【植本純米vsえんぶ編集長、戯曲についての対談】『ひまわり』竹内銃一郎
植本 今回は竹内銃一郎さんの『ひまわり』という作品です。1988年に初演しています。
坂口 なんでこれを選んだの?
植本 編集長がいろいろいう前に言いますね(笑)。ぼくね、この『ひまわり』の初演をスズナリで観て、「あ、仕事にしよう」と思ったの。芝居を始めて間もない、20歳くらいのときですね。
坂口 いきなりですね(笑)。
植本 いろいろ他にも影響されたものはいっぱいあるんですよ。漫画の『ガラスの仮面』とか、高3の時に見た『コーラスライン』という映画だったりとか、卒論にもしたリンゼイ・ケンプとか、観まくっていた劇団青い鳥とかね。あるんですけどね。
坂口 なんで?この作品のどこで?
植本 なんか、訳が分からない感じもあるじゃないですか。何っていうのかな、パワーっていうのかな後で言いますけど、劇場中に充満するすき焼きの匂いとかね。「あ、こういうことが自分はやりたいのかなぁ」と思って。
坂口 そうですか。じゃあうっかりしたこと言えませんね(笑)。
植本 そういうことなんですけどね。自分にとってはすごい思い入れの深い作品ではあるんですよ。
*
坂口 なるほどね。ぼくはその前に当時“アングラ芝居”といわれていた、状況劇場とか寺山修司とかを観てるから、すんなりは入っていかれないんですね。
植本 なんだろう、これはソフトな感じがする?
坂口 うーん。よい言い方をするとそうかも。
植本 (笑)。物足りないのかしら?
坂口 やっぱり彼ら作品はすごく個性的な表現だった。乱暴にみえて内側は繊細で、叙情もユーモアもあるみたいな。挑発的な部分でも一時代をつくる表現の形だったと思うんですよ。実際その後出て来ていまに至る“小劇場演劇”出身の人たちにも大きな影響を与えてますしね。
植本 秘法零番館って、それよりもちょっと後発になるのかなぁ。
坂口 たぶん15年くらい後だと思うんですよ。だからそういう意味では元祖アングラとは違ったスタイルの表現だと思うんで、単純に比べても、とは思いますけどね。ただ、自分が先に観ちゃったものが、
植本 強烈だったからね。
坂口 というのはありますね。
【登場人物】
男1(母親殺しのガラス拭き)
男2(子殺しのガラス拭き)
男3(おとうさまと呼ばれる)
男4(さまざまな名称をもつ)
男5(エドマンドと呼ばれる)
女1(オーリガと呼ばれる)
女2(マーシャと呼ばれる)
女3(イリーナと呼ばれる)
【ト書き】
ひとりの男が現れる。ほこりにまみれた髭面。くたびれた上着。重そうなトランク。立ちどまって、上着のポケットから地図をとり出してそれを見る。そして前方を見、再び歩き出す。名もない、番号すらないその旅人はなにもない舞台を横切り、客席に消える。
暗転。
明るくなる。舞台にはまだなにもない。これは驚いていいことだ。むろん、あきれたってかまわないのだが。
客席から、脚立、バケツ、雑巾などを持った、ガラス拭きの男1、2が現れる。ともにサングラスをかけている。ふたりは舞台にたどりつくと仕事を始める。むろんガラス拭きだ。
これにもまた一部の人々はあきれてしまうかもしれない。もちろん、わたしとしては、またかと笑ってほしいのだが。
【本文】
男1 それは、たたむと切った爪ほどの大きさなんだ。
男2 なんだって?
男1 だけど、開けば世界が入っちまう。
男2 なぞなぞだったらお断りだぜ。
男1 ご機嫌が悪いんだな、今日は。
男2 寝不足で疲れてんだ。
(後略)
(竹内銃一郎『ひまわり』より)
植本 本編の話にしましょう。全体の流れではシェイクスピアの『リア王』だったり、チェホフの『三人姉妹』とかが流用されていたり、匂わせたりとかしていていますが。始まりは、その男1・2という人が出てきて窓拭きをしています。
坂口 不条理劇の定番みたいな形ですね。けっこう長いシーンですね。
植本 ちょっとゴドーみたいでしょ。
坂口 その窓拭き?が・・・どうやってたのかな?
植本 俺が観たときはね、舞台面の客席に脚立を降ろして、そこに昇って拭いてましたけどね。母親殺しのガラス拭きが男1で、男2が子殺しのガラス拭き。
坂口 そうは言うけど読んでると別にそんな感じはなくて。「お前は子供を殺してなんとか」とか「母親を殺して冷蔵庫に~」っていうセリフは出てくるけど、それは遊びの中の会話みたいな感じで。あんまり実感がないのが、むしろそれが取り柄なのかな?
