歌舞伎座 八月納涼歌舞伎 第一部『ゆうれい貸屋』坂東巳之助・中村児太郎 取材会レポート
十八代目中村勘三郎、十代目坂東三津五郎を中心に、中村福助、中村芝翫といったメンバーで1990年に始まった、歌舞伎座の「納涼歌舞伎」。三部制で、普段はなかなか大きな役を演じる機会が少ない花形俳優たちが活躍し、チケット代も少しお手頃なこの公演は、歌舞伎初心者でも気軽に足を運びやすいと、人気の夏の風物詩として定着している。
今年の「八月納涼歌舞伎」は8月4日に初日を迎える(25日まで)。第一部では、『鵜の殿様』とともに、12年ぶりに『ゆうれい貸屋』が上演される。『ゆうれい貸屋』は、山本周五郎の原作で、腕はいいのにぐうたらな桶職人と、世話焼きだが嫉妬深い芸者の幽霊たちが、長屋を舞台に繰り広げる奇妙な物語。単なるコメディにとどまらず、人生の悲喜こもごもをも描いた人情喜劇の傑作だ。
2007年8月の「納涼歌舞伎」で、十代目三津五郎の桶職弥六と福助の幽霊染次、十八代目勘三郎の屑屋の幽霊又蔵、坂東彌十郎の家主ほかの配役で上演されているが、今回は、三津五郎の息子の坂東巳之助が弥六役、福助の息子の中村児太郎が染次役、勘三郎の息子の中村勘九郎が又蔵役という配役で再演されることになった。今回もまた彌十郎が家主役をつとめ、福助が監修として加わっている。息子たち世代による新たな『ゆうれい貸屋』は注目の一幕だ。
公演に先立って公開された特別ビジュアル(ポスター)は、お互いに「お父さんとそっくり」と思いながら撮影したという。巳之助と児太郎が、それぞれの表情はもちろん、全体的なデザインや、色味や文字のフォントなどのディテールにも凝って作成している。写真は、100枚を超える候補からなぜか尾上松也が厳選。劇場などで、ぜひ実物を確かめてほしい。
7月中旬、都内でその取材会が行われた。会見には坂東巳之助、中村児太郎が出席し、それぞれから挨拶のあと質疑応答に移った。
【挨拶】
坂東巳之助 「八月納涼歌舞伎」は、勘三郎のおじさまと父、そして(児太郎の)お父様の福助のお兄さんや(現)芝翫さんという面々で始めて、ずっと続いてきた公演のなかで、出演者が変わったり、コロナ禍を乗り越えたり、いろいろな変遷を辿ってきました。昨年『団子売』を2人で踊らせていただいた時に「やっとこういう風にさせてもらえるようになったね」と話していて、またこうした形で、お芝居を1つ、2人でさせていただける。しかも、それぞれ父が演じていたお役で、さらに勘九郎のお兄さんが、これまたお父様がやってらっしゃったお役で出てくださる。なんだか、思い出のなかの「納涼歌舞伎」を取り戻していくような感覚がします。でも、当時を全然知らない今のお客様もたくさんいらっしゃるし、父や勘三郎さんを見たことがない、生の舞台を見たことがないお客様も、大ぜい歌舞伎座に来てくださっています。そういった方々に、また新しいものとしてしっかり楽しんでいただけるよう、他のご出演の皆様とも力を合わせて、良い演目にしていけたらと思います。
中村児太郎 巳之助のお兄さんが全部喋ってしまいましたが(笑)、去年『団子売』を2人でさせていただいて、千穐楽に「来年2人で何かできたらいいね」と。やはり、私たちの父たちが始めた公演で、1演目もたせていただけるようになったのはとても嬉しいし、『団子売』からここに繋がったと思うので、また来年に繋がるようにしたい。父同士が作ってきたお芝居なので、2人で力を合わせて一生懸命つとめて、夏らしいおばけの作品ですから、お客様に「面白かったね、楽しかったね、また見たいね」と思っていただけるようにしたい。今回、巳之助のお兄さんのおかげで、父が監修で入らせていただきます。父は、この作品を三津五郎のおじさんが今の(中村)萬壽さんと大阪(松竹座)でなさった時に、「あ~あ、お兄さん裏切った。祟ってやる」と言っていて(笑)、そういう冗談も言えるぐらい2人が良い距離感だったので、息子たちが一生懸命頑張れればいいと思います。
【質疑応答】
──福助さんは監修をされますが、具体的にはどんな役割になりますか?
