真の幸福とは何かを問うミュージカル『燃ゆる暗闇にて』上演中!

スペインの傑作戯曲をもとに、韓国で世界初のミュージカル化がなされた舞台、ミュージカル『燃ゆる暗闇にて』が東京・サンシャイン劇場で上演中だ(13日まで)。

『燃ゆる暗闇にて』は、スペインの巨匠と謳われる劇作家アントニオ・ブエロ・バリェホが、盲学校を舞台に人と人との対立や葛藤を繊細に描き、真の幸福とは?という人間の普遍的なテーマに切り込んだ作品。そんな戯曲が、2023年韓国ミュージカル界で勢力的に活動を続ける名コンビ、ソン・ジョンワン演出、キム・ウニョン作曲・音楽監督の手で新作ミュージカルとして生まれ出た。今回の上演はそのミュージカル版の日本初上陸で、2022年新国立劇場演劇研修所第16期生試演会にて、原典戯曲の台詞劇を演出している田中麻衣子がミュージカル版演出も担当。戯曲の持つテーマを深く理解した、ロックテイストの音楽のなかから、芝居部分の輝きがより前に出てくる舞台が展開されている。

【STORY】
ドン・パブロ盲学校。ここに通う生徒は全員、光を感じることができない。だが杖を使わずに自由にふるまい、自分たちの障害を障害として意識しない、という、盲学校の創設者ドン・パブロと、その妻であり、講師であるドニャ・ペピータ(壮一帆)の教育方針のもと、生徒たちは守られた校内で、不安を感じることなく明るく生活していた。
彼らの中のリーダー格であるカルロス(渡辺碧斗)とホアナ(熊谷彩春)は、誰もが羨む優等生カップルだし、同じクラスのミゲリン(コゴン)とエリサ(高槻かなこ)も恋人同士。また、自分を決して可哀想だとは思わず明るく生きているアンドレス(雨宮翔)やアルベルト(松村優)、姉妹のように仲の良いロリータ(菅原りこ)とエスペランサ(日髙麻鈴)など、他の生徒たちも光を感じないことを意識せずに毎日を謳歌していた。


そんな学校に、長期休み明けの学期初日、転校生イグナシオ(佐奈宏紀、坪倉康晴Wキャスト)がやってくる。イグナシオはカルロスやホアナが、校内で自由に行動する為の障害物のない動線を覚える手助けをしようとするのを断固拒否し、自分たちが盲目であることを忘れず、その現実を見て生きるべきだと主張。その為の道標である杖を決して手放そうとはしなかった。
見える世界への憧れを隠さず、光を渇望するイグナシオの態度は、校内で自由に行動できることで自信を持っていた生徒たちの信念を揺るがせ、光が見えないという現実を次第に突き付けていく。
「多くを望まず、与えられた世界に満足することでこそ救われる」という学校理念を信じるカルロスと、「現実を受けとめ、足りないものを自覚して希望を抱くことでしか生きる道はない」と説くイグナシオ。二人の対立はやがて、平穏だった学校の混乱を深めていき…

アントニオ・ブエロ・バリェホの戯曲は、20 世紀半ばのフランコ政権の圧政に反発する作家が、独裁政権下への抗議の声を殺し、見ないふりをしながら息をひそめて生きるしかなかった人々への暗喩を込めて書かれた作品とも捉えられていて、近現代スペイン演劇史における重要な作品のひとつとして位置づけられている。そういう戯曲の成り立ちに目線を置くと作品内で起きていることのすべては、全く別の色合いを放ってもくるが、それをひとつ胸に納めた上で、目の前で繰り広げられている若いキャストたちの演技に接すると、とても一筋縄ではいかない、多くの難しさを内包した作品に懸命に取り組んでいる姿から、感じるものは極めて多い。特に互いが見えていないという芝居、しかも幕開きからしばらくは大きな支障なく学内で生活ができているという設定は、かなり難易度の高い演技力を要求されるものだろう。そのなかで、決して視線は合わさないまま、キャストたちが互いの芝居に呼応していく様が適度に自然で、また適度に違和感を持たせる動き方で成り立っているのに感心させられた。

しかもそれが良きにつけ悪しきにつけ、ひとつの秩序のなかで成立していた世界に、その秩序を全く知らずに、別の価値観を持った新たな人物が現れることによって世界が大きく動いていく、という筋立ては、ドラマ創りの定番中の定番とも言えるものだ。そのある意味オーソドックスな構成のなかで、あくまでも秩序を守ろうとする者。新たな風に影響を受けていく者。双方の主張に揺れていく者、が次々に現れてくるしつらえは、例えばひとつの学園ドラマとして作品を捉えたとしても、至極馴染みやすい世界観で、若いキャストたちの迷いや対立に心を寄せずにはいられない。

