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歌舞伎座「六月大歌舞伎」萬屋一門5人襲名、記者会見レポート

中村時蔵

歌舞伎座の六月興行にて、中村時蔵が初代中村萬壽を、時蔵の息子である中村梅枝が六代目中村時蔵を襲名し、中村梅枝の息子の小川大晴が五代目中村梅枝として初舞台を踏むこととなった。また、中村獅童の息子である、小川陽喜が初代中村陽喜を、小川夏幹が初代中村夏幹として初舞台を踏むこととなった。萬屋一門のうち、5人が揃って襲名と初舞台という節目を迎える、華やかな公演になりそうだ。

それぞれの襲名披露演目と初舞台の演目は、昼の部の『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん) 三笠山御殿』のお三輪役で梅枝が六代目時蔵を襲名する。梅枝の祖父である四代目時蔵、父の現・時蔵に続き、三代で同じ演目・役で襲名することとなった。また、夜の部の『山姥(やまんば)』の山姥役で時蔵が初代萬壽を襲名し、怪童丸役を小川大晴が五代目梅枝としてつとめる。初代中村陽喜、初代中村夏幹の初舞台は、獅童が初役で宗五郎を勤める『魚屋宗五郎』の酒屋の丁稚役だ。

1月下旬、その記者会見が都内で行われた。会見には、時蔵、獅童、梅枝、小川大晴、小川陽喜、小川夏幹のほか、松竹株式会社代表取締役会長・迫本淳一、取締役副社長・演劇本部長の山根成之が出席した。それぞれ挨拶の後、質疑応答に移った。

【挨拶】

中村時蔵 昭和56年から時蔵を名乗って、43年になります。その名前を息子の梅枝に譲り、私は初代として中村萬壽となります。萬壽は今回私が新しく作りました。あわせて、梅枝の子どもの大晴が五代目梅枝として初舞台を踏ませていただきます。獅童の子どもの陽喜、夏幹も一緒に初舞台で、大変賑やかになるのでは。最近、歌舞伎界では、小川姓がすごく多いところに、また新しく3人入ってくるので、歌舞伎界のためにも、一生懸命私たちが頑張って盛り上げていきたい。

中村獅童

中村獅童 長男陽喜が中村陽喜、次男の夏幹が中村夏幹を襲名させていただくことになりました。今後ともご指導のほどよろしくお願いいたします。

中村梅枝

中村梅枝 父が43年間乗っていた中村時蔵の名跡を、六代目として襲名させていただくことになりました。また、私の息子に中村梅枝を五代目として襲名させ、初舞台となりました。今まで以上に責任を持って、芸道に邁進して参りたい。

小川大晴 6月に五代目中村梅枝を襲名することになりました。よろしくお願いします。

小川大晴

【質疑応答】

──襲名披露や初舞台のスケジュールはいつ決まりましたか? また萬壽という名前の由来は?

時蔵 コロナ前から、孫(大晴)の初舞台だけを考えていました。ところが、コロナになって(市川)團十郎襲名も延期になり、それがやっと一昨年から始まって、コロナも収まりつつあるので、そろそろ初舞台をと思いました。あれから4年経ち、私も年を取ってきたので、梅枝に時蔵を譲ろうかなと。そうすると梅枝(の名)が空くので、初舞台の話ができます。梅枝も私も、私の父も、梅枝から初舞台をしているので、大晴にも梅枝をつけたかった。私は必然的に名前がなくなるので、萬屋の「萬」の字を考え、萬壽に決まりました。「萬壽」は平安時代の元号で、改元の理由が、十干十二支の甲子(きのえね)なんです。私が1955年生まれ、孫の大晴が2015年で、私と60(歳)違い、同じ干支です。祖父・三代目時蔵は1895年生まれで、私と60(歳)違う。だから、三代目時蔵、私、大晴と、60(歳)違い。さらに私の父・四代目時蔵は昭和2年生まれ、梅枝は62年生まれなので、時蔵の家では、なぜか60の時にできた孫が時蔵を継ぐので、ちょっと因縁深いですが、絶対萬壽にしようと思いました。まして一から始まるので、この名前を一から築いていこう、新しい名前になっても、一から自分の芸を見直そうと思いました。

──早くにお父様をなくされ、時蔵の名を継ぐにあたり、お父様から教えていただくことはなかったと思いますが、今こうしてご自身がお元気でこの名を渡すことへの思いは?

