猿若祭二月大歌舞伎『きらら浮世伝』横内謙介・中村勘九郎・中村七之助取材会レポートその1 横内謙介インタビュー

ある種の熱狂を生んだ伝説の作品が、37年ぶりに歌舞伎座で新たな息吹をふきかえす!歌舞伎座で2月2日に幕を開けた「猿若祭二月大歌舞伎」。「猿若祭」は、寛永元年(1624)に初代猿若(中村)勘三郎が江戸で初めて歌舞伎興行をはじめたことを記念して始まったもので、中村勘九郎、中村七之助たちが家にゆかりの作品を演じる。
なかでも、昼の部の『きらら浮世伝』は、1988年に今はなき銀座セゾン劇場で初演され、十八代目中村勘三郎が勘九郎時代に蔦屋重三郎(蔦重)を演じた伝説的な作品だ。奇しくも、今年のNHK大河ドラマ『べらぼう』では同じ蔦重がクローズアップされている。初演で『きらら浮世伝』の脚本を書いた横内謙介が今回は演出も担当し、勘九郎が父と同じ蔦重を、七之助が遊女お篠をつとめる。
他にも、『べらぼう』で長谷川平蔵を演じる中村隼人の喜多川歌麿、中村橋之助の山東京伝、中村福之助の滝沢馬琴、葛飾北斎の中村歌之助、十返舎一九の中村鶴松、恋川春町(黄表紙の祖)の中村芝翫、大田南畝の中村歌六など、若手からベテランまでが、江戸時代きっての文化人、芸術家であるビッグネームたちを演じるとあって、期待が高まっている。
1月下旬にその取材会が都内で行われた。まずは横内謙介ひとりによる取材会から始まり、挨拶と質疑応答が行われた。

【挨拶】
横内謙介 想像もつかないことが、NHKの大河ドラマのおかげでおきました。37年前、当時できたばかりの銀座セゾン劇場の演目で「寛政期の青春グラフィティ」を作りたいと、プロデューサーから呼ばれ、脚本で参加したのが『きらら浮世伝』です。とにかく新しいことをと、演出家が当時『RONIN』の映画を撮ったばかりの河合義隆さん。当時、亡くなった中村勘三郎(当時勘九郎)さんが33歳で蔦屋重三郎の役を演じることは決まっていた。蔦屋重三郎が中心の話で、それから写楽がテーマになることが決まっていました。僕が自分の劇団を始めて6、7年で、紀伊国屋ホールに初めて出た直後ぐらい。人とお芝居を作るのが全く初めてでした。
河合義隆さんは本当にぶっ飛んだ方で、最初にお会いした時、僕の目を見るなり「君は天才か?」。「さあどうでしょう」と言ったら「帰って。天才とやらないと僕の才能が泣くんだよね」と、一事が万事その調子で。ただ、勘三郎さんが河合さんにすごく心酔していた。変わった人だとわかっていながら、作る映像作品、芝居へのものすごい情熱は汲み取っていたんでしょう。勘三郎さんは歌舞伎の演じ方を一つもせず、本当に体当たりでやった。ある時、本番中に鬘(かつら)が飛んだ。六角精児が黒衣で喧嘩にいく勘三郎さんを抑える役でしたが、勘三郎さんがとれた鬘を握りしめて投げ捨てたそうです(笑)。お客さんもどっと笑ったけど、「やかましい!」と言いながら、その後の台詞を言った。毎日そんな勢いだったので、お客さんが喜んで、全く新しい時代劇でした。破天荒で終わったけどすごい熱気で、僕にとってもそれが運命的なものになり、通過儀礼の公演でした。後に再演の話もありましたが、あれ以上の公演にはならないだろうと気乗りしなくて、1回だけうちの劇団でやりました。ただ今回、まさか同じ名前の人に、37年ぶりに、しかも蔦屋重三郎でやってもらえる。これはもう運命だと思って、不思議なものを感じながら稽古場にいます。
37年前のものをそのまま歌舞伎座で再現したところで、今のお客さんに喜んでもらえるとは思えないし、去年の秋ぐらいから蔦屋重三郎についての細かな情報があちこちに流れ、僕らがやる芝居があまりにでたらめだと何も知らなかったはずの人たちまで「違うじゃないか」と言うだろうと。当時は吉原のことを何にも知らずに書いていたし、勘三郎さんは当時33歳でしたが、(現)勘九郎さんは40歳を超えている。何より七之助さんが演じるヒロイン、初演は美保純さんでしたが、やはり七之助さんは全然違うだろうと。37年経ち、私も歌舞伎の端っこで時々仕事させていただいているので、歌舞伎座ということも踏まえ、大人の芝居に、女方さんのお芝居がよく見えるように直していくつもりです。
37年前は、蔦屋重三郎を知る人が世の中にいなかった。僕も当然知らなかった。蔦屋重三郎の名前が出てくるのは、写楽探しの時で、40年前頃は本当にブームで、今は写楽は斎藤十郎兵衛という阿波の能楽師だと決着がついていますが、当時は歌麿ではないか、京伝ではないか、いや北斎だ、蔦屋自身とか韓国人という話もあった。でも、ついに蔦屋に光が当たる時が来た。考えてみると、殿様の家に飾られるのが絵で、教養のある人だけが読むのが本だった。でも蔦屋たちが刷り物として出すことで、歌麿の絵も写楽の絵もそば一杯分の値段で買えた。絵画を庶民も鑑賞できて、しかも侍もその絵は面白い、綺麗だと思う。本も黄表紙とかですが、侍は自分で書いていたりもするわけで、庶民も侍もその瞬間、同じ物語で笑い、感動したところは、今僕たちがインターネット社会で、誰もが作家になり、誰もが受け手になれるこの状況を、蔦屋は実は江戸時代に作ったと思うと、あの時には見えていなかった蔦屋重三郎の仕事の重さも、今回は反映したい。

