

施設の老朽化に伴い、2026年5月公演をもって大阪松竹座が閉館する。昨年8月にこの衝撃のニュースが出てから、あっという間に大阪松竹座は103回目の春を迎えた。2ヶ月にわたって行われる「大阪松竹座さよなら公演」のひと月目にあたる「御名残四月大歌舞伎」が4月3日に幕を開け、初日以来、多くの人が名残を惜しみに劇場に詰めかけている。
ラインナップは、昼の部は『彦山権現誓助剱 毛谷村』、坂田藤十郎七回忌追善狂言『夕霧名残の正月 由縁の月』、『大當り伏見の富くじ』の3作品。そして夜の部は、『菅原伝授手習鑑 寺子屋』、『五條橋』、坂田藤十郎七回忌追善狂言 玩辞楼十二曲の内『心中天網島 河庄』の3作品。出演俳優も演目も、大阪を代表する芝居町・道頓堀の屋台骨として、歌舞伎だけでなくさまざまなエンターテインメントを届け続けてきた大阪松竹座の「さよなら公演」にふさわしいものといえるだろう。

昼の『毛谷村』は、百姓ながら剣の達人の六助が、だまし討ちに遭った師匠の娘のお園たちと仇討を遂げる物語のなか、仇討を前に緊張感がありつつ晴れやかな一場面。六助は中村獅童が初役で、武骨さよりもやさしさや人の好さが持ち味になっている。片岡孝太郎のお園は、女武道(武術の凄腕の女性の役柄)の勇ましさから、実は許婚だった六助への恋心への変わり目が楽しい。お園の妹の忘れ形見・弥三松は、獅童の息子の中村陽喜が初役。中村夏幹の役だが、怪我で休演中で兄が代わって奮闘中。わんぱくで甘えん坊な姿に、どこか普段の姿が重なるよう。夏幹の復帰も待ちたい。いわばご馳走役の斧右衛門は獅童の盟友・澤村精四郎。お園たちが捜す仇の弾正は中村隼人。短い出番だが、凄みを効かせて印象的。上村吉弥の後室お幸は、老女だが剣豪の妻らしい凛々しさで舞台を締める。

『夕霧名残の正月』は、四代目坂田藤十郎(山城屋)が襲名披露公演で復活させた作品で、その七回忌追善にぴったり。病で亡くなった遊女・夕霧の四十九日。形見の打掛を飾って彼女を偲ぶ扇屋に、夕霧の恋人・伊左衛門がふいに訪れ…。山城屋の息子である中村鴈治郎が扇屋の主、中村扇雀がその女房に回り、孫の中村壱太郎が夕霧、中村虎之介が伊左衛門。太鼓持は初代鴈治郎のひ孫である中村亀鶴。仲居たちも一門が揃う。壱太郎と虎之介は、若いながらも幻の夕霧と伊左衛門の切なく艶のある色模様を見せた。「末代までも匂い立つその面影も懐かしく…」と夕霧にあてた台詞にも山城屋への思いが込められているようで胸が温かくなった。

『大當り伏見の富くじ』は、松竹新喜劇にもなった上方歌舞伎『鳰(にお)の浮巣』をもとに、歌舞伎で喜劇を作りたいという松本幸四郎の一心で2012年2月に大阪松竹座で初演され、以来3演目である。零落した若旦那とワケありの花魁との恋を中心に、善悪の人物が入り乱れ、さまざまな出来事が巻き起こる。「歌舞伎が本気で喜劇を作るとこうなる」という、ミラクル・サクセス・ピュア・ラブストーリー・コメディである。幸次郎(幸四郎)、鳰照太夫(鴈治郎)、黒住平馬(獅童)、幸次郎の妹お絹(壱太郎)、幸次郎の悪友・喜助(大谷廣太郎)と芳吉(虎之介)、遣手お爪(吉弥)、鳰照の朋輩の千鳥(澤村宗之助)、鳰照の愛猫・初音(上村吉太朗)…とにかく一座が総力を結集し、ここでしか観られない喜劇に全力で挑む。そのなかで、市川門之助の侠客信濃屋や中村歌六の雪舟斎が大きなアクセントとして奥行を生んでいる。伏見稲荷の神官は片岡進之介で、大阪松竹座の本興行には2019年夏以来の出演。劇場は違うが道頓堀で初舞台を踏んでいて、当地ゆかりの俳優が一人でも多くこの舞台に立てたことが喜ばしい。古典歌舞伎の名場面からまるでレビューのようなフィナーレまで取り入れ、笑いあり涙ありハプニングあり?の一幕、ハッピーな気持ちで昼の部は打出しとなる。