時蔵 梅枝は幼名なので、父は、実は24(歳)の時に(中村)雀右衛門にしようということで、その前名の中村芝雀を名乗っていました。当時はまだおじの(萬屋)錦之介が歌舞伎にいたので、誰かが時蔵を継げばいいと思っていたのかもしれません。それからおじ2人は映画へ行き、祖父が亡くなって、祖母が時蔵の名をどうしても出したいと、京屋(芝雀)の名前をお返しして、父が四代目を継ぎましたが、2年足らずで亡くなった。祖母は、錦之介のおじに時蔵を継がないかと言ったそうです。おじは、時蔵は歌舞伎のなかにいないとダメだから、茂雄兄さん(四代目)の息子にと言ったそうです。それほど、祖母は時蔵の名前に思い入れがあった。それは私も知っているので、時蔵の名前が繋がることが、祖母に対しても大事なんじゃないかなと思います。やっぱり私の目の黒いうちに継がせて、この先どうなのかな、もっと指導しなきゃいけないかなと思っています。

──時蔵という名前の重みをどう受け止めていますか?

梅枝 祖父が早く亡くなっているので、時蔵という名前は、私には父しかおりません。この話を初めにされた時、さすがにまだ無理だと断りましたが、その後、父の思いも聞き、獅童にいさんともご相談させてもらい、だんだん自分の中で気持ちが変わり、お受けしますと。いざこの段になれば、やっぱりこうして三代揃って襲名ができるのはとてもありがたいし、父が生きているうちに譲ってくれるのは、とても特別なこと。その思いをちゃんと継ぎ、代々の時蔵さんに恥ずかしくないよう、一生懸命これからもつとめていければと思います。

──最初に(襲名すると)言われた瞬間はどんな感じでした?

梅枝 いやもう、その時に「隠居するんですか?」と聞いたんです。「隠居はしない」と。本当にそういう感じでした。

──時蔵さんは、長く親しんだ名前とお別れして次に行く心境と、梅枝さんにどういう時蔵になってほしいかを。梅枝さんは、どういう時蔵を目指すのか教えてください。

時蔵 日頃から彼の舞台を観てきて、すごく良くなっています。『阿古屋』などは、私はしたことがないですが、(坂東)玉三郎さんの指導のもと見事演じましたし、他の物(役)でも大きな成果が出ている。私が長生きしたせいで(苦笑)、彼に譲るのが遅くなるのかなと思ったこともあった。私もまだまだ隠居も引退もする気はないし、バリバリと現役で、初役もこなして、梅枝をはじめ後進の指導もやりたい。いつまでも梅枝でいるより、名前を変えて、さらに大きな飛躍をしてもらいたい。うち(の芸)には代々、祖父(三代目)時蔵が襲名でやった『嫗山姥(こもちやまんば)』がありますが、『山姥』と話が繋がってしまうので、私も父も襲名の時につとめた『妹背山御殿』になりました。これは、私は成駒屋のおじさま(六代目中村歌右衛門)に、襲名の時に厳しく教えていただき、当時はおじさまが橘姫にお付き合いしてくださった思い出がある。それを梅枝に譲りたい。

梅枝 『三笠山御殿』のお三輪は、最近は独吟を入れてなさる方はあまりいらっしゃいませんが、父は独吟を入れて、そこから疑着(ぎちゃく)の相に繋がるので、それを教われるのはとても嬉しい。私が言うのは失礼かもしれませんが、父の芸を見ていると、とても江戸の匂いがします。私はまだまだそんな匂いはないし、目に見えないものというのは、歌舞伎という芸能にとても大事。受け継げるかどうかわかりませんが、目指すべきだと思うので、一生をかけて追い求めていきたい。

──今回、6月に獅童さんの(息子)2人が初舞台を踏むに至ったのは?

