小池修一郎×古川雄大が紡ぎ出すスターミュージカル『LUPIN』~カリオストロ伯爵夫人の秘密~上演中!
日本ミュージカル界を牽引する演出家小池修一郎と、フランスの人気作曲家ドーヴ・アチアによる書き下ろしの新作ミュージカルである、MUSICAL PICARESQUE『LUPIN』~カリオストロ伯爵夫人の秘密~が東京・帝国劇場で上演中だ(28日まで。のち12月7日~20日名古屋・御園座、12月29日~2024年1月10日大阪・梅田芸術劇場メインホール、1月22日~28日福岡・博多座、2月8日~11日長野・ホクト文化ホール 大ホールで上演)。
MUSICAL PICARESQUE『LUPIN』~カリオストロ伯爵夫人の秘密~(以下『LUPIN』)は、フランスの小説家モーリス・ルブランの「怪盗ルパン」シリーズを下敷きに、怪盗紳士アルセーヌ・ルパン、男装の麗人で魅惑的な美女カリオストロ伯爵夫人、令嬢クラリス、シャーロック・ホームズをはじめとした、著名なキャラクター達が、テンプル騎士団の隠し財宝を巡って虚虚実実の攻防を繰り広げる様を描いたオリジナルミュージカル。世界に冠たる有名キャラクターたちがベル・エポックのパリを駆け巡る、小池修一郎×ドーヴ・アチア×古川雄大の豪華組み合わせによるパスティーシュものになっている。
【STORY】
テンプル騎士団のカテドラルを再建し、施療院を作る計画の会見がカテドラルの廃墟で開かれた。テンプル騎士団研究会会長・ボーマニャン(黒羽麻璃央/立石俊樹Wキャスト)をはじめ、女性参政権を求める活動団体や新聞記者たちが詰めかけるなか、デティーグ男爵(宮川浩)の令嬢クラリス(真彩希帆)は、慈善事業への強い思いと、施療院の院長に就く決意を語る。
そこへ考古学者マシバン博士がやってくる。テンプル騎士団に伝わる燭台・生命の樹メノラーからは7本の枝が失われているが、その全てが燭台に戻った時どんな望みも叶う(騎士団の莫大な隠し財宝の在りかが知らされる)と言われていて、博士はカテドラル発掘時に見つかった金属の棒を燭台の枝の1本だと鑑定する。その結果に満足して枝を受け取るボーマニャン。だが、ある男が「本物の枝は自分が持っている」と不敵な笑みを浮かべた。男の名は富める者から盗み、貧しき者に富みを分配する、かの怪盗紳士アルセーヌ・ルパン(古川雄大)その人だった!
ところ変わって、最先端の電気による照明が夜の闇を昼間のように照らしているデティーグ男爵家の夜会。多くの客人で賑わう宴だったが、この電気事業にのめりこんだ為に男爵は多額の借金を抱えていて、ボーマニャンから返済を猶予する代わりに自分とクラリスとの婚約発表を進めるよう迫られていた。だが、いくら父親の窮地とは言え愛のない婚約に納得できず頑として首を縦に振らないクラリスは、突然ルパンを名乗る者に攫われてしまう。ところが本物のルパンは夜会の会場に残っていた。ではクラリスを攫ったのはいったい誰なのか?
テンプル騎士団の財宝を指し示す7本の枝とクラリスの行方を追って、ルパン、多くの謎を抱えたカリオストロ伯爵夫人(柚希礼音/真風涼帆 Wキャスト)、ルパンの永遠のライバルを自任する名探偵シャーロック・ホームズ(小西遼生)、ルパンマニアの高校生名探偵イジドール・ボートルレ(加藤清史郎)、ルパンを追い続けるパリ警視庁のガニマール警部(勝矢)が入り乱れた、前代未聞のピカレスク・ロマンが幕を開ける!
