
桜木みなとと春乃さくらコンビを筆頭に、豊富な人材を誇る宝塚宙組東京公演ミュージカル・ロマン『黒蜥蜴』とスパーキング・イルミネイト『Diamond IMPULSE(ダイヤモンド インパルス)』が、9月6日東京宝塚劇場での大千秋楽を迎えた。
ミュージカル・ロマン『黒蜥蜴』は、日本の探偵小説の祖と称えられる江戸川乱歩が書き下ろした小説「黒蜥蜴」と、これを底本に、戦後日本文学を代表する小説家、劇作家の三島由紀夫が戯曲化した作品の宝塚化。三島戯曲はこれまで初代・水谷八重子、美輪明宏、坂東玉三郎、松坂慶子、篠井英介、中谷美紀、そして、宝塚出身の名優・麻実れいなど、錚々たる俳優陣が演じ続けてきた傑作だ。宝塚歌劇でも乱歩の小説をもとに2007年、木村信司の脚本・演出で舞台化した、グランド・ロマンス『明智小五郎の事件簿―黒蜥蜴(トカゲ)』~江戸川乱歩作「黒蜥蜴」より~が、春野寿美礼、桜乃彩音トップコンビ以下の花組で上演されているが、今回の宙組版ミュージカル・ロマン『黒蜥蜴』は、生田大和が潤色・演出を担当。2007年公演とは趣を変え、江戸川乱歩の小説設定を残しつつも、三島戯曲に添った形での上演で、名探偵・明智小五郎と女賊・黒蜥蜴が織り成す、スリルに満ちた追跡劇のなかで、追う者と追われる者の間に芽生えてゆく純愛が、1時間半に凝縮された舞台に展開されていた。

