パルテノン多摩公演『リーディングシアター GOTT 神』いよいよ開幕! 石丸さち子・石井一彰 インタビュー

橋爪功はじめ8名の精鋭男優陣の出演で、フェルディナント・フォン・シーラッハ作の2020年の戯曲をリーディング形式で上演するパルテノン多摩公演『GOTT 神』。石丸さち子の演出で、臨場感と親近感が交差するであろう注目の公演が、10月11日についに開幕した。

作品のモチーフとなるのは、倫理的に、また宗教的にも長きにわたってタブーとされてきた「自死の是非」。愛妻を亡くし今後は生きる意味はないと考える1人の老人が、医師に薬による自死の幇助を求める。その是非をめぐって、ドイツの倫理委員会主催の討論会が開かれ、法学、医学、神学など各分野の参考人、そして老人の主治医や弁護士が意見を述べ合い、議論が展開される。

この注目作を演出する石丸さち子と、キャストの1人で、参考人となる法律家リッテン役の石井一彰に、この作品について語ってもらった。

石井一彰 石丸さち子

「正しいことをしてね」という妻の言葉

 ──まだ稽古が始まる前という時期の対談ですが、お二人はこれが初対面だそうですね。

石丸 そうなんです。もちろん作品は拝見しています。

石井 僕も石丸さんが演出された舞台は何本も拝見しています。ただここ10年ぐらい映像での仕事が多くなったことで、観る機会が少なくなっていたのですが、僕の仲の良い友人たちがよく出演していて、彼らからお名前を聞くたびに、僕もぜひご一緒したいなと思っていたので、今回はとても嬉しいです。

石丸 私も嬉しいです(笑)。

──出演の8人の方々は皆さん錚々たる俳優さんばかりですね。

石井 以前共演している方も何人かいるのですが、改めて見るとすごい顔ぶれの方々で、最初は正直ちょっと震えました(笑)。僕は40歳になったのですが、今ここで石丸さんの演出でこの方たちと一緒に作品を作れることはすごく大きいことですし、それだけに責任感というか使命感みたいなものに押し潰されそうです(笑)。

石丸 (笑)。

──石丸さんはミュージカルからストレートプレイまで幅広く演出されていますが、今回この作品を手掛けようと思ったのはどんなところから?

石丸 最初にプロデューサーから、上演を前提ということではなく、「この本をどう思いますか?」という形でお話があったんです。それで読んでみたら1人の老人の自死についての議論で、すでに法廷では判決が出て認められているのに、さらに倫理委員会という場で討論するという話なんですね。そしてそうなったのは、愛妻を亡くしてこの後は生きる意味はないと考える1人の老人、ゲルトナーの意志で、彼は亡くなった妻に「正しいことをしてね」と言われたことで、もしスイスに行けば安楽死できるわけですが、彼はそれをせずに、「致死量の薬を倫理的に自由だと任された医者に処方してもらうことが許されるかどうか」を倫理委員会にかけるわけです。苦しい闘病生活の果てになくなった妻の「正しいことをしてね」という言葉を大事にしたいから、自分個人の問題としてだけではなく、この世界に対して持ち出したわけです。そこが私にとって、この作品をやる意義があると思ったところで、この倫理委員会で闘わされる議論は、沢山の揺らぎを起こすんです。議論が苦手な日本人にとって大変興味深いですし、だからこそ今のこの時代に上演する意義があるんです。

人間らしさというものが問われる

──石井さんが演じるのはドイツの法律家で、ベルリン自由大学法学部教授のリッテンという役です。

石井 これまでも法の下で生きている人間や、法の上で正義を生きる役も演じていますが、法律家は初めてです。リッテンという人は倫理委員会でいろんな人から質問されても、「法律ではこうです」とか「法律的にはこうなります」と、法に基づいて答えていくわけです。ただ、僕個人としては法律では割り切れないこともあって、たとえば横断歩道を赤信号で渡るのは法に反していますが、もし足の悪いお年寄りが渡り切れてなかったら、車側としては待つべきなのか、クラクションを鳴らしてなるべく早く去らせるのか、状況によってそれぞれの倫理観が問われたりしますよね。

石丸 そうですね。面白いのは、この倫理委員会ではそれぞれ自分の職業的倫理からしか話さないで、人間として話さないんです。そこに橋爪功さんが演じる弁護士ビーグラーが登場して、様々な視点から非常に巧みなディベートで彼らの足元に揺らぎを掛けていくんです、そのときに何が出てくるかを観ていただくことが、この本の面白さだと思うんです。今の赤信号の話も、人間的なところで考えれば、答えはとてもシンプルだと思うんです。

石井 そうですね。

石丸 誰もが命をもらった限りは生ききることが大事なのか、その命を自分のものとして責任を持って生きようとしたとき人間らしく死んでいくことを望んでもいいのか? とすると人間らしさとは何かということが問われる。これはそういう台本だと思います。

──石井さんは法律家リッテンを演じるうえで、今考えていることは?

