シス・カンパニー公演『桜の園』峯村リエ・池谷のぶえ インタビュー

帝政ロシア末期の社会を舞台に、没落してゆく社会と人間をみつめ、多くの傑作戯曲を遺した劇作家アントン・チェーホフ。ある者は過去の栄華にしがみつき、ある者は新しい時代を夢見て前へ前へと歩み始める・・・。そんな人間たちを描いたチェーホフ四大戯曲、『かもめ』『ワーニャ伯父さん』『三人姉妹』『桜の園』に、ケラリーノ・サンドロヴィッチが挑むシリーズ KERA meets CHEKHOV。その最終章となる『桜の園』がいよいよ12月8日に世田谷パブリックシアターで開幕する。(27日まで。そののち大阪・福岡公演あり) 

《『桜の園』 STORY》 
19世紀末のロシア。桜の木々に囲まれた、もはや没落している貴族の屋敷に、長く外国に滞在していた女主人ラネーフスカヤ夫人(天海祐希)が、迎えに行った娘のアーニャ(大原櫻子)と家庭教師シャルロッタ(緒川たまき)と共に数年ぶりに戻ってきた。兄のガーエフ(山崎一)、留守中の屋敷を切り盛りしていた養女のワーリャ(峯村リエ)や老僕フィールス(浅野和之)は再会を喜ぶが、実は屋敷の財政は火の車・・・。
この家の元農奴の息子で、今は商人として頭角を現しているロパーヒン(荒川良々)は、かつての主家を救おうと救済策を提案するが、ラネーフスカヤ夫人やガーエフは現実に向き合えず、浪費を繰り返す。また、隣の地主ピーシチク(藤田秀世)は借金を申し込み、屋敷の事務員エピホードフ(山中崇)は、小間使いのドゥニャーシャ(池谷のぶえ)に求婚しているが、彼女は外国帰りの夫人の従僕ヤーシャ(鈴木浩介)に夢中だ。
そして、夫人の亡き息子の家庭教師だった大学生トロフィーモフ(井上芳雄)は、来るべき時代の理想像を、アーニャに熱く語っている。そんな中でついに抵当に入れられていた領地が、競売にかけられる日がやってきた。 果たして「桜の園」と呼ばれる屋敷の運命は…?

ケラリーノ・サンドロヴィッチ(以下KERA)の上演台本と演出によるこの作品で、養女のワーリャ役の峯村リエ、小間使いのドゥニャーシャ役を演じる池谷のぶえに、本作の内容や役柄を語ってもらった。

峯村リエ 池谷のぶえ 

「チェーホフさんならどうするか」

──まずチェーホフの『桜の園』についてですが、池谷さんは以前、『24番地の桜の園』(2017年)という串田和美さん演出の公演で出会っていますね。

池谷 その公演は串田さんが物語の順番をバラバラにして、コラージュとして構成し直して上演したものだったので、今回改めて原作と向き合っているという感じがします。この公演の台本や演出については、KERAさんがインタビューなどで、「チェーホフと握手をしたい」とおっしゃっていたように、KERAさんの色を前面に出すというより、どうしたらあの時代のチェーホフの作品と仲良く並走できるか、そこを大事にされているように感じています。そしてお稽古をしている中で、串田さんの『24番地の桜の園』を振り返ると、「あの『桜の園』もすごく良く考えてコラージュされていたんだな」と思いますし、おかげでいろいろな視点からこの戯曲を感じられます。

──ナイロン100℃の劇団員でもある峯村さんから見て、KERAさん版『桜の園』ならではという部分はいかがですか?

峯村 やはりKERAさん独特の人間の滑稽さや可笑しみを、より強く出しているように思います。でも別に笑わせようということではなく、その人が真剣に生きようとすればするほど出てくる可笑しみであり滑稽さであって、そういう色がこの『桜の園』でも、KERAさんらしさとして出ている気がします。

──その作品のキャストですが、ほとんどがKERA作品の常連と言ってもいい方々ですが、その中で、天海祐希さん、大原櫻子さん、荒川良々さんは初参加です。

峯村 稽古場に新鮮な空気を持ち込んでくださっていますし、さすがだなと思うのは、KERAさんの演出の仕方を感覚的にどんどん理解して吸収されているので、皆さんすごいなと思います。

池谷 初めて参加される方たちから感じる新鮮さを、KERAさんも喜んでいらっしゃるのを感じます。常連さんたちの芝居はもう分かっていらっしゃるけれど、例えば新しいお店に行って新しいお料理と出会う楽しさみたいなものを感じているのかなと。新しい笑いなども出てきていますし。

──そのお三方ともコメディに強いですよね。天海さんも劇団☆新感線などではコメディエンヌの部分を見せていたりします。

峯村 ご本人もとても面白くて可愛い方です(笑)。

池谷 そうなんですよ!

──KERAさんの演出はよく知っていらっしゃるお二人から見て、今回の稽古場はどんな感じなのでしょう?

