【粟根まことの「未確認ヒコー舞台:UFB」】第170回「血糊」
劇団☆新感線は「紅鬼物語」も無事に終わり、すぐに「爆烈忠臣蔵」の稽古に入りました。しっとりと情念に濡れた紅鬼から、がっつりと煩悩が溢れた爆烈へとシフトチェンジしながら進んでいきますよ。どうぞお楽しみに!
でね、その「紅鬼物語」は鬼と人との物語でした。いわゆる御伽話をベースとしておりまして、それ故に昔話に特有の差別や偏見、原始的な恐怖などが盛り込まれておりました。これも現代へと繋がる諸問題の一つです。そして「血」の演出も多用されました。
新感線では昔から殺陣が多く、となれば斬ったり刺したりというシーンも多いのですが、作品によっては血も吹き出たりします。映画やドラマ、そして演劇に於いても、スプラッターなホラーを代表として「血が吹き出る」という演出はプリミティブな恐怖を引き出す重要な特殊効果なのです。
とはいえ、なんでもかんでも血を吹き出せばいいというものではありません。映画やドラマならいざしらず、演劇ではここぞというシーンに限って「血」の演出を使用します。なぜならば、その準備と後片付けが大変だからですよ!
血を扱う演出の場合、基本的には「血糊(ちのり)」が使われます。様々な色合いの赤色をした粘度の高い液体です。様々な色合いというのは、その用途に応じて鮮やかなピンクっぽいのからどす黒いものまで、そりゃもう色んな種類があります。一言に血といっても様々な赤色があるんですよ。白い衣裳の上に出るのか、茶色い戸板の上に出るのかによって「映える」血の色というのは違うのです。
もちろん粘度も調整できます。ドロッとするのか、サラッとするのか。必要に応じて特殊効果担当のスタッフさんが用意してくださいます。粘度が高ければ狭いエリアに留まって厚みが増しますし、低ければ広範囲に広がって印象的になります。
血糊を使用することでアクションシーンの迫力が増し、戦闘に於ける優劣の立場が視覚的にハッキリしたり、「死」や「恐怖」を明示できるのです。
血糊を使用する際にも様々なパターンがあります。体からブワーッと吹き出たり、口からドロッと垂れたり、セットに対してビシャーッと吹きかけたり。その技術に関して詳細は書けませんが、人力だったり機械仕掛けだったり空気圧だったりと、その状況に応じて最適な技法が選択されます。特殊効果、略して特効さんというスタッフさんを中心にして、数多くのスタッフさんが関わります。血糊に対しての照明の当て方なんてのも重要になったりもしますよ。
ただね、この血糊というのが準備と後片付けが大変なのよ。何しろ液体だからさ、染みこんだり広がったりするのよ。そうすると扱いに困るのよ。
まずは衣裳さん。血糊がついた衣裳というのはスグに洗わなければなりません。放っておくと染みこんじゃうからさ。ですので血糊を浴びる衣裳には洗える生地を使わなければなりません。そして洗い替えのために同じ衣裳をもう一つ用意する必要もあります。
そして演出部。血糊を使うと床や壁にも飛び散ります。そのままにしておくと、誰かが踏んでズルッと滑ってしまう危険性があります。さらに履き物を経由してどんどん血糊が広がってしまって他の衣裳やセットに赤色がついてしまうと目も当てられません。ですので血糊が広がらないように、血糊を使用するエリアだけ臨時の床や布を敷いて使用後に剥がせるようにしたりもします。そして暖かい濡れタオルを多数用意して、手足や履き物の裏などをスグに拭き取れるようにします。これらの準備と後片付けをするのが演出部さんたちなのです。
もちろん小道具部や大道具部も血糊で汚れてしまったらスグに拭き取ります。また血糊を浴びる時にはピンマイクに掛からないようにする注意が必要なので音響さんとも連携を取ります。カツラにも飛び散ったりするので床山さんも大変です。
俳優部だって飛び散った血糊を拭き取るのはもちろん、顔に浴びちゃったらメイクを直さなければなりません。量によっては下着まで履き替える必要がある場合だってあるんですよ。
ほらね! とにかく大変でしょ。使用すると強烈なインパクトがある反面、その準備と片付けにとにかく手間が掛かる血糊の演出。ですので、最近の新感線ではあまり血糊を使用せず、照明や映像で代用していました。
ですが、「紅鬼物語」では御伽話ならではのプリミティブな嫌悪感を引き出すために血糊が多用されました。だもんで舞台裏では大変だったのよ。敷物、お湯、タオル、替え衣裳、洗濯機。多数のスタッフさんが大わらわで準備と片付けをしておりました。
まあね、その苦労の甲斐あってとても印象的な血まみれシーンになったと思います。あの血糊は作劇に必要な演出なんですよ。でもねえ、舞台裏のバタバタを見てしまうとスタッフさんが大変そうでねえ。申し訳ない気持ちになっておりました。
そんなこんなの血糊事情。もちろんお客様にはその苦労を知っていただく必要はありません。血糊の演出を楽しんで、あるいは嫌がって頂ければ幸いです。
さあ、「爆烈忠臣蔵」ではどのような血の演出があるのでしょうか。まあね、チャンピオンまつりですからリアルな描写はありません。でもね、今回もまた世界観に応じたそれなりの血の演出が見られると思いますので、どうぞお楽しみに!

シアターH最寄りの東京モノレール大井競馬場前駅の自動改札の上には数字が入っていて、競馬場のスタートゲート風にしてあるのがオシャレ。

粟根まこと
あわねまこと│64年生まれ、大阪府出身。85年から劇団☆新感線へ参加し、以降ほとんどの公演に出演。劇団外でも、ミュージカル、コメディ、時代劇など、多様な作品への客演歴を誇る。えんぶコラム「粟根まことの人物ウォッチング」でもお馴染み。
【出演予定】
劇団☆新感線「爆烈忠臣蔵」
【松本公演】
2025年9月19日(金)〜23日(火祝) まつもと市民芸術館
【大阪公演】
2025年10月9日(木)〜23日(木) フェスティバルホール
【東京公演】
2025年11月9(日)〜12月26日(金) 新橋演舞場