【質疑応答】
──37年前のものは青春グラフィティと仰っていましたが、歌舞伎では?
横内 「民衆と平等と自由の、束の間現れたユートピア」。そこで人間性みたいなものが解き放たれた瞬間が江戸時代にあったという雰囲気にしたい。もちろん寛政の改革で、みんな辛い目に遭いますが、その前に蔦屋たちが作った、身分社会の中でも老若男女が同じもので感動したり笑った瞬間があった。この青春グラフィティを描くにあたり、狂歌連がとても大事なのですが、吉原の引手茶屋で侍と町人と職人が一緒に、文化人という括りで酒が汲み交わせていたことにもうちょっと焦点を当てたい。当時は河合監督と勘三郎さんの熱気にやられて(蔦屋が)革命家のようでしたが、今回は冷静に、文化人としての戦いに落とし込めているんじゃないかと思います。そのほうが、彼らにとっても手柄として語られるべきことではないかな。
──初演台本だと、写楽が民衆の集合体としての訴えみたいな存在ですが、再演でもその象徴性みたいなイメージは変わらない?
横内 河合義隆は写楽を「虐げられた民衆の歪んだ顔」と言っていましたが、今僕はちょっと違って、文化のすごさを見せつけた反逆だと。そもそも役者の顔をあんな風に描いて、贔屓筋に売れるはずがないことは馬鹿でもわかる。わざわざ変な顔をした舞台写真を売るような話ですから(笑)。でもそれを面白がる文化が、世の中にないわけではない。この人(俳優)はこういう個性だよねと、贔屓でない目で見た時に、もう一つ広がりが出てくる。それを蔦屋たちはやったんじゃないかと。なので、正体を隠した説は初演から変わらず。それから黒衣を民衆として出す演出は、僕も一緒に考えましたが、今回も使います。これは初演の精神。黙っているように見えるけど、物を思う民衆たちがいる。民衆に届く絵や言葉を彼らは作り生み出していたというメッセージは継承しています。
――先ほど女方の話が出ましたが、歌舞伎俳優は、日常的に江戸時代を生きている人をずっと演じ続けている人たち。稽古場で彼らが動くことで立ち上がってくるものや、感化されるものは?
横内 今回は女方さんが4人出ますが、男の芝居なので本当に少ない。しかも現状で米吉さんと七之助さんはまだ稽古場に来ていない(笑)。ただこの2人は素晴らしいので、歌舞伎の語感じゃないものもあえてやってほしい。特に七之助さんは、ちょっと花魁っぽく喋るところがありますが、途中で身請けされて、町に出て奉行のお妾さんになるので、その時には少し現代っぽくやれないか。その“二刀流”は普通の女優さんでは絶対できない表現で、特にお2人は上手だからそういうことができると思いますが、様式とリアルの両方とも見せてもらおうと思います。

