舞台『モンスター』間もなく開幕! 松岡広大インタビュー
「モンスター」役との距離を測りながら
もし目の前にいる人が、善悪を超越したモンスターだったらどうするか。イギリスの劇作家ダンカン・マクミランによる『モンスター』は、観客にそんな問いという名の刃を突きつける。
心に深い闇を抱える新人教師・トムは、問題児のレッテルを貼られた14歳の少年・ダリルを受け持つこととなる。どんなに理性的に諭しても、ダリルはトムの言葉を聞かない。むしろ挑発するような言動を繰り返し、トムの脆い心に爪を立てていく。平行線を辿る二人の対峙の行先は―これは、観る者のはらわたを抉るような緊張と衝撃の会話劇だ。
ダリルを演じるのは、松岡広大。理解できない役を理解することは、俳優にとってどんな行為なのだろうか。
舞台『モンスター』は11/30から大阪で幕を開ける。その公演でモンスターとして出演する松岡広大のインタビューを「えんぶ12月号」からご紹介する。
複雑なものを複雑なまま届けるのも知性だと思う
──すでに一度本読みをされたということですが、その感想を聞かせてください。
行くまではかなり緊張したのですが、スタジオに入ってからはどうにでもなると思って非常に楽しくやりました。共演の風間(俊介)さんはずっとテレビで観てきた方ですし、笠松(はる)さんも那須(佐代子)さんもいろいろな舞台でお見かけしてきた方たち。そこに自分が入れることがまずうれしかったです。
──今回演じるダリルについて、現時点でどんなことを考えていますか。
今、ADHD(注意欠如多動症)とASD(自閉スペクトラム症)に関する学術書を読んで勉強しているところなのですが、きっと昔はこれらの症状に名前がなくて、わからないものとされていたと思うんです。それが、名前がつけられることでわかりやすくなる。とてもいいことだと思うのと同時にそこから排除されてしまう人たちもいるんだろうな、ということを今考えています。規範をつくることで、そこからあぶれてしまう人は必ずいる。だけど、その規範が悪いわけではなくて。この作品は、あぶれた人たちにどこまで手を差し伸べるかというお話だと思っていて、可哀相に見えるのも違うし、肯定するのも違う。その絶妙な塩梅で演じられたらと思っています。
──松岡さんは演じるとき、役の理解者でありたいと思う人ですか。
そうありたいと思っています。
──では、ダリルのような理解不能のモンスターとして描かれている役についてはどうですか。やはり理解したいと思いますか。
できるだけ理解したいなとは思いますが、わからないものはわからないまま進めるのも一つの手だなと考えています。以前、役を理解しようとするあまりに焦って挫折したことがあって。その経験も経て、役と距離をとることの大事さもわかるようになりました。役を理解しようとするとき、昔は虫眼鏡で覗くように見ていたのですが、それだと近すぎてよく見えない。鳥の目で見ないと到達できない境地があることを経験を積む中でわかってきたので、そこはうまく使い分けながらやれたらいいなと思っています。
──一方で人間には誰しも何かしらの怪物性はある気がしていて。松岡さん自身も、抑えきれない攻撃性の萌芽を自覚する瞬間はありますか。
僕は「もしも」とか「たられば」も一種の暴力性だと考えていて。たとえば、もしも今この取材中に僕が突然椅子を蹴たら人はどういう反応をするんだろうとか。想像の中では許されるけど、実際にそれをしたら世間にどれくらい影響を与えるんだろう、みたいなことは考えます。それはおっしゃるような攻撃性の萌芽と言えるかもしれないです。
──お話を聞いていると、松岡さんはとても言葉がいいですね。読書がお好きというのは知っていましたが、やはり読書で培ってきた語彙力がある。
ありがとうございます。恐縮です。
──そこで聞きたいのですが、松岡さんは俳優にとって言葉とはどういうものだと思いますか。
言葉は僕を新天地に連れて行ってくれる乗り物のようなものだと考えています。
──役を探求する過程においても、言葉は役を深掘りするツルハシとなります。ちゃんと言語化できなければ捉えきれないものがある。
役のキャラクターを確かめる上で、僕はよく手で書いて整理することが多いのですが、おっしゃる通り、自分はどう思っているかということを言語化するためには語彙が必要なので、言葉はすごく大切です。ただその一方で、自分の語彙にはない感覚というのも、とても大切だと思います。
──その通りですね。語り切ることによって、手中におさめたような勘違いをしてしまうのは怖いです。
概念的なものを言葉で説明した途端、急に陳腐になったり、想像力を一気に剥奪されたような感覚になる。語るべきものをどこまで語るか、あるいは、どこからを沈黙は金とするか、そのバランスは非常によく考えます。複雑なものを複雑なまま届けるのも僕は知性だと思っています。
──おっしゃる通りです。
複雑なものをシンプルに届けるのも知性だと思うのですが、簡単にしすぎることで絡め取られてしまう何かがある気がして。コミュニケーションもシンプルなのが好きな人もいれば、言葉を尽くそうとする人もいる。その違いで、つまずくこともあるけど、そこが人間らしくて僕は好きです。
──台本に書かれている言葉はどうですか。いわゆるノッキングを起こすような、言いにくい言葉についてどう向き合っていますか。