スター芝居、荒唐無稽、破天荒、空前絶後、等などの言葉のあれこれが、脳裏を飛び交う舞台を観ていて、最後に浮かんだのがファンタスティックスだな……との思いだった。それは遂にこんな時代が来たか、という作者である小池修一郎その人と、主演の古川雄大の謂わば奇跡の取り合わせが紡いだ、この舞台の立ち位置そのものに対する感懐だった。
おそらくこの舞台に接して多くの人が感じる第一印象は「宝塚のようだ」ではないだろうか。実際、『LUPIN』の作風は、小池が宝塚歌劇で出す新作オリジナル作品の作りと多くの部分が共通していて、とかくミュージカルファンには「宝塚の常識を持ち込まないでくれ」と忌避されがちの、スターの登場時の拍手をついしたくなる、むしろしないと間が持たないと感じるほどの流れも少なくない。だから「これなら宝塚でやって欲しい」という感想を持たれる向きも同様に少なくないだろうと思う。
ただ、その宝塚歌劇の在り方というのはそもそもスター芝居で、シアタークリエが芸術座だった時代、新宿コマ劇場在りし日、更に現在は明治座でその灯が残っている、女優芝居や歌手芝居華やかなりし頃には、この帝国劇場でもスター芝居は数多く上演されていた。例えば森繫久彌が、森光子が、もっと近いところでは浜木綿子が、そして一番近くは大地真央が主演する舞台では、スターの登場時の拍手は当たり前だった。しかもこうした商業演劇の劇場がかける演目の多くがスター芝居で、観客はまずスターを観にハレの場にやってくるのが王道。そんな時代には「待ってました!」の拍手喝采は、それこそない方が不自然だったのだ。
そんなスター芝居に「ミュージカル」の方法論を持ち込んだのが、小池修一郎その人だ。歌も、台詞も、芝居の流れそのものも一重にスターの為にあるという時代、特にその傾向が顕著だった宝塚歌劇に「音楽がドラマを運ぶ」ミュージカルの論法で舞台を創った小池の登場は鮮烈で、宝塚歌劇作品の在り方も、スター芝居の核は残しながらも大きな変化を遂げていく。更にウィーンから日本に舞い降りた『エリザベート』が、宝塚と東宝製作で交互と言っていい頻度で上演され続ける大ヒット作品となったことが契機となり、両者はより近いところに位置するようになる。その中心にいたのもまた小池修一郎で、宝塚歌劇の男役像のナチョラル化と、アニメーションや漫画、ゲームの主人公を楽々と具現できる、良い意味で生活感のない美しき若手俳優たちが大量に出現しはじめた時代の流れが重なって、この『LUPIN』と同じ小池とドーヴ・アチアによる『1789─バスティーユの恋人たち』をはじめ、『ロミオ&ジュリエット』などの海外ミュージカルだけでなく『グレート・ギャッビー』『るろうに剣心』『ポーの一族』など、小池がまず宝塚歌劇で手掛けたオリジナルミュージカルを、東宝、松竹、梅田芸術劇場の製作で上演する機会も増していった。一定程度の知名度を得ている作品や、主演者がいることは商業演劇の成立にとって極めて大きな担保で、既に海外ミュージカルでは『アナスタシア』『ロックオペラモーツァルト』『赤と黒』等など、直接小池が演出に絡まない作品にも同じ流れが波及し続けている。
その一方で、特に近年のチケット代の高騰は、多くの観客に取捨選択を否応なく迫っていて、開けてみるまではどんなものが生まれ出るのかわからないオリジナル作品、特に予算がかさむオリジナルミュージカルのチケットは、どうしても初動が鈍くならざるを得ない。だから製作そのものが難しくなってしまう。おそらく誰もがこの状況を良いとは思っていないから、様々な打開策が模索されてもいるし、「いつかは日本のオリジナルミュージカルに出演したい」という俳優陣の声も実に多く聞こえてくる。
そんな2023年に、いくら有名キャラクターが多数登場するとは言っても、基本的にはパスティーシュもののオリジナルミュージカルである『LUPIN』が、約2000席のキャパシティを持つ帝国劇場に登場し得たことは、やはりまず何よりもファンタスティックスだ。正直ストーリー展開には「うん?」と思うところがないではないし「それでどうしてついて行っちゃったの?」等々、考えたら最後「?」が頭のなかを飛び交う箇所も含まれている。
