【ノゾエ征爾の「桜の島の野添酒店」】No.134「ハラハラ」

その日、Q Rコードをかざしてもかざしても、なかなか機械が反応しなかった。
タクシーでの精算でのことだ。
カメラに映る携帯画面は、車内外の灯りやらなんやらが反射しまくっていて、バーコードがなんとも読み取りにくい感じになっていた。
微妙に向きを変えてなんとか読み取れる角度を探るが、なかなかに手強い。
運転手氏が声を荒げる「画面動かなさないで!」
いや、それはわかってるけど、それだと・・
じっとしても当然読み取らない。
運転手氏がさらに声を荒げる。「どこのアプリ!?」
楽天ペイです。
「楽天ペイ扱ってないよ!」
いや、ここに記されてますけど。
「あ? ・・へー、最近取り入れたんだ」
へーって。
そうこうするうちにようやく読み取れて決済完了。
 
夜道。心地よい風も一切心地よく感じれないなか、思う。
ああ、なぜ、お金を払って不快を手に入れなくてはならないのだろうか。
なぜ、ちょっとした贅沢気分で乗車して、こんなにも心がザラザラしなくてはならないのだろうか。
もちろん、横暴な運転手さんばかりではない。真逆な方もたくさんいる。
いや、最初はみんなそうだったはずだ。
懸命に覚えた道で、懸命に丁寧に接客をして、遠い距離のお客さんに当たろうものなら大喜びして、たまに失敗しては叱られたりもして。
いや、そうか、最初に横暴をふっかけたのは、客側だったのかもしれない。
酔っ払っては乱暴な物言いをし、理不尽なキレ方をして、何様とばかりに暴れていたのは、お客さんの方だったのだ。
そんなことが一件でもあると、運転手は、心がザラザラになり、落ち込み、怒りに震え、なぜ皆が助かるようなお仕事のはずなのに、こんなにも心を痛めつけられなきゃいけないのだろうと、人間の本質の暗部に触れまくって、何かが歪んでいったのかもしれない。
そうして次第に、客に身構えるようになり、乗ってくる人間全てがそのように見えてきて、人間嫌いが進行していってしまったのだろう。
つまり横暴な運転手も、元々は被害者なのであって。被害者はやがて加害者となり、加害者は被害者を生み、何が被害で何が加害かもあやふやになり、被害と加害のグルグルはとどまるところを知らず。
とまあ、最近よく問題になっているカスハラなどが気になったりして。
ハラはハラしか生まず、背にハラは変えられぬ。
ハラについてハラハラする日々はきっと、まだまだこれからなのだろう。
良し悪しはあれど、敬意や立場、ひっくるめて、人のことを思ふということに関してちゃんと考えるべきいい機会と思う。

著者プロフィール

ノゾエ征爾
のぞえせいじ○1975年生。脚本家、演出家、俳優。はえぎわ主宰。青山学院大学在学中の1999年に「はえぎわ」を始動。以降全作品の作・演出を手がける。2011年の『○○トアル風景』にて第56回岸田國士戯曲賞を受賞。

【次回予定】

・世田谷パブリックシアター@ホーム公演
「チャチャチャのチャーリー〜あなたとチャチャチャ〜」
脚本・演出・出演
5月17日〜6月2日
https://setagaya-pt.jp/stage/17751/
 
・彩の国さいたま芸術劇場・音楽劇「死んだかいぞく」
脚本・演出:ノゾエ征爾 原作:下田昌克
https://www.saf.or.jp/arthall/stages/detail/99619/
7月20日〜7月28日(彩の国さいたま芸術劇場 小ホール)
8月  4日(日)上田公演(サントミューゼ 小ホール)

8月  7日(水)富山公演(オーバード・ホール 中ホール)

8月10日(土)福井公演(ハーモニーホールふくい 小ホール)

8月17日(土)神戸公演(神戸文化ホール 中ホール)

8月21日(水)北九州公演(J:COM 北九州芸術劇場 中劇場)

8月24日(土)・25日(日)岡山公演(岡山芸術創造劇場 ハレノワ 中劇場)

8月31日(土)松本公演(まつもと市民芸術館 小ホール)
 
・モチロンプロデュース「ボクの穴、彼の穴。W」
翻案・脚本・演出:ノゾエ征爾 翻訳:松尾スズキ 
原作:デビッド・カリ、セルジュ・ブロック
9月17日〜9月29日@スパイラルホール(東京)
10月4日〜10月6日@近鉄アート館(大阪)
https://otonakeikaku.net/stage/5055/
 
・世田谷パブリックシアター「ロボット」
潤色・演出:ノゾエ征爾 原作:カレル・チャペック
2024年11月〜12月@シアタートラムほか
https://setagaya-pt.jp/stage/15694/

▼▼前回の連載はこちら▼▼
https://enbutown.com/joho/2024/04/17/nozoe133/

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