加藤健一事務所 vol.118『灯に佇む』加藤健一・加藤忍・阪本篤・加藤義宗 座談会
加藤健一事務所では、次回公演『灯に佇む』を10月3日~13日、新宿・紀伊國屋ホールにて上演する。小さな診療所を舞台に、医者としての矜持や方針が相違する親子を通して“命”を考える物語。緻密な取材をもとに温かな目線で描く内藤裕子の戯曲に、加藤健一事務所は今作で初挑戦する。
この戯曲の初演は2021年9月。作者の内藤裕子が名取事務所の依頼を受け、書き下ろして演出した。今回の加藤健一事務所公演では、演出は堤泰之が手掛ける。
物語の舞台となるのは、宮城県角田市にある診療所、篠田医院。元院長の篠田秀和と息子で現院長の宏和、そして医院の看護師たちや製薬会社のMR。さらに医院と関わりのある患者とその息子という人々が、それぞれの立場や経験をぶつけ合うなかで、“生き方”を考えていく。
この作品で元院長の篠田秀和を演じる加藤健一、看護師・津山晶子役の加藤忍、秀和の息子で現院長の宏和を演じる阪本篤、そして秀和の友人・町村の息子肇を演じる加藤義宗に、本作の内容や役柄を語ってもらった。
「命のともしび」をどう灯し続けるかが大事
──まず、今回この作品を上演することになった経緯から教えてください。
健一 この作品は、2021年に内藤裕子さんが名取事務所公演に書き下ろしたもので、僕の知り合いが観てすごくよかったと言っていたので、戯曲を読ませてもらったんですが、すごく良い本で感動してぜひやらせてほしいと思ったんです。医学関係の用語や薬の名前なども細かく調べて、丁寧に書いてあるので感心します。
──出演者の皆さんは、この作品を最初に読んだときの感想はいかがですか?
忍 日本では今や2人に1人はがん患者と言われるように、私も家族を2人亡くしています。その経験はもう20年ぐらい前なのですが、当時とあまり進歩していない部分もあって、そこを内藤さんが鋭い視線で書かれていること、そして患者や医療関係者の家族をとても温かい眼差しで見ているのが素敵だなと思いました。思わず涙したシーンもあるので、その感動を観ている方にも伝えたいです。
阪本 僕はまず作品の中で出てくる「丸山ワクチン」という薬のことを、聞いたことがなくて。
健一 それは珍しいね。
阪本 いや、周りの友人とかも知らないんです。でも少し上の世代の方たちはよく知っていて。
──がん治療に効果のあるワクチンとして、ある時期、社会的に大きな話題になりました。
阪本 それで僕も役柄上このワクチンの知識がないといけないので、それに関する本をいろいろ読んで、僕なりに理解できたつもりです。それから、この作品では2つの家族が描かれているのですが、医療についてそれぞれの正義があるし、それぞれの思いがあって、だからこそ対立したりする。そこもちゃんと観ていただきたいですね。
義宗 僕も「丸山ワクチン」のことは知らなかったんですが、この本を読んでいると、とても良いものではないかと。でも僕が演じる町村肇は、がん患者である父親には使わせたくないんです。そこにはワクチンそのものへの是非よりも、父親の主治医がワクチン使用を認めていないので、ワクチンを使用すると今後診てもらえなくなる。そういう現場の事情なども描かれています。
──今のお話に出たように、この作品では「丸山ワクチン」をキーワードに、薬の認可の問題や医療制度などの問題も浮かび上がります。
健一 確かに会話の中には医療の問題が沢山入っているのですが、このタイトルのように「命のともしび」をどう灯し続けるかということが一番のテーマで、病気とか死ではなく、どう生きていくかのほうに光をあてないと作品として意味がないと思っているんです。だから町村親子についても、2人がどうやって親子としての時間を過ごすかが大事だし、僕の役の篠田秀和は、彼らが生きていく時間、町村親子が仲良く生きていける時間のほうを選ぶんです。そこを観ていただくことで、病気であるないに関わらず、今生きているすべての人に光があてられると思っています。