【物語】
終戦から十数年後の首都・東京。完工間もない東京タワーを見上げ、雑踏のなかに佇む一人の男がいた。彼の名は明智小五郎(桜木みなと)。大都会で起こる数々の難事件を真相へと導いてきた「日本一」と讃えられる名探偵である。彼の脳裏には今日もまた、自分が或いは恋されているのではないか?と思うほど、その人生に欠かせぬものとなっている犯罪の予感が渦巻いていた。
時は12月24日のクリスマス・イヴ。暗黒街の路地の先に佇む、このような場所に広がっているとは思えぬ豪奢なナイトクラブではパーティの真っ最中。クリスマスパーティにかこつけたそれは、「暗黒街の女王」女賊・黒蜥蜴(春乃さくら)が開催する、表社会では取引できない宝石の売買を目的とした集りだった。
そこに飛び込んできたのは出所したばかりで貧しい身なりの松吉(松風輝)。久々の娑婆で愛した女に会いに行ったところ、他の男を連れ込んでいる現場に遭遇、カッとなって女を殺して逃げてきたのだ。時をおかず殺人事件の容疑者の松吉を追って真木警部補(鷹翔千空)をはじめとした警察官たちがなだれ込んでくる。訳アリの宝石売買が発覚すれば更にまずいことになる。その時黒蜥蜴に付き従っていた青年・雨宮潤一(水美舞斗)が拳銃で照明を打ちぬき、大混乱のなか黒蜥蜴一味はまんまと難を逃れる。しかも黒蜥蜴は商売の邪魔をした松吉を、ただの殺しではなく愛した女を殺した勇敢な男だと讃え、警察の手から匿うことを宣言する。
ほどなくして、松吉の遺書と、凶器、顔のわからない死体が東京湾で発見される。良心の呵責に耐えかねた松吉が自死したのだと仮定されるが、納得の行かない浪越警部(叶ゆうり)は、真木警部補を伴って明智探偵事務所を訪れていた。やっと警察から逃げおおせた男が果たして自ら命を絶つだろうか。浪越警部の疑問を明智は「警察らしからぬ良い疑いだ」と褒め、優秀な助手である堺(風色日向)、岐阜(若翔りつ)、木津(亜音有星)、近江(大路りせ)、丹波(鳳城のあん)らに、この事件をどう読み解くかを問う。堺たちは、遺体は替え玉で松吉は生きているとの仮説を立て、明智も同意し東京中の病院の解剖用の献体安置所を捜査するよう助言する。全くの仮説で動くことに反発する真木警部補を説き伏せ、浪越警部は病院捜査に飛び出していく。それを見送り秘書の吉野(きよら羽龍)に身支度を手伝われ、日本一の宝石商から依頼された仕事のため大阪に向かう明智は、闇取引の宝石売買の場で起こった事件との奇妙な偶然に、新たな犯罪の気配を感じていた。
大阪で明智を待っていたのは宝石商・岩瀬庄兵衛(悠真倫)だった。岩瀬の一人娘の早苗(天彩峰里)を狙う脅迫状が届き、身辺警護を依頼されたのだ。おりしも親子が逗留する中之島Kホテルに「コンヤジュウニジヲチュウイセヨ」との予告状と受け取れる電報が届く。見張りの為に親子の眠る522号室の寝室を続きの応接室で見張ることになった明智の前に、岩瀬親子とは旧知の仲だと紹介されていた緑川夫人が現れ、心配で眠れないから同席させて欲しいと申し出る。夫人を招き入れた明智は犯行予告時間までに、犯罪者の資格について語り合ううちに、相通じる何かを感じた二人はついにカードゲームで、緑川夫人は所有している宝石のすべてを、明智は探偵という職業を賭けることになる。やがて午前零時の鐘が鳴るが、何事も起こらない。だが何かがおかしいと感じた明智が寝室に駆け込むと、眠っているとばかり思われていた早苗の後ろ姿は、人形の首だった。日本一の名探偵が聞いて呆れると憤る岩瀬、約束通り探偵をやめていいだくとうそぶく緑川夫人の前で、明智は高らかに賭けに勝ったのは自分ですと宣言する。それもそのはず明智の部下たちに保護された早苗が戻ってくる。明智は冷静に、ホテルの宿泊客・山川健作、実は雨宮潤一が早苗を誘拐した手口を明かし、更には犯人も既に捕まえている、緑川夫人こそが女賊・黒蜥蜴だと言い当てる。絶体絶命の窮地に追い込まれたかに見えた黒蜥蜴だったが、一瞬のスキをつき「早苗さんは改めていただきにあがります」との言葉と、左肩に刻まれた黒蜥蜴の入れ墨を見せて姿を消した。
これによって名探偵・明智小五郎と稀代の女賊・黒蜥蜴との、犯罪を全く別の角度から見ていながら、魂が共鳴しあった追う者と追われる者との、壮大な駆け引きが続いていき……
盆回しを駆使して進むドラマは、三島戯曲の華麗で煌びやかな台詞を極力残しながら、戯曲では明智の名推理として語られる部分を、銀橋と本舞台の同時進行で見せていくなど、三島由紀夫に傾倒しつつも、この舞台で初めて「黒蜥蜴」に接する観客にも心を砕いた生田大和の丁寧な筆致で綴られていく。特に江戸川乱歩の原作小説から、三島由紀夫の戯曲へと進んだ時点で、名探偵と女賊の間に生まれた魂の共鳴、何かがひとつ掛け違っていたら互いの立場は逆転していたかもしれないという、二人だけのなかにある理解とそれ故の純愛が、宝塚歌劇の世界観にマッチすることを生田はよく知っていたのだろう。乱歩の原作設定ではこの時点で明智は既婚だが、三島戯曲では女性を愛することには慣れていない、犯罪にのみ愛を捧げた明智が、唯一生涯心にとどめたであろう女性としての黒蜥蜴との関係性をクローズアップしたことが、宝塚ロマンにピタリとハマった。これが、黒蜥蜴の犯した壮絶な犯罪歴はそっと置いて、二人の互いの立場故に決して実らない純愛に涙する効果をあげる力になった。一方その為に、探偵小説、謎解きの面白さは静かに後退しているが、非常に変則的だからこそ輝く愛の物語として作品がそそり立っていて、「犯罪者の資格」を語る場面がミュージカルナンバーになっていく過程、また三島戯曲で最も有名なシーンと言っても過言ではない、明智と黒蜥蜴の「そして最後に勝つのはこっちさ」に至る台詞の応酬を「法律が私の恋文。牢屋が私の贈り物」のやはりミュージカルナンバーからつなげたのも秀逸。相当な時間をかけて生田がこの作品を温めていたのではないか?が拝察された。

