トム・プロジェクト プロデュース『風を打つ』間もなく開幕!  音無美紀子・太川陽介・生津徹 座談会

トム・プロジェクトの名作、『風を打つ』が、7月17日から19日まで亀戸文化センター・カメリアホールで再演される。この作品は2019年に初演、好評により2020年、2022年にも再演されていて、今回は4度目の上演となる。

1993年水俣。あの忌まわしい事件から時を経て蘇った不知火海。家族のさまざまな思いを風に乗せて、今、船が動き出す…。

1959年、水俣で発生した公害は海を汚し、そこに生きる魚だけでなくそれを食べた生き物にも大きな被害を及ぼした。その被害を受けた一家の34年後を描く物語となっている。

主人公・杉坂夫妻役の音無美紀子と太川陽介、家を出ていた長男・功一役の生津徹に、この作品にかける思いを話してもらった。 

生津徹 音無美紀子 太川陽介

足の下には埋められた魚たちがいる

──本作『風は打つ』で、音無さんは2019年の初演では文化庁芸術祭賞演劇部門優秀賞、2022年公演では第30回読売演劇大賞優秀女優賞を受賞されています。今回は4度目の上演となりますが、この作品の何が観客を引きつけるのだと思われますか?

音無 テーマとして「水俣病」という大きな社会問題を抱えているにもかかわらず、明るくて、エンターテイメント性がある作品になっていることが大きいと思います。これまでいろいろな場所で上演してきましたが、どこに行ってもお客様たちがとても熱く受け止めてくださるんです。とくに最後に「龍神太鼓」という太鼓を叩くシーンがあって、そこで会場が一気に盛り上がるんです。

太川 いろいろな方から、あのシーンは会場全体が一体感に包まれるという話はよく聞きますね。

音無 そこまでの内容がわりとシリアスで、暗い話も出てくるのですが、あの終わり方が観た方たちの気持ちを引き上げる効果になって、毎公演、皆さんすごく感動して帰ってくださるんです。

──そのシーンで最後にある音無さんの語りがまた素晴らしいですね。

音無 あれは太川さんのおかげなんです。稽古中に終わり方についていろいろ議論する中で、語りが先で太鼓が後のほうがいいとか、語りの後にもう一度太鼓があったほうがいいという意見も出たのですが、太川さんの「いや、主演は音無さんですから!」という一言で決まったんです。

太川 いやいや(笑)。やはり、あの語りが作品のテーマですから。

──音無さんの衣裳も能装束風で、シーン全体がどこか神がかった空間になっています。

音無 そのシーンは、公害で汚染された海を埋め立てたところに建った会場で行われているという設定なのですが、実際にその会場は、そんなことが想像できないぐらい綺麗な場所になっていて。

太川 僕も現地に行きましたけど、公園になっていて、当時そこで悲惨なことが起きたことなど想像できないぐらい整備されていました。それが逆にいろんなことに蓋をされているみたいでちょっと悲しかったですね。

音無  その叫びの詩(うた)なんですよね、あのシーンの栄美子の語りは。あなたたちの足の下には埋められた私たちがいるんですという、水俣の魚たち、被害者の方たちの叫びでもあるんです。

母ちゃんがいる限り付いていきます

──杉坂家の家族のチームワークも絶妙で、何よりも音無さんと太川さんがとても自然で情愛に溢れた夫婦だなと。

太川 うちの母ちゃんは心が広いんです。みんなを受け入れてくれるし。だから一緒にいてラクで、一緒に芝居しててラクなんです(笑)。

音無 太川さんが10代の頃にドラマで一緒になって、アイドル真っ只中から知ってるから。

太川 僕が20歳になったとき香水をくれたんです。大人になったから香水をつけなさいねと。今では夫婦役ですからね(笑)。

──太川さんにとっても杉坂孝史役は新境地だったのでは?

太川 こんな大きな息子たちを持つ父親役は初めてです。

音無 初演のとき、観た方たちがびっくりしていました。あの「Lui-Lui」の太川さんが!と(笑)。

太川 いい意味でお客さんを驚かせるのは楽しいし、まったく違うイメージの役を演じられるのは舞台ならではですからね。

──白髪とかヒゲも似合っていて、実際にもっと年齢を重ねても出来そうですね。

太川 できればずっと大事に演じていきたい役だと思っています。母ちゃんが出る限り、ずっと付いていきます(笑)。

──そしてこの杉坂家の長男、功一役を演じる生津徹さんは、2023年の公演から参加しています。

生津 『風を打つ』は初演を観て非常に感動した作品でした。先ほど音無さんもおっしゃっていたように、「水俣病」という題材の重さにも関わらず、受け取ったものは生命力とか未来とかそういうポジティブなものだったんです。ですから2023年から出演させていただくことになったときは、僕もそういうものをお客さんに届けたいと思いました。