夜の部は『寺子屋』から。師匠・菅丞相(菅原道真)の息子の菅秀才を、その政敵の藤原時平から守るため、息子と偽って匿っている武部源蔵・戸浪夫婦。そこへ時平に仕える松王丸と玄蕃が、秀才の首を出せと迫り…。歌舞伎の三大名作『菅原伝授手習鑑』の名場面だ。松王丸は、上方歌舞伎を代表する大名跡・片岡仁左衛門(Aプロ)と幸四郎(Bプロ)、源蔵は幸四郎(Aプロ)と隼人(Bプロ)で、2パターンの役替りとなっている(所見日はAプロ)。
仁左衛門の松王丸は当り役のひとつで、出から夫婦を追い詰める件、首実検、息子を失った親の悲しみ、亡き弟への哀惜、幕切れまで瞬きもできない名演である。対する源蔵は幸四郎。身替りの子を殺めなければならない苦衷、松王丸夫婦への思いやりなど、仁左衛門の胸を借りて好演。孝太郎の千代は母の尽きせぬ悲しみを痛いほど滲ませ、壱太郎の戸浪は情の厚さが感じられた。身替りになる小太郎は陽喜の初役で、健気に演じている。涎くりは吉太朗の初役。滑稽な役だが行儀よくつとめ、ところどころで重い作品の息抜きになっている。

続いては獅童・陽喜親子の『五條橋』。五條橋での牛若丸(義経)と弁慶の有名な出会いがモチーフで、獅童演じる屈強な弁慶と、陽喜演じる小さな英雄・義経との、所作ダテ(曲に合わせた踊りのような立廻り)が見どころの舞踊。親子ならではの息の合った動きや、幼いながらも陽喜の源家の御曹司然とした品や涼やかさが印象に残った。


最後の『河庄』も山城屋の追善狂言。「頬かむりの中に日本一の顔」と謳われた初代鴈治郎以来、鴈治郎家の大切な家の芸でもある(山城屋は三代目鴈治郎)。妻子がいながら遊女と恋仲の治兵衛。それを案じた兄・孫右衛門は、変装して店(河庄)に乗り込み…。『河庄』も、山城屋の当り役だった治兵衛は鴈治郎(Aプロ)と扇雀(Bプロ)、遊女小春は扇雀(Aプロ)と壱太郎(Bプロ)、恋敵の太兵衛は幸四郎、太兵衛とつるむ善六は壱太郎(Aプロ)と亀鶴(Bプロ)、妻おさんの使いで小春に手紙を届ける三五郎は虎之介、河庄の女将は吉弥、孫右衛門は鴈治郎(Bプロ)と歌六(Aプロ)という役替りとなっている(所見日はAプロ)。
悪いとと知りながら恋人のもとへ通う治兵衛の出、門口に佇む様子、小春に詰めよる姿、語尾が消え入るような口跡など、鴈治郎は亡き藤十郎を思わせる瞬間がある。時間はかかるかもしれないが、父の境地に近づき「近松物はやはり成駒家」と言わしめてほしい。扇雀の小春は、妻への義理立てからの愛想尽かしなど、辛抱に徹して苦しい胸中を表現。虎之介の丁稚は二度目で、初演時は小学生。力まず自然にこなす姿に時の流れを感じる。幸四郎の太兵衛と壱太郎の善六のコンビは、嫌味ったらしいが下品にならず、義太夫の真似事をする場面では客席の笑いを誘う。歌六の孫右衛門は、武士に化けて右往左往するおかしみ、弟を諭す厳しさ、小春への優しさなど、さすがの存在感。この先の治兵衛、小春、おさんがどうなるか、一抹の不安を残しつつ余韻ある幕切れとなる。
先日、大阪松竹座の建物が解体されることが発表された。「道頓堀の凱旋門」といわれた開場以来のファサードや、歌舞伎座に比べればコンパクトで舞台と客席の距離が近く、木の温もりがある場内ともいずれはお別れとなる。開場を待つ劇場前の人だかり、ロビー左右の壁に飾られた、新開場から2026年2月までの歌舞伎公演アルバムを眺めながら話に花を咲かせる人々、客席にあふれる熱気と拍手。この賑わいがずっと続けば…と心から願うが、思いだけでは叶わないこともある。せめてこの「大阪松竹座さよなら公演」のふた月は、今まで関西の歌舞伎を支え続けてくれた名優たちにも思いを馳せながら、「さよなら」にふさわしい舞台を心ゆくまで味わってほしい。
【公演情報】
令和8年4月大阪松竹座
大阪松竹座さよなら公演「御名残四月大歌舞伎」
●4/3〜26◎大阪松竹座
[休演]10日(金)・20日(月)
演目:
昼の部(11時開演)『彦山権現誓助剱 毛谷村』坂田藤十郎七回忌追善狂言『夕霧名残の正月 由縁の月』『大當り伏見の富くじ』
夜の部(16時15分開演)『菅原伝授手習鑑 寺子屋』『五條橋』坂田藤十郎七回忌追善狂言玩辞楼十二曲の内『心中天網島 河庄』
〈チケット取扱い〉チケットホン松竹0570-000-489(午前10時~午後5時)/チケットWeb松竹(24時間受付)
〈公演サイト〉https://www.kabuki-bito.jp/theaters/osaka/play/960



