ミュージカルだからこそ聞こえる「心の声」ミュージカル『聲の形』上演中!

オリジナルミュージカルに長年取り組み続けているイッツフォーリーズ公演・ミュージカル『聲の形(こえのかたち)』が東京・池袋のサンシャイン劇場で上演中だ(8日まで。配信あり)。

「聲の形」は(講談社「週刊少年マガジン」所載)第19回手塚治虫文化賞新生賞などを受賞した、大今良時原作の大人気漫画。先天性聴覚障害を持つ少女と、ガキ大将気質の少年が小学生で出会い、様々なすれ違い、葛藤を経て成長していく様を描いた作品は、連載時から大きな話題を呼び、2016年に公開された劇場アニメ映画「聲の形」も第40回日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞、第20回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞など数々の受賞を果たす話題作となった。今回のミュージカル『聲の形』は、そんな作品初のミュージカル化で、上演台本・作詞・演出に「社会派エンターティメント」の旗印を掲げて、いま世の中で起こっている問題に真っ直ぐに対峙し、エンターティメントのなかで表現することにこだわり続ける板垣恭一上演台本・作詞・演出。全編を通じて滔々と流れ続ける40曲に及ぶ楽曲を作曲し、音楽監督・演奏も務める桑原まこの、オリジナルミュージカルの分野におけるゴールデンコンビと、コミュニティ・ダンスの草分け的存在である山田うん振付など、強力なクリエーター陣が集結。主人公の先天性聴覚障害をもつ西宮硝子役に山﨑玲奈、彼女と出会うもう一人の主人公の少年石田将也役に島太星をはじめ、多彩なキャストが揃い、「思いを伝えることの難しさと尊さ」を、全編を通じて訴えかけている。

【STORY】
石田将也(島太星)はガキ大将気質の小学6年生。ある日、同じクラスに先天性の聴覚障害を持つ西宮硝子(山﨑玲奈)が転校してくる。ノートを使い筆談で語りかける硝子は、次第にクラスで浮いた存在になり、嫌がらせの対象になっていく。そんな硝子のことが将也は気になって仕方なく、気持ちの伝え方が分からないまま、さらに硝子に嫌がらせをしてしまう。やがて事態は担任の耳に入り、ほとんどのクラスメイトが関わっていたにも関わらず、将也は一人犯人として吊し上げられ周囲から孤立していく。
事態の収拾はつかず、硝子は転校。孤立したままの将也は固く心を閉ざし、消えない罪悪感を抱え続けて高校3年生になる。そんなある日、偶然町で硝子を見かけた将也はそのあとを追い、彼女が手話サークルに通っていることを知る。あの頃、謝罪の気持ちを言えなかった将也と、自分がいることで誰かが傷つくと思いつめる硝子。二人が少しずつ互いに心を開き、気持ちを表せるようになっていくとき、周囲の人々も変わり始めていくのだが……。

15分の休憩をはさんで2時間45分で綴られるストーリーは、限りなく抽象化された美術(乘峯雅寛)の中で、怒涛のように進んでいく。それは演出の板垣が「漫画のページをめくるスピード感の再現」を目指した(公演プログラムより)という意図が、非常によく伝わる展開で、暗転を用いずキャストが向きを変えただけで、次の場面に移っている場合もあるほど、徹底的に演劇の想像力を駆使した空間づくりによって可能になる物語世界だった。この手法が、人と違うことが許されない、何かではみ出してしまうことが集団から弾かれる大きな要因になる現代社会の、とりわけ「学校」という隔絶された世界で起こる問題を、かなりシビアに正面から描いている作品に、軽やかさと演劇的興趣を生む力になった。

