実在した天文学者たちの物語『Silent Sky』 保坂知寿インタビュー
まだ宇宙の広さも知られず、女性の権利が軽んじられていた頃。天文学の分野で功績を残した女性たちを描いたunrato#12『Silent Sky』が、2024年10月18日から東京・俳優座劇場と大阪・ABCホールで上演される。
保坂知寿の演じるアニー・キャノンは、1900年代前半のアメリカに実在した女性の参政権運動家であり、膨大な数の恒星の分類で成果を残した天文学者でもある。
「苦難の日々には、何か地球の外側にあるもの、何か卓越した遠くにあるものを慰みとするのがよい」──台本の冒頭に書かれた言葉を残したアニー。
彼女を演じる保坂に、この作品への思いを聞いた。
自らの力で成し遂げていく女性たちの物語
──まず脚本を読まれた最初の印象をお伺いしたいです。
天文学にはこれまで縁が無かったので、まったく未知の世界です。それでも脚本を読んで、物語そのものも、登場人物の生き方も、なんて美しいんだろうと思いました。彼女の持つ世界が、果てしないものや、日常的ではないところにあると感じたんです。私が普段は意識していないような物事の見方をさせていただける作品なんだと、楽しみです。きっと、綺麗な作品になりそうな予感がしています。
──演じられるアニー・キャノンについての印象はいかがですか? 女性の参政権運動家であり、天文学者でもある、実在の人物です。
なんと知的な、信念の強い人なんだろう、と思いました。100年前に女性参政権運動を行うという時代のパイオニアであり、日々をなんとなく平穏に過ごすのではなく、少しでも自分たちの世界を広げて自由を勝ち取っていこうというバイタリティのある人ですね。私なんかで演じられるのかしらと不安に思うような、とてもアクティブな心を持ってる女性です。
アニーは天文学者としても、女性の参政権運動の活動家としても、成果を出した人です。星の研究をしながら、職場以外でも自由を求めて動いている。そういう人が発した台詞には、いろんな意味や思いが込められていると思うんです。物語を通して徐々にアニーの背景が明らかになっていくので、その人間としての厚みを稽古を通して膨らませていきたいですね。
──アニーを始め、どの登場人物たちも圧倒されるほどパワフルですよね。
本当にそうですね。そうじゃないとこの時代に新しいお仕事ができなかったんだろうと思います。そういう女性たちだから、与えられた仕事をやるだけで終わってしまわないで、自分たちの力で成し遂げていけたんでしょうね。
──そんな女性たちが天文台で出会ったことによって、物語が動いていきます。
アニーもヘンリエッタに出会って影響を受けているでしょうね。アニーが働いていたところに、自分とまた違う形で変革を求めている、強いパワーと能力を持った、認めざるを得ない存在がやってくる。それによって触発されて、価値観もきっと変わっていくし、柔軟にもなっていくんだろうと思います。お互いにとって頼りになるし、理解もし合えるだろうし、「自分のやっていることは間違っていない」と自信が持てるし、相手の力になろうと思えるんでしょうね。女性の生き方として、いいなと憧れます。
──芯がありますよね。
そうですね。どの登場人物もそれぞれの生き方がありますが、竹下(景子)さんが演じられる同僚のウィリアミーナ・フレミングは人間味溢れるところがあって、一緒に関係を作っていけるのが楽しみです。年齢差があってもお互いに文句を言い合いながら仕事の能力を認め合っているような、そんな職場関係が100年前にもあったんだなと面白いですね。
100年前の彼女たちの思いを想像するために
──100年前に実在した天文学者たちの物語に取り組まれます。出演者の方々は、みなさん初共演ですよね。
そうなんです。いろんなキャリアの方々なのでご一緒するのが楽しみです。とくに同僚役の竹下さんと松島(庄汰)くんとは3人で職場の日常の空気を作っていかないといけないだろうなと思っています。
──演出の大河内直子さんは多くの資料を共通の手がかりに世界観を作っていく印象がありますが、どのように本作に臨まれていますか?
稽古はまだ始まっていませんが、直子さんからはすでに映画を紹介していただきました。女性参政権や権利についての映画ですね。「こういう時代なんだな」とか「洗濯女と言われる人たちってこんな立場だったんだ」とか「つい最近までこんな扱いを受けていたんだ」とか…いろんな国によって女性の権利が認められる時期がこんなにも違ったんだということも知りました。たとえば『ドリーム』という映画(※2016年製作。60年代にNASAの計算手だった黒人女性たちの話)では、人種差別と男女差別がありながら、偉業を成し遂げていく。彼女たちと、ヘンリエッタやアニーの信念は似ているなと感じました。
『Silent Sky』にはデモに行く話が出てきますが、当時、デモに行くのと、今の時代にデモに行くのはきっとハードルが違うんだろうなと思います。「女性の給料が安い」とか「言われたことだけをやらされる」と職場の不遇に対して文句を言っていても、それは今の時代とは意味が違う。職場を変えるだけでなく、世の中ごと変えないと変わらないんだと思ったんでしょう。100年前の彼女たちがどういう思いでいたのかを想像して、作品を作っていかなければいけない。
──あらためて、そういった時代に女性の権利を手にしようと戦った人たちがいるおかげで、今の時代があるんだなと思いました。
そうですね。現代だと、たとえば女性だけでなく様々なジェンダーの権利について声をあげる時代になっています。それは未来から見たら「あの頃にそうやって戦った人がいてくれたんだ」と思う人がいるのかもしれません。
──そんな未来があるかもしれないですね。多くの方の戦いがあって、未来がある。『Silent Sky』の台本を読ませていただき、とても元気が出てきました。
そう、元気になってほしいですね。こういう人たちの積み重ねがあって今があるんだとしみじみ思います。彼女たちは、諦めないんですよね。アニーたちの活動の先に、1920年にアメリカでは白人の女性の参政権が得られるようになりました。ちょうど女性の地位が切り替わる時期だったんですね。
──実在の人物を演じることについてはいかがですか?