先生という意味は先を生きる人
──親子ということでは篠田医院の親子にも、病院経営と医療をめぐって考えにズレがありますね。
健一 医者のことを先生と呼びますよね。先生というのは先に生まれたからではなく、先を生きる人だと思うんです。だからみんなの目標でなくてはいけないし、この人についていけば大丈夫という信頼もなくてはいけない。そして先生は名誉職でもあるので、そう呼ばれる人には呼ばれる責任があるんです。それを、いや俺たちは経営者だからと言うなら、じゃ先生と呼ばれるのはやめましょうよということなんです。
阪本 息子の宏和も、父親の診療の効率の悪さはなんとかしてほしいとは思いますけど、根っこのところでは、加藤さんがおっしゃったような父親の地域医療への姿勢へのリスペクトはあるんです。ただ親子だから素直になれないだけで、家族だからこそ考えもするし心配もする、そこはちゃんと持っていたいですね。
──忍さんが演じる看護師の津山晶子も、この医院では大きな役割です。
忍 この役をいただく前のことですが、たまたま初診で行った病院で、先生に診てもらうそばで黙ってじっと患者を観察している看護師さんの姿が印象的だったんです。それに身内が緩和ケア病棟に入ったとき、そこはキリスト教系の病院でしたが、先生も看護師さんも患者の人生に寄り添って話してくださって、生きている時間の質を下げないということをフィーチャーしているんです。とても良い経験をしましたので、それを少しでもこの役で生かせたらと思っています。
──義宗さん演じる肇ですが、篠田医院に反発しているのは、母親の死とも関係があるのですね。
義宗 そうなんです。母親の死には篠田医院に責任があると思っていて、6年間近づこうとしなかったんです。僕はこの作品の場所が宮城県角田市だということは重要だと思っていて、大きな病院が沢山ある地域だといろいろ考えて選べますが、選択肢が少ないと選べない。そういう事情も町村親子と篠田医院の関係に影響していると思っています。
──この作品はそんな医療現場の現実を描くので、専門用語が沢山出て来ますね。そこは皆さんたいへんなのでは?
健一 僕はそんなに沢山喋らないので大丈夫なんですが、野原役の西山聖了くんは製薬会社のMRなので、そういう用語ばかりの長台詞が3つあるんです。でも1週間ぐらいで覚えてしまって、若さですね(笑)。僕とか新井(康弘)さんは年齢のせいか遅くて。義宗も早いよね。
義宗 自分で言うのもなんですが、すごく早いです(笑)。どんなに長くても大丈夫です。
忍 いいなあ。私も遅いので。
阪本 僕は今回、院長役なんですが、意外と専門用語は少ないんです。自分では台詞覚えがいいと思っていたんですが、以前より2倍とか3倍やらないと駄目になってきました。義宗くんより2歳しか上じゃないのに(笑)。
本公演の稽古を憧れながら見ていた
──阪本さんは加藤健一俳優教室の卒業生ですね。
義宗 僕の1年先輩です。当時からよく知ってます。
阪本 でも共演は初めてだよね。
──イメージとか変わりましたか?
阪本 卒業してもう24〜25年になるので、相当変わったと思いますよ(笑)。
義宗 今はすっかり「温泉ドラゴン」の阪本さんというイメージですよね。
──忍さんにとっては後輩ですね。
忍 私も当時から知ってて、共演も2回目です。
阪本 加藤健一事務所の『Out of Order~イカれてるぜ!~』(2018年)というコメディでした。僕は喜劇に出演することはあまり経験がないので、皆さんにいろいろ教えてもらいました。
──師匠にあたる加藤健一さんにとって、生徒たちとの共演はどんな感じですか?
