
三人の数奇な日常と愛の形を描く
岸谷五朗が小劇場から世界に向けて立ち上げる
演劇プロジェクトPRIME VINsTAGE(プライムヴィンテージ)が始動。
7月〜8月に旗揚げ公演『ジャコメッティのように』を、東京と大阪で上演する。
この作品の主人公は、あのピカソでさえ接触を願った、唯一無二の彫刻家アルベルト・ジャコメッティ。
その鬼気迫る作品群は、まさに〝生き様〟そのものだった。
そんな芸術家を「無償の愛」で支え続けた妻・アネット、理解者となった日本人哲学者・矢内原伊作。
三人の数奇な日常と愛の形を描いたこの作品について、出演者の渡部豪太と純名里沙、
そして作・演出・出演の岸谷五朗に話を聞いた。
持っている火の強さは
変わらないという思い
──今回立ち上げた演劇プロジェクトには、岸谷さんの原点となる小劇場への思いがあるそうですが、お芝居を始められた1980年代はまさに小劇場全盛でした。
岸谷 役者を志してトライしていた僕の生きる場となったのが小劇場で、新宿とか六本木とか下北沢の小屋で公演を打って、チケットは劇団員が手売りでがんばるという時代を過ごしました。
──その中で「地球ゴージャス」を立ち上げて、あっという間に大きな劇場で公演を打つ人気劇団に。
岸谷 目指していた大きな劇場へ行けたことは嬉しかったのですが、気づけば大阪公演など毎回フェスティバルホールで、2700席なんて音楽のお客さんのキャパですからね。それが当たり前になってしまったとき、心のどこかで小劇場でもっと演劇を追求してみたかったなという思いが湧いてきた。それで、「地球ゴージャス」も30周年という節目を迎えたことだし、もう一度小劇場での芝居をやってみようと。
──その最初の公演が本作ですが、ジャコメッティをお好きなのですか?
岸谷 というより物心ついてからいつも目にしていたんです。母がジャコメッティを好きで、何十冊も資料を集めていた。その中に矢内原伊作がジャコメッティのことを書いた初版本があって、本の間に若い頃の母と矢内原さんの写真が挟んであったんです。母は文学少女でしたから矢内原さんに会いに行って写真も一緒に撮っているんです。ですから僕にとってはジャコメッティも矢内原さんも、すごく近い人という感覚なんです。
──いつか書くべき題材だったのですね。出演するお二人は、台本を読んでいかがでした?
渡部 まず自分のセリフ量に驚愕と戦慄を覚え(笑)、そこからジャコメッティってすごいな、矢内原との関係も面白いなと。さらにアネットも含めた三人の関係性が渦巻きのようになって、それが現代の日本の名もない画家の話へと繋がっていく。偉大な芸術家への憧れとともに、持っている火の強さは変わらない、ジャコメッティが見ていたものと同じものを見ているし、描かずにはいられないんだという想いがある。それは岸谷さんが演劇でずっとやってこられたことだし、今回の企画で改めて表現したいものなんだと思いました。
純名 私は今、稽古しながらとても楽しくて、もっともっと深く読み込んでいきたいところなんです。アネットについては、芸術家の夫に翻弄される人生はさぞかし大変だっただろうなと思いますが、そういう魂に惹かれる清らかさとか、振り回されても離れない強さを感じます。現代の話の中で演じる道子も、画家への夢に生きる夫をとても愛しているんですね。台本をもらったとき、岸谷さんが「これは愛の物語だよ」と言われたのですけど、本当にその通りで、人を愛することによって自分も生かされるという、根本的なところを描いていて、すごく温かい作品だなと思いました。
世界のどこにもない
トライアングルのランデブー
──ジャコメッティと矢内原とアネットの関係が面白いですね。お互いをリスペクトする部分と、男女の愛と、そして男性同士にも愛があったのかなと。
岸谷 そう思います。矢内原との関係についてはどの資料にもそういう話は出てこないのですが、絵のモデルになってもらうために、何度も何度も日本から矢内原を呼び寄せる。そして矢内原も帰国を何度も延ばしてモデルになり続けるんです。
渡部 二人は哲学者と芸術家で表現方法は違いますけど、精神的には深く理解し合える関係だったと思います。そしてそこにはアネットも必要で。このトライアングルのランデブーは世界のどこにもない。
──アネットは矢内原のどこに惹かれたと思いますか。
純名 孤高の芸術家を愛しながら、どこかずっと寂しかったのだと思います。夫は作品に愛を全部ぶつけて自分を見てくれない。でも矢内原さんとは、絵のモデルになる大変さや作品の素晴らしさを語り合えたのかなと。