石井 皆さんと稽古で向き合う中で生まれるものが沢山あるのだろうなと。僕は橋爪(功)さんが演じるビーグラーとの質疑もあるのですが、これからの稽古で、ビーグラーとしてリッテンにどんなふうに質問を投げかけてくるのか、そして相手が変わるごとにそれぞれとどう向き合われるのか、すごく楽しみです。またリッテンは倫理委員会のケラーとの質疑もあるのですが、その中でナチの時代に行われた「価値のない命」、たとえば障害を持った人たちの安楽死などに法律が悪用された話なども出てきます。そういう場面なども、ケラー役の岡本圭人さんと実際に向き合って対話することで、リッテンの内面に生まれるものがあると思っているんです。とにかく錚々たる方々ばかりですし、その方々に僕が法律家リッテンとして向き合うためには、知識も必要ですし、やはり自分にとっての「死」というものについてきちんと考えて、この『GOTT 神』という作品の中のリッテンとしてやりとげないといけないと思っています。

死について考えることは生について考えること

──今のお話に出たケラーですが、医師でもあるのですが、安楽死には反対の立場をとっていますね。

石丸 この2人の対話も面白いですよね。ケラーは自分の立場をまもるため、医師の仕事がどういうものであるかを立証していきますし、また彼がリッテンに法律家としての意見を求めるとき、リッテンも法律家としてあらゆる方向から例も出しつつ立証していくのですが、議論としてはとても面白いしわかりやすいですよね。

石井 確かに出てくる用語は難しいですけど、議論はわかりやすいです。

石丸 ですから演出家としては、ここに書かれている言葉が生きた言葉になるように、石井さんや岡本さんを含め、8人の俳優さんたちと対話をしていくことが私の仕事だと思っています。

石井 今回はリーディング作品ですが、石丸さんはどんなふうに演出されるのですか?

石丸 リーディングという形には、戯曲をそのまま読んで紹介するような場合もあれば、リーディングではあるけれど、出演者たちが演じることに意味を持たせる形もあって、今回は後者になります。そしてこの作品は、どういうふうに議論が進んでいったかを言葉としてきっちりと伝える必要があると同時に、今を生きている人間としてその言葉を発するときに、その人の中に何が動いていくかということを生かしたいんです。石井さんが法学者として言葉を発するときに、石井さん自身がそのとき何を感じているか、その温度感が伝わってこそのキャスティングだと思っています。そういう意味では、倫理委員会委員長の三浦涼介さんや医者の岡本圭人さん、法学者の石井さんもそうですが、役割のわりには演者が若いかもしれません。でもそれぞれの死生観とか、生きること死ぬことへの思いがあるはずですし、俳優という職業は自分の人生以上の役の感情を想像したり、理解することができるんです。リーディングではあっても、役へのアプローチは同じです。

石井 よくわかります。

石丸 それにこの本に書かれていることって、そんなに難解じゃないんです。議論をする中でわざと難しく語ろうとする人物も出て来ますが、そこをビーグラーがどんどんわかりやすくしてくれますから。また、言葉という二次元のものを立体化するときに、ちゃんと心と体を動かす人が集まっています。ですからリーディングシアターという形式ですが、シアターという言葉のほうに重きがおかれていくと私は思っています。この作品は自分の生きることに関わってくる作品なんです。私も年齢的に人生の折り返し点にきたことで、自分が終わるときのことを考えるのですが、死について考えることは生きることについて考えることだし、生について考えることなので、これは若いお客様にこそ観ていただきたい作品なんです。その作品をものすごく魅力的な8人の俳優がその場でお客様に橋渡しする。その瞬間はお互いに、きっとそれまでとは違った感覚で「生と死」について考える時間になると思っています。

「私はまっとうな人間として死にたいのです」 

──石井さんはまだお若いですけど、やはり「生と死」について考えたりしますか?

石井 実は共演者の同級生が亡くなったり、先輩俳優の方が亡くなられたりした時期にこの本をいただいたので、やはりいろいろ考えさせられました。それに尊敬する俳優さんの終活の話など聞くと、これが自分が買う最後の車になるのかなとか、1つ1つそういうことを考えて暮らしていると聞くと、僕の父親も同じ年頃だから同じように感じているのかなとか、とても身近な話として捉えられるんです。それに、知っている人が亡くなるとすごく悲しいのですが、その悲しみはいつのまにか薄れていって、その人が生きていた姿や病気と闘っていた姿のほうがいつまでも浮かんできます。そう考えると、僕自身が「死」を前にしたらどうなるんだろうとか、じゃあどう生きればいいんだろうとか考えさせられる瞬間が沢山あるんです。そういう中で、今までは目の前の仕事に追われていたけれど、この一日一日が積み重なった先に「死」があるとしたら、1つ1つの仕事への向き合い方も違ってくる。そして、そう思うと死ぬことの恐さも半減するような気がするんです。だから石丸さんがおっしゃった「死を考えることは生きること」という言葉が、とてもよくわかります。

