
出会うことから物語は生まれる
小沢道成の作・演出で木村多江が舞台初主演する『わたしの書、頁を図る』が、7月に東京・紀伊國屋ホールにて上演される。主人公は図書館職員として働く柳沢町子。何の変哲もない退屈な時間を過ごし、よく見かける利用客らの人物像や日常を妄想しては、また元の退屈な時間に引き戻されるという毎日を繰り返す。だがある日、突如現れた年下の青年によって心を揺さぶられ、同時に図書館の常連たちの真の姿や想いを知ることに……。この舞台で柳沢町子を演じる木村多江に、作品や役柄への思いを聞いた。
私の中のロック魂が震えました!
──この作品は、小沢道成さんが木村多江さんをイメージして書いた作品だそうですが、お読みになっていかがでした?
この作品の内容を伺ったとき、「あ、私はこういうものがやりたかったのかもしれない」と思いました。ただ、歌があると知ってちょっとひるみました(笑)。過去にミュージカルのお話しを多く頂いてきていましたが、辞退してきていたんです。でも小沢さんとお話しする中で、役者にすごく寄り添ってくださる方という感覚があったこと、歌についても役をより生かすための要素ということがわかったので、出演させていただくことになりました。
──小沢さんのお話の中で、とくに惹かれた部分はどんなところですか?
「ロックな木村さんが見たい」とおっしゃったんです。私自身、けっこうロックに生きようと思っていて(笑)、仲の良い友だちにも「多江ちゃんってロックだよね」と言われたこともあるので、小沢さんの言葉に私の中のロック魂が震えました(笑)。
──「儚げ」が似合う木村さんですが、実はロックな女性だったのですね。
私の中にはいつも、もっとやってみよう、もっとやれるぞと鼓舞する自分がいるんです。そして今回もそうですが、出会ったことのない世界に出会うと、絶対自分が成長させてもらえると思うので、チャレンジせずにはいられないんです。
──今回チャレンジするのは柳沢町子という女性ですが、どんなイメージを持っていますか?
誰にでもあることだと思うのですが、ある出来事に出会って、見える世界が変わったり、人との接し方が変わったり、自分の存在の仕方が変わっていくことってあると思うんです。町子は人から見たら「え、そんなこと?」というようなことかもしれないことで、そこから自分が傷つかないようにどんどん鎧を着て、それが生まれつきの自分だというぐらいになって生きてきてしまった。それがある男性が現れたことで、着ていた鎧を「あ、脱げるんだ」と気づく。鎧を脱ぐことは痛みもあるし、それによってまた傷つきもするのですが、そういう姿がどこか可笑しかったり、愛おしくも思える人ではないかと思っています。
──町子は図書館にくる常連の人たちについて妄想を膨らませますが、その妄想と現実の落差も面白いですね。
人って蓋を開けてみたら意外と違っているし、多面的だと思うんです。それを小沢さんの本はとても魅力的に描いていて、ただのアイコンにならない、決めつけない。嫌な面があってもそれには理由があったりする。そこをちゃんと描いていますから、今回の出演者の方々がそれをどんなお芝居で紡いでいかれるのか、とても楽しみですし、その紡いだ人たちと町子が関わることで、私自身に起きる化学反応も楽しみです。
鎧なんか着なくても生活できるんじゃない?と
──町子の妄想にはコメディ要素もかなり入っていますが、木村さんも最近のドラマなどでもコメディエンヌぶりを発揮していますね。
私がこの世界に入る原点となっているのは弟との漫才で、それは入院していた叔母を笑顔にさせるためだったのですが、人を楽しくさせたい、喜ばせたいというのが私が芝居をする根底にはあるんです。ですから20代の頃から「コメディをやりたい」とずっと言っていたのですが、なかなか機会がなくて、どんどん幸薄いほうに引っ張られていって(笑)。それに、ドラマなどに出る前は友だちとユニットを組んで、ダンスとコントとかやったりもしていたので、私の中にはそういうことをやりたいという思いがずっとありました。ですから映画とかドラマでコメディをさせていただけるようになってからは、コメディエンヌと言っていただくと嬉しいし、だからこそもっとちゃんとコメディをできるようになりたいと思うんです。この作品は、町子が自分の苦しい部分と向き合わなければいけない瞬間もあるのですが、同時にコメディとしても小沢さんが秀逸に描かれていますので、それをきちんと届けたいと思っています。
──この作品で町子はある青年との出会いによって変化します。木村さんにとって自分を変えるような大きな出会いはありましたか?
私の中にも町子のように、人と関わらずにちょっと遠くから見ていることで安心する部分もあるのですが、でも人との間にしか物語は生まれないんですよね。私は役者なので役によっては自分の傷ついた心の蓋を開けて、もう一度傷つくことが必要な瞬間も出てくる。でもそういうことと向き合っているうちに、ふだんの私も鎧なんか着なくても生活できるんじゃない?と思えるようになってきて。そうすると人が友だちになろうと言ったときに、いいよ!と手を握り合える。それによって作品とも出会えたし、それを通じて沢山の作家や共演者と出会えた。その一番大きな出会いが『ぐるりのこと。』という映画で、あの作品で私は鎧をすべて脱ぎ捨てて役者として一歩を踏み出せた。脚本を読んだとき「これは私だ」と思ったんです。だからこそ覚悟も必要だったのですが。私にとっては、役者としてだけでなく、人間としても転換点になったと思います。そして作品を観てくださった方に言われたんです。「明日の自分を見てみたいと思いました」と。その言葉に自分も救われました。自分自身が生きづらく生きてきたけれど、でも演じた役で誰かを支えることができたんだと。自分の存在意義も見い出せたんです。
──そんな木村さんが演じる今回の町子も楽しみです。改めて観てくださる方へのメッセージをいただけますか。
今回の私の役は、表に出しているところと内に秘めているものとが違うわけですが、その二面性の面白さ。そして人に関わらないで安心なところにいた町子が、そんな気持ちに関係なく関わってくる人によって変化し、周りとの関係も変化していく。そこに注目していただければと思います。それから、この作品は音楽が果たしている役割もとても大きくて、音楽が心の声、妄想であったり夢であったり、そういうものを伝えてくれます。それを聞いていると、人間ってみんな滑稽だし、みんな愛おしいなと思える。そこはまさに小沢さんの作品ならではの素晴らしさなので、楽しみにしていてください。
(このインタビューは雑誌「えんぶ」2026年6月号より転載)
インタビュー◇宮田華子 撮影◇松山仁 ヘアメイク◇谷口ユリエ スタイリング◇森保夫(ラインヴァント)
プロフィール
きむらたえ○東京都出身。舞台での活動を経て、1996年にドラマデビュー。以後、数々のドラマや映画に出演。初主演映画「ぐるりのこと。」(08年)で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞受賞。舞台作品は『ブラッケン・ムーア〜荒野の亡霊〜』(19年)、『台風 23 号』(24年)など。「木村多江のいまさらですが…」(NHK Eテレ)レギュラーMC、「美の壺」(NHK BSP4K)天の声ナレーションをつとめている。






