。舞台ソデは全てのシーンで出入りするセットを置くだけではなく、小道具や衣装の置き場はもちろん、俳優の早替え用のスペースやスタンバイの場所も確保しなくてはならないのですから、スペースのやりくりが大変なのです。
では、実際にはどのようにやりくりされているのか。もちろんケースバイケースで様々な方法があるのですが、その一つとして「大道具が分解できる」という方法があります。分解というと判りにくいかもしれませんが、いくつかのパーツに分離することができるという事ですよ。
パーツに分けられれば一つひとつが小さくなるので収納しやすくなります。例えば、平たくて大きなパネルを立てるためには足を付ける必要がありますが、その足はパネルに対して垂直に付ける必要があるので邪魔になります。でも、この足を取り外すことができればパネルは平たくなって重ねることができるようになります。
そして、このように分解する事ができるようにするための仕掛けが今回ご紹介する「抜き丁番」略して「抜丁(ぬきちょう)」なのです。ああ、ここまでが長かった。
蝶番(丁番)というのは一般には「ちょうつがい」と読みまして、ドアなどの曲がる部分、つまりヒンジの部分に付けられるパーツです。これを建築業界では「ちょうばん」と呼びまして、舞台業界でも「ちょうばん」と呼んでいます。
皆さんもご存じの蝶番というのは、鉄板の端がクルッと丸くなっていて、それを組みあわせて鉄棒を差し込むことでパカパカと開閉することができるパーツですよね。そうです。それが蝶番という物なのですが、抜き丁番ではなんと! その鉄棒を抜き差しできる様になっているのです。蝶番の鉄棒が抜けてしまうと二つの鉄板に分かれてしまいますが、それを利用して二つの物を繋いだり離したりすることができるのが抜き丁番です。
言葉で説明してもよく判らないので、写真をお見せいたしましょう。

これが抜き丁番です。棒が刺さっている間は合体していて普通の蝶番の様に折り曲げる事もできますが、棒を抜くと分離するのです。抜いた棒がどこかに行ってしまわないようにバインド線と呼ばれる金属線を付けています。
これをセットに取り付けるとこうなります。

これが棒を刺している状態で、この棒を抜くと右と左のパーツを分離する事ができるという訳です。今回は紐を束ねた綱で繋いでいますね。
もちろん、もっと大きくて重い大道具の場合には、もっとしっかりとした鉄板を使って固定・分離ができるようにしますが、小さめのセットの場合はこの抜き丁番を使用することが多いのです。こうやって分離する事によって狭い舞台ソデでも収納しやすくなるのです。
シーンチェンジの時に、演出部さんがガーッを捌けてきた大道具からピンピンッと抜き丁番を抜き、ガバッと分離して運んでいく様子を、我々俳優部はスタンバイしながら見ているのです。それはそれは鮮やかな手際です。ご苦労をお掛け致します。
「紅鬼物語」の東京公演でも、この抜き丁番は大活躍するのです。もちろん客席でご覧頂く分には判らないとは思いますが、このような工夫とテクニックで舞台が円滑に進行しているんだなとか思いながらご観劇頂くと面白いかもしれません。いや、そんな事を考えながらご覧頂く必要はありません。むしろ雑念です。皆様におかれましては舞台上で進行する物語に集中してお楽しみくださいませ。

粟根まこと
あわねまこと│64年生まれ、大阪府出身。85年から劇団☆新感線へ参加し、以降ほとんどの公演に出演。劇団外でも、ミュージカル、コメディ、時代劇など、多様な作品への客演歴を誇る。えんぶコラム「粟根まことの人物ウォッチング」でもお馴染み。
【出演予定】
劇団☆新感線「紅鬼物語」
【大阪公演】
2025年5月13日(火)~6月1日(日) SkyシアターMBS
【東京公演】
2025年6月24日(火)~7月17日(木) シアターH