特に様々な役柄を演じるカンパニーキャストに、音楽がドラマを運ぶ「ミュージカル」が身体に入っているイッツフォーリーズの劇団員が揃っていることがこの感触を高めていて、簡略化された橋や、椅子になる四角い箱などを、舞台に出し入れしていく面々の動きが全編を流れる桑原まこの音楽にぴったりと沿っているから、視覚的にも物語が途切れない。実際、タイトルのついたミュージカルナンバーだけで31曲を数える音楽たちが、どこかではすべてつながりをもったひとつの組曲にも感じさせる美しさと、舞台にないものをきちんとあると感じさせる山田うんの振付が織りなす、ミュージカルとしての醍醐味は顕著なものだった。特に、作品の設定上大きなウエイトをしめる手話の意味を極自然に伝えるだけでなく、非常に大事なポイントで敢えて意味を訳さないことで、「会話」で意思を伝えられない主人公と、理解することができない相対する者との間に生まれるもどかしさ、切ない辛さを客席にも共有させた板垣の手腕に感嘆した。

そんな作品で、主人公の先天性聴覚障害をもつ西宮硝子役の山﨑玲奈は、ミュージカル『アニー』で主演を務め、近年では『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~』で主人公ケンシロウと旅をするリン役での高い歌唱力で注目を集めたのち、ブロードウェイミュージカル『ピーター・パン』で11代目ピーター・パン役と、ミュージカルスターへの道を駆け上がっている人だが、これまでの役柄で見せていた前向きに発するエネルギーを、全てうちに秘める硝子役で、新たな魅力を見せてくれている。発声、発語がうまくいかない硝子が心で訴えているものを、歌で伝えられるのは「ミュージカル」ならではの強みで、音のない世界にいる硝子の思いを、山崎の歌声が切々と音楽で届けてくれる奇跡が、作品の陰影を深くした。

もう一人の主人公石田将也役の島太星は、アーティスト活動での豊かな歌唱力が注目され、ジャンルを問わず活躍を続けている。本作ではほぼ出ずっぱりで、話し、歌い、手話も繰り広げる将也役を終始ポテンシャル高く演じていて良い意味で大変驚かされた。小学生からスタートする役柄だが、過度に子供子供することなく、ある意味好奇心旺盛であるが故に硝子を短絡的に理解しようとしてしまう幼さが、硝子を転校まで追い詰め、その責任を全て押し付けられる形で今度は逆の立場になってしまう将也の、身体だけでなく心も成長していく様を自然に表現できているのが素晴らしい。舞台空間の掌握力も高く、ミュージカル界のニュースター誕生を強く感じさせた。

二人を中心に、作品全体が群像劇になっていて、それぞれのキャラクターも粒だっているが、その筆頭、高校生になった将也の親友となる永束友宏役の宮下雄也は、キャラクター性の強い役柄の造形が絶妙で、一挙手一投足に嫌味のない笑いを呼び込み、作品にとってのオアシスと言える貴重な存在になったし、将也が小6の時のクラスメイト植野直花役の大西桃香は、全体から飛び出してくる美貌と抜群のスタイルで、容易に素直になれない直花の深い葛藤をよく表現している。同じ小6の時のクラスメイト川井みき役の河内美里は、自分が可愛いことを十分にわかっているみき役の、要領が良いようでいて、結局そうではないアンビバレンツを、適度な嫌味を込めて演じつつ、なおやっぱり可愛い離れ業で見せてくれる。植木達也、町田慎之介らカンパニーキャストが演じるクラスメイトたちもそれぞれに個性を発揮して粒だった。

硝子の妹・西宮結絃役は大川永と德岡明のWキャストで徳岡演じる結絃を観たが、障害を持つ姉がいることで、人よりも早く大人になる必要があった結絃の抱えているものの重さを、ボーイッシュな立ち居振る舞いの全身から見せてくれる。歌唱力の極めて高いカンパニーのなかにあって、さらに抜けてくる歌声も耳に残った。

また、将也の友人たちのなかではミステリアスな存在でもある真柴智役の神澤直也が、ビジュアル面では役柄を本人に寄せていつつ、作品に必要な真柴の周りとはひとつ異なる物事の捉え方をきちんと際立たせたし、佐原みよこ役の杉尾優香の場の空気を読んだ一生懸命さと、共にある弱さの表出が非常に人間らしく迫ってくる。