獅童 子役の頃から、毎年、錦之介のおじ、(中村)嘉葎雄のおじも出演して、6月の萬屋興行が歌舞伎座で行われていましたが、祖母が亡くなってからしばらくなくなり、それをまた復活させたい気持ちがずっと僕の中にありました。コロナのタイミングの2020年、時蔵にいさんのお家にお邪魔させていただき、色々なお話をするなか、「6月(興行)そろそろやりませんか」と言ったら、良いと思うと仰ってくださった。一昨年(2022年)の京都の顔見世で食事に誘っていただき、僕ら(時蔵たち)は襲名するから、陽喜となっちゃん(夏幹)も一緒に出られたらと言っていただいた。ちなみに、時蔵にいさんと違って、僕が生きているうちは獅童という名前を譲りたくない(笑)。でも名前がないので、陽喜は色々名前を考えましたが、本人に聞いたら、その時ちょうどトラが大好きで「中村寅年がいい」と(場内笑い)。最終的に、本名の陽喜で苗字が中村に変わって、弟は中村夏幹としてやらせていただくのが一番いいと決まりました。

──初舞台が決まったと伝えた時の2人のリアクションは?

獅童 最近はもうすっかり暴れん坊になって、毎日芝居ごっこから立廻りごっこで戦っています。その話をしたら、イエーイ!と大喜びしていました。本番では、けがのないようひと月つとめてくれたら。

──時蔵さん、大晴さんには、どんな俳優さんになってほしいですか?

時蔵 彼は女方が嫌いで、立役が大好き。その思いを、どこかで「女方も面白いぞ」と導いてやりたいと思います。でも、親とかが雁字搦めにするのではなく、自分が好きなようにやらせてあげたい(と、大晴君の顔を見る)。『山姥』の怪童丸は赤っ面(あかっつら)ですが、可愛くやってくれるんじゃないかな。『山姥』は昔、梅枝と踊りの会で踊ったことがあって、このところずっと上演されていないので、それもいいんじゃないかとご相談しました。最後のほうで、力の強い怪童丸がいるから自分の家来にしたいと頼光様に誘われますが、そこで色々な人(俳優)を出して楽しくできたら。女方もたまにやろうね?

大晴 (梅枝と相談しながら)がんばります。

──どうして女方が嫌で立役が好きなんですか?

大晴 あんまり立廻りができないからです。

時蔵 陽喜君、夏幹君と一緒にお稽古をしていますが、3人だと結構立廻りみたいなことをしているらしいです(笑)。一緒に出れて嬉しいの?

大晴 うん。

──本来の萬屋らしさとは?

時蔵 萬屋は曾祖母の芝居茶屋の屋号で、私が中学生ぐらいの時、その屋号を復活しようと萬屋になりました。元々はみんな播磨屋なので、初代(中村)吉右衛門、祖父(三代目)が築き上げた播磨屋の芸を大事にしていると思います。私にとっては、(尾上)菊五郎のにいさんのお相手をすることが多くなり、どちらかというと播磨屋は時代物が多かったんですが、私はそれに足して世話狂言も多く勉強させていただいた、それが今の私の芸ではないかと思います。でも梅枝も大晴も、これから自分たちが他の方々と仕事をして、勉強して、自分なりの芸を磨いていけばいい。

──萬壽になり、改めて育成に新たに取り組んでいきたいことは?

時蔵 名前が変わっても、指導は変わらないと思います。コロナ禍になって、最初は四部制でみんな一部しか出ず、結構時間がありました。その時、養成課でずいぶん教えました。その流れで、今もひと月に直すと1コマ1時間を16コマ教えている。ちょっと大変ですが(苦笑)、これから正しいことを教えていかないと、歌舞伎が乱れてしまう。今、ビデオを見て覚えてやることが簡単にできるようになりましたが、今生きてらっしゃる方に直に聞けることが大事。今回、獅童が菊五郎のにいさんに直に教えていただいて、こんなに嬉しいことはない。きっと得るものが多く、彼の当たり役の1つになればいい。

──菊五郎さんからそのようなお話をいただいた率直なお気持ちは?