峯村 よく出演している人にはある程度やらせてみて、逸脱しそうになったらKERAさんの考えで「こういうのはどうですか?」と言ってくれます。でも今回とくに感じるのは、常に「チェーホフさんならどうするか」ということを考えながら演出していることで、そこはオリジナル作品との違いだと思います。私などがつい自分のやりやすい感じでやってしまったりすると、「そこはチェーホフの人物とちょっと離れてしまうから」と。

池谷 やはりチェーホフの四大戯曲の最後の作品ということもあって、KERAさんが熱量高く向き合っているのを感じますね。演出されている姿にも、もっとチェーホフさんを分かりたいとか、もっと良いものにできるはずだとか、そういう思いやパワーを感じます。

峯村 この『桜の園』は、2020年にコロナ禍で初日前日に中止になっているのですが、一度ちゃんと作ったことで、土台が出来ていただけに、KERAさんの中にも、さらに新しいものにしたい、もっと濃いものにしたいという思いがあるのではないかと。

池谷 私もそう思います。もっともっと豊かにできるというその可能性を探っていらっしゃるのを感じます。

自分と重なる部分プラス時代性

──お二人の役について伺います。峯村さんは天海さんが演じるラネーフスカヤ夫人の養女ワーリャです。 

峯村 最初は生真面目な頭の固い独身女性というイメージを持っていたのですが、演じているうちにどこか自信のない、弱いところを持っている人かなと思うようになりました。それに、やはり19世紀末という時代の女性ですから、想い合っているロパーヒンとの関係も自分からはアプローチしないで、ただ待っているだけなんですよね。そういう面では頭が固いうえに自信がなさすぎで、ちょっと面倒くさい人かなと(笑)。

池谷 (笑)。

──そんなワーリャへのアプローチはどんなふうに?

峯村 私にも頭の固い部分というか、頑なになるところもあるので(笑)、気持ちはわかりますし、重なる部分にプラス時代性なども考えながら作っていこうと思っています。

──ワーリャは華やかな家族の中では地味な存在ですが、ロパーヒンとともにこの物語の鍵を握る人物ですし、ある強さも感じます。

峯村 それは感じます。それに常に肩に力の入っている人物で、そのせいか稽古が終わると本当に疲れていて、今までにないぐらい背中や肩が張ってます(笑)。

──池谷さんは小間使いのドゥニャーシャで、パリ帰りの従僕ヤーシャに熱をあげます。

池谷 原作のイメージですと若くて可愛い女優さんが演じる役だと思いますし、たぶんオーソドックスにその年頃の女優さんが演じたらすごくスムーズにいくと思うんですけど、今の私がこれを演じるためには、まず土台を搔き混ぜて、そこから作り上げる必要があったので、やはりちょっと時間がかかりました。

──以前、『恋のヴェネチア狂騒曲』(2019年)という作品でも、可愛い小間使いを演じていましたが。

池谷 あれはザ・コメディという作品でしたから(笑)。これはそうしたコメディではないし、全体の雰囲気から逸脱してしまうとちょっと違ってしまいます。かといってそのままの私では10代の小間使いには見えないので。

──例えばカマトトぶるみたいな演技はしないでおこうとか?

池谷 いえ、ある程度カマトトぶらないとドゥニャーシャはできないので、それをどこまでやるかみたいなところは腐心しないといけないと思っています。でもいろいろやっていくうちに、チェーホフがなぜこの人物を出したのか、この人の役目は何なのかなと考えると、こういうことかなとか、ああいうことかなと、色々と考えることは多いですね。

──ドゥニャーシャは田舎育ちですね。だから純粋で純朴で、それもあってパリ帰りのヤーシャや都会のキラキラしたものに憧れてしまうのかなと。

池谷 表面的にはそれもあると思いますが、この作品はチェーホフさんの最晩年の作品ですし、このあとすぐにロシア革命が起きますよね。ですからもしかしたらこの戯曲に出てくる人たちにとって、ここが一番幸せな時期だったのかもしれないなと思ったり。それに、みんなはそれぞれに悩みや苦悩もあるけれど、ドゥニャーシャは何も考えないままでいいのかなとか。そして、チェーホフさんがこの役に託したものは一体何なのだろうと、そこがとても気になっているんです。

KERAさんが使いたい言葉で描いた『桜の園』

──お二人はわりと同じ時期からそれぞれの劇団で活躍されて、2000年のナイロン100℃『ナイス・エイジ』で初共演、そこから何度も共演されていますが、そんなお互いについてリスペクトしていただけますか。 

峯村 のぶえちゃん自身が先程言ってましたけど、最初にこの役がわからなかったというところ、ちょっとカマトトぶらないといけないというところ、からの今現在のドゥニャーシャという役の精密度がすごいんです。

池谷 リエさんから初めてそんなことを!(笑) 

