深淵な天才の孤独が際立つ ミュージカル『モーツァルト!』上演中!
2002年の日本初演以来、ミヒャエル・クンツェ(脚本・歌詞)、シルヴェスター・リーヴァイ(音楽・編曲)のゴールデンコンビによる大ヒットミュージカルとして、日本のミュージカルファンを魅了し続けてきた『モーツァルト!』が、タイトルロールのモーツァルト役に2018年シーズンから同役を務める古川雄大と、帝劇初主演と初役となる京本大我を迎え、2025年に建て替えの為、一時閉館が決まっている帝国劇場クロージングラインナップの一環として上演中だ(28日まで。のち10月8日~27日大阪・梅田芸術劇場メインホール、11月4日~30日福岡・博多座で上演)。
不朽の名曲の数々を世に遺した天才作曲家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの波乱に満ちた35年の生涯を描いたこの作品は、ザルツブルグの「神童」として崇められてスタートした彼のキャリアが、人間モーツァルトの人生に如何に大きな負荷を与えたのかをベースに、「僕こそミュージック」である天才の苦悩と生きざまを、心に強く残る珠玉のミュージカルナンバーの数々で描いていく。
【STORY】
1768年、ウィーン。ザルツブルクの宮廷楽士であるレオポルト・モーツァルト(市村正親)とその娘ナンネール(大塚千弘)は、錚々たる名士たちが集まる貴族の館で、幼い息子の卓抜したピアノ演奏を披露していた。5歳にして作曲の才能が花開いたその子ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは、”奇跡の子”と呼ばれていた。
歳月は流れ、ヴォルフガング(古川雄大/京本大我 Wキャスト)は故郷ザルツブルクで音楽活動を続けている。傍にはいつも、奇跡の子と呼ばれた頃のままの “才能の化身・アマデ”(白石ひまり/星駿成/若杉葉奈 トリプルキャスト)が寄り添い、作曲にいそしんでいた。しかし、青年ヴォルフガングは、ザルツブルクの領主であるコロレド大司教(山口祐一郎)に仕えて作曲をすることに嫌気がさし、自由を求めるあまり「大司教に逆らうな」と命じる父と意見が衝突。ついには自分を束縛する大司教に、直接怒りを爆発させてしまう。
1777年。ヴォルフガングは名声と自由な音楽活動を求めて、故郷ザルツブルクを出て母親と旅に出る。だがマンハイムで出会ったセシリア・ウェーバー(未来優希)とその一家は親切を装い、ヴォルフガングから金を巻き上げることを画策していた。更に幼い時のように持て囃されることもなかったヴォルフガングは、資金を使い果した上に、旅先のパリで母を亡くしてしまう。失意のうちに故郷に帰ってきたヴォルフガングだったが、幼少から彼の音楽の才能を見抜いていたヴァルトシュテッテン男爵夫人(涼風真世/香寿たつき Wキャスト)の勧めでウィーンに移り住み音楽活動をする決意をあらたにする。そこでウェーバー一家と再会したヴォルフガングは、娘のコンスタンツェ(真彩希帆)との愛情を急速に深めていく。だが、コロレド大司教の謀略によって、演奏の機会をことごとく絶たれ、再び大司教と対決し、完全に決裂してしまう。
1781年。ヴォルフガングはウィーンの社交界で話題を呼んでいた。コンスタンツェと結婚、仕事も精力的にこなし、皇帝御前演奏会、オペラ『フィガロの結婚』も大成功させ、次第に故郷に残してきた父と姉の存在は薄くなっていく。レオポルトはそんな息子の成功を誇りに思う反面、思い上がりを感じ取り、ウィーンに出向いて苦言を吐くが、ヴォルフガングは聞き入れようとしない。心を通い合わせることができないまま、レオポルトはウィーンを後にする。また、仕事仲間に囲まれるヴォルフガングに距離を感じるようになったコンスタンツェは一人夜な夜なダンスパーティに出かけ、二人の間にも亀裂が生じていく。
そんななか、いつか大衆の為のオペラを創ろうと意気投合した劇場支配人のシカネーダ(遠山裕介)とのオペラ『魔笛』を成功させたヴォルフガングの前に、素性を明かさない謎の人物が現れ『レクイエム』の作曲を依頼して……。