これまで川島芳子(『李香蘭』)や数学者のアラン・チューリングの母(『ブレイキング・ザ・コード』)は演じたことがありますが、今回ほど史実に近い人物は初めてかもしれないです。ただ『ブレイキング・ザ・コード』の時に思ったのですが、アラン・チューリングは実在の人物なので資料がもちろんあってどんな人物だったのかはわかるんですけれども、直接知っている人はもういない。そうすると、本人に似せて演じることがもっとも大事なわけではなくて、その人がやってきたことや生き方を表現することが核になる。この作品において、アニーという存在を演じたいです。
もちろん台詞には天文学の専門用語も出てきますから、俳優として、ちゃんと自分の言葉として話せるように肉付けをしていかなければいけないと思っています。
ともに演劇をつくる信頼感
──演出の大河内さんの印象についても聞かせてください。
直子さんの作品にはいつも美しさを感じます。ドロドロとした人間くさいもののなかにも気品がある。凛とした気高さのようなものを感じて、好きなんです。いち観客として作品を観たくなります。出演者としても、過去のどの公演でも直子さんがやろうとされることに共感していたので、直子さんが演出として舵取りをしていくところにどうやったら乗っていけるかを、いつも考えています。もし「この方向でいいのかな」と不安になった時にも、気兼ねなくお話できるし、必ず答えてくれる。どの方向に向かっていけばいいのかを共有しながら作品づくりをしていける演出家さんです。
数年に一度ご一緒させていただいていますが、そのたびに俳優としての挑戦の機会となっているのも、とてもありがたいです。直子さんに会わない間に俳優としていろんな経験をして、「もしかしてこういうこともできるのかな」と疑問に思ったことを、稽古場で安心して試させてもらえる。それは、直子さんは「私の演出はこういうやり方です」「あなたはこう演じてね」と押し付けてくることがないから。そして、私が違ったことをやったらはっきりと指摘してくださるという信頼感があるからです。
──俳優として、可能性を一緒に探っていけるんですね。
そうですね。俳優の年齢経験問わず、その人のその時の精一杯を提示した時に、ちゃんとその役とその俳優さんとの化学反応を大事にして、作品を作られていく。稽古場にいる俳優たちが個人プレーにならずに、自然とチームになっていくんですよ。ぐいぐい引っ張るリーダータイプではないのに、いつの間にか皆が同じ方向を向いているのは、すごいなといつも思います。今ここにいる人たちとみんなで一緒に作品を作っている感覚があるんです。
直子さんからは、俳優という存在への信頼感を感じます。今回も「この役を」とキャスティングしていただいているので、信頼を裏切らないように…という思いです。
──unratoへの出演も4回目です。お互いへの信頼を感じます。
unratoさんからは「良い演劇を作りたい」という気概を感じます。公演をうつことが物理的に大変な世の中なので、お芝居を続けていくためには妥協しなきゃいけないこともたくさんあると思うんです。でも、作品選びも、キャスティングも、良い演劇を作るためにこだわられている。シンプルに「この脚本良いな。この脚本にはこの俳優がいいな」というところからスタートされている。そこには、「なんだか良いもの観たな」と思ってもらえるような、人生が豊かになるようなものを提供したいという信念を感じます。そういう作品を求めているお客さまはたくさんいますから、ぜひこれからも演劇を作り続けていただきたいですし、私もご一緒していきたいです。
【公演情報】
unrato#12『Silent Sky』
作:ローレン・ガンダーソン(Lauren Gunderson)
翻訳:広田敦郎
演出:大河内直子
音楽:阿部海太郎
出演:朝海ひかる 高橋由美子 松島庄汰 保坂知寿 竹下景子 (戯曲掲載順)
●10/18〜27◎東京・俳優座劇場
●11/1〜4◎大阪・ABCホール
〈料金〉東京公演/一般 8,800円 学生 5,500円 大阪公演/一般 9,800円 学生 5,500円(全席指定・税込・未就学児童入場不可)
〈チケット発売〉先行発売中、一般発売2024年9月上旬
〈お問い合わせ〉info@ae-on.co.jp
【文/河野桃子 撮影/源賀津己】