僕はまず別の言葉に言い換えます。やっぱり自分が見て聞いて触れたものしか僕は信じられないので、まずは自分の感覚の中にある近い言葉を探す。そして、もし感覚にないものだったら、経験をしに行きます。自分の中にないものからは何も湧き上がってこないので、たとえば、台本に書かれている場所に実際に行ってみるとか。そうやって自分の血肉の通った言葉に言い換えて体に馴染んできたら、最終的に台本の言葉に戻します。僕は、ノッキングを起こすことって大事だと考えているので、ここで何で引っかかったんだろうと考えることが、役を理解するきっかけになると思っています。
他に闘える武器があるだから体格はもう気にしない
──これまで松岡さんのお芝居は何作か拝見してきましたが、今年、『SUPER HANDSOME LIVE 2024』を観て、今までとは違う衝撃を受けたんですよね。こんなにエネルギー量の高い人なんだって。
そこはもうとことん考えた上でのことですね(笑)。周りはみんな僕より身長が高くてリーチも長い。この中で爪痕を残すには、エネルギー量しかないなと。何なら寿命が縮んでもいいから命を削るつもりでやっていました。
──命を削る、という表現がまさにぴったりでした。
そんなふうに考えるようになったのは、俳優の成河さんの影響が大きいです。成河さんも身長は僕と同じくらいなのですが、舞台上では圧倒的な生命力がある。あれを見たときに、だったら僕もできるはずだと思いました。究極的な話をすると、死ぬときに誰も責任はとってくれないじゃないですか。自分の人生の責任をとれるのは自分だけなので、表現の場では僕は僕のやりたいことをやろうと思ってエネルギーを出し続けています。
──俳優にとって身体は誰とも取り替えられないもの。ご自身の体格についてコンプレックスを抱いた時期もあったんでしょうか。
小さいなりに大きく見せる研究をしていた時期もありました。でも(出演作である『ねじまき鳥クロニクル』の演出を務めた)インバル・ピントに出会って変わったんです。何でも一長一短。だから別にいいんじゃないかなと楽観的になれました。他に戦える武器を何個も持てるようにもなりましたし、今はむしろこの体で良かったと思っています。
──お話ししていても、松岡さんはとても明るくて礼儀正しい方だなと思う反面、すごく内省的な面もある。陰と陽が複雑に混じり合っている方だなという印象があります。
光のあるところには影が生まれるもので、僕の場合は特に考えすぎているから影が濃くなるんでしょうね。これでいいのか、みたいなことは毎日ぐるぐる考えています。何の焦りかわからないですが、朝起きてから寝るまでずっとそれはつきまとっていて。たぶん腑に落ちないこの感じは一生続くのかなと(笑)。
──そういう自分にうんざりして手放したくなりませんか。
楽になりたいとは思います。でもこれを手放して空っぽになった瞬間、自分はどうなるんだろうと。考えることが、僕の一つのアイデンティティみたいになってしまっているので、そんなに楽観的でいいのかって、誰に言われたわけでもないのに、世間という名の虚像の声が耳元で聞こえてくるような気がします。
──17歳のときに成河さんの『アドルフに告ぐ』をご覧になって、自分のやりたい演劇はこれだと見つけたとよくお話しになっています。今、憧れのその人に少し近づけている実感はありますか。
まだ道半ばではありますが、成河さんとは共演もさせていただいて、僕も17歳のときの自分とは違うので、あまり影響されないところまで来ているのかなとは思います。今では成河さんとはお互いの演劇観も腹を割って話せるようになりました。
──経験を積んで、ご自身の演劇観というものを確立しつつあるからかもしれませんね。
やっぱり10代とか20代前半の頃の考え方とは全然違います。当時は演劇のことを考えるだけで苦しかった。でも、少なからずいろんなものに触れて、そのたびに傷つくこともあって、できないこともまだまだあるけど、できるようになったこともあって。だから、今は非常に楽しく演劇をやらせてもらっています。
【プロフィール】
まつおかこうだい○東京都出身。2012 年俳優デビュー、翌年『FROGS』で初舞台を踏む。15 年ライブ・スペクタクル『NARUTO-ナルト-』で主人公のうずまきナルト役として初主演。以降、舞台・映像・CM など幅広く活躍中。近年の主な出演作に【舞台】24年『空中ブランコのりのキキ』、23年『ねじまき鳥クロニクル』『スリル・ミー』、【映画】24年『八犬伝』『赤羽骨子のボディガード』、23年『沈黙の艦隊』、【ドラマ】24年『錦糸町パラダイス〜渋谷から一本〜』(TX)、23年連続テレビ小説『らんまん』(NHK)『around1/4 アラウンド・クォーター』(ABC)など。
【公演情報】
『モンスター』
作:ダンカン・マクミラン
翻訳:髙田曜子
演出・美術:杉原邦生
音楽:原口沙輔
出演:◇風間俊介 松岡広大 笠松はる 那須佐代子
●11/30・12/1◎大阪公演 松下IMPホール
●12/7・8◎水戸公演 水戸芸術館ACM劇場
●12/14◎福岡公演 福岡市立南市民センター 文化ホール
●12/18〜28◎東京公演 新国立劇場 小劇場
HP:https://www.monster-stage.jp/
【インタビュー/横川良明 撮影/中田智章 ヘアメイク/堤紗也香 スタイリスト/岡本健太郎】