クラシック音楽の世界に燦然と輝く大作曲家たちのなかでも、この作品の主人公モーツァルトの作品に顕著に感じられるのが湿度の低さだ。メロディーを紡ぐ音の一つひとつがまるで珠を転がすかのように弾んでいて、どこまでも軽やかで、少しもべたついたものがない。もちろんモーツァルト作品にも短調の楽曲は多々あるが、それでも決して否定的な意味ではなく、重厚さとは違う次元で旋律にもハーモニーにも、翼を持って飛翔している感覚が常にある。特に演奏する側にとって厳しいのが、一生懸命練習しないと弾きこなせない難易度の高い曲が多いのに、演奏に一生懸命さが残ると、モーツァルトの音楽の真価から離れていってしまうことだ。この難しさは当時の秀でた音楽家が等しく、作曲家であると同時に優れた演奏家でもあったことを重ね合わせるとわかりやすい。おそらく自作曲を心の赴くままに演奏するピアニストとしてのモーツァルトにとって、楽器を操り、音楽を奏でることはどこかで遊んでいるのに近い感覚だったのだろう。そう夢想してしまうほど、彼の音楽はどこまでも自由で、つまりはこと改めて言うまでもなく「天才」だった。
その音楽の天才が、それ以外の部分ではかなり破天荒な人物であったという逸話は枚挙に暇がなく、大ヒットした映画版が特に有名なピーター・シェーファーの戯曲『アマデウス』をはじめとして、モーツァルトを主人公にした創作物には、そうした面を強調したものも数多い。ただそのなかで、モーツァルトが天才であるが故の苦悩と葛藤を、あくまでも愛を持って、だからこそある種残酷なまでに描き出したのがこのウィーン生まれのミュージカル『モーツァルト!』だった。この作品のなかでモーツァルトは、本人にしか見えない、神童と呼ばれた子供時代の彼自身の姿をした、“才能の化身・アマデ”と常に行動を共にしている。しかもそのアマデは才能の、つまり己のそもそもの持ち主であるモーツァルトの感情にも、好奇心にも、喜びにも、悲嘆にもまるで興味がない。ましてをや、モーツァルトと関わる人々、家族のことなど歯牙にもかけはしない。ただ曲を生み出す、書き続けることだけがアマデの全てだ。そんなうちなる欲求に衝き動かされながら、葛藤を繰り返す天才の苦悩を視覚に訴える形で具現したミヒャエル・クンツェの慧眼には、何度観てもひれ伏すような思いになる。さらに、モーツァルトが生涯に渡って抱えていく慟哭自体を、ドラマティックに、また美しく彩る、シルヴェスター・リーヴァイの多彩な楽曲が掛け合わされて、このミュージカル『モーツァルト!』は、ウィーン初演から四半世紀、日本初演から22年の時を越えて愛され続ける作品に昇華された。実際、「僕こそ音楽(ミュージック)」「星から降る金」「影を逃れて」「ダンスはやめられない」等々、ミュージカルコンサートでも頻繁に歌われる名曲揃いのミュージカルナンバーには、モーツァルトの駆け抜ける生涯が向かう先の、その重さを越えて心を奪う魅力が満ちている。
そうした感触は、帝劇クロージングラインナップのひとつとして上演されているこの2024年バージョンでももちろん変わることはない。ただ、モーツァルトの痛ましいまでの孤独感、観ていて胸を締め付けられるような感触が、痛切に強まったのは2024年版が持つ大きな特徴だった。そのヒリつくとも言いたいものは、今回の座組のそれぞれの登場人物のパワーバランスによって生まれ出ていると思えてならない。