そんななかで、名探偵・明智小五郎を演じた桜木みなとは、宙組二番手スター時代から特に顕著になっていたパッション全開の明るさを、日本の名探偵の祖ともいえるこの明智小五郎役では封印して、豊かな余裕を保ちながらダンディーな名探偵を具現している。特に宝塚のトップスターが演じる役柄として、明智を立てる為の様々な工夫がなされているとは言いつつも、物語全体はタイトルロールである黒蜥蜴にどうしても照準が当たっている作品のなかで、黒蜥蜴役の春乃さくらの突き抜けた芝居を徹底的に受けることで、男役の包容力と大きさを示したのはたいしたもの。ラスト近く黒蜥蜴に対峙して「真実を聞くのは一等辛かった。僕はそういうことに慣れていない」という台詞に込められたものも胸に響き、孤高の私立探偵を魅力的に描き出した。
一方、錚々たる名優が演じてきた黒蜥蜴に扮した春乃さくらは、宝塚のトップ娘役の枠ではとうてい捉えきれない役柄に、まさに体当たりで挑んでいて舌を巻く。特に宝塚歌劇の場合、こうした色濃い役柄は男役スターが演じることが比較的に多いが、想像を絶する犯罪を繰り返した女賊・黒蜥蜴のなかに、誰にも立ち入ることを許さない少女がいることを顕著に伝えてきたのは、トップ娘役の春乃が演じたればこそ。宝塚独自を感じさせる黒蜥蜴像を演じ切った姿に拍手を贈りたい。なかでひとつだけ、これは作曲家への要望として、黒蜥蜴のナンバーにしばしば従来の娘役のハイキーが登場していて、役柄上当然低い発声になる台詞の音域から、いきなり娘役の頭声になることを避けたい春乃が、かなり高い音域まで地声発声で歌うことを試みていたのは役柄として理にかなっているものの、本人の負担があまりにも大きいことが推察される。あくまでも黒蜥蜴役に関しては、ナンバーの音域を今少し低めに固めて良かったのではないか。トップ娘役が演じる役柄としてレアケースではあると思うが、今後の検討課題として欲しい。

その黒蜥蜴に心酔する雨宮潤一の水美舞斗は、乱歩の原作で描写されている黒蜥蜴の僕になった経緯がまるごと松吉にスライドされているのが、大きなポイントになっている。これによって、雨宮があまりにも美しい青年であったことから黒蜥蜴に攫われたのち、彼自身が黒蜥蜴に恋焦がれ、その身を捧げているという新たな設定が加えられていて、黒蜥蜴への愛に狂気が加わっていく水美の役創りと共に目を引いた。本来この人もエネルギーのある個性の持ち主だが、この作品では乱歩→三島へと至る作品の「耽美」を双肩に担っていて、感情の機微が飛んでいる部分をも報われぬ恋の壮絶さでねじ伏せた力量は経験値の賜物。『黒蜥蜴』に相応しい色を作品に加える大活躍だった。

