大森政秀(舞踏家)・秦宜子(テレプシコール)インタビュー

大森政秀・秦宜子

おおもりまさひで○1949年生まれ、北海道三笠市出身。元アンモナイト採集好きなわんぱく少年。母からのクリスマスプレゼント、狼に育てられた少年の話をきっかけに文学に目覚める。72年笠井叡の天使館に入館、78年に天狼星堂を設立。若手の育成にも尽力。東京・中野の劇場テルプシコールを本拠地に活動中。

はたよしこ○東京都出身。演劇群走狗にてテント芝居の音響から、大森政秀など多くの舞踏公演の音響や制作などを手がける。1981年に東京・中野にて、“カラダにとてもやさしい”構造のスタジオ・テルプシコールを設立。1985年より『舞踏新人シリーズ』を主催。舞踏の新人発掘・発展にいそしんでいる。

長い旅をしてきたような感じだね

線路や工場を想像させる謎の音が鳴る中、そっと後ろ姿を舞台の端に現した一人の男。黒い洋装に白く塗られた裸足がそろり。そろりとそーっとやって来る。ここはいつのどこ? 彼はだれ? 何をしている…? 音はいつしか音楽に変わり、男の姿も変わってゆく――。
中野・テルプシコールで上演された大森政秀舞踏公演『遠くからやって来る』は、ひと目見た瞬間から一寸先は闇の連続、目を奪われっぱなしの60分。半世紀以上に渡り真っ直ぐに我が道を追求してきた舞踏家・大森政秀と、音響を手がけたテルプシコールの秦宜子が見せてくれた奇跡のコラボレーションに迫る。
(えんぶ2025年8月号掲載記事)

大森政秀舞踏公演『遠くから やって来る』
構成・出演◇大森政秀
照明◇ソライロヤ
音響◇秦宜子
4/18〜20◎テルプシコール

いつもとは違った

――今回の作品は、振付があるんですか。
大森 ただその場の動きにゆだねていく、いわゆる即興です。即興と言っても表面的な動きではなく、無意識を汲み上げてくるような感じだし、9年ぶりのソロで小一時間あるから疲れますね。今回は準備期間も短かったし。
秦 綱渡りでした。
――いつもはもっと準備期間があるんですか?
大森 長くて台本きちっと書いて。
――即興でも台本を書くんですか!?
秦 台本というか、
――構成表みたいな?
秦 普通ダンスの場合、おそらく絵コンテのようなものを書くと思うんですけれども、彼の場合は一切それがなく。その時その場所に立って何か出てきたものをそのまま大事にしてやっていく、みたいなことらしいです。
――踊っているときは何を考えて、というか何かを感じている?
大森 いつもだとお客さんを意識する瞬間がたまにあるんだけれど、今回は全然それがない。そんな余裕がないというか、ギリギリで舞台に立っているからね。「私の踊り」というよりも、お客さんの視線に委ねるしかなかった。
――いつもとは違った?
大森 今までは踊っていると突然、女王になるようなこともあったけれども、今回は飢えたネズミのような…ネズミには悪いけど、ずーっと地べたを這ってやっているような感じ。自分で踊っていても変な感じでした。

大森政秀舞踏公演『遠くから やって来る』(2025)舞台写真

自分では分からない

――大森さんの全てがあった感じがしました。
大森 そんな感じでしたよ。
――でもただ生きざまだけではない、手練もあるわけですよね。見せ方というかテクニックでもない何かが。
大森 テクニックではないですね。感覚としては子どもの頃によくやった、誰も滑ったことのない雪の上をスキーで滑っていくのが近いです。
――スキーですか?
大森 ぼくは北海道だったから。道のない斜面は雪の下に何があるか分からないから危ないんだけど、好きだった。
――危ないですね。
大森 自分では分からないんだよね、踊ってるときの自分がどんななのか。
――自分では分からない?
大森 全く。右手をこう出して初めて、次にこう動く、本当に。何も動きは決まっていないから。そんな三日間だから長かったですよ。音響も照明も大変だったと思うけど。二人して「長い旅をしてきたような感じだね」と言っていました。

大森政秀舞踏公演『遠くから やって来る』(2025)舞台写真

何か変なもの

――音響や照明は、どういう風につくるんですか?
大森 台本を渡して、全部お任せ。
秦 自分のために書いた言葉で詩みたいだから、読んでも全然わからない。
大森 説明ができないから、すごく大変だよね。照明はソライロヤさんにずっと頼んでいるんだけど、彼女以外はちょっと頼めないね。今は。
秦 ずっと彼女だよね。
大森 ただ暗くて何か意味深な照明とかは、あんまり好きじゃない。みんながちゃんと普通の肉眼で見れる中で、何か変なものが行われていく。それを淡々と見てほしい。
――変なものという認識でいいんですね。
一同 (笑)。
大森 そう。何だこいつ、変なやつだなみたいな。
――やった! 本人がそう思っていたら、我が意を得たりというか。
大森 なんでもいいんです。それは。受け取るお客さんの自由です。

