松本と大阪での公演を終えて、いよいよ「爆烈忠臣蔵」の新橋演舞場での公演が始まります。なにしろ内容が江戸の歌舞伎俳優たちがドッタンバッタンする話ですからね、普段から歌舞伎を上演している江戸の新橋演舞場での公演はしっくりくると思います。なんたって立派な花道もありますからね。
さて、その「爆烈忠臣蔵」の現場で見つけた、久しぶりにいかにもな専門用語をご紹介したいと思います。それは「8の字巻き」!
これは演劇の現場だけでなく、映画や放送、照明、音響の現場でも使われる用語です。太いケーブルを使用する業界ならば誰もが知っている用語なのです。
皆さんは長い電源コードなどを片付ける時に、まあ2〜3mなら折りたたんで縛ったりすると思うのですが、5mを越えてくると輪にして束ねたりしませんか? あるいはドライヤーのコードやスマホの充電ケーブルを本体にグルグル巻いちゃうとか。
そういうことを何度も繰り返すと、コードに変な癖が付いてネジネジになったりボコボコになったりしませんか? あれは一方向に巻くことでコードの内部が捩れてしまうことによるものです。ご家庭で電源コードがそうなってしまうのは、まあ使いにくい程度ですので問題は無いのですが、舞台や放送の現場で繊細な信号ケーブルや音声ケーブルが捩れてしまうとクオリティに問題が発生します。ですのでそれは避けなければなりません。
そこで必要なのが「8の字巻き」なのです!
8の字巻きというのは読んで字の如く「8の字」の様に右左と交互に巻く手法です。つまり右巻きと左巻きを交互にすることで捩れるのを防ぐというわけです。ちょっと判りにくいと思いますので、こちらの写真をご覧下さい。

ご覧のように8の字に巻いてあります。写真が横なので「無限大」の様になっておりますが、まあ8の字ということで良いじゃないですか。こちらの写真は特効さんが舞台上に引っ張り出す機材のケーブルなのですが、こうすることで捩れずに纏められるうえに、絡まずに引き出すことができます。そして使い終わったらソデに戻ってきて、またこうやって巻き直してスタンバイするのです。
このように、機材を使用する時に活躍する8の字巻きですが、ケーブルを輪にして束ねて収納する時にも当然8の字巻きです。この8の字をパタンと畳んで二つの丸を一つの輪にすると束ねられます。これで捩れずに収納できます。
かといって、毎回このように床の上で8の字にしてから畳むのでは時間が掛かります。ですので、技術者たちは手に持ったまま8の字巻きをするのです。え? どういうこと?
まずはケーブルの端を持って、そこから延びるケーブルをまずは普通に輪っかにして一回巻きます。次は手首を手前にひねるようにしながら逆に捻って輪にして巻きます。つまり始めの輪っかは右巻き、次の輪っかは左巻きにするのです。以後、右巻き→左巻きとすることで捩れないようにします。これが8の字巻きです。
ええと、文章で説明しようとしても上手く伝えられる気がしませんので、面白記事が満載の「Daily Portal Z」さんのこちらの記事をご参照下さい。
https://dailyportalz.jp/kiji/master_hachi-no-ji-maki
音響さん、照明さんはこのようにして手際よくケーブルを8の字巻きにしていくのです。そして捩れず綺麗に収納していくのです。
ことほどかように便利な8の字巻きですが、一つだけ難点があります。それは「正しい方向に引けば綺麗にほどけていくが、反対側に引いてしまうと等間隔に結び目ができてしまう」ということです。8の字に巻いてあるので、反対側に引いてしまうと輪の中を通すことになり、いわゆる「一重結び(ひとえむすび)」を作ってしまうのです。しかも連続で。これを「中抜き」といいます。現場で急いでいる場合に限って「うわー! 中抜いたー!」という惨事が起こってしまうのです。
それを防ぐために、ほどく前に少し引いてみて、綺麗にほどけているかどうかを確認してからほどくのです。でもね、急いでいると慌ててついつい中抜いちゃうんだよね。
私もまだ20歳代だった頃には俳優だけでは食べていけなかったので様々な舞台スタッフのアルバイトをしていました。そこで音響さんや照明さんの技術を学ぶのですが、この8の字巻きなんてのは初歩の初歩、一番最初に覚えさせられる作業です。10m〜20mもあるような長いケーブルを、スッスッスッと綺麗に8の字に巻いていく。しかも1mで一つの輪にするようにすれば見ただけで何mのケーブルかが判りやすい。これを手際よく正確にできるようになるためにはひたすら練習あるのみです。
その頃にたたき込んだお陰で、今でも素早く8の字巻きはできます。まあ、生活には何の役にも立ちませんけどね。皆様もよろしければ8の字巻きに挑戦してみてくださいませ。いや、しなくていいです。する必要はありません。

粟根まこと
あわねまこと│64年生まれ、大阪府出身。85年から劇団☆新感線へ参加し、以降ほとんどの公演に出演。劇団外でも、ミュージカル、コメディ、時代劇など、多様な作品への客演歴を誇る。えんぶコラム「粟根まことの人物ウォッチング」でもお馴染み。
【出演予定】
劇団☆新感線「爆烈忠臣蔵」
【松本公演】
2025年9月19日(金)〜23日(火祝) まつもと市民芸術館
【大阪公演】
2025年10月9日(木)〜23日(木) フェスティバルホール
【東京公演】
2025年11月9(日)〜12月26日(金) 新橋演舞場