巳之助 この写真(ポスター)は2人で一緒に撮りましたが、撮影にもいらしてくださって、角度なども見てくださいました。お芝居に関しては、演出で大場(正昭)先生が入ってくださっています。大場さんは、父と福助兄さんでやった時も、その後に大阪で萬壽さんと父がさせていただいた時も(演出で)入っていらっしゃるので、ご経験とご記憶に頼りながらさせていただくなかで、福助のお兄さんにもご助言を賜りたい。
児太郎 (父は)病気をしてから舞台に立つのがなかなか難しくなりましたが、芝居がすごく好き。きっと「(三津五郎の)お兄さんはこうだった」というところから始まると思うので、2人でいろいろ怒られながら(笑)、良いものが作れたら。
──巳之助さんは、『ゆうれい貸屋』をされていた三津五郎さんから、この演目について何か聞いたことは?
巳之助 観たことは覚えていますが、父が何か言っていたということはありません。大阪松竹座での公演のとき、別の演目で僕も大阪で一緒にいたのですが、すごく楽しそうにやっていた印象があります。すごく真面目な人だったので、8月で言えば、野田(秀樹)さんのもの(野田版歌舞伎)を勘三郎のおじさまと一緒にやってらっしゃる時とかは、そういう面も見えましたが、普段は芝居の最中に楽しそうにしていることはそうそうなかったので、すごく印象に残っています。萬壽のおじさまとも息を合わせてやっていましたが、「また福助ともやりたいなぁ」と言っていたのは覚えています。叶いませんでしたが、息子2人で叶えてあげられたら。
──それぞれの役について伺いたいのですが。
巳之助 やっぱり世話(物)の味のあるお芝居に仕立ててあるので、とにかく2人はもとより、他の皆様ともしっかり息を合わせてお芝居を作っていきたい。役柄で言うと、いわゆる「ダメ男」ですよね。怠け者で、仕事もしないで、奥さんが出ていっちゃったけど気にも留めないし、その直後に出てきた綺麗なお姉さんの幽霊にまんまとハマって(笑)。そこから幽霊を貸す商売を始めますが、その提案も、実際働くのも全部幽霊で、自分はただ立っているだけ。物語の最後には改心する形で描かれてはいますが、ともすれば心変わりにも見えるし、ダメな男の描き方を一歩間違えると、現代のお客様の反感を買う部分があるとは思うので、そうならないようなお芝居の持っていき方を、やりながら考えなくてはと思います。
児太郎 私からしたら、本当に浮かばれないおばけで、人を祟り殺して、とりつく相手を探していたら、たまたま(弥六が)いたという。ただ、すごく器量が良くて、弥六のピュアな人間性に惚れて、何でもしてあげたい、でも何かあったらとり殺すと言う(笑)。辰巳芸者という、江戸時代にいた粋な姐さんで、気風の良い女性なのでしょう。でも、どんどんお客様の笑いを狙いにいってしまうと、とても難しいと思いました。台本を見ていると、ただでさえ面白くなっていく作品なので、その中で父がどう表現したかったのか、三津五郎のおじさんがどう表現したかったのかを読み取りながら、今ではありえないお話を、お芝居として見せていきたいです。おばけだけど1人の男性を愛する気持ちがあって、本当にまっすぐな女性であることは間違いないので、そこはしっかり表現できたらいいと思います。
──ダメ男と尽くしちゃう幽霊という役ですが、お互いに役と重なるところ、自分でもわかるかもというところはありますか?