けれども、2025年建て替えの為の一時休館が決まっている現帝国劇場で、スター芝居の系譜に連なるオリジナルミュージカルが上演できたこと。その客席が満員の盛況に沸いていることは、やはりミュージカルを知り、スター芝居を知る小池修一郎と、その両者が限りなく近づいた新たな時代を象徴する、古川雄大という稀有なスターの出会いがなければ、成立しなかった光景に違いない。
実際、多くの美しき俳優陣のなかでも、古川雄大のビジュアル力のなかにある非現実性には確かに他と一線を画すものがある。実際身内の話で恐縮だが、乱雑に積み重ねている資料の山の一番上に、たまたま古川のトレンチコート姿の写真が来ていた時に、家人が「これ何組の人?」と訊いてきた瞬間は、私的エポックメイキングだった。一般人が男役と見間違える男優が遂に現れたか……を改めて感じたのは衝撃だったし、そのどこかこの世の者でないと思えるビジュアルのなかにある、びっくりするほど茶目っ気のある個性のギャップという、古川が持つ最大の魅力がこの『LUPIN』には詰まりに詰まっている。それだけでなく、怪盗アルセーヌ・ルパンだから当然変装場面も多い。なかには如何にもサービス場面もあるものの、いずれにも非常に真摯に取り組む古川の俳優としての真面目さ、努力家の美点も透けて見える。特に、なんの意味があるんだと言うのはやさしいが、じゃあ乗れるものなら乗ってみろ!とばかりの光り輝く松井るみの装置で幕を切る離れ業は、ちょっと古川以外で成立するとは想像できない。つまり、全てが彼にあてがきされていて、ちょっと軽みのある持ち声が生きる楽曲から、しみじみと聞かせるナンバーまで、ドーヴ・アチアの多彩な楽曲を歌う歌唱面の充実も感じさせる盤石の主演ぶりだった。
そこに対峙する男装の麗人であり、永遠の命を得ている?との噂まである謎多き美女、カリオストロ伯爵夫人の柚希礼音は、すべてがゴージャス。男装も明らかに男役とは異なる雰囲気を醸し出していて、カリオストロ伯爵夫人としての登場がなんともグラマラスで惹きつける。二転三転していく役柄のそれぞれが魅力的で、意外にも帝国劇場には初登場とのことだったが、磨きのかかった演技力と共に大舞台の空間掌握力も際立っていた。
もう一人のカリオストロ伯爵夫人の真風涼帆は、全体に硬質な佇まいがアンドロギュヌス感を漂わせていて、クラリスの誤解も無理がないと思わせる、女優としての初舞台といういまの時期だからこその表現が希少。やはり大舞台への親和性も高く、妖艶さでは柚希、蠱惑さでは真風という異なるカリオストロ伯爵夫人像が面白く、見比べる妙味の多いWキャストになった。
ヒロイン・クラリスの真彩希帆は、抜群の歌唱力を武器にミュージカル界で顕著な活躍を続けているなかで見せていた、地に足の着いた人間らしさをこのクラリス役では封印していて、物語世界のプリンセス感を巧みに表出している。自立を夢見つつ、王子様の登場にもときめく心を乖離させなかったバランスも良く、テンプル騎士団に伝わる燭台・生命の樹メノラーの説明を一気に聞かせる冒頭の「願いが叶う日」をはじめ、歌詞が明瞭に伝わる歌唱が作品を支える大活躍だった。
クラリスに横恋慕するボーマニャンの黒羽麻璃央は、ややエキセントリックに寄せた役作りがのちの展開に効果的に作用している。この役柄も謎が多く、どうしてこうした行動に出るのかがともすればわからなくなる面を抱えているが、それをクラリスだけでなく、目に入る全てを手にしたいという支配欲から来ている、と感じさせることでねじ伏せていて成長著しい。東京だけの出演とのことが残念で、更に深まる姿も観てみたかった。
もう一人のボーマニャンの立石俊樹は、黒い二枚目、色敵役の印象が前に出る造形。クラリスから拒絶されるごとに、より執着を深めていく過程がくっきりしていて、彼なりの愛情がねじ曲がっていき、そこに立ちはだかるルパンとまず何を置いても決着をつけようとする行動に説得力を与えていた。彼から見た世界はどんな色をしているのか、も見てみたいと思える存在になった。