音無 もう出来上がってる作品の中に、後から入ったわけだからすごく大変だったと思う。

生津 初演で演じた髙橋洋介さんが役にぴったりでしたから、意識しないと言えばウソになりますが、この物語の中での功一という人間の役割をしっかり演じたいと思っていました。それに音無さんや太川さんはじめ皆さんがすごくあたたかく迎えてくれたので、その気持ちに応えたいという思いで、まだ今も必死です(笑)。 

──両親役としても息子を演じる人が変わると変化があるでしょうね。 

音無 すごく新鮮でした。ある意味でお芝居が固まりかけていた時期でもあったので、いい意味で刺激になりました。

太川 こうくるか!? みたいな(笑)。その新鮮さを楽しみながらね。

──功一は東京へ出て行って14年ぶりに帰郷して家族を波立たせる役どころで、難しい役でもあります。

生津 お二人には沢山アドバイスもいただきましたし助けていただきました。後半のワーッと喋る場面なども、僕一人のペースで作ってしまいがちなんですが、お二人が「こういうことじゃないの?」とか「こんなふうに感情が動いていくんじゃないかな」とか、一緒に考えてくださって。

音無 あそこはみんなもまだ完成してないのよね。

太川 そう。全員がまだだよね。

音無 功一は何に一番怒っていたのか、何がこんなふうに功一を駆り立てているのか、どういうふうに怒りをおさめるのか、それでも最後に「母ちゃんに付いていく」と和むわけですけど、どこで母ちゃんの気持ちをわかってくれたのか、それは私としても毎回探ってる感じなんです。この場面は日によって滑稽に見えるときもあるし、深刻になるときもあるし、その日のお客さんによっても違う空気になる。でもそれでいいと思っているんです。

「生きる」「生き抜く」という力を感じてほしい

──この作品は、公害が身体だけでなく家族や人間同士の絆まで破壊する恐さが、杉坂家の家族や歴史を通して描かれていて、だからこそ演じるうえでの難しさもあるのでしょうね。

音無 私自身も「水俣病」への偏見がなかったかといえばそうではなくて、この作品と関わるなかで知ったことが沢山あって、でもそのおかげで今も起きている同じような公害や被害に気付かされたので。知れば知るほど本当に不条理なことばかりなんですよね。

──被害を受けた方たちは悪くないのに、なぜか周りから排斥されたり中傷されたりします。

音無 お金をもらっていることで非難されたりするんですよね。そのことでは被害者自身も葛藤があって、たとえば福島の原発事故でもお金をもらっていることで苦しんでいる方たちがいる。それまでの生活がお金で取り返せるわけではないし、まだ解決していないことが沢山あるのに。

太川 普通の日常の小さな喜びが大事なのに、その日常が奪われてしまったわけですから、それを返してほしいと思うのは当たり前のことなんだけどね。

音無 「水俣病」も資料映像などを見ると今も苦しんでいる患者さんたちもいますし、その子ども世代で被害が出ている方もいます。そういうものを見てしまうと、この現実を忘れずに伝えていく必要があるなと思います。

──そんな作品ですがちゃんと笑いも入っているのがいいですね。とくに主人公の杉坂夫妻が明るくて。

音無 ふたくちつよしさんの脚本が、明るく前向きに描いてくれていて、私たちはそれを素直にやればいいだけなので。

太川 そう、そのまま伝えるだけでいい。まあ、演じる役者がうまくないとだめだけどね(笑)。

全員 (笑)。

──杉坂夫妻は、妻がバイタリティがあって活動的で、夫がそれをさりげなく支える、そのバランスがいいですね。

音無 実際に旦那さんは口下手で寡黙な方で、奥さんのほうがどんどん前に出て行くタイプだったそうで(笑)。子どもたちも呆れたり尊敬したりしていたそうです。

──功一夫妻も妻の貴子さんが素敵ですね。

生津 功一たちは父ちゃん母ちゃんとは反対で(笑)、妻が支えてくれてます。東京育ちなのに水俣で暮らすために一緒に来てくれるという大きな決断をしてくれて。

──貴子役の岸田茜さんは初演からこの役を演じていますから、頼りになるのでは?

生津 その通りです(笑)。しっかりもので素敵な妻です。

──もう1人の出演者、いわいのふ健さんが杉坂家の跡を継いで漁師になっている四男の悟役を演じています。功一は悟のことはどう思っているのでしょうか?