獅童 寺島しのぶちゃんと10月に『文七元結(物語)』をやらせていただきました。楽日に、しのぶちゃんと食事に行きたいとスケジュールを聞いたら、お父さん(菊五郎)にご挨拶に行くというので、ご迷惑でなければと、しのぶちゃんと松緑君と3人で行きました。会話のなかで「『魚屋宗五郎』をやらないか、歌舞伎座で、俺が教えるから」と。まさかそんなことを言われるとは思ってもなかったので、非常にありがたい。江戸の匂いがするというところには、到底いけないと思いますが、たくさんのことを教えていただき、一生懸命吸収したいと思います。

撮影と囲み取材が始まる前に、陽喜君と夏幹君も登場。陽喜君は「中村陽喜を襲名することになりました。よろしくお願いします」、夏幹君も「なかむらなつきです。よろしくおねがいします」と2人ともしっかり挨拶をした。

小川陽喜
小川夏幹

【囲み取材】

──梅枝さんと獅童さんに、それぞれ「うちの子のここを見てくれ」というところは?

獅童 とにかく舞台に出るのが、歌舞伎が大好きなので、毎日元気よく勤めると思います。そんなところを見ていただければと思います。

梅枝 うちも「元気よく一生懸命」というのが、舞台に出る時のモットーですので、それを多分やってくれると思いますし、またこうやって3人並ぶと、ああ子どもっていいものだなと改めて思わされます。子どもにしかないパワーがあるので、それを十分に発揮してくれると思います。

──稽古の様子は?

獅童 陽喜は、結構自分でアレンジしちゃう癖があるので、教わった通りにやるようになってくれるといい。自分の中でもいろいろ想像して、やることが得意なのですが、見得をしなくていいところで切っちゃったり。

時蔵 見得、好きなんだよね~。

梅枝 やっぱり子どもなので、慣れてくるとだれちゃったり、いつもしていることをしなくなっちゃったりします。そういうことは、時々注意します。基本的には暴れたり、勝手に見得したりはあんまりない(笑)。

──大晴君、お父さんの舞台の演技で、ここがかっこいいなというところは?

大晴 うーん…。

時蔵 ないか?(場内笑い)

大晴 立廻りがすきです。

──陽喜君は、お父さんのかっこいいところは?

獅童 (黙っている陽喜君に)何がかっこいい?

陽喜 (しばらく考えて)超歌舞伎の、昔やっていた、『積思花顔競(つもるおもいはなのかおみせ)』。

──夏幹君は、お父さんの好きなところ、かっこいいところは?

夏幹 たたかうところ。

──次の6月の興行は何が楽しみですか?

陽喜 話すことが楽しみ。「口上」が。

──6月から初舞台を踏むことになりますが、お父さんと同じ中村になることは?

陽喜 たぶん、なっちゃん(夏幹)はないと思う。(なることは)楽しみです。

夏幹 うれしい。(よろずやー!と陽喜君の大向う)

──3人は、将来はどんな役者になりたいですか?

陽喜 宇宙で歌舞伎をすることだー! よろずやー!

夏幹 よろずやー!

大晴 僕は、役者になりたいというより、プロ野球選手になりたい(場内爆笑)。

──最後に時蔵さん、改めて六月大歌舞伎への意気込みは?

時蔵 ご覧の通り、親の言うことは聞きません(笑)。でも、これが舞台に出ると、不思議とちゃんとするんですね。教わったことをちゃんとやってくれると思います。なので、安心していますが、私としては、これから今までやってきたような役は、娘役のような役は卒業して、どちらかというと、老け役も多くやっていきたいと思っております。その第一歩じゃないかなと思って、これからも芸道に精進して、後進も育てて。それが、歌舞伎界に対する恩返しだと思って、襲名に望みたいと思っております。

【公演情報】
歌舞伎座「六月大歌舞伎」 
出演:中村時蔵改め初代中村萬壽、中村獅童、中村梅枝改め六代目中村時蔵、五代目中村梅枝、初代中村陽喜、初代中村夏幹 ほか

演目(襲名・初舞台演目)
◎昼の部
『妹背山婦女庭訓 三笠山御殿(いもせやまおんなていきん みかさやまごてん)』
お三輪 中村梅枝改め六代目中村時蔵ほか
◎夜の部
『山姥(やまんば)』
山姥 中村時蔵改め初代中村萬壽
怪童丸 五代目中村梅枝(初舞台)ほか
『新皿屋舗月雨暈(しんさらやしきつきのあまがさ) 魚屋宗五郎』
魚屋宗五郎 中村獅童
丁稚 初代中村陽喜(初舞台)
丁稚 初代中村夏幹(初舞台)ほか

【取材・文/内河 文 写真/(C)松竹】

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