【粟根まことの「未確認ヒコー舞台:UFB」】第162回「台本にないセリフのいろいろ」
やたらと長かった「バサラオ」が終わって一ヶ月半。無事に終わって良かったのですが、その「バサラオ」について自分のBlogでチラッと解説しておりました。こんなシーンがあった、こんなセリフがあった、なんて思い出しながら書いていたのですが、舞台上で発せられたオモシロなセリフを取り上げて「もちろん台本にはない」とか何度も書いているうちに、ふと不安になりました。台本に無いセリフをこんなに喋っていて良いモノなのでしょうか。
もちろん良いから喋っているわけですが、どういう経緯で「台本には無いセリフ」
が発せられているのかというのは皆様には判りにくいのではないでしょうか。そりゃそうだよね。書かれていない言葉が発せられているってのは不思議ですよね。作品によっては戯曲本が発売されたり、Web上で台本が公開されていたりすることもあります。ということは詳細に付き合わせていけば、どのセリフが台本には無いセリフなのかも判ってしまうのです。
大前提として、俳優は台本に書いてある通りのセリフを言うのが基本です。「てにをは」に至るまで一文字たりとも変えてはならないという厳しい作家もいれば、相談すれば変えても構わないとか、言い回しがちょっと変わるくらいなら全然いいよだとか、場合によっては好きに変えてもらっても大丈夫という作家まで、それはそれは様々な先生がいます。
もちろん演出家やプロデューサーの意向にも左右されますが、稽古の段階でOKが出れば許容範囲であることが多いでしょうか。当然ながら「それはダメだ」というコトになれば元に戻されますよ。演出家の判断が最優先されます。
では、どのような場合に台本にないセリフが発せられるのか。その謎を解明したいと思います。
まずは、作家が修整する場合。台本が完成してから稽古に入るまでにかなりの時間が経っている場合もあります。その間にちょっと修整したいな、なんて思われる時もあるのです。ですので、稽古初日の台本読み合わせの場で「ココはこう修整して下さい」と作家から申請される場合があります。
また、稽古を観に来た作家先生がその場で修整を入れる場合もあります。時によっては本番を観に来た作家が修整を思いついちゃって、次の日からセリフが変わったなんてこともあるのです。
次に、演出家によって修整される場合。演出しながらココはこうした方が判りやすいなとか、こうした方が面白いな、なんて時には随時修整されていきます。もちろん大きな変更の場合には一旦作家に戻して修整してもらうことが多いのですが、ちょっとしたことなら現場だけで済ましてしまうことも多々あります。
例えば劇団☆新感線の場合、作家・中島かずきさんと演出家・いのうえひでのりさんとの長年の付き合いから、なんとなく「面白シーンに関してはいのうえさんの裁量に任せる」ような暗黙の了解がありまして、小ネタを勝手に変えたりセリフやオモシロを勝手に足したりするのは日常茶飯事です。稽古中ならまだしも、本番が始まってからもガンガンとネタの変更をしてくるので大変です。
また、こだわりのある俳優さんが台本に疑問点を持った時に作家・演出家と相談してセリフが変更される場合があります。これこれこういう理由でこのセリフには問題があるとキチンと自分の意見を言い、こうした方が効果的ではないだろうかと案を提示し、作家・演出家を納得させることができればゴッソリと修整されたりもします。もちろんその意見が必ず通るというワケでは無いのですが、そのようにして戯曲を揉んでいくのも重要な稽古の一つです。
それでですね、一番多いのが俳優が勝手に変更する場合なのです。一番多いのかよ。いや、細かい部分を含めればってコトなのですが、確かにこれが一番多いかもしれません。
何度も稽古をしていく中では、ちょっとした語尾や言い回しを変えていくというか変わっていってしまうものなのでして、それで誰からも文句が出なければそのまま行くのが通例です。演出助手に確認されたりもしますが「まあ良いんじゃないですか」の一言で納得されたりします。もちろんカンパニーにもよるんですけどね。
ただ、そういった細かい部分ではなくて、ごっそりセリフを変えてしまう場合もあるんですよ。台本に書いてあるよりも面白いセリフを思いついちゃったとか、書いてあるセリフに飽きてきたとか、まあ色んなキッカケがありますが、とにかく稽古の段階でトライしてみて稽古場でウケて、演出家からも文句が出なければそのまま行っちゃうというのはよくある話です。いやいや、もちろんカンパニーによりますけどね。
まあ、新感線でいいますと古田新太くんとか橋本じゅんさんとか河野まさとくんとかがセリフを変えてくるのはいつものことです。それがまあ面白くて、しかも戯曲の世界観を崩さないものであれば容認されちゃったりするのです。あろうことか本番でも更に変更してきやがって、いわゆる日替わりコーナーになっちゃったりもするのです。いやいやいや、本当にカンパニーによるんですけどね。
まあこのように、様々な原因によって台本にはないセリフは発せられるコトになるというコトなのです。特にまあ、新感線では。
ただね、ここで気になるのが「その変更されたセリフが演出家発信によるものなのか、俳優発信のものなのか」が判らないという場合があるのですよ我々出演者にとっても。
稽古を見ていたり本番中にエアモニターを聞いていたりする時に、誰かがいつもとは違うセリフを急に言い出した場合、それがいのうえさんに指示されたのか、それとも自分で勝手に言い出したのかが判らない。まあ大抵の場合は判断できるのですが、たまに本当に判らない場合だってあるのです。
楽屋で「あれって演出指定かな?」「いや、勝手に変えたんじゃない?」みたいな会話が繰り広げられたりしますが、まあどっちだっていいんですけどね。
演劇に於いてはまずは台本が第一です。それを演出家が解釈し、設定やト書き(セリフ以外の状況説明)をそのままやるのか拡大解釈して別の方向に進むのか。それは演出家次第です。そして台本を理解し、演出を咀嚼して演技を膨らませていくのが俳優です。その上で、稽古をしていく中で酒母が発酵して醸し出されてくるのが台本に無いセリフというワケです。じゃあしょうがないよね。
ただまあ、あくまでも台本が第一であるというコトをここに明言したうえで、今稿を終わりたいと思います。
なお、今回書きました話は私の長い演劇生活の中で目撃した稀有な例だったり、極めて珍しい例だったりする場合もありますのでご注意下さい。演劇界全体がこんな調子だよってコトではありませんのであしからず。
久しぶりに銀座に行ってみたら、ル テアトル銀座があったところにコナミ本社が建っていて驚きました。
プロフィール
粟根まこと
あわねまこと○64年生まれ、大阪府出身。85年から劇団☆新感線へ参加し、以降ほとんどの公演に出演。劇団外でも、ミュージカル、コメディ、時代劇など、多様な作品への客演歴を誇る。えんぶコラム「粟根まことの人物ウォッチング」でもお馴染み
【出演予定】
大阪国際文化芸術プロジェクト「FOLKER」
2025年2月14日(金)〜23日(日祝) 堂島リバーフォーラム
https://osaka-ca-fes.jp/project/event/folker/