特に、そう簡単な区分けができるものではないが、あくまでも便宜上大きく言うなら、大迫力の俳優の歌声を根幹に、感情の振幅をドラマチックに展開していく韓国ミュージカル王道のテイストから、言葉と歌詞の意味を掘り下げて、ドラマとして理解を深めようとする日本ミュージカル界のスタイルに寄り添った演出を田中麻衣子が施したのが印象的。怖れさえ引き起こす暗転、彼らには見えない星空の提示、敢えて無音の時間が続く間の取り方などに大きな意味を感じさせるし、落合崇史が音楽監督を務める、ロックテイストで貫かれた多彩なミュージカルナンバーにも、芝居歌の色合いが濃い場面があって、初上陸の「日本版」としての個性がきちんと立った舞台になっている。

そんななかで、盲学校のリーダー・カルロスを演じる渡辺碧斗は、学内の優等生で面倒見の良い兄貴分な雰囲気を醸し出し、絶対的なカリスマというよりも、同じ仲間の1人だと感じさせるカルロスを構築している。そこに親しみやすさが終始覗くからこそ、イグナシオが転入して以降、孤立を深めていくカルロスの焦燥がよく伝わり、ドラマ展開の緊張感を高めた。スッキリとした立ち姿も役柄によく合っている。

対するイグナシオはWキャストで、佐奈宏紀は自らが全盲であることへの鬱屈から閉ざしていた心が、彼には欺瞞としか感じられない盲学校の教えへの反発が強い怒りとなり、ある意味イグナシオを奮い立たせるエネルギーになっていく、力感溢れる骨太な演技が強い印象を残す。視覚障害に対して現在は使わない呼称を敢えて口にすることにも、イグナシオの信念を感じさせた。

一方の坪倉康晴は、劇中イグナシオが例えられることになる、とある孤高の存在への連想が自然な、盲学校に混乱を巻き起こすのも無理がない異質な雰囲気を、初登場時から全身に纏っていて、佐奈とは全く見え方の異なるイグナシオとして存在しているのが興味深い。当然ながら周りの芝居、特に対峙するカルロスや、二人の間で心を痛めるホアナとのやりとりの香りも異なり、見比べる面白さにあふれたWキャストになった。

そのホアナの熊谷彩春は、カルロスと人も羨む理想的なカップル、つまりは学校の花形生徒としての溌剌とした愛らしさを振りまいている初登場シーンから、イグナシオを学校の仲間として受け入れたいと思うあまりに発したひと言に、やがて呪縛されていく役柄を、繊細にまた可憐に演じている。持ち前の歌唱力も光り、複雑な重唱も用意された作品の音楽面にとっても貴重な存在だった。
生徒たちのムードメーカーで、場を和ませる為には積極的に道化的な振る舞いもしているミゲリンのコゴンは、そうした自分のポジションに心の底では抵抗があっただろうからこそ、イグナシオに急速に傾倒していく変化の表出が自然。男性キャストのなかで一歩前に出ている歌唱力も大きなパワーになり、役柄の印象を深めた。

その恋人エリサの高槻かなこは、学校の空気がイグナシオの指し示す光への渇望、奇跡を待つ心に急速に傾くなか、決して流されることなく行動するエリサの、人並外れた勘の良さを全身で表現。ミゲリンへの恋心と共に、ホアナの揺れる心にもいち早く気づくからこその惑いもよく表していた。
自分は決して可哀想な存在ではなく、たくさんの幸福を持っていると信じるアンドレスの雨宮翔(GENIC)は、その想いが強かったからこそ、ここにいる全員可哀想な盲人だと言い放つイグナシオを無視できなくなる変化が痛々しい。そこからすると磊落なアルベルトの松村優は、カルロスとイグナシオの対決で、カルロスに疑問を感じてからの心の変化がストレートで、カルロスの孤独を深めることにつながる作品の重要なピースとして気を吐いた。

ほとんどの場面で共にいる、この年頃の女子生徒らしい造形がなされているロリータの菅原りこと、エスペランサの日髙麻鈴は、小柄な日髙のエスペランサの方がしっかりしていて、動揺や恐怖を露わにするロリータの菅原を終始リードしている二人の関係性がしっかりと見て取れるのが、キャラクターをより立たせている。二人共にくっきりとした美貌の持ち主だが、そのビジュアルの良さにも個性があり、おっとりと優しい雰囲気の菅原と、久々に待望の舞台に帰ってきてくれた日髙のポテンシャルの高さも良い対比になっている。