名探偵シャーロック・ホームズの小西遼生は、世界一ファンが多いと言って過言ではない名探偵のビジュアルを完璧に見せつつ、この作品のなかではかなり難しい立ち位置のホームズを、単純なスラプスティックスに見せなかった力量がいつもながらたいしたもの。作品全体に漂う非現実性に力みなく添える小西でないと、このホームズは務まらなかっただろう。名前だけ登場するジョン・H・ワトスン博士と共に、ベーカー街221Bにいる小西のホームズも是非観てみたい。
高校生名探偵イジドール・ボートルレの加藤清史郎は、ルパンのことならなんでも知っているルパンマニアの少年をきびきびとした動きで活写している。単なるマニアというだけでなく、推理力も相当のものだと思わせるし、ホームズがあるところで求めた「サイン」の意味を、そもそもの自身の台詞につなげた小芝居も論理的で、こうした役柄は独壇場の趣。加藤が帝劇に帰ってきてくれたのも、まず嬉しいことだった。
ルパンを追い続けるパリ警視庁のガニマール警部の勝矢は、怪盗や探偵が活躍する作品ではお決まりの、居丈高だがちょっとヌケている警察の描写を双肩に担い、コメディリリーフに徹している姿が好印象。大柄な体躯から出る台詞発声、歌唱にも迫力があり、役柄によく合っている。
また、クラリスの父デティーグ男爵の宮川浩は、経験豊富なミュージカル俳優がここにいてくれることで、舞台の豊かさを高めたし、カリオストロ伯爵夫人に仕えるレオナールの章平は、それこそこの人物とカリオストロ伯爵夫人を描いた二次創作ができそうな余白を感じさせつつ、夫人への忠誠を見事に表現して作品の色合いを深めた。
他にも朝隈濯朗、荒田至法、井口大地、奥山寛、島田隆誠、鈴木大菜、仙名立宗、中桐聖弥、畑中竜也、廣瀬孝輔、牧田リュウ平、丸山泰右、港幸樹、渡辺崇人、彩花まり、飯塚萌木、石田彩夏、伊宮理恵、鈴木サアヤ、平井琴望、真記子、政本季美、松田未莉亜、美麗、安岡千夏、山下麗奈と、こうしたミュージカル作品では大所帯の様々な役柄を演じるメンバーそれぞれに、必ず目に立つ働き場があるのも書き下ろしオリジナルミュージカルの良さを感じさせていて、ドーヴ・アチアのコーラスの厚みを必要とするスケールの大きな楽曲を響かせてくれる貴重な面々だった。
総じて、ミュージカルとスター芝居の邂逅を感じさせる、困難多き時代に上演できるオリジナルミュージカルのひとつの方向性を示した舞台になっていて、演劇の世界の歴史や輪廻も内包する、この座組だからこそ叶ったファンタスティックスを感じる作品だった。
【公演情報】
MUSICAL PICARESQUE 『LUPIN』~カリオストロ伯爵夫人の秘密~
脚本・歌詞・演出:小池修一郎
作曲:ドーヴ・アチア
共同作曲:ロッド・ジャノワ
出演:古川雄大
真彩希帆 黒羽麻璃央/立石俊樹(Wキャスト※黒羽出演は帝劇公演のみ)
加藤清史郎 勝矢 小西遼生
柚希礼音/真風涼帆 (Wキャスト※柚希は東京・名古屋・大阪・福岡の出演)
宮川浩 章平
朝隈濯朗、荒田至法、井口大地、奥山寛、島田隆誠、鈴木大菜、仙名立宗、中桐聖弥、畑中竜也、廣瀬孝輔、牧田リュウ平、丸山泰右、港幸樹、渡辺崇人、彩花まり、飯塚萌木、石田彩夏、伊宮理恵、鈴木サアヤ、平井琴望、真記子、政本季美、松田未莉亜、美麗、安岡千夏、山下麗奈
●11/9~28◎帝国劇場
〈お問い合わせ〉 東宝テレザーブ 03-3201-7777
〈公式サイト〉https://www.tohostage.com/lupin/index.html
ツアー公演
●12/7~20◎名古屋・御園座
●12/29~2024/1/10◎大阪・梅田芸術劇場メインホール
●1/22~28◎福岡・博多座
●2/8~11◎長野・ホクト文化ホール 大ホール
【取材・文/橘涼香 写真提供/東宝演劇部】