名作『華岡青洲の妻』田中哲司インタビュー

稽古場で足掻いた痕跡を見てほしい
有吉佐和子の代表作の一つで、1966年に発表されて以降、映画、ドラマ、舞台と様々な形で愛され続けている名作『華岡青洲の妻』が、7月10日~23日まで京都・南座にて上演中だ。(そののち7月26日・27日に福岡・久留米シティプラザ、8月1日〜17日には東京・新橋演舞場で上演)。
華岡青洲の妻・加恵役に大竹しのぶ、華岡青洲役に田中哲司、加恵と熾烈な嫁姑争いを繰広げる青洲の母・於継に波乃久里子を迎えるという、豪華な顔合わせとなっている。
その舞台で、江戸時代後期に世界で初めて全身麻酔による手術を成功させた実在の外科医・青洲役を演じる、奇しくも本作と同じ1966年生まれの田中哲司に、この舞台に挑む今の思いを聞いた。(「えんぶ8月号」より転載。)
青洲を「偉い先生」としては作りたくない
──まず、この作品のお話が来た時の率直なお気持ちをお聞かせください。
オファーをいただいた時、過去にどなたが青洲役を演じてこられたかをお聞きしたのですが、その顔ぶれにちょっとクラクラしてしまいました。自分にはジャンル違いじゃないかなと思い、「大丈夫かな」と(笑)。でも、しのぶさんと波乃さんとご一緒できるというのはとても幸せなことですし、こういうチャンスは絶対に逃しちゃいけないと思って、飛び込んでみることにしました。
──青洲役もそうですし、加恵役や於継役も錚々たる俳優さんがこれまで演じていますよね。
ちょうど昨日、杉村春子さんが於継役でご出演されたときの映像を拝見しました。青洲役は先代の團十郎さんで、とにかく素晴らしかったです。作品も見ごたえがありましたし、杉村さんと團十郎さんというマッチングも素晴らしいですね。演技スタイルの違うお二人の混ざり具合が面白くて、でもちゃんと親子に見えるんです。思わず巻き戻して繰り返し見てしまいました。親子は血の繋がりがあるので、そこの関係性を演技で出すのは難しいなという思いもありますが、僕も波乃さんと親子に見えるように、波乃さんに「息子だ」と思ってもらえるように頑張らないとな、と思っています。
──波乃さんは、加恵役や小陸役で何度も本作にご出演されてきました。これまでご出演されたときのお話しなど、何かお聞きになりましたか。
杉村春子さんのこととか、色々とお聞きしました。本作に関して膨大な知識をお持ちなので、こちらからお聞きすると何でもすぐに教えてくださるんです。この作品にずっと関わっていらっしゃったんだな、ということが伝わってきて、本当に心強いです。
──青洲という役について、現時点ではどのような人物だと捉えていますか。
いわゆる「偉い先生」としては作りたくないなと思っています。もちろん医者としての尊敬はあるのですが、どちらかというともうちょっと身近な、ちゃんと泣いたりもするし笑ったりもする、人間らしい感じでやりたいなと思っています。実際、有吉先生の原作もそういうふうに書かれていると思うんです。最初に読んだときに、すごくエンターテイメント性もあるな、と思いました。加恵と於継の嫁姑のやり取りも、見ようによってはすごく滑稽ですよね。読むまではもっと堅い話だと思っていましたが、その時代、その環境で与えられた状況を一生懸命生きている人たちの集合体によって話が進んでいくのが、とても面白かったです。
──青洲は、医者として尊敬され、人間としても愛される人物ですが、信念にまっすぐ過ぎるがゆえに利己的なところも表れています。
本当に自分の興味あることになると目の色を変えて夢中になってしまう、やっぱり変わり者だなと思うシーンもあって、そこをしっかり押さえておくことは重要だな、と思いました。でも、とても難しい役ですよね。医者として優れているだけではなくて、人間的に魅力的でなければいけない。それをどうやって出していこうか模索中です。

苦しい稽古をやっておけば何も怖くない
──これまでの舞台出演歴を拝見すると、本当に演劇がお好きなんだな、ということが伝わって来ます。
やっぱり好きでもあり、嫌いでもあり、という感情が渦巻いていますね。演劇の怖さも知っていますし。でも、根本はやっぱり好きなんですよね。とにかく舞台上で自由になれるように、稽古の時は早めにセリフを自分の体に通しておきます。そうすれば楽しい稽古ができると思うので。自分の血となり肉となるようなセリフ回しで、バーッと喋れるようになって稽古に臨みたいと思っています。今はその前の苦しい段階です。
──お稽古で苦しい段階を経るというのは、舞台出演のときは毎回そうなのでしょうか。
そうですね、多分、僕はあまり器用な方ではないと思うんです。だから、すごく準備をして、セリフをしっかり入れていかないと、なかなか自由になれないんです。以前参加した作品で、本当に稽古がきついと感じたとき、稽古休みの日に稽古場を開けてもらって、1人で練習したこともありました(笑)。
──稽古休みの日なのに、休まず自主的にお稽古されたんですね。
休みだと思うと「チャンスだ」と思うんです。「一日中稽古やれるぞ」って。稽古日は他の人の稽古もあるから、自分の出番がない時間もあるじゃないですか。稽古をしっかりやっておくと、本番もすごくタフになります。何も怖くないし、セリフを飛ばしても「別に次のセリフを言えばいいや」という気持ちになれる。苦しい稽古をやっておけば、すごく楽しい日々が待っている、と思ってやっています。稽古でいろいろ試して、いっぱいミスをして、演出家に叱られておけば、本番は怖くないんです。逆にそういうミスが少なくて順調すぎる稽古場だと、怖くなりますね。そういうときは、自分から苦しくします。最近よく一緒にやっている赤堀(雅秋)くんの作品のときなど、無理やり出ハケ口とか立ち位置を変えたりしてます(笑)。
──この作品を楽しみにしているお客様へのメッセージをお願いします。
この作品は、青洲の妻と母と青洲の3人がメインではありますが、群像劇だと思っています。本作を初めて読んだときに、様々な登場人物がこの時代をいきいきと生きている姿にとても感動したので、彼らの生き様をぜひ見てほしいです。
──田中さんご自身の、ここを見てほしいというポイントはありますか。
僕に関してはもう、稽古場で足掻いた痕跡を見てほしいです(笑)。これから限られた稽古時間の中でいろいろやってみるので、「ああ、この清州に辿りついたんだ」という感じで見ていただけたら嬉しいです!
【プロフィール】
たなかてつし○三重県出身。日本大学芸術学部で演劇を学び、栗山民也、長塚圭史、白井晃、赤堀雅秋の演出作品など数多くの舞台に出演。ドラマや映画でも活躍中。2015年シス・カンパニー公演『RED レッド』で第50回紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞。最近の出演舞台は『神の子』、『近松心中物語』、『ケダモノ』、『住所まちがい- Three on the seesaw-』、『ボイラーマン』など。

【公演情報】
松竹創業130周年『華岡青洲の妻』
原作:有吉佐和子
演出:齋藤雅文
出演:大竹しのぶ/田中哲司/田畑智子
武田玲奈 陳内将/長谷川稀世 曽我廼家文童/波乃久里子 ほか
●7/10〜23◎京都・南座
●7/26・27◎福岡・久留米シティプラザ
●8/1〜17◎東京・新橋演舞場
〈お問い合わせ〉チケットホン松竹 0570-000-489(10時~17時)
またはWEB松竹(検索)
【インタビュー/久田絢子 撮影/中田智章】