世界中で大ヒットを飛ばし、「音楽もの」作品ブームの旗手となった傑作まんが「のだめカンタービレ」初の舞台化である、ミュージカル『のだめカンタービレ』が、日比谷のシアタークリエで上演中だ(29日まで。のち、11月3日~4日長野・サントミューゼ〈上田市交流文化芸術センター〉でも上演)。

「のだめカンタービレ」は、2001 年より、月刊「Kiss」(講談社)にて連載開始後、瞬く間に大人気となり、2004 年に第28 回講談社漫画賞少女部門を受賞、全13巻の新装版単行本ほかシリーズ累計発行部数は3900 万部を超える爆発的ヒットとなった二ノ宮知子の傑作音楽まんが。作品人気はそのままクラシック音楽ブームを引き起こし、「のだめカンタービレ」に登場するクラシック音楽を集めたコンサートが頻繁に開かれるなど大きく発展。先般、第18回ショパン国際ピアノ・コンクールで歴代の日本人最高位である2位受賞に輝いた反田恭平も、音楽をはじめたきっかけが「のだめ」だと公言しているのをはじめ、アニメ、ドラマ、映画とメディアミックスが続くなかで、撮影地となった音楽ホールにも人が集まるなど、あらゆるジャンルに影響を及ぼす快進撃を続けてきた。

今回のミュージカル版はそんな作品の初舞台化で、人とは全く違うテンポで生きているが、実は天才的なピアノの才能をもつ音大生“のだめ”こと野田恵を、実写テレビドラマ・映画版でものだめ役を務めた上野樹里。同じ大学に通うピアノ科のエリート音大生でありつつ、密かに指揮者を志す千秋真一に三浦宏規をはじめとした個性豊かなキャスト陣が集結。作詞・脚本・演出に同じクラシック音楽漫画の舞台化だった『四月は君の嘘』も手がけた上田一豪、音楽にTRICERATOPS のボーカル・ギターを担当、2018 年からはソロ活動を開始した和田唱の初ミュージカル楽曲提供など、各ジャンルの精鋭が揃ったスタッフのもと、新たな舞台版『のだめカンタービレ』の世界が生まれている。

【STORY】
音楽大学のピアノ科に在籍しながら指揮者を目指すエリート学生・千秋真一(三浦宏規)は、ある日酔って自宅の前で眠ってしまい、目覚めると、ゴミの山と悪臭が漂う部屋の中で、美しいピアノソナタを奏でる野田恵(通称・のだめ・上野樹里)と出会う。のだめは千秋と同じマンションの隣室に住み、同じ音大のピアノ科に在籍していたのだ。千秋のスマートな外見と、音楽の才能に憧れたのだめは、その日以来何かと千秋にまとわり付くようになる。
一方、はじめはのだめの破天荒な行動に面食らった千秋も、やがて彼女の中に天賦の才を感じ取っていく。過去のあるトラウマから海外留学を視野に入れられず、将来の展望に行き詰まりを感じていた千秋は、のだめと関わったことでロック志向の強いヴァイオリン科の峰龍太郎(有澤樟太郎)、心は乙女の打楽器科の奥山真澄(内藤大希)らとも交流を結び視野を広げ、来日した世界的指揮者フランツ・フォン・シュトレーゼマン(竹中直人)に振り回されつつも、指揮者としての経験も積んでいく。のだめも千秋との出会いから指導者に恵まれ、才能を開花させていき……

一世を風靡した、という表現が何よりピッタリの大ヒット漫画「のだめカンタービレ」が、初めてミュージカルになる、という一報がもたらされた時には意外な思いもあったものだ。漫画を原作にした作品の舞台化が、演劇界の一ジャンルと言えるほど大きく発展しているいま、まだこの作品は舞台化されていなかったのか!という一種の驚きがあったからだ。それは、あまりに作品が大きすぎて、逆になかなか手を伸ばすことができなかったのかもしれない……と想像させたほどのもので、確かにシアタークリエに出現した「のだめワールド」には、怒涛のスピードで展開するストーリーが、原作を仮に全く知らないとしたら果たしてついてこれるだろうか…と、微かに不安になるほどのジェットコースター感があったし、フランツ・フォン・シュトレーゼマンの人物設定などは、2023年に改めて観ると結構ギリギリだな、と思わせるものもないではなかった。
それでもそうしたある意味で時が過ぎたが為に、「のだめカンタービレ」という作品が、個性的という言葉では到底括れないほどの、おかしな奴らの集合体である「音楽大学」を、多少のカリカチュアを含みながらキラキラと描き出したことや、「将来何になろうか」ではなく「将来演奏家になれるか」という、目標のポイントが定まっているからこそのシビアさを内包した「音楽もの」である前に、少女まんが王道のシンデレラストーリーでもあることが、よりくっきりと浮かび上がってきた。