植本 そうね・・・。
坂口 そういう会話をしながら窓拭きをしているんですけど、途中で他の登場人物ともイレギュラーに絡んだりしてますね。
植本 そのあと、男1・2は2階に窓を拭きに行くということで、いなくなります。
*
坂口 この作品に出てくる家族は父親を募集しているんですね。
植本 はい。バイトで募集してますね。
坂口 なんで?
植本 父親不在なので、お父さんを募集して一家団欒したい、家庭を作りたいっていうところですね。
坂口 家族構成は、女性3人は姉妹という設定と、男4?
植本 男4は、えーと、まぁお母さん、ママとして出てきますけど。
坂口 え、男4はお母さんなの?
植本 そうです。元々お父さんだったんだけど、家を捨てて一回出てって、帰って来たらお母さんとして居座ったみたいな感じで。
坂口 はぁ。ま、それは設定としては・・・勝手過ぎね?
植本 (笑)。あれなんだ。先輩方アングラの勝手さは許せるけど、この勝手さは許せないんだ(笑)。
坂口 そう、勝手さの度合いがゆるいからかな。勝手さに対しての覚悟が足りないんじゃないかって。当時ね、やっぱ思っちゃうわけですよ。先輩方アングラでの「世間に対しての覚悟」を観てきてるからね。この作品は「演劇に対しての覚悟」かな。もちろん目指しているものが違うといえば、それまでですけどね。
*
坂口 で、男3がやって来て面接をして、合格。
植本 そう、雇われたときの条件も不思議でね。娘たちに返事をして欲しいとか、お風呂を一番最初に入って欲しいとか、あと帰りが遅くなったときに駅まで迎えに来て欲しいとか。そんな感じ。
坂口 この戯曲全体に通じているのは、言葉の意味がそのままじゃなくて、世間の常識みたいなものを、上手にひっかけるというか、
植本 ちょっと斜めから見たりとか。
坂口 そう、その斜めさ加減がちょっとね。ぼくとはうまく合わない。
植本 へへへ。編集長が?
坂口 そうそう。
植本 はははは。それが・・・ね、もっと斜めにしろみたいなことでしょ?
坂口 歪んだりね(笑)。
植本 ・・・。
*
坂口 で、男3の就職が決まって家族との生活が始まるんだけどね。娘達が次々に男3の部屋に訪ねてきて、ちょっと怪しい雰囲気になります。
植本 悩み相談みたいなことで来るんですね。
坂口 う~ん、ちょっと誘ってるっていうか。
植本 相談中に次々に来て、前にいた娘をベッドに隠したりしてます。
坂口 よくあるコメディのパターンだったりしますよね。で、まあ、2人目も来て。長女の3人目の人も来て、みんなそれなりに相談をする途中で来ちゃうから、話が中途半端になりつつ、男4が出て来るのか?この場面はたのしそうですね。
*
植本 で、マーシャの恋人(アンドレイ)の友人で、一緒に事故にあって自分だけ助かったという男5(エドマンド)が入ってきます。この場面の途中から『リア王』の話が絡んできますけどね。
坂口 『リア王』も三人の姉妹ですね。
植本 次女、長女がうまいこと言って父親から領土を分けてもらい、三女だけがもらえないっていう話ですけど。それがすき焼きのシーンに置きかえられて、「お父様への思い」が「肉への思い」、っていうセリフに変わってますね。で『リア王』の領地わけになぞらえて長女、次女は肉をもらえるんだけど、三女は白滝っていう。
【本文】
(前略)
女3 おとうさま、そろそろお肉、いいかしら。
男3 よかろう。あまり長く煮てはかたくなるだけだからな。ただし、箸にとる前に、この父、即ち、牛肉のことを誰がいちばん思うているか、それが知りたい。最大の贈り物はその者に与えられよう。まず、オーリガ、長女のおまえからいうがいい。
【ト書き】
もちろん、これは「リア王」の冒頭のパロディである。
【本文】
女1 わたしがお肉をお慕いする気持ちは、とても言葉では尽くせません。はてしのない夢を見る喜びにも似た南国のフルーツよりも、ところかまわぬ手軽さとしたたる脂肪を誇るフライド・チキンよりも、さらには、汲めども尽きぬ誠意と真実の主食、あの三度のお米よりも、真善美をそなえたいのちにもまさるものとして、ひとが食べ物に捧げる最大の愛を抱いております。ああ、わたしにもっと言葉を。何にたとえて、「これほどに」、と申しましたところで、すべてわたしにはもどかしゅう覚えます。
男3 しかと聞いたぞ。ここからこっちの肉は、オーリガ、すべておまえのものだ。では、次に二番目の娘、実は三女の、わたしの可愛いイリーナの答えを聞こう。
(後略)
(竹内銃一郎『ひまわり』より)
坂口 シーンとしてはおもしろいんだけどね。読んでいると『リア王』と『三人姉妹』が一緒に出て来る必要があるの?ってちょっと思いました。観ている分には大丈夫かな。
植本 そこ言っちゃうとね、うははは。
坂口 でも思うんですよ。別にこれ『リア王』と『三人姉妹』じゃなくてもいいじゃないかなってね。
植本 どうなんだろうねー。その当時のお客さんが「あ、これリア王だ」「これ三人姉妹だ」とかが楽しかったのかな(笑)。
坂口 そうそう、複雑にすることで観客をたのしませるっていうテクニックもあると思うんですよ。
植本 わははは、煙に巻く的なね。
*
植本 そしてあれです、ここでオリジナルなのが男3のバイトで来たお父さんと、男5のエドマンドが実際の親子だったっていうのがありますね。
坂口 それは何かに引っかけてるの?