健一 俳優教室時代から思っていることなんですが、いつか共演できるようになったらいいなと。だから共演するのは嬉しいですね。息子や娘と一緒に舞台に出ているような感じで。
阪本 いつも、この稽古場のギャラリーから本公演の稽古を、憧れながら見ていました。加藤さんは、今も年齢を感じさせない体力とエネルギーとかすごくて。数年前に一人芝居の『スカラムーシュ・ジョーンズ』(2022年)を観たときも、膨大な量の台詞をすさまじい熱量で演じていて、本当に感動しました。
──一人芝居と言えば、義宗さんも加藤健一さんの代表作の1つ、『審判』に挑んでいますね。
義宗 あの作品を加藤健一事務所を立ち上げて最初に上演したことは、すごいことだと思っています。しかもすごく体力の要る作品なんですが、何度も再演していて、いろいろな地方の大小さまざまな劇場でやったわけですから、尊敬しかないです。
──膨大な量の台詞ですが、よく覚えられますね。
義宗 いや台詞は覚えられるんですけど、演出を覚えるのがたいへんなんです。僕の場合は加藤健一が演出を付けてくれたんですが、すごく細かいんです。
──一人芝居なので自由に動いているわけではないのですね?
健一 いや2時間半の芝居を演出なしでやったら、観ている方が厭きてしまいますから。料理と一緒で、細かいところまでちゃんと気遣いがないと観ていられない。今回の作品も、日常そのままのようでも演出の堤(泰之)さんの細かい積み上げがあるんです。
人と人の繋がりを考えさせてくれる作品
──今回は日本の現代劇ということで、いつも上演している翻訳劇と違うところは?
健一 台詞が覚えやすいですね。医学用語以外は知らない言葉が出てこない。外国の話ですと、地名とか料理とか調べないとわからない言葉も多いので。
忍 私もやはり翻訳劇が多いのですが、今回は喋りやすいですね。それに作者の内藤裕子さんは同世代なので、そこも嬉しいです。内藤さんによると、日常生活をお客様が覗き見ているような感じの自然さやナチュラルさで、とのことでしたので、それがこの作品の良さだと思いますし、そこを楽しみたいですね。
阪本 僕は翻訳劇の経験が少ないんですが、出身が兵庫の田舎なこともあり、劇中に出てくるような農作物をあげたりもらったり、ご近所さんの心配をしたりされたり、みたいなやりとりは幼い頃から見慣れた風景でした。今回は特に父役の加藤さん、妹役の占部房子さん、同級生役の義宗くんとは、故郷の家族や幼なじみと喋るような感覚を舞台に出せたらなと思っています。
義宗 この戯曲は人と人との距離が近くて、いわゆる小劇場の空間が似合うお芝居なんですよね。名取事務所さんのときは下北沢B1でしたが、今回の紀伊國屋ホールはかなり間口が広いので、そこでやるからには工夫がいるのかなと。でも楽しみでもありますね。
──では最後に、改めて観てくださる方にメッセージをいただけますか。
健一 病院が舞台なのでちょっと暗い話かなと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、明るく活き活きと生きていくためにどうしたらいいかという話です。昔の映画で『赤ひげ』というのがありましたが、あの映画みたいに力を貰える内容になっていますので、ぜひ観ていただきたいですね。
忍 この作品に出てくる内容は、たぶん観てくださる方々もいろいろな形で経験していらっしゃると思います。そういう方たちに共感していただけるものになっていますし、笑えるところも沢山あります。とても身近なお話ですので、ぜひ観にいらしてください。
阪本 加藤さんが演じる秀和の台詞で「人間は精神的な痛みで死ぬことがある」という言葉があるのですが、手助けとかサポートというのは押しつけるものではなく、相手が本当に望むことを考えてどれだけ寄り添えるかで、そういう想いが散りばめられている作品です。人との関係性をはじめ普段の生活にそのまま当てはまるようなことが出て来ますので、観た方たちが自分たちの身近なこととして、受け止めてくださるといいなと思っています。