実際、音大と言っても全員が「演奏家コース」を選んでいる(または選べる)わけではないし、特にのだめのように将来は幼稚園か小学校の先生になりたい、が夢だとしたらピアノ科でなく教育学部を選択しそうなものだが、そんな現実的な話は軽やかに越えて、譜面通りにピアノを弾くのが苦手故に、当然ながら落ちこぼれ学生として在籍していた、掃除、洗濯、片付けまるでダメの女の子が、学内トップクラスの超エリート学生の先輩に出会い、何かと面倒を見られながら、秘めたる才能を開花させていく……というのだめと千秋の関係性は、二人共にキャラクターを相当捻っているものの「いつか王子様が」の典型パターンそのもので、その根幹が舞台からちゃんと感じられたのが大きなことだった。

これは、代表作、当たり役という言葉をいくつも並べられる、作品の実写ドラマ、映画でのだめを演じた上野樹里が、同じのだめ役として初舞台を飾っている効果がなんと言っても大きい。何しろ上野が登場すると、それこそシアタークリエがそのDNAを引き継いだ芸術座時代に、テレビで活躍する女優たちがあまた登場する「女優芝居」で、しばしば客席から「本物だ~!」という感嘆の言葉があがったことをふと想起させる、「本物感」には格別のものがあった。実はそもそもの原作は漫画なのだから、のだめは誰が演じてもいいはずなのに、上野が醸し出す「これがのだめの正解です」の感覚には圧倒的なものがあって、初挑戦のミュージカルナンバーの独特の歌い方までもが「のだめが朗々と歌ったら変だしな」という、納得感につなげたのだからたいしたもの。劇中で成長していくのだめを素直に応援でき、二人の恋の成就を願える「のだめワールド」がさく裂する原動力になっていて、コンクールでの鬼気迫る演奏シーンの迫力もさすがだった。

その「本物ののだめ」に対して、全く自然に違和感なく「千秋先輩」として登場した三浦宏規の成長ぶりにもまた、こちらの感覚をわしづかみにする求心力がある。上半期、あれほど猪突猛進で直情傾向過多の『キング・ダム』の主人公「信」を躍動感いっぱいに演じていた同じ人とは思えないほど、スラリと引き締めた体躯とバレエの豊かな素養を十分に生かした姿勢の良さで、長身痩躯な千秋に成りきり、上野のだめを相手に、学内のヒーローでありつつ実は面倒見のいい先輩にきちんと見せた演技力と役者魂はたいしたもの。人ってこんなに成長するんだ……と、ひとつの作品に出る度に感心させられる俳優も稀で、その未来にますます期待が高まる三浦が見事に作品を牽引していた。中でものだめのコンクール演奏曲ストラヴィンスキーの「『ペトルーシュカ』からの3楽章」をバレエシーンで表現したのは、三浦あってこそ実現したもので、ミュージカル版の大きなハイライトにもなっていた。

作品の度に成長していると感じさせるもう一人、ヴァイオリン科の峰龍太郎の有澤樟太郎は、千秋と出会ったことでクラシック音楽に対して真剣になり、やがて千秋が指揮するオーケストラの中心人物となっていく峰を、いい奴の香りを前面に出して伸び伸びと演じていて、もうこうした役柄はすっかり手の内に入っている感覚がある。真っ直ぐにヴァイオリニストを目指している三木清良が、コンクールで本領を発揮できなかったことをいち早く見抜く台詞にも温かさがこもっていて、これは好きになるよなぁという絶大な説得力を醸し出していた。「『ペトルーシュカ』からの3楽章」のバレエシーンにも果敢に挑んで気を吐いている。

その峰とやがて心を通わせることになる三木清良の仙名彩世は、この人の舞台に常にある地に足のついた実存感が、目標に向かって一直線に邁進する清良の良い意味のプライドの高さと、向上心を嫌味なく見せて、個性派だらけの登場人物のなかで凛とした美しさを感じさせる。「『ペトルーシュカ』からの3楽章」のバレエシーンも堂々とこなし、清良役だけでなく、フランツ・フォン・シュトレーゼマン行きつけのクラブ歌手役でも活躍。実力派の面目躍如の好演だった。

アフロヘアーと口ひげという独特の風体のなかに、乙女の心を持っている打楽器科の奥山真澄の内藤大希は、作品のコメディーパートを担ったカンフル剤的存在。思いが内に内に籠っていく役柄も巧みに演じる内藤だが、俳優としてという以前に本人のパーソナリティが持っているほんわかとした魅力が奥山役によく生きていて、思い切りのよい弾けぶりも好印象だった。