渡部 純名さんがおっしゃるように、ジャコメッティのモデルはほとんど1日中同じ姿勢でいなければならない。二人ともそれを経験しているし、ジャコメッティへの愛の深さも一緒で。そして演劇もそうですけど創作する空間って、昨日だったのか今日なのかわからなくなったり、いろいろな境界が崩壊していく感覚がある。そういう空間で、自然に魂が溶け合って愛し合うことになったのかなと。
──ある意味、崇高なまでに三人が愛だけで繋がっている空間ですね。
岸谷 普通に考えたらとんでもない関係なんですが、矢内原伊作が優れた哲学者で言葉で表現できる人間であるからこそ、渡部豪太という俳優を通してお客さんにちゃんと伝えたいし、純ちゃんのアネットによっても伝えたい。それをできるのが豪太だし純ちゃんなので。
──岸谷さんも、いわば怪物のようなジャコメッティという人を、演出しながら演じるわけですから大変ですね。
岸谷 ジャコメッティは絵を描いているだけなので(笑)。現代のほうで演じる幸一郎はセリフがけっこうあるので大変です。
渡部 幸一郎は五朗さんそのままの人情味のある人で、そういうジャコメッティとは対極にあるような人物を描くことで、どんな人生でも肯定してくれる五朗さんの優しさを感じます。
──そんな作品をご覧になるお客様へのメッセージをお願いします。
純名 タイトルからは、ちょっと難しい作品に思えるかもしれませんが、私たちと同じ生身の人間の悲喜こもごもの物語です。劇場も小劇場の距離感が素敵なので、お客さまも物語に参加するつもりで観に来ていただきたいです。
渡部 今回のお芝居はある意味、心地よい疲れを覚えると思います。精神的運動ではないですけど、それぐらい密な空間で役者が演じるのを目撃していただく。しかも僕たちだけでなく大駱駝艦のお二人も白塗りで登場します。ちょっと抽象的な舞台美術も素敵で、そういう世界でジャコメッティの愛と芸術の根幹に少しでも近づけるように演じたいと思いますので、ぜひ劇場に来てください。
岸谷 この芝居にジャコメッティの話だけでなく現代の画家の話も入れたのは、明日とか明後日とか、一年後二年後とか、そんな小さな未来について、どこか信じて生きていってほしいという、生きていくことへの安心感を与えられたらと思ったので。小劇場という演じる側と観る側の境のない空間で、ともに物語を終えたとき、ちょっと安心して、また明日から生きていこうぜ、ということが伝わればいいかなと思っています。
(このインタビューは雑誌「えんぶ」2026年6月号より転載)
インタビュー◇宮田華子 写真◇神ノ川智早 写真提供◇ゴーチ・ブラザーズ
プロフィール
きしたにごろう○東京都出身。1993年、映画「月はどっちに出ている」(崔洋一監督)で数々の映画賞を受賞。以降、映画・ドラマ・CMに多数出演。94年、寺脇康文とともに演劇企画ユニット「地球ゴージャス」を結成。すべての作品を演出、多くの作品で脚本も担当。演出家としても『ラディアント・ベイビー~キース・ヘリングの生涯』、『キンキーブーツ』、『フラッシュダンス』などを手がけている。
わたべごうた○茨城県出身。舞台、映画、テレビ、広告などで活躍。2018年のNHK大河ドラマ『西郷どん』に出演。Eテレ『ふるカフェ系ハルさんの休日』では16年から主演を務め人気シリーズとなる。また、自然体なライフスタイルにも注目が集まり、日本の伝統技術や工芸を商品化するブランド「Gotas(ゴタス)」を立ち上げる。近年の主な舞台出演は『近松心中物語』『AmberS-アンバース-』など。
じゅんなりさ○大阪府出身。1990年宝塚歌劇団に首席で入団。94年在団中にNHK朝の連続テレビ小説「ぴあの」に主演。花組トップ娘役就任後96年に退団。その後も数々のテレビ、舞台、映画、ラジオ、CMと幅広いシーンで活躍。01年の主演映画『夜間飛行』主題歌「風を感じて」が第38回金馬奨(台湾)ベストオリジナルフィルムソング賞を受賞した。
公演情報

PRIME VINsTAGE
『ジャコメッティのように』
作・演出◇岸谷五朗
出演◇渡部豪太 純名里沙 岸谷五朗
小田直哉(大駱駝艦) 石井エリカ(大駱駝艦)
7/17〜8/2◎東京公演 シアター・アルファ東京
8/13〜20◎大阪公演 ABCホール
〈公式サイト〉https://www.giacometti-pv.com