巳之助 劇中に冒頭で、(坂東)新悟くんが演じる奥さんに「お前さん、仕事はどうするんだい」と言われて「どうもしやしねぇよ、俺はまるっきり働きたくねえんだから」という台詞がありますが、私も基本的にはそういう気持ちでいます(笑)。そうもいかないので働いていますが。
児太郎 それは、世の中の人間全員が思っています。働かなくていいなら働かない!(笑) 女方は、基本的に立役に尽くす役が非常に多いので、いつも通りです。通ずるというよりも、歌舞伎の女方にある感情で、演じやすいですよね。
巳之助 でもやっぱり、こっちがぐうたらだから主導的だよね。それはすごく感じるんです。基本的に立役は主導で、女性の役柄が相槌を打ったり、(立役の台詞の)合間に喋ることが多いですが、何とかかんとか言われて「そうだな」とかいう台詞がすごく多いので、覚えにくい。一緒にやってみないと入ってこない部分かなと思います。
──お父様がされた役を初役でつとめる気持ちは? 緊張感、不安感とかライバル心とか…。
巳之助 これに関していえば、古典ではなく父が福助のお兄さんと一緒に作ったものなので、負うものはないですし、以前にどこかでお話ししたと思いますが、父本人にも、踊りの稽古をしてもらっているなかですが、「俺はお前みたいに手足が長くなったことはないから、この先はもうわからない」と言われたことがあります。自分の体を使って表現するのは、あとは自分で考えなさいと言われたことが、僕のなかにすごく残っています。親子ですし、声や顔は似ている部分はあると思いますが、全く同じではないし、身長も手足の長さも違うし、声も似る時も似ない時もある。違いはあると思うので、そこをプレッシャーに感じることはあまりないです。もちろん、今ここまでお話ししてきたことが全部嘘ではないですが、お客様や、父と一緒にやってきた先輩方、同じ業界の方に喜んでいただけるかなという思いで発想している部分は大いにあります。「八月納涼歌舞伎」という場所で、父がやっていたものを私がやることが、当時を知るお客様にとっては喜んでいただける要素ではないかと。優れた部分、真似していく部分、勉強してとり入れていく部分は山のようにありますが、全く同じものを再現しようということではないので、仰ったような感情は基本的には持っていません。
児太郎 どうせ父と私は比べられますから、絶対に。今までどんなお役でも「父はこうだった」と言われ続けているので。今回も、読み合わせもこれから2人でしていきますが、巳之助さんと作っていきたい。『団子売』の時もそうですが、やはり一番近くて信頼している先輩ですから、胸を借りてついていきたいし、『ゆうれい貸屋』もやらせていただけるだけで本当に嬉しい。緊張やプレッシャーはもちろん感じるとは思いますが、それより、小さい頃から憧れてしょうがなかった「納涼歌舞伎」を、こうやって2人で責任を持たせていただけることが非常に嬉しく、父を含めて皆に感謝ですし、巳之助さんのおかげでできると思っています。またできるようにと思いながら、その日観てくれたお客様が本当に楽しんでいただくのが、納涼の一番の醍醐味だと思います。
──お2人で『ゆうれい貸屋』をなさることを、勘九郎さんがとても喜んでいらっしゃいました。その勘九郎さんが勘三郎さんと同じ役をやることや、当時の舞台を知る彌十郎さんが出てくださることについては。
児太郎 感謝しかないですね。
巳之助 本当にそれに尽きます。(勘九郎に)ダメ元で頼んでみようと思っていたので、お受けいただけたので、めちゃくちゃありがたいですし、彌十郎のおじさまも、当時から変わらず大家というのもすごい(場内笑)。また寿猿さんは、近年になって「納涼歌舞伎」をご覧になったお客様には想像がつかないかもしれませんが、父や祖父(九代目三津五郎)は、澤瀉屋さんとは全く縁がなかったので、父の代では絶対にありえなかった配役です。僕が『ワンピース』に出させていただいたり、澤瀉屋さんとのご縁をいただいたのは当代(自分)から。爺の幽霊は、寿猿さん以外は考えられませんでした(笑)。
児太郎 まだ足、ありますよ?
巳之助 あります、あります(笑)。直々にお願いに伺って、「ぜひ!」と仰る寿猿さんがあまりにも元気すぎて、幽霊じゃなかったかな?と(笑)。配役に、今の時代の僕がさせていただく『ゆうれい貸屋』が出ている部分かなと思います。それも本当にありがたいです。
【公演情報】
歌舞伎座「八月納涼歌舞伎」
日程:2024年8月4日(日)~25日(日)
休演 13日(火)・19日(月)
出演:松本幸四郎、中村勘九郎、中村七之助、坂東巳之助、中村児太郎、坂東彌十郎、中村扇雀ほか
演目
◎第一部 午前11時~
『ゆうれい貸屋』
桶職弥六 坂東巳之助
芸者の幽霊染次 中村児太郎
弥六女房お兼 坂東新悟
魚屋鉄造 中村福之助
娘の幽霊お千代 中村鶴松
鉄造女房お勘 市川青虎
爺の幽霊友八 市川寿猿
屑屋の幽霊又蔵 中村勘九郎
家主平作 坂東彌十郎
『鵜の殿様』
太郎冠者 松本幸四郎
大名 市川染五郎
腰元撫子 市川笑也
腰元浮草 澤村宗之助
腰元菖蒲 市川高麗蔵
〈公演サイト〉https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/87
【取材・文/内河 文 写真提供/松竹】