のだめをきちんと本名の「恵さん」と呼び、恋心を抱くオーボエ奏者、黒木泰則の竹内將人は、出番がかなり遅くしかもポイントに集約されている持ち場で、リード作りが実益を兼ねた趣味という、楽器に対する偏愛を持った人物をよく表現している。今回の作劇のなかでは一見ノーマルだし、竹内自身の持つ個性もきっちり二枚目のなかで、敢えて一人朗々と「ザ・ミュージカル」歌唱を貫くことで、やっぱりちょっと変わった人としての黒木を印象づけることに成功していた。

はじめ千秋を指導していて、のちにのだめの師となる江藤耕造のなだぎ武は、作品の発表当時にはさすがにハリセンはあり得ないものの、このくらいの厳しい指導は音大のなかでは特段珍しくはなかった(今では遠い昭和の話だが、筆者自身「こんな音程も取れなくてよく生きているな、窓から飛び降りて死んでしまえ」と言われたことがある)人物を、なだぎが演じるからこその笑いに持っていった演技力が光り、このままではいけないと指導スタイルを変えていく流れにも可笑しみと人間らしさがあった。

こうした時代感を最も感じさせるのが、前述した世界的指揮者フランツ・フォン・シュトレーゼマン、通称ミルヒーの数々の描写で、今や笑い話にするのさえちょっと難しいほどだが、こちらもテレビドラマ、映画版で同役を演じた竹中直人が出演したことによって、存在そのものが戯画的に収まる効果があった。特に、映像よりも日本人が外国人を演じることに違和感がない舞台作品でのフランツ・フォン・シュトレーゼマンを、映像版と変わらず、問題行動だらけの変な奴に収めることに成功していたのが大きく、キャスティングの妙を感じさせた。

また、多くの役柄に扮して八面六臂の大活躍の石井千賀、尾崎豪、小原悠輝、堤梨菜、露詰茉悠、友部柚里、焙煎功一、松村桜李の面々と、アニメ『プリごろ太』の登場人物プリリンの寺戸花/長峰くみ(Wキャスト)、ごろ太のかずき/髙橋翔大(Wキャスト)、カズオの緒方朗響/松本海晴(Wキャスト)も重要な場面をよく担っている。更にSオケやR☆Sオーケストラの一員として、演技も披露したオーケストラの面々も素晴らしく、クラシック音楽が主体となる作品の屋台骨を支える存在だった。

全体に、盆回しを駆使して物語をハイスピードで運んだ上田一豪の演出は快調なので、脚本の人物描写にもうひとさじの丁寧さが欲しいのと、聴きどころも多いミュージカルナンバーを書いた和田唱の音楽とクラシック楽曲のつながりにやはりもうひとさじ滑らかさがあると更に良くなるだろう伸びしろも感じる作品で、ブラームス「パガニーニによる変奏曲」、ガーシュウィン「ラプソディ・イン・ブルー」のピアノ演奏提供の阪田知樹、ストラヴィンスキー「『ペトルーシュカ』からの3楽章」の演奏提供の亀井聖矢、前記以外の楽曲の演奏提供のぶどうと、舞台を彩った演奏家たちの名演も聞き逃せず、壮絶なチケット難の公演が10月29日の千穐楽にライブ配信が決定していることも嬉しい。総じて、ブラッシュアップしての再演を重ねていくことにも期待が持てる、ミュージカル版『のだめカンタービレ』の誕生を喜びたい。

【公演情報】
ミュージカル 『のだめカンタービレ 』
原作:二ノ宮知子「のだめカンタービレ」(講談社「Kiss」所載)
作詞・演出:上田一豪
脚本:上田一豪 笠浦静花
音楽:和田 唱(TRICERATOPS)
クラシック音楽監修:茂木大輔
出演:
上野樹里 三浦宏規
有澤樟太郎 仙名彩世 内藤大希 竹内將人 なだぎ武 /竹中直人

石井千賀 尾崎豪 小原悠輝  堤梨菜 露詰茉悠 友部柚里  焙煎功一 松村桜李
寺戸花/長峰くみ かずき/髙橋翔大 緒方朗響/松本海晴 (いずれもWキャスト)
●10/3~29◎東京・シアタークリエ 
●11/3・4◎長野・サントミューゼ(上田市交流文化芸術センター)
〈公演サイト〉 https://www.tohostage.com/nodame/

【配信情報】
ミュージカル『のだめカンタービレ』ライブ配信
配信日時:2023 年 10 月 29 日(日)13:00 開演の部 (16:00 終演予定)
アーカイブ:ライブ配信終了後準備整い次第~11/8(水)23:59 まで
(視聴チケット販売は 11/8(水)20:00 まで)
配信プラットフォーム: uP!!! (KDDI)
配信視聴料金:4,400 円(税込) *視聴チケット発売中。詳細は下記公式サイト参照
https://www.tohostage.com/nodame/stream.html   

【取材・文/橘涼香】