
寝ていると思った男が寝ていなかった。時の、ささやかな恐怖と言いますか。
終電近い電車の中で、向かいに座る、私と同世代くらいの男性、つまりアラウンド50ほどの、ちょっと日に焼けて、お酒を多めに飲んだのであろう、それをさらに赤らめた顔で、綺麗に整えられた少し色の入った短髪、オシャレスウェットな男性が、首を90度以上に折り曲げてうなだれていた。
完全に寝ているかのようなその態勢で、目がほんのわずかに開いている。が、少し目が開きがちな睡眠状態。そのような雰囲気である。
膝の上に置かれた手中にはスマホ。時折男性を観察するが、わずかに開かれた目の中の瞳は微糖だにしない。完全にブラックアウトしていらっしゃる。
スマホを落とさないといいなと思った次の瞬間である。男性のスマホの親指が僅かに動いているのが目に入った。右から左へと、親指がゆっくりと動いている。なんとゆっくりとスワイプをしていたのだ。
男の瞳を確認する。微動だにしていないように見えたそれは、ミリ以下の微々たる動きをしていた。男は、完全にダウン状態下でも、わずかに残る握力を振り絞って、スマホを見ていたのだ。
男が何を見ているのか、すごく確認したかったが、それは叶わなかった。
それとも見ているようで見ていなかったのかもしれない。酔い潰れているようで、実は落ち込んでいたのかもしれない。
降りる際、もう一度男の姿に目をやる。やはり変わらぬその姿勢で、何処へ向かうのか。見知らぬ男のことを考える豊かな時間であった。
そういえば今舞台で、似たような台詞を喋っている。こりゃあ、引き寄せられましたかな。
著者プロフィール

ノゾエ征爾
のぞえせいじ○1975年生。脚本家、演出家、俳優。はえぎわ主宰。青山学院大学在学中の1999年に「はえぎわ」を始動。以降全作品の作・演出を手がける。2011年の『○○トアル風景』にて第56回岸田國士戯曲賞を受賞。
今後の活動
・脚本
新国立劇場「りんごが落ちる」
脚本:ノゾエ征爾 演出:金澤菜乃英
@新国立劇場 小劇場
2026年 6月13日〜28日
https://www.nntt.jac.go.jp/play/nozoeseiji-newplay/
・出演、脚本、演出
フライングシアター自由劇場「豪華客船タイクツニック号沈没」
作・演出 串田和美、ノゾエ征爾
構成・美術 串田和美
2026年6月14日(日)〜21日(日)
@吉祥寺シアター
7月10日〜12日
@信毎メデイアガーデン(松本市)
https://www.k-jiyugekijo.com/titanic
・脚本・演出
KAAT キッズ・プログラム2026
「子どものための美しい国」(仮)
原作:ヤヌシュ・コルチャック(訳:中村妙子)
作・演出:ノゾエ征爾
音楽:田中馨
2026年8月中旬
▼▼前回の連載はこちら▼▼
https://enbutown.com/joho/2026/05/20/nozoe-158/