大森政秀舞踏公演『遠くから やって来る』(2025)舞台写真

ここにしかない音

――音も印象的でした。最初の音は何だったんですか?
秦 何十年も前に、千葉県の君津にある新日鉄に工場見学に行ったんですよ。どろどろに溶けて真っ赤に燃えている鉄をだんだん冷ましていって、細いスチールにする過程をずっと歩きながら見て。その時に録音した音です。私、音フェチなので。
――それを思い出すのがすごい…。
秦 たまにサイレンも鳴るでしょう。時節柄、空襲警報みたいなこともちょっと暗示させるし。これはいいなと思って。
――はい、いろんな風景を想像しました。一景は弦楽器、二景はそれにピアノが入って…。
秦 一景と二景の間に、NASAが昔出したボイジャーが宇宙で採取した音を構成したものがあって、そこからいらない音を全部カットして低音だけを流しました。
――こだわりがすごい…。
秦 二景と三景の間にはシャッターの音。
――え?
秦 昔、高円寺駅近くの高架下に倉庫があったんですよ。そこでいつもシャッターが降りてくるといい音がするんです。三つぐらいあったんですけど、頼み込んで全部を上げたり下げたりしてもらって録音したんです。
――はあ。
秦 それを今回構成して流しました。キリキリキリキリキリ、ピユン、ウォンってシャッターの落ちる音が鳴って、ジャン・ミッシェル・ジャールの『チャイナ』という子供の中国語で始まる結構インパクトのある音。
――三景は一景、二景と違って電子音楽でした。
秦 昔の音なんですけど。それの違うバージョンが新しく出たので、それをちょっとかけて、また少し音を伸ばして。で、それが終わったら今度は『月光』です。
――大森さん、恵まれてますね。こんないろんな音を持ってきてくださるパートナーがいらっしゃって。
秦 私も昔、芝居の音響をやってたから。その時にはこういう音は使わなかったですけれども。
――じゃあ、やりたいことやれているわけですね。
秦 そうそう。音が割と好きだから。その楽器じゃなくても。

大森政秀舞踏公演『遠くから やって来る』(2025)舞台写真

追憶のフルチン

――衣装は一景では黒い長袖シャツとズボン、二景で和服になりました。
大森 どてらね。何十年も前のものを引っぱり出してきて。
――二景の最後、一回引っ込んでから次の衣装になる前、フルチンで出てきてませんでしたか?
大森 出て来ます。
――あれはアクセントですか? それとも衣装が変わる意味として?
大森 フルチン?
――そう。
大森 あれは、どてらの下に白いサポーターを履いてたらしらけるなと。
――格好悪いですよね。
大森 まずいなと思って。観てるお客さんも自分も。ぶらぶらするのもいいなって。
――いいですよ。あれ。
大森 二景は土方巽先生とのレッスン風景で、初めてアスベスト館で会った時のことを思い出したんです。土方先生がいきなり隣に座ったので「あ、どうも大森です」と言ったら、突然グッと握られたんです。ふぐりを。そしたら「でかいな」って。驚きましたけどお返ししなきゃいけないと思って、僕もぱっと握り返したんです。それが最初の挨拶。
――素敵な挨拶ですね。あのフルチンには特別な意図はないんですね?
大森 ないですよ。ただそこを追っていただけだから。
――ふっと力が抜けて、あの後女装になるという構成は見ていて楽でした。
大森 それ初めて聞いた。いいですね、わかります。

大森政秀舞踏公演『遠くから やって来る』(2025)舞台写真

あそこまで辿り着きたい

――女装で踊る三景はもう、かっこ良すぎ!
大森 あれは十八番というか。いつも15分くらいで『遠くからやってくる』としてやっているから。ある程度のインパクトはあると思うんだけど、今回は最後に持って来たので、そこまでの体力と精神力がなかなか…。こんなに老けていたのかと踊りながら自分でびっくりしてました。
――初めて拝見したので、あの流れがあってたどり着いたという感動がありました。
大森 あそこまでとにかく辿り着きたい一心で頑張りました。
――三景を観ていて、ふと地球上に人類が誕生してから今までの様々な記憶を再現しているのかもしれないと感じました。
大森 本当にそういう感じです。エアというか、精霊の命か何かをふわっと客席の方に、世界に投げているような感じで踊っていたかもしれないですね。
――フィナーレの『ボクサー』が更にまたまた素晴らしい!
大森 サイモンとガーファンクルのあの曲は、初めて土方巽を目撃した1970年に池袋西武のファウンテンホールでやっていた土方巽燔犠大踏鑑の出し物の最後にかかっていた曲なんです。去年、お亡くなりになった女性舞踏家の中嶋夏さんが、
――メキシコで亡くなられた。
大森 ある日、『ボクサー』で踊っている時に観に来てくれて。「大森君のボクサーってすごいね」と。「あれは振付じゃ作れないよ。あの崩れたのか崩れてないのか分からないあの感じ」っておっしゃって。だから夏さんの追悼も入っているかな。

大森政秀舞踏公演『遠くから やって来る』(2025)舞台写真

ここにしかない場所

――今回、作品の雰囲気というか、客席も含めた全体が、すごく会場にフィットしてたかなって思うんですけれども、劇場主としてはいかがですか?
秦 ずっといるから、分からないですよ。
――お客さんの熱量もすごくあって、もうこんな出会いはめったにないと。
秦 ここでやってるのが一番多いからかな。本当はきっともっと工夫したりすればいいのかもしれないんだけど…。
――いやいや、もうあれより工夫なんか全然しなくていいと思うし、わからないなりにちょうどいい広さ、大きさというか…。
大森 天井まで4.5メートルあるからね。
――贅沢な場所だと思います。床もいいなぁと、
大森 桜の木もいいよね。だいぶボコボコになってきたけど。
――まだまだ頑張っていただかなきゃいけないと思います。
秦 これから頑張ります(笑)。

【インタビュー◇坂口真人 文・撮影(人物)◇矢﨑亜希子 撮影(舞台)◇小野塚誠】


★このインタビューは、えんぶ最新号に掲載されています▼!

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