その力の筆頭が、2018年公演からタイトルロールを演じている古川雄大の入魂の演技だ。古川のモーツァルト=ヴォルフガングからは、父親の期待にも応えたいし、姉にも幸せになって欲しいし、半ば強引に夫婦になることを強制された妻コンスタンツェも心から愛していることが伝わってくる。それでも尚、アマデの、つまりは自らの音楽家としての才能を自由に羽ばたかせたいという欲求に抗えず、身と心が引き裂かれていく様を表現する古川に圧倒された。特にヴォルフガングの心身の状態が急速に悪化していく後半の演技は、どこか演技を越えているとさえ感じさせるもので、ここまでひと公演で身も心も削っていて大丈夫なのかと、一抹の不安を覚えるほど。まず何よりもビジュアルの美しさが語られてきた人だし、着実に進歩しているのに、役付きが大きくなる速度が更に前を走っている、選ばれし者だけが持つ困難を感じさせた時期もあった俳優・古川雄大が、遂に役柄を遥かに凌駕し、大化けした公演として、この2024年版『モーツァルト!』は長く語り継がれるものになるだろう。歌唱の充実も著しく、この場に立ち会えたことに感謝したい出色の出来だった。
一方、初役でモーツアルト=ヴォルフガングに挑んだ京本大我は、一見ビジュアルの雰囲気に古川と共通するものがあると感じていたことを、初登場時点から歌詞の通りに「吹っ飛ばす」爽やかでやんちゃで、心のままに疾走するヴォルフガング像を鮮やかに表出してきた。この作品のヴォルフガングは、音楽に関しては天才でありつつ、実生活では誰からも愛されるよう礼儀作法を守り、紳士的に振舞う術を知らず、「ありのままの自分を愛して欲しい」と願い続ける心もとなさを常に抱えている役柄だ。それが、まず家庭で、そして学校で「良い子」であることを求められがちな現代社会の若者たちが抱く不安や、不満にストレートに通じているだけに、京本の持つクラシカルのなかにある現代性がピタリとハマり、現帝劇最後の上演に、初役だからこそ出せる清新な風を持ち込んだ役作りが眩しいモーツアルトデビューになった。高音が非常によく伸びていて、そこを強化することで音域は確実に広がるので、この経験を活かして今後もこの作品はもちろん積極的な挑戦を続けていって欲しい。
そうした深化と、瑞々しさが照射し合う二人のモーツァルト、ヴォルフガングを取り巻く周りの陣容が、大きく表現するならばいずれにも強さがあることで、前述したモーツァルトの孤独感を屹立させる効果が著しい。
モーツァルトの妻コンスタンツェに初役で挑んだ真彩希帆は、宝塚退団以来「ヒロイン無双」とも言いたい勢いを維持して数々の舞台で大活躍中の人材。今回もストレートにヴォルフガングに恋をしたからこそ心が空虚にもなり、さらには心身のバランスを崩していく夫をどうすることもできないジレンマのなかで、考えることを放棄していく役作りが印象的だった。歴代とは異なるコンスタンツェ像が新鮮だし、持ち前の歌唱力も非常に安定しているので、その高い技術と芝居歌とのバランスを計ってみてもいいかもしれない。もちろんこれは非常に贅沢な未来の話で、二人のモーツァルトに対してきちんと異なるアプローチをしている丁寧な舞台ぶりが光った。
そのコンスタンツェ経験者である大塚千弘がモーツァルトの姉ナンネール役で再び作品に戻ってきたのも2024年版を特別なものにしたひとつで、少女時代からはじまり、出番の度に弟への想いや境遇が変わっていく役柄を、地に足のついた演技で表現している。ナンネールは女性だというだけで音楽家にはなれなかったこの時代に生きる無念と、そうした複雑さのなかにある父や弟、家族への愛が共に必要な非常に難しい役どころだと思うが、そのなかで大塚が根底に芯の強さを見せた役作りをしてきたのが目を引いた。
コンスタンツェの母セシリアの未来優希も初役で、こちらは元々アクの強い役柄を色濃く演じて強烈な印象を残している。コンスタンツェを含めた娘たち彩花まり、池谷裕子、松田未莉亜も、ひょっとしたらそれぞれ父親が違うのかもしれない、とふと想像させるほど生き抜くことに貪欲で、手段を選ばない女性を堂々と演じていた。