峯村 そこに至るまでに本当にいろいろ考えてきたんだろうなと。昨日の稽古を見ていたときにも、ちゃんと埋まってきたというか、ドゥニャーシャがみっちりと埋まってて、素晴らしいなあと。

──池谷さんは例えばコラムの文章などを拝見すると、とても論理的だなと思うのですが、そういう論理的な思考の人なのに、お芝居は頭で作ったものではない表現ができるのはどうしてなのかなと。

池谷 お芝居についてはそんなに論理立てて考えるというのは得意じゃなくて、わりとこうしたい、ああしたいというもの、こういうのが見つかったなというものなどが、頭の中にバラバラにあって、それを1個のある形の箱みたいなものに入れたい。そして、入れられたというとき、ちょっと完成に近づくのかなと。

峯村 すごいねそれ、そういう作り方なんだ。でもたぶんみんな、それぞれ作り方が違うんでしょうね。

池谷 以前、女優は私とリエさんだけという公演で、数カ月ご一緒していたとき、なんとなくお互いの演技の仕方みたいなものについて話したんですよね。そしたらお互いに作り方がまったく違ってて。

峯村 そう、まったく違うのね(笑)。

池谷 それが判明したときに、今までリエさんを知ってた気でいたけど、「そうか! リエさんはこういう作り方をしていたんだ!」と改めて分かって。今回はそれから初めてご一緒する公演で、それにあまり絡む場面がないので、とても客観的にリエさんの演技を見ることができているんですが、やはりリエさんも稽古初めと今とでは全然違うんです。

峯村 本当!? 嬉しい(笑)。

池谷 私はリエさんのお芝居の面白い演技もすごく好きなんですけど、すごく切ない演技というか、リエさんの悲しそうな佇まいとかが好きで、今回のワーリャではそれがすごく見える瞬間が沢山あるので、もし客席にいたら絶対に泣いちゃうだろうなと思うし、すごく素敵だなと思って見ているんです。

──峯村さんは、さりげなく大人の女性の哀感が出せる俳優さんですね。

池谷 そう! そういうのが素敵なんです。哀しいのが似合うといったらちょっと申し訳ないですけど(笑)。

──そんなおふたりが出演される『桜の園』の舞台が本当に楽しみです。最後に改めてメッセージをいただけますか。

峯村 『桜の園』という作品は名作ですし、いろいろな舞台を観ていらっしゃるお客様も多いと思いますが、今回、主役級の皆さんが勢ぞろいしていて、群像劇ではありますけれど、どの人物も魅力的で、ものすごく面白いドラマが観られます。このKERAさん的『桜の園』を、ぜひ沢山の方々に観ていただきたいです。

池谷 リエさんがおっしゃったように、他の公演で『桜の園』をご覧になっている方も多いと思いますが、今回はKERAさんが上演台本に描き直して、KERAさんが使いたいと思う言葉になっています。そのため演じる側にとっても翻訳ものにありがちなストレスがないし、お客様にとってもきっとなじみやすい言葉になっていると思います。そういう意味では、絶対に今回しか観られない『桜の園』ですので、ぜひ観ていただきたいですね。

峯村リエ 池谷のぶえ 

 
■PROFILE■
みねむらりえ○東京都出身。1989年ケラリーノ・サンドロヴィッチ主宰の劇団健康に参加、解散後、1994年ナイロン100℃の旗揚げに参加し、主要キャストとして活躍中。外部舞台はもちろん映画やドラマにも幅広く出演している。近年の外部出演舞台は、『ミネムラさん』『骨と軽蔑』『ピエタ』『帰ってきたマイ・ブラザー』『ショウ・マスト・ゴー・オン』『ザ・ウェルキン』『ほんとうのハウンド警部』など。 

いけたにのぶえ○茨城県出身。1994年、劇団「猫ニャー」(後に「演劇弁当猫ニャー」)の旗揚げから解散まで参加。以降は舞台や映像で活躍中。2023年の『我ら宇宙の塵』『無駄な抵抗』の演技で第31回読売演劇大賞最優秀女優賞を受賞。近年の主な出演舞台は、『正三角関係』『あのよこのよ』『寸劇の館』『帰ってきたマイ・ブラザー』『重要物語』『À LA MARGE(外の道)』など。

【公演情報】
シス・カンパニー公演 KERA meets CHEKHOV Vol.4/4『桜の園』
作:アントン・チェーホフ 
上演台本・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
キャスト:天海祐希 井上芳雄 大原櫻子 荒川良々 池谷のぶえ 峯村リエ 藤田秀世 山中崇 鈴木浩介 緒川たまき 山崎一 浅野和之 ほか
●12/8〜27◎東京公演 世田谷パブリックシアター
●2025/1/6〜13◎大阪公演 SkyシアターMBS
●2025/1/18〜26◎福岡公演 キャナルシティ劇場
〈公式サイト〉https://www.siscompany.com/sissakura2024/  


 
【取材・文/榊原和子 撮影/田中亜紀】

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