石丸 この作品の冒頭の部分で、ゲルトナーが言う「私はまっとうな人間として死にたいのです」という言葉を読んで、胸を打たれたのですが、どんな人も自分の意志通りに体が動かなくなったり、自分の思考力が止まった状態で世話をしてもらわなくてはいけなくなったり、自分の知力では生きていけなくなったまま生きるのは怖いです。それは人間の尊厳の問題に繋がるのですが、今の石井さんの話のように、人生に真剣に向き合って生きているからこそ、まっとうな人間としての死に方を考えるのだろうなと。この『GOTT 神』という作品は、「この命は誰のものなのか? 命の終わりまで自分で選べるのか?」ということを、いろいろな立場から考えさせてくれる作品なんです。

──そんな作品を観にこられる観客の方へ、改めてメッセージをいただけますか?

石丸 8名のすごく魅力的な俳優が、生きること、そして自分で自分の死を選ぶことができるのか、自分で死を選びたいときに他者に協力を求めていいのか、答えの出ない問題に関して、様々な観点から多面的にお客様にお届けします。そして観終わったとき、「ああ、楽しかった」というよりは、少し考えていただくことになります。この8名の俳優と一緒に、そして作者と一緒に、さらにこの上演を企画して進めてきた人たち全員と一緒に考える。それはとても大きな体験になると思いますし、考えてみるということが、今日のために、明日のために、とても素敵なことになると思います。ぜひこの8名と一緒にこの作品を体験しに来てください。

石井 先ほども言いましたが、使命感に押し潰されています(笑)。でも、自分がこの作品の一部となって、人として本当に大切なことをお客様に伝えるというたいへんなことでも、このメンバーと一緒だったらできる、という実感も湧いています。ですから観に来てくださる方には、「軽い気持ちで来るなよ!」と。

石丸 (爆笑)。

石井 いや、言い方を間違えました!「本気でやるから、本気で来いよ!」という意味です。

石丸 すごくいいと思います(笑)。

石丸さち子 石井一彰

(プロフィール)

いしまるさちこ○兵庫県出身。演出家・劇作家。早稲田大学演劇専攻卒業。蜷川幸雄作品に俳優、演出助手として数多く参加。2009年に演出家として独立後は、自主企画制作(Theater Polyphonic)で演出作を発表し、俳優私塾を開いて育成にも情熱を注ぐ。13年、NYオフブロードウェイ演劇祭MITFに招聘された『Color of Life』で最優秀ミュージカル賞・演出家賞・作詞賞などを受賞。現在はミュージカル・ストレートプレイの演出、作・作詞・演出のオリジナルミュージカル等を多数手がけている。近年の主な作品に『ボクが死んだ日はハレ』『ひりひりとひとり』(作・演出)、『BACKBEAT』(翻訳・演出)、『マタ・ハリ』『いとしの儚』「キオスク」『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~』『オイディプス王』(演出)、『鋼の錬金術師』(脚本・演出)などがある。

いしいかずあき○東京都出身。学習院大学経営学部経営学科卒業。2006年に東宝ミュージカルアカデミーに第1期生として入学。07年ミュージカル『レ・ミゼラブル』で俳優デビュー。近年の主な出演舞台は『宝塚BOYS』(10年・18年/演出:鈴木裕美)、『天使について』『シデレウス』(共に22年/演出:田尾下哲)、『LOVE LETTERS』(23年/演出:藤田俊太郎)、ミュージカル『ダーウィン・ヤング 悪の起源』(23年/演出:末満健一)、ミュージカル『SMOKE』(24年/演出:JUNG HWA CHOO)他。テレビドラマは15年から毎年『科捜研の女』にレギュラー出演その他。21年に『科捜研の女』劇場版で映画に初出演し、以降映画にも出演を重ねている。

【公演情報】
『リーディングシアター GOTT 神』
作:フェルディナント・フォン・シーラッハ
翻訳:酒寄進一(2023年 東京創元社「神」)
演出:石丸さち子
出演:橋爪功/三浦涼介 岡本圭人 浅野雅博 石井一彰 玉置孝匡 瑞木健太郎/山路和弘
●10/11〜14◎パルテノン多摩 大ホール
〈料金〉8,000円(全席指定・税込・未就学児童入場不可)
〈チケット取扱〉https://www.cnplayguide.com/parthenon/login.asp
〈お問い合わせ〉パルテノン多摩 042-376-8181
〈公式サイト〉https://www.parthenon.or.jp/event/202410gott


【取材・文/榊原和子 撮影/田中亜紀】 

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