モーツァルトに大衆の為の音楽家になる道を差し示すシカネーダの遠山裕介も、劇場支配人であり、プロデューサーであり、歌手でもある押し出しの強さが非常にくっきりしていて、しっかりと自分の足場を守っている人物造形。どこか狂信的な香りのする医師・メスマーの松井工、権力者の部下として、モーツァルトに惚れ惚れするほど高圧的な態度を取るアルコ伯爵の中西勝之と、人間模様にいずれもシビアさがある。また、港幸樹、後藤晋彦、朝隅濯朗など個性の強い役柄がある面々はもちろん、安部誠司、荒木啓佑、奥山寛、木暮真一郎、田中秀哉、西尾郁海、廣瀬孝輔、港幸樹、山名孝幸、脇卓史、伊宮理恵、樺島麻美、久信田敦子、鈴木サアヤ、原広実、安岡千夏、柳本奈都子にも歌のソロや、台詞、ダンスなどで必ず目立つ場面があるのは、大人数を舞台に乗せることに長けた小池修一郎演出の良さと同時に俳優たちの地力が現れている。特にアマデの白石ひまり、星駿成、若杉葉奈が台詞を発さずに「才能」という難役にそれぞれ鋭さと緊張感を維持して扮している集中力にはただただ感心させられる。
さらに、前述した『モーツァルト!』と言えば、の佳曲「星から降る金」のビッグナンバーを持つヴァルトシュテッテン男爵夫人も、涼風真世が持ち前の個性で、モーツァルトにとって本当に味方なのか?が容易に読めない役作りにミステリアスな感触を広げれば、香寿たつきが、こちらも2幕で歌われる「ここはウィーン」そのままに、モーツァルトを思っての助言である反面で、コロレド大司教への対抗心も十分にあっての行動かも…と感じさせる二面性を出していて、双方強いアクセントになっている。
そんな全体的にくっきりとした個性が現れている座組のなかで、初演から同じ役柄を演じ続けているコロレド大司教の山口祐一郎が、いまや「山口祐一郎」というひとつのブランドになった存在感で、コロレド大司教の自己顕示欲と所有欲を存分に表現。それでいて実は父・レオポルトでさえ自らが創ったと信じているモーツァルトの「天才」が、人知の及ばない天与のものだと、劇中でただ一人気づいている人物としての葛藤が諦観へ、最後には慈愛へと変化していくのを感じさせる表情には胸を突かれるものがあり、是非注目して欲しい。
そしてもう一人、こちらも初演からの連続出演モーツァルトの父・レオポルトの市村正親は、アンサンブル陣も含めて強さが増している陣容にあって、モーツァルトを支配している厳格な父親の感覚から、自分の感情を制御できない息子を案じている父親の顔が前に出るようになったのが切なさを深めている。初演でこのレオポルト役が初の父親役だと語っていた市村が重ねてきた年月で得たものを感じさせるし、山口のキャラクター性が、市村の役者としての深みと逆転している現在は、劇団時代を思い返すと想像すらできなかったことで、現帝劇ラストイヤーのエポックメイキングとして殊更感慨深かった。
と、書いてきて改めて、2024年『モーツァルト!』を生きるキャラクターが色濃いことで、この世界に行き場をなくしていくモーツァルトの運命と孤独に想いを馳せずにいられない。続投、また新たなキャスト、そして22年間作品に携わってきた演出・訳詞の小池修一郎を筆頭にした、スタッフ諸氏の築いてきたものが、同じ作品の色をかくも変えていく。舞台は、演劇はやはり生きている。だからここから続く『モーツァルト!』が進む道程も、叶う限り見つめ続けていきたい。そう感じさせる現帝国劇場ラストを飾るに相応しい上演だった。
【公演情報】
ミュージカル『モーツァルト!』
脚本/歌詞:ミヒャエル・クンツェ
音楽/編曲:シルヴェスター・リーヴァイ
オリジナル・プロダクション:ウィーン劇場協会
演出・訳詞:小池修一郎(宝塚歌劇団)
出演:古川雄大/京本大我(Wキャスト)
真彩希帆 大塚千弘
涼風真世/香寿たつき(Wキャスト)
山口祐一郎
市村正親 他
●8/19~9/29◎東京・帝国劇場 (全席指定・税込)
〈料金〉平日 S席17.500円 A席11.000円 B席6.000円(全席指定・税込)
土日祝日千穐楽 S席18.500円 A席12.000円 B席7.000円(全席指定・税込)
〈公式サイト〉https://www.tohostage.com/mozart/
《全国ツアー》
●10/8~27◎大阪・梅田芸術劇場メインホール
https://www.umegei.com/schedule/1183/index.html
●11/4~30◎福岡・博多座
https://www.hakataza.co.jp/lineup/23
【取材・文・撮影/橘涼香】