生津 自分が家を出て東京へ行ってしまったことについて、申し訳なかったという気持ちはあると思いますが、この兄弟にしか解り合えないことがあって、全部さらけ出せる自分の分身みたいな存在だし、お互いに深い愛情があるのかなと思っています。

音無 栄美子のモデルになった杉本栄子さんの実体験が書かれた著書「のさり」を読むと本当に壮絶なんです。まだ「水俣病」の原因がわからない時期に、病人が出た家だからと村八分にあう。その中で子どもたちが、親の代わりに漁に出たり、親の看病をする。栄子さんが這ってトイレに行くと、その母ちゃんのお尻を子どもが拭いてあげたりとか、想像を絶するようなことがあったのだなと。そのへんは父ちゃんが語ってくれていますが、そういう背景をどこかで感じていただければいいなと。

──太川さんのその語りのシーンは、淡々としているだけに心に深く届きます。そんなふうに語り尽くせないほど見どころばかりのこの作品ですが、最後に改めてメッセージをいただけますか。

生津 重いテーマですが、ポジティブで生命力に溢れた家族の物語です。今の時代もいろいろと大変なことがありますが、沢山の方に観ていただいて、元気になっていただければと思っています。ぜひ足をお運びください。

太川 ただただ素敵な5人の家族を堪能してください!

音無 「生きる」「生き抜く」という力を感じていただきたいと思っていますし、家族というもの、その絆、人間はやはり一人では生きていけないので、家族の絆を改めて感じていただければと思っています。ぜひ観ていただければ嬉しいです。 

生津徹 音無美紀子 太川陽介

■PROFILE■

おとなしみきこ○東京都出身。71年、TBSポーラテレビ小説『お登勢』のヒロイン役でデビュー、以後、多くのテレビ、映画、舞台で活躍。近年の主な舞台は『女たちの忠臣蔵』『佐賀のがばいばあちゃん』『三丁目の夕日』『菊次郎とさき』『おたふく物語』『阿呆ノ記』など。トム・プロジェクト公演は『萩咲く頃に』、『にっぽん男女騒乱記』など。2019年『風を打つ』で第74回文化庁芸術祭賞演劇部門優秀賞、2022年『風を打つ』と『夏至の侍』で第30回読売演劇大賞優秀女優賞を受賞。

たがわようすけ○京都府出身。1976年、「陽だまりの中で」でレコードデビュー。翌年の「Lui-Lui」が大ヒット。俳優、司会者としても活躍。1989年のミュージカル『エニシング・ゴーズ』をきっかけに舞台へも進出、近年の主な出演舞台は『細雪』(2000年~2019年)『南太平洋』『キス・ミー・ケイト』(2017年・2018年)など。

きづとおる○山梨県出身。1991年東京YMCA英語専門学校を卒業後、ロンドンのマウントヴュー・アカデミー・オブ・シアター・アーツに入学。近年の出演作は、映画『瞼の転校生』『赦し』、ドラマ『Believe-君にかける橋-』『新空港占拠』『パンドラの果実』『オールドルーキー』『アントニオ猪木が最後に逢いたかった男』『遺留捜査』『イチケイのカラス』など。トム・プロジェクトの舞台は『無言のまにまに』『たぬきと狸とタヌキ』に出演。

〈公演情報〉

トム・プロジェクト プロデュース 『風を打つ』

作・演出:ふたくちつよし  

出演:音無美紀子 太川陽介 生津徹 いわいのふ健 岸田茜 

●7/17~19◎亀戸文化センター・カメリアホール

〈料金〉一般前売¥6,000 当日¥6,500 U-18(18歳以下)¥1,000 U-25 (25歳以下) ¥3,500 シニア(60歳以上)¥5,500 ティアラ友の会¥5,500 (江東区内チケット取扱施設のみ)(全席指定・税込)

※U-18 U-25・シニア券はトム・プロジェクト、江東区内チケット取扱施設のみで販売。要身分証明書。前売当日とも同料金

〈お問い合わせ〉トム・プロジェクト 03-5371-1153(平日10:00~18:00)

〈公式サイト〉https://www.tomproject.com/peformance/kaze24.html

《演劇鑑賞会公演》

7月21日(日)13:00 香川市民劇場(TEL:087-821-7891)

7月22日(月)18:30  徳島市民劇場(TEL:088-653-1752)

7月24日(水)13:30 鳴門市民劇場(TEL:088-684-1777)

7月26日(金)18:30 高知市民劇場(TEL:088-802-7538)

7月27日(土)13:30 高知市民劇場(TEL:088-802-7538)

7月29日(月)18:30 松山市民劇場(TEL:089-943-2460)

※演劇鑑賞会公演はチケットの一般発売はありません。どなた様でもご入会いただけますので、詳細は直接運営団体にお問合せ下さい

 

【取材・文/榊原和子 撮影/田中亜紀】

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