植本 それは別に・・・ないと思う・・・。
坂口 はあ。
植本 ただその、暗闇の中で、エドマンドが刺されて死ぬんですけど、そこは最後のセリフはちょっと何ていうか、グロスターとエドマンドの関係っぽかったですね。「やっぱり自分は愛されてたんだ」みたいなことを言い残して死ぬんですけど。
坂口 ふ~ん。当時の植本さんは何をおもしろがったんだろう。
植本 いや、すごくおもしろかったのよ。「これだ! 演劇はこれだ!」って思ったからね。当時の若い私はね。
坂口 (笑)。
植本 どうなんだろう?寺山さんとか唐さんて、戯曲で読んだ時も同じような感動があるのかなぁ。
坂口 全然ありますよ。言葉のやり取りとか、詩情とか、ユーモアとか。表現全体に対しての挑発とか、そういうひとつひとつのセンスがね。
【参考までに】
寺山修司『毛皮のマリー』についての対談(『植本純米VS坂口真人)
http://blog.livedoor.jp/nikkann-kajo/archives/44673820.html
唐十郎『腰巻お仙 第一部 忘却篇 / 第二部 義理人情いろはにほへと篇』についての対談(『植本純米VS坂口真人)
http://blog.livedoor.jp/nikkann-kajo/archives/40607754.html
植本 話戻ると、最後はさ、パッと明転するとみんな死んでるのかなぁと思ったんだけど。
坂口 なんで?
植本 分かんないけど。おれ、これ読んで、当時は忘れちゃったけど、これ読んだときに「あれ、これ窓拭きの男1と男2が殺したんだ」と思ったんだけど。
坂口 あれ最後どうなってるんだっけ?
植本 たぶん、窓についている血を拭いてて、で、彼らの服も血だらけになってるっていう・・・ことなんだけど。
坂口 なんで殺したの?
植本 分かんないね。それが最初の「子殺し」「親殺し」につながってるのかは分からないけど。
坂口 あー。
植本 働いてお金を貯めてグアムに行くんだとか明るく言ってるうちに、
坂口 『三人姉妹』のラストのシーンの男1・2の台詞で終わりますね。
【本文】
男1・2 働カナクッチャ、タダモウ働カナクテハネエ!
男2 今ハ秋ネ。モウジキ冬ガ来テ、雪ガツモルダロウケド、アタシ働クワ、働クワ。
男1・2 楽隊ハ、アンナニ楽シソウニ、アンナニ嬉シソウニ鳴ッテイル。アレヲ聞イテイルト、モウ少シシタラ、ナンノタメニワタシタチガ生キテイルノカ、ナンノタメニ苦シンデイルノカ、分カルヨウナ気ガスルワ。……ソレガ分カッタラ、ソレガ分カッタラネエ!
【ト書き】
働き続けるふたり。音楽はだんだん近づいてきて……幕が降りる。
(竹内銃一郎『ひまわり』より)
植本 で、今回の編集長の結論としては安易に作品を借りるなと。
坂口 ・・・そうねぇ。
植本 じゃあ、これで終わりましょう!
坂口 唐突に終わらせようとしてない?できの悪い謝罪会見みたいだね(笑)。
植本 いやいやいや(笑)。
プロフィール
植本純米
うえもとじゅんまい○岩手県出身。89年「花組芝居」に入座。以降、女形を中心に老若男女を問わない幅広い役柄をつとめる。外部出演も多く、ミュージカル、シェイクスピア劇、和物など多彩に活躍。同期入座の4人でユニット四獣(スーショウ)を結成、作・演出のわかぎゑふと共に公演を重ねている。本年10月に花組芝居を退座。
坂口真人(文責)
さかぐちまさと○84年に雑誌「演劇ぶっく」を創刊、編集長に就任。以降ほぼ通年「演劇ぶっく」編集長を続けている。16年9月に雑誌名を「えんぶ」と改題。09年にウェブサイト「演劇キック」をたちあげる。