更に大人たちでは、硝子の母のWキャスト田中愛実と澤田美紀で、澤田演じる母の、障害を持った子供を守る為に強くあらねばならないと誓っている、無表情の表情が印象的だったし、将也の母のWキャスト矢野叶梨と近藤萌音は、矢野演じる母がこちらは表情豊かに子供を愛し、心配し、だからこそ不安に揺れる二人の母を好対照で見せている。結絃役を合わせてWキャストのもう一組がどう役柄を演じているのかも是非観てみたい。また、日本が残念ながら良いとは思えない方向に向いていく大きなきっかけになった「自己責任論」をぶつ竹内先生の塩田康平が、清々しいほど嫌な奴をキレのある演技で、障害があるなしに関わらず共に学んでいくことを探求する喜多先生の向谷地愛がおおらかな身体表現で、それぞれにアクセント強い教師を演じて目を引いた。

そして、硝子の祖母・西宮いと役に、ミュージカル女優としての長いキャリアを持つ入絵加奈子が扮しているのがカンパニーの贅沢さを高めていて、ポイントの出番で場を浚う歌声と存在感はさすがのひと言。特徴あるビジュアルも愛らしかった。贅沢と言えばもうひとつ、声の出演で若本規夫と中川晃教が参加しているのがスペシャルで、若本が個性溢れる声をどんな形で披露するのかは是非本編で確かめて欲しいし、大真面目に諸注意を含めた開演アナウンスを担当している中川も、中川でなければ語れない思いも同時に届けてくれているので、このアナウンスも必聴だ。

総じて、「所詮子供の喧嘩だ」とか、「ふざけていただけ」「ちょっといじっていただけ」で「いじめの事実はなかったと認識している」と、大きなことが起こったあとで大人たちが異口同音に口にしてしまう言葉とは裏腹に、深刻な苦みのある事態の描写から決して逃げず、しかもエンターテイメントとして届ける板垣の真骨頂が、「聲の形」がそもそも描こうとした世界を忠実に劇空間に昇華した舞台になっている。公演は8日で千穐楽となるが10月いっぱい観られるアーカイブ配信も用意されているので、言葉が交わせてもすれ違うことが多い人と人とが、目を見合わせなければ決して意思疎通ができないとなった時に、どうやって交流し友情を育むのか。手話という伝達ツールの美しさと共に、是非このミュージカル版『聲の形』から多くのものを受け取って欲しい。

【公演情報】

イッツフォーリーズ公演 ミュージカル『聲の形(こえのかたち)』
原作:大今良時「聲の形」(講談社「週刊少年マガジン」所載)
上演台本・作詞・演出:板垣恭一
作曲・音楽監督・演奏:桑原まこ
振付:山田うん
出演:山﨑玲奈 島 太星/宮下雄也 大西桃香 大川 永・德岡 明(Wキャスト) 河内美里 田中愛実・澤田美紀(Wキャスト) 神澤直也 杉尾優香 矢野叶梨・近藤萌音(Wキャスト*)
塩田康平 向谷地愛/入絵加奈子
カンパニーキャスト:植木達也 町田慎之介 池田航汰 東城由依 加藤 梓 平 葉月 緋宮 寿 光由
ミュージシャン :桑原まこ(Key.) 山口宗真(Reed) 地行美穂(Vln.) 大嶋世菜(Vla.) 島津由美(Vc.) 寺尾陽介(Cb.)
●10/4~8◎サンシャイン劇場
〈料金〉前売8,800 円 当日9,300円(全席指定・税込)
〈公式サイト〉http://koenokatachi-musical.com  
〈公式X〉 @M_koenokatachi  
〈公演に関する問い合わせ〉オールスタッフ03-5823-1055(平日11:00~18:00) 

【配信情報】
ミュージカル『聲の形(こえのかたち)』
配信日時:10月6日(金)13:00公演(全景映像配信)/19:00公演(スイッチング映像配信)
配信サービス: PIA LIVE STREAM
チケット料金: 3,800円(税込)
チケット販売期間: 10月4日(水)19時~31日(火)21時まで
アーカイブ視聴期間:各公演終了後~10月31日(火)23時59分まで
配信チケット窓口:チケットぴあ https://w.pia.jp/t/koenokatachi-musical/
 
【取材・文/橘涼香 撮影/岩田えり Ⓒ大今良時・講談社 Ⓒ2023 All Staff Co., Ltd. / Musical company It’s Follies】

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