警察が捜査の進捗を私立探偵に相談することへの不満を隠さない真木警部補の鷹翔千空は、こうした名探偵が活躍する物語のなかでは、しばしば無能なピエロに描かれてしまいがちの警察官を、決してそうではなく仕事にきちんとプライドを持った公僕として実直に演じている。それだけでなく、公の立場故に踏み込めない部分に明智が乗り込んでいくことへの感謝や敬意を素直に認め、サポートに徹していく変化もよく表現していた。探偵ものの警察官として非常に良い描写で、推理小説マニアでもある生田の才能がここに出ているし、それをきちんと演技で魅せた鷹翔も素晴らしかった。はじめから明智に一目置いている浪越警部の叶ゆうりも、いつもながら少ない出番でしっかりと人物描写をしていて、作品の豊かさを支えている。
雨宮にひと目ぼれをする岩瀬早苗役は、恵まれた環境への不満を抱えている、謂わば恋に恋している純粋無垢な浮世離れした令嬢役として、様々な上演機会でも初舞台などの清廉な人材がキャスティングされることもある役柄だけに、春乃より上級生の天彩峰里が演じることには驚きもあった。ただ、ここは乱歩版を踏襲していて、この作品では明智が用意した早苗の替え玉である桜山葉子が計画に加わる場面も描かれていて、二役の演じ分けも必要になる為、経験豊富な天彩の起用となったのだろう。やはり特に葉子役がいいし「買われるよりも盗まれたい」と願った早苗と葉子の入れ替わりには含みがあり、考察のし甲斐のある役柄が雨宮に負けない狂気を秘めていく様にも凄みがあった。早苗がそう感じるのも無理はない、岩瀬庄兵衛の悠真倫と、岩瀬夫人の愛すみれの、お金をかけることだけが愛情表現のすべてだと信じている娘への接し方、適度な俗物感も良かった。
他に作品の性格上どうしても役柄が多くないなかで、明智の部下たち、堺の風色日向、岐阜の若翔りつ、木津の亜音有星、近江の大路りせ、丹波の鳳城のあんと、宙組期待の男役陣がグループ芝居に徹しつつそれぞれの個性を発揮しているのが目に楽しいし、紅一点の秘書・吉野のきよら羽龍も、大きな見せ場もあり長身の男役に囲まれてより光る魅力を発揮している。一方、黒蜥蜴の配下で劇中に立てた勲功により「青い亀」の名を下賜されるひなの山吹ひばりが、クールビューティに徹して、法律を逸脱している世界に生きる女性を大胆に活写。同じく手下の北村の真名瀬みら、合田の嵐之真、灰島の真白悠希、蔭山の泉堂成、虻谷の奈央麗斗とこちらもホープが揃っていて、宙組の層の厚さを感じさせる。前述したように雨宮の起こした事件をこの作品では引き継ぐことになった松吉の松風輝は、これが退団公演となった松風の見せ場を作るのと同時に、誰からも救われることなく壮絶な結末へと向かう役柄に、それだけのことをしているという一種の自業自得感を掛け合わせた、これも生田の周到さによく応えた。
他に「犯罪者の資格」で登場する第一の女の夢風咲也花、第二の女の楓姫るる、第三の女の二葉ゆゆ、など印象的な役柄もあり、事件は常に途切れることなく起こっていることを表す町の人々など、宙組メンバーの献身が目に残る、宝塚版「黒蜥蜴」に仕上がった。

そこから一転、竹田悠一郎作・演出のショー、スパーキング・イルミネイト『Diamond IMPULSE』は、至高の宝石ダイヤモンドの輝きに、恋心、情熱、憧れや羨望など、人が抱く様々な感情=IMPULSEをリンクさせて構成された、エネルギッシュでありつつどこかクラシカルな魅力を持ったステージ。舞台上空から桜木みなとが登場する贅沢なプロローグから、盛沢山とはこのことというボリュームある内容になっていて、初日前囲み会見で桜木が見どころとして語った「11分間の長尺の中詰め」のあと、若手場面、ロケット、フィナーレナンバーでも全く短いとは感じなかったのではないかと思えるほど。


特に、黒蜥蜴が永遠に変わらぬ美として追い求めたダイヤモンドの輝きが引き継がれて、水美舞斗と天彩峰里の怪盗が現れるあたりは、二本立てのリンクを感じて微笑ましいし、役名としては「The DIAMOND」の通し名の桜木も、場面ごとに七変化していて、ショーの醍醐味であるバラエティな魅力がふんだんに楽しめる。分けても桜木と春乃さくらの様々な場面が多彩で、非常に相性のいいコンビの多面体な顔を見られるのが興趣を増していく。桜木持ち前のパッションもこちらでは全開だし、春乃の弾けっぷりも楽しく、二人を筆頭に進む宙組を観たなという満足感が高い。

水美は言うに及ばず、風色日向の躍進が目立つし、鷹翔千空、きよら羽龍、山吹ひばりの先導でのロケットも、宝塚大劇場では112期生のお披露目だっただけに、振付も凝っていて見ごたえ十分。売り出しの若手場面が、定番の全員で踊り倒すスタイルではなく、亜音有星、大路りせ、泉堂成、鳳城のあん、奈央麗斗のアイドル風ロックシンガーになっているのも新鮮で、観終わっての体感としては二本分のショーを観たような充実感にあふれた、好舞台だった。

【公演データ】
宝塚歌劇 宙組公演
ミュージカル・ロマン『黒蜥蜴』
原作◇江戸川乱歩
戯曲◇三島由紀夫
潤色・演出◇生田大和
スパーキング・イルミネイト『Diamond IMPULSE(ダイヤモンド インパルス)』
作・演出◇竹田悠一郎
出演◇桜木みなと、春乃さくら ほか宙組
●2026年7/25~9/6◎東京宝塚劇場
〈公式サイト〉https://kageki.hankyu.co.jp/revue/2026/kurotokage
【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】