そして、朝の挨拶から、指導への返答まですべてに「おはようございます、ドニャ・ペピータ」「はい、ドニャ・ペピータ」と、自分の名前を言うよう課している、盲学校創設者ドン・ペドロの妻で、学校の講師のドニャ・ペピータの壮一帆が、生徒たち、引いては若いキャストたちを率いている役柄と、壮本人が持つ卓抜したリーダーシップをシンクロさせた造形で、作品はもちろん戯曲の暗喩までを想起させる鉄壁の存在感を示した。学内の規律を乱したイグナシオへの対策を考え始める後半の展開の一挙手一投足から目が離せず、作中ドニャ一人だけがすべてを見ることができる、という設定がどんな結末に向かっていくかは是非舞台で確かめて欲しい。
総じて、難しい題材に挑んだ全員が舞台に発する熱量が非常に高く、戯曲が見据えた多くのものはもちろん、「足るを知る」か「現実に抗う脱却か」という、誰もが人生で意識する瞬間を持つだろう、何をもって幸福と捉えるかに思いを馳せさせる舞台だった。

初日を前に佐奈宏紀イグナシオで実施されたゲネプロののち、坪倉康晴も加わったキャスト全員が揃っての会見も開かれ、それぞれが公演に向けての思いを語った。


【初日前会見】


───お一人ずつ、役柄と作品への意気込みをお願いします

渡辺碧斗 カルロス役の渡辺碧斗です。今日はありがとうございました。今回の舞台は先生役の壮(一帆)さんに見守ってもらいながら、同年代の僕たちメンバーが一緒に稽古場から1ヶ月創り上げてきて、すごく僕自身支えられた部分があります。稽古場でやってきたことをそのまま精一杯出せればいいなと思います。

佐奈宏紀 イグナシオ役の佐奈宏規です。一筋縄ではいかない脚本にキャスト全員一丸となって立ち向かって創りあげてきました。たくさん伝えたいことがありますが、なかなかひと言ではまとめられない作品だと思うので、是非劇場で観て、感じて、何かを持ち返ってもらえたらなと思います。魂や、苦しみや、何から何まで燃やして千穐楽まで突っ走っていきたいと思いますので、応援よろしくお願い致します。

坪倉康晴 イグナシオ役の坪倉康晴です。ここまで稽古場からみんなで一丸となって創ってきて、僕自身個人的にWキャストがはじめてで、今回は佐奈ちゃんとイグナシオをWキャストでやらせていただくんですけど、また違ったイグナシオがふたパターン観られると思うので、それによってもたぶん作品全体の流れも、また違った風景が観られるのかな?と思っております。是非二人のイグナシオを観ていだたければと思います。頑張ります。最後までよろしくお願い致します。

熊谷彩春 ホアナ役を務めます、熊谷彩春です。今日はありがとうございました。本当に壮(一帆)さんはじめ、素敵なキャストの皆さんと一緒に一丸となって創り上げてきたこの作品、同年代の方々がすごく多くて稽古後も「放課後」と言いながら、みんなで残っては練習に励んでいた1ヶ月だったので、是非そこで頑張ったものを観ていただけたらなと思います。本当に毎回毎回、一瞬一瞬の化学反応で全く違うことが起こるので、自分自身ドキドキを忘れないで千穐楽まで駆け抜けられたら嬉しいです。

壮一帆 ドニャ・ペピータ役の壮一帆です。今回は私一人大分年上ということで、皆を見守る先生役です。顔合わせの時から今日まで本当に毎日、毎日みんなの上がっていくボルテージだったり、技術的なことだったり、何よりもみんなが作品に懸ける思いがとても前向きで、年下のみんなに背中を押してもらうことが大変多い稽古場だったと思います。ですからこの勢いのまま千穐楽までみんなをちゃんと愛して、良い学校の先生でありたいなと思っております。

コゴン ミゲリン役のコゴンと申します。今日は来ていただき本当にありがとうございます。今回の作品はキャストの皆さんと頑張って準備したので、初日に向けて緊張していますが、最後まで自分が演じるミゲリンと他の友人とのケミストリー、色々な姿を見せる機会になるのではと思いますので、是非劇場でお待ちしております。楽しみにしていて下さい!

高槻かなこ エリサ役の高槻かなこです。私自身初めてのミュージカルへの挑戦になるのですが、本当の学校の生徒たちのように、少し難しい楽曲もありますが、そういったものにもみんなで練習して取り組んできました。私たちは目の見えない生徒の役ということで、舞台上で音を聞きながら、本当に耳を立てながら頑張って演じているので、是非観にきていただいた皆様にも私たちの姿を目と耳で焼き付けて欲しいなと思っています。楽しみにしていて下さい。

雨宮翔 アンドレス役をやらせていただきます雨宮翔です。初日から千穐楽まで最初から最後まで心して頑張りたいと思います。稽古中は色々大変なこともたくさんあったのですが、キャストの皆さんと手を取り合いあがきながらここまで一生懸命創ってきました。楽しみにしてくれたら嬉しいです。

