【粟根まことの「未確認ヒコー舞台:UFB」】第159回「フロントサイドピン」

 劇団☆新感線「バサラオ」明治座公演も始まりまして、そろそろ東京の中日を迎えそうな頃合いです。ですが先はまだまだ長いので、充分に気をつけていかねばなりません。

 さて、その「バサラオ」なのですが、製作発表などで予告されていたとおりに劇場通路を使った演出が多用されています。要するに客席の通路からの出ハケが多いってコトですよ。花道ではなくて、あくまでも客席通路。そう、ご来場の際に皆様がお通りになる、あの通路を歩いたり走ったりしながら登・退場するのです。
 この通路を使うことによって「バサラオ」では照明に関していつもとは違う事態が起きていることにお気づきでしょうか。そしてそれが今回ご説明したい専門用語である「フロントサイドピン」なのです。

 「ピンスポット」というのをご存じでしょうか。最近では日常的にも《やたらと目立つ》とか《華々しく登場する》コトを「ピンスポットを浴びる」なんて表現したりしますが、もちろん舞台用語が語源です。輪郭のクッキリとした、丸形の狭い範囲を強力に照らすコトのできる照明機材でして、一番身近だと思われるのは結婚式で新郎新婦が登場する時に使われる、アレです。よく照明のバイトでやっていたなあ。
 大きな特徴としましては何といいましても、専門スタッフが手で直接操作して人物を狙ったり色を変えたりすることでしょう。基本的には動く対象を狙うので、自由自在に動かすために人間が操作するのですよ。
 そして、大劇場のピンスポットは巨大です。イメージとしては昔の大砲くらいのサイズです。遠い距離からでも明るく照らすために、電源容量の大きなアーク放電の光源を使用しているために巨大になるのです。
 そしてもちろん熱いです。うかつに触るとヤケドするほど熱いのです。もちろんプロのスタッフさんは慣れているから上手に扱いますが、我々がバイトで使う時などはヘタクソなのでうっかり触れてしまってヤケドしたもんでしたよ。
 ああ、ピンスポット本体の説明が長くなってしまいました。ピンスポットについてはこの連載の第59回にも書いておりますので併せてご確認下さい。

 そんな感じで割と世間にも知られているこの用語ですから、略称である「ピンスポ」もご存じかもしれません。
 でもね、演劇の現場ではあまり「ピンスポ」とは呼ばないのですよ。ピンスポット本体のことは「ピン」と呼びますが、その運用に関しては「センター」と呼ぶのです。え? そうなの? いきなり「真ん中」と言われてもねえ。
 これは実は「センターピンスポット」の略でして、客席の一番後ろの一番上、三階席よりも高い部分の「真ん中」にあるからそう呼ぶのです。大抵の演劇では、本数の差こそあれ、このセンターピンスポットしか使いません。
 しかし! 「バサラオ」では「フロントサイドピンスポット」というのを使用しているのです。そう、客席通路を多用する演出に対応するためにね!

 客席の両側の壁の一番前あたり、その上の方に縦長長方形の大きな穴があることにお気づきでしょうか。その穴には大量の照明器具が吊されていて舞台を照らしています。この部分を「フロント」といいます。舞台を前方の斜め方向から照らすために重要な照明です。
 でね、このフロントの部分にピンスポットを置くことがありましてね、それを「フロントサイドピン」(または単にサイドピン)と言うのですよ。主な用途は花道を照らすことです。
 花道上で舞台方向を向いている俳優をセンターピンで狙いますと、後頭部から照らすことになってしまって顔が影になってしまいます。でも、客席の前の方にあるフロントから照らすことで、一階席のお客様からでも顔がハッキリと見えるというワケです。

 実際にこれまでにも、花道が常設である劇場、例えば新橋演舞場などでは上手側(客席から見て右側)のフロントに設置したフロントサイドピンを使用してきました。演劇専門劇場では多用される照明演出です。
 ただね、今回の「バサラオ」では上手フロントだけではなく、下手フロントにもピンスポットを用意するという贅沢な仕様なのです。なぜならば客席通路の上手側も下手側もいっぱい使うから。そう、花道を使っていないのにサイドピンが二本もあるという豪華さなのです。
 使用するのは通路の芝居だけではありません。今回は舞台から通路に繋がる階段に座ったりする演出も多いのですが、その時にもサイドピンは大活躍です。舞台の照明というのは舞台のツラ(一番前)あたりまではちゃんと照らされるのですが、ちょっとでも前に出ると照明が当たらなくなります。これはもう構造上仕方のないコトなのですが、この舞台からちょっとだけ前に出た階段部分も照明が当たりにくいのね。ですのでサイドピンさんがフォローしているというワケなのです。

 このサイドピンが上手と下手の二本あるという今回の仕様は、博多座、明治座はもちろん、フェスティバルホールでも使用されるそうですので、劇場にお越しの際はちょっと気にしてみてくださいませ。特に二階席、三階席からはサイドピンの光線の軌跡が良く見えると思います。

 ただね、私が今困っているのは、2002年に新橋演舞場で上演された「アテルイ」の時にも二本のサイドピンがあったかどうか思い出せないことです。あの作品は常設の下手側花道に加えて、上手側にも花道のある「両花道」だったのです。あの時にも、おそらく、上下(かみしも)ともサイドピンがあったはずなのですが記憶は無いんですよね。まあ、あの頃は自分のことで一杯いっぱいだったしな。しょうがないよね。

明治座近くの緑道にある勧進帳の弁慶像。人形町辺りは歌舞伎の発祥の地でもありますからね。

プロフィール

粟根まこと
あわねまこと○64年生まれ、大阪府出身。85年から劇団☆新感線へ参加し、以降ほとんどの公演に出演。劇団外でも、ミュージカル、コメディ、時代劇など、多様な作品への客演歴を誇る。えんぶコラム「粟根まことの人物ウォッチング」でもお馴染み

【出演予定】
劇団☆新感線「バサラオ」
8/12(月・祝)〜9/26(木)明治座、10/5(土)〜17(木)フェスティバルホール
http://www.vi-shinkansen.co.jp/basarao/

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