義宗 家族だからこそ話し合うのが難しかったり、理解し合うのが難しいということが作品の中に出てきますが、僕の演じる町村親子もそうで、でも最終的には篠田先生がいたことで親子が分かり合うことができる。人と人の繋がりを考えさせる作品です。それと、僕は個人的に西山さんが演じる野原が面白くて好きで、後半で父親ともみ合うところで西山さんが演じる野原に内無双で投げられたりします。そういう面白い場面もありますので、ぜひ注目してください。
【プロフィール】
かとうけんいち○静岡県出身。1968年に劇団俳優小劇場の養成所に入所。卒業後は、つかこうへい事務所の作品に多数客演。1980年、一人芝居『審判』上演のため加藤健一事務所を設立。その後は、英米の翻訳戯曲を中心に次々と作品を発表。紀伊國屋演劇賞個人賞(82、94年)、文化庁芸術祭賞(88、90、94、01年)、第9回読売演劇大賞優秀演出家賞(02年)、第11回読売演劇大賞優秀男優賞(04年)、第38回菊田一夫演劇賞、第64回毎日芸術賞(22年)、他演劇賞多数受賞。2007年、紫綬褒章受章。第70回毎日映画コンクール男優助演賞受賞(16年)。2024年、春の叙勲 旭日小綬章受章。
かとうしのぶ○神奈川県出身。加藤健一事務所俳優教室出身。舞台や映像で活躍、多くの海外ドラマの吹き替えも担当する。近年の主な舞台出演は、『グッドラック、ハリウッド』、『夏の盛りの蟬のように』、『THE SHOW MUST GO ON~ショーマストゴーオン~』(以上、加藤健一事務所公演)、『葵上 弱法師-近代能楽集より』(演出・宮田慶子)、俳優座劇場プロデュース『罠』(演出・松本祐子)、『新雪之丞変化』(演出・金守珍)など。今年7月には一人芝居『シャーリー・ヴァレンタイン』(演出 加藤健一)を企画・上演し好評を得た。第39回紀伊國屋演劇賞個人賞、第62回文化庁芸術祭演劇部門新人賞、2007年度岡山市民劇場賞受賞。
さかもとあつし○兵庫県出身。加藤健一事務所俳優教室出身。劇団 流山児★事務所に参加。退団後の2010年、劇団温泉ドラゴンを旗揚げし、以降、全ての作品に参加。劇団以外のプロデュース公演、外部出演も多数。近年の主な舞台出演は、『悼、灯、斉藤(とう、とう、さいとう)』、『続・五稜郭残党伝〜北辰群盗録』、『SCRAP』(以上、劇団温泉ドラゴン公演)、『カストリ・エレジー 』(劇団民藝)、『アンドロマック』(浅利演出事務所)など。加藤健一事務所公演は2018年の『Out of Order~イカれてるぜ!~』以来で2作目。
かとうよしむね○東京都出身。加藤健一事務所俳優教室17期生として父、加藤健ーより舞台のノウハワを学ぶ。舞台『シュペリオール・ドーナツ』(12年)『モリー先生との火曜日』(13年)ではW主演を演じた。近年の主な舞台出演は、『サンシャイン・ボーイズ』、『夏の盛りの蟬のように』、『叔母との旅』(以上、加藤健一事務所公演)、『更地 SELECT SAKURA V』(大森カンパニー)、『グッドディスタンス第五章』(本多真弓プロデュース)、『聖なる炎』(俳優座劇場プロデュース)。自身のプロプユースユニット義庵にて『審判』、『ちいさき神の、作りし子ら』などを上演。
【公演情報】
加藤健一事務所 vol.118
『灯に佇む』
作:内藤裕子
演出:堤泰之
出演:加藤健一 加藤忍 阪本篤(温泉ドラゴン) 占部房子 加藤義宗 西山聖了/新井康弘
●10/3~13◎新宿・紀伊國屋ホール
〈料金〉前売6,600円 当日7,150円 高校生以下3,300円(全席指定・税込)
※高校生以下(学生証提示・当日のみ)
〈チケット取扱〉各プレイガイド
加藤健一事務所 03-3557-0789(10:00~18:00)
〈公式サイト〉http://katoken.la.coocan.jp/
【構成・文/榊原和子 撮影/田中亜紀】