松村優 アルベルト役の松村優です。本日はありがとうございます。この作品はすごく繊細で、難しい部分もたくさんあるのですが、稽古場でみんなとたくさんコミュニケーションをとりながら、いっぱい話し合って創ってきた作品です。一人ひとりが思う個性だったり、正義だったりがどこのチームもハッキリしているので、誰目線から観ても違った感覚で楽しめる作品だと思います。是非色々な役柄の視点で作品を楽しんでいただけたら、すごく面白く観てもらえると思います。よろしくお願い致します。

菅原りこ ロリータ役を務めさせていただく菅原りこです。皆様今日は劇場まで足を運んで下さり本当にありがとうございます。とても頭を使う作品で、私は脳みそが柔らかい方ではなく、硬い方だと思うので難しかったのですが、皆さんと一緒に力を合わせて間に合ったので、麻鈴ちゃんともいっぱいお話をさせていただいて、頑張って参ります。

日髙麻鈴 エスペランサ役を務めさせていただきます日髙麻鈴です。今回このカンパニーのなかで私は最年少になるのですが、台本をいただき、楽曲を聞いてからものすごく難易度の高い、エネルギーのある物語だなと思って、とてもプレッシャーを感じていました。でも本読みから約1ヶ月間経って、皆さんと稽古場で稽古をさせていただくなかで、皆さん本当に個性豊かで、優しくて、温かくて、その優しさに支えられながら全力で、100%でこの1ヶ月間の稽古に挑めたと思っています。約1週間の短い公演期間ではあるのですが、全力で皆様にこの舞台を届けられたらと思っています。最後までよろしくお願い致します。

──イグナシオ役のお二人の印象を短く語っていただくとすると?

高槻 (全員がえぇ、どうする?どうする?と言い合っているので)私は(坪倉を)セクシーだなと。(佐奈は)ワイルドです。

渡辺 あぁ、でも俺もちょっと似てるかもしれない。稽古場での印象になっちゃうんですけど、(坪倉を)柔と(佐奈を)剛。柔らかい感じとパワーという感じをすごく受けました。

──壮さんからみどころを是非。

壮 今回の特色のひとつとして、盲学校が舞台だということがひとつあると思います。私たちもこの作品に携わることになってから、改めて目の見えない方々、耳の聞こえない方たちのことを考える機会になったんです。ですから実際に調べたり、教えていただいたりしながら、障害を持っていらっしゃる方々がどういうところに不安を感じるのかということ、普段の生活のままだったら触れないままに過ごしていたことを、学ぶことができたんです。ですからやはり観に来てくださったお客様にも、いま一度世の中に決して少なくない数の聴覚障害の方々、視覚障害の方々に思いを馳せる機会になったらすごく嬉しいなと思って、私はこの作品に携わらせていただいております。今回は視覚、聴覚障害の方へのサポート対象公演もあって、私は実際に稽古場で手話をされている方を見た時に、心の底からなんて美しい所作なんだろうと感動したんです。演者と同じように表情も豊かだし、手先だけではなく身体全体で表現されている姿を見て、とても美しいなと思ったので、もしその公演を観にこられることがあれば、手話の方にも目を向けていただけたらこの作品が倍楽しめるのではないかなと思っておりますので、その辺りもどうぞよろしくお願い致します。

──では最後に渡辺さんから、楽しみにされている方たちにメッセージをお願いします。

渡辺 今回は盲学校が舞台になっているのですが、扱っているテーマは全ての人に当てはまるものだなと思っています。観ていただいた方が感じることはそれぞれだと思いますが、個人的には自分の幸せを見つめ直すきっかけになったり、自分の幸せの方向性を決める時、何かの選択の時にこの作品のことがよぎっていただくようなものになればと思っております。キャスト一同誠心誠意最後まで走り抜けていきますので、応援のほどよろしくお願い致します。


【公演情報】
ミュージカル『燃ゆる暗闇にて』
In The Burning Darkness
Original Script by Antonio Buero Vallejo
Book & Lyrics by Sung Jong Wan
Music by Kim Eun Young
演出:田中麻衣子
音楽監督:落合崇史
翻訳:吉田衣里
上演台本・訳詞:オノマリコ
出演:渡辺碧斗/佐奈宏紀 坪倉康晴(Wキャスト)
熊谷彩春/コゴン 高槻かなこ
雨宮翔(GENIC)松村優 菅原りこ 日髙麻鈴
壮一帆
●10/5~13◎サンシャイン劇場
〈料金〉S席:11,000円 A席:9,000円 U-18チケット:6,000円(全席指定・税込)
※Wキャスト出演日程、イベント日程など詳細↓
〈公式サイト〉https://musical-moyuru-kurayami.jp/


【取材・文・撮影/橘涼香 坪倉康晴舞台写真/©岩田えり/ミュージカル『燃ゆる暗闇にて』製作委員会】

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!