
何度でも、立ち上がる────阪神・淡路大震災から30年。演劇界の巨匠・栗山民也が手掛ける、神戸「あの時」を巡る物語。兵庫県立芸術文化センター開館20周年記念公演『明日を落としても』が、10月11日に開幕した。 (16日まで。そののち10月22日〜27日に東京・EX THEATER ROPPONGIにて上演。)
演出を務める栗山民也は、兵庫県立芸術文化センターのソフト先行事業『GHETTO/ゲットー』(1995年)や、新国立劇場との共同制作で上演した開館記念公演『母・肝っ玉とその子供たち ―三十年戦争年代記』(2005年)の演出を担当。この劇場と所縁の深い栗山が、阪神・淡路大震災をテーマに、演劇界注目の脚本家、ピンク地底人3号が立ち上げた物語を、センターのプロデュース作品として創り上げた。


物語の舞台は、2025年の年明け間もない冬の頃、新神戸駅の近く六甲山の山裾にひっそりと佇む創業80年の桐野旅館。社長の桐野雄介(佐藤隆太)にとって、忘れることができない日に、かつて旅館でアルバイトをしていた青年・神崎ひかる(牧島 輝)が今年も現れる。
二人が出会ったのは、1995年に阪神・淡路大震災が起こる少し前のこと。25歳だった雄介は、旅館の仕事にも身が入らず、兄・健人(尾上寛之)や義姉・京子(田畑智子)、従業員の拓次(春海四方)に心配される日々。17歳のひかるは、母・真美(富田靖子)に甘えながら、自分の将来を見いだせないでいた。生意気で無鉄砲なひかるにかつての自分を重ねた雄介は、彼にボクシングを教え始め向き合ううちに、少しずつ変化していく。

一方、震災発生時は赤ん坊で、2025年には30歳を迎えている姪・遥(川島海荷)の成長や、1995年当時の旅館の様子を知る・丈一(酒向 芳)との再会によって、雄介はあの頃を思い返す。記憶の中でいくつもの〈もし〉を繰り返し、葛藤を抱えながらも、いまを生きる雄介。そんな彼の心の中で止まっていた〈時〉が、静かに動き始める。
過去と現在という二つの時間軸を巡り描かれる本作。それぞれの時代で交わされるやりとりは、ときにあたたかな笑いを誘う喜劇のよう。「ただいま」「おかえり」「こんにちは」といった何気ない挨拶や、当たり前に続いていくと思っている平穏でかけがえのない日々────。そんな日常が、実はどれほど尊く愛おしいものなのか。震災から30年。新たな一歩を踏み出そうとする雄介の姿を通じて、そっと心に寄り添うような作品となっている。



【コメント】
演出・栗山民也
東京の稽古を終え、3日前からここ兵庫県立芸術文化センターでの舞台稽古に入った。ここへ来ると、頭の中をいろいろな思いの光景がゆったりと流れる。
30年前の冬、阪神・淡路大震災が発生。その年の6月、まだブルーシートでほとんどが覆われたその街で「GHETTO/ゲットー」という芝居を上演。それから10年が経ち、そのグランドゼロだった場所に新しい劇場が建てられ、その開場記念で「獅子を飼う」を上演。そして20周年、その劇場を必要とした人々の熱い力が繋がれて、この「明日を落としても」という追憶の物語が生まれる。慰霊と未来への眼差しで、明日の初日へ向かう。

佐藤隆太
僕が演じる雄介は、忘れられない過去と向き合いながら、それでも前に進もうと葛藤する非常に人間味のある人物です。背負っている内容は違えど、きっと多くの方が共感できるものであり、お客様自身の心にも重なる瞬間があるのではないかと思っています。
演出の栗山さんは、役者と同様に、時にはそれ以上にそれぞれのキャラクターを愛してくださる方です。とても繊細に、こちらの想像を超える角度から解釈やアプローチを提示してくださるので、ご一緒していて毎日が刺激的ですし、作品の中の人と人とがより深い心の通わせ方をできるように導いてくださっています。
静かな会話劇だからこそ、そうして栗山さんが付けてくださった演出をしっかりと僕自身の身体に染み込ませて、丁寧に表現したいと思います。
本作は震災を題材にしていますが、焦点を当てているのは「人がどのようにしてそれぞれの人生と向き合っていくか」という普遍的なテーマだと感じています。舞台というリアルな空間で登場人物たちの温度や息づかいを直接感じていただき、ほんの少しでも“ぬくもり”を持ち帰っていただけるような作品にしたいです。ぜひ劇場で、お会いできたら嬉しいです。

牧島 輝
まずは、この作品が兵庫県立芸術文化センターでスタートするということに緊張しています。ひかるは、動きや言葉がまっすぐで嘘がなく、自分に正直なところが、魅力的だと思っています。栗山さんの演出は毎回新しい発見があり、スピード感と集中力に満ちた日々で、とても楽しかったです。
本読みの初日に、ピンク地底人3号さんから「俳優として、この作品を上演することに対して、葛藤を持ってほしい」と言われ、覚悟はしていたつもりでしたが、稽古を重ねるうちに、その意味をより重く受け止めるようになりました。30年前の出来事は決して遠くなく、被災された方にとっては最近のように思い出せることだと思うと、この舞台の世界に生きている僕も、想像するだけでとても苦しい。経験していない自分たちが向き合いながら表現することで、観る方の希望や前に進むきっかけになれば嬉しいです。生きる力になる作品になっていますので、ぜひご覧いただいて、何かを感じてもらえたらと思います。


《アフタートーク》
10月24日(金)13:00:佐藤隆太、牧島 輝、酒向 芳、春海四方、富田靖子
10月26日(日)13:00:佐藤隆太、牧島 輝、川島海荷、尾上寛之、田畑智子

【公演情報】
『明日を落としても』
作:ピンク地底人3号
演出:栗山民也
出演:佐藤隆太 牧島 輝 川島海荷 酒向 芳 尾上寛之 春海四方/田畑智子、富田靖子
●10/11〜16◎兵庫公演 兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
〈問い合わせ〉芸術文化センターチケットオフィス0798-68-0255(10:00~17:00 月曜休、※祝日の場合は翌日)
●10/22〜27◎東京公演 EX THEATER ROPPONGI
〈問い合わせ〉サンライズプロモーション 0570-00-3337(平日12:00~15:00)
〈公式サイト〉https://asuoto2025.com
〈公式X〉@asuoto2025
【撮影:飯島 隆】