──他の方はいかがですか、いわゆる武士、町人とか。
横内 わざと町人のように振る舞っている侍が出て、町人とも本当に対等に混じり合っている状況ですが、どこかで侍になってくれなきゃいけない瞬間がある。これはやはり歌舞伎俳優さんがやると、圧倒的に説得力やすごさがある。芝翫さんや歌六さんが、戯作者でありながら実は侍という役ですが、ふと侍になった時に言葉の重みが本当に違います。江戸時代の描き切れていない部分も見事に具現化してくれるので、稽古を見ながら感動しています。むしろ僕の言葉が拙いと、相談しながらところどころ直させてもらっています。
──勘九郎さん、七之助さんの役者としての魅力は?
横内 勘九郎さんを見ていて、まだ出演者も全員揃っていないのに、僕は泣くのをこらえるのに必死なんです。37年前に僕が見ていてもすごいなと思った台詞回し、スピード感、間(ま)、声の熱さとか、本当にあの人(勘三郎)がここにいるという感じ。特に言葉が。粗いビデオは残っていますが、台詞も違うので、完全に真似ができるはずないけど、何かがやはりこういうふうに繋がっていくんだなと。これは本当に幸せなことだなと思いながら見ていると、いろんなことを思い出すので、芝居に集中しよう!と思っています。
──横内さんから、勘三郎さんみたいにやってとは言ってはいない?
横内 むしろ違うのを作りましょうと。七之助さんに至っては、今回初めて作る役。台本ほとんどを前と変えましたから。でもその分、歌麿がこの人を描いて、初めて本当に女を描くことを知るみたいな設定に、きっちり描こうと思った。青春グラフィティだったので、ヒロインもかなり苦しみ悩んで悩みますが、導いてくれる役にしようかなと。傷つきながらもその導きの圧倒的な存在感とか。気持ちとは違って花魁として生きる瞬間に、後に美人画で世界一にもなるような歌麿が、その女にうち震えるようにやってくださいと言ってみたら、本当にできるんだと思いました(笑)。37年前もくんずほぐれつの熱さでやりましたが、今回はおふたりとも、朗らかに明るくやっているところが、逆に伸びやかですごい。まだこの先があるという感じがすごくします。
──勘三郎さんが持っていた気持ちの熱さもふたりにはある?
横内 どんどんスイッチが入り始めてきている。負けない熱演をしてくださいと思っています。だけど今回の上演では、僕も含めて、その熱意を超える進化をやらないと駄目だろうと思います。でもそれは細やかさとか、鬘は飛ばさないけど別のものを飛ばすという芝居にしなきゃいけない。歌舞伎座なので、やはりリスペクトも含めて、丁寧にしっかりと、歌舞伎座に来てくださるお客さんにわかってもらうようにしなければ。でもふたりとも品の良さを熱さのなかにもしっかりお持ちです。
──ここが一番の見せ場というのは?
横内 屋根の上。蔦重がお咎めを受けて身代半減になった後に、大門の上で「持ってくなら全部持っていきやがれ、だけど俺は絶対また新しいアーティストを見つけて育ててやる」って啖呵を切る。独りよがりの叫びだけど、勘三郎さんが圧倒的にすごかった。たった1人になったところから、もう1回何かやるエネルギーを出すところで、これは勘九郎さんも絶対負けないと思う。その意味では、僕の中でもお父さんと戦っている息子の姿に見える。ここはぜひ見ていただきたい。特に37年前、何かの間違いで見た人は、もう1回来ていただきたい。そこはほとんどそのままにしています。

【公演情報】
歌舞伎座「松竹創業百三十周年 猿若祭二月大歌舞伎」
日程:2025年2月2日(日)~25日(火) 【休演】10日(月)、18日(火)
◎昼の部 午前11時~
横内謙介 脚本・演出
『きらら浮世伝(うきよでん)』
版元 蔦屋重三郎 魁申し候
蔦屋重三郎 中村勘九郎
遊女お篠 中村七之助
遊女お菊 中村米吉
喜多川歌麿 中村隼人
山東京伝 中村橋之助
滝沢馬琴 中村福之助
葛飾北斎 中村歌之助
十返舎一九 中村鶴松
女衒の六 市村橘太郎
彫り師の親方彫達 嵐橘三郎
摺り師の親方摺松 中村松江
西村屋与八郎 市村萬次郎
初鹿野河内守信興 中村錦之助
恋川春町 中村芝翫
大田南畝 中村歌六
〈公演サイト〉https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/926
【取材・文/内河 文 写真提供(C)松竹】