加藤健一事務所 vol.117『二人の主人を一度に持つと』上演中! 加藤健一・奥村洋治・土屋良太・増田あかね 座談会
加藤健一事務所では『二人の主人を一度に持つと』を、5月9日から下北沢・本多劇場で上演中だ(5月19日まで)。5月25日には兵庫県立芸術文化センターでも上演する。
この作品は1746年に書かれたイタリアの劇作家カルロ・ゴルドーニによる傑作コメディ。同時に二人の主人に仕えることで二人分の給料をせしめようとたくらむ男を主人公に繰り広げられるドタバタコメディ。口から出まかせ、デタラメ言いまくりの主人公、トゥルッファルディーノを加藤健一が演じる。共演には、清水明彦、奥村洋治、土屋良太、坂本岳大、小川蓮、佐野匡俊、加藤忍、増田あかね、江原由夏という個性豊かな役者陣が並んでいる。演出は鵜山仁が手掛ける。
《ストーリー》
18世紀、ヴェネツィア。とある男性主人の召使い・トゥルッファルディーノ(加藤健一)は、仕事中、召使いを雇いたいと言う別の男に出会う。「二人の主人に仕えれば、給料も2倍になる!」と思いついたトゥルッファルディーノ。主人が増えたことで起こる数々の難題を、ウソでごまかし乗り越えていく。けれども彼の周囲の人々は、男装中・婚約破棄・恋人との死別…などなど、カオスな状況。そこへトゥルッファルディーノのウソがとんでもない誤解を呼び、事態は大混乱!お調子者のトゥルッファルディーノ、果たして上手く場を収められるのか?
この作品で主人公のトゥルッファルディーノを演じる加藤健一。彼のウソに巻き込まれる人々、学者のドットーレ役の奥村洋治、宿屋の主人役の土屋良太、ドットーレの息子シルヴィオの恋人クラリーチェに扮する増田あかね。4人にまだ稽古入りしたばかりの時期にこの作品の面白さを語ってもらった。
恋人同士の父親役は、日本なら熊さん八っつあん!?
──加藤さんはこの作品は初めての上演ですか?
加藤 初めてです。イタリアの喜劇も初めてで、いろんな喜劇をやってきましたけど、たまには古典的なコメディもいいんじゃないかなと思ったので。
──物語的には主人公のトゥルッファルディーノが欲を出したことで、周りの人たちを振り回していくわけですね。
加藤 そうですね。若い2組の恋人たちの話に、それぞれの父親たちが絡んできます。
──この主人公のトゥルッファルディーノがすごいのは、2人の主人に仕えるわけですが、それを見破られないように立ち回ることで、そんなトゥルッファルディーノに振り回される出演の皆さんに、まずこの本を読んだときの印象から伺います。
奥村 読むにあたって、横文字の名前は苦手だなというのがまずあったので、自分の役とか皆さんの役名を確認していたのに、人の名前が出てくるたびに、これはどの人の役だっけ?とまた最初の配役表に戻って(笑)、すごく時間かかりました。とりあえず自分がイル・ドットーレ・ロンバルディということだけは覚えました(笑)。そしていろいろ下調べをしないといけないなと。そうしたら、息子の恋人の父親がパンタローネ・デ・ビゾニョージという名前なんですが、パンタローネとドットーレというのは、その時代のコメディにはコンビというか、掛け合い漫才みたいな2人として、いろんな芝居に出てくるらしいんです。そういうことが書いてあったので、これは面白いぞと思ってご機嫌になりました(笑)。
加藤 ちょっと日本の落語に似てるんです。落語でも熊さんとか八っつぁんが、ご隠居さんと一緒にいろんな話に出てくるじゃないですか。そういう名前なんですよ。
奥村 本人は法律家で学者でラテン語がどうのこうのって、ちょっとわかったふうなこと言うけど、実は何もわかってないんですよね(笑)。
加藤 でも真面目な役ですよ。
奥村 はい。真面目な役です(笑)。
好きだ!好きだ!と叫んで3組目の恋人に!
──土屋さんはこの本を読んでいかがでした?
土屋 僕も、作家の方が初めてだったのもあっていろいろ調べたんですけど、有名で今でも上演されている作品だと初めて知ったんです。読んでみると、どこかバカバカしくて、シェイクスピアでいうと『真夏の夜の夢』みたいだなと。恋愛が絡んでいて、バカバカしい仕掛けがあって、わかりやすいといえばわかりやすい喜劇だなと。でもゴルドーニさんが書いた当時は、その時代の社会の道徳観とかをひっくり返したみたいなことで批判が起こって、海外でやらざるを得なくなったと書いてありました。でもそういう意味では、国や時代を超えて上演される名作で、そういう作品に出られるのは嬉しいです。
──増田さんはいかがです?
増田 初めて本を読ませていただいたときに、コメディということですごく楽しく読んだんですけど、じゃあ自分がその世界に入ったとき、どう立ち上げていくんだろうという不安とワクワクの両方がありました。でも稽古でまず本読みをして、皆さんの声を実際に聞いたら、ここは面白くできるんだなとか、ここって面白いシーンなんだなという発見がどんどん生まれて、すごく楽しくなってきました。ただ、私はコメディは初めてで、自分がどうトライしていくかというのは、まだまだこれからなので。
──増田さんはシリアスな舞台が多いですね。
増田 そうね、シリアスな方が多いですね。今回いかに楽しく作っていけるかということに挑戦して、少しでもみなさんに追いつけるようにがんばります。
──加藤さんはこれまでもレイ・クーニーをはじめドタバタコメディは経験豊かですから、この作品は楽しみでは?
加藤 そうですね。ただ、お客さんにどう感情移入してもらうか、そこらへんが喜劇は難しい。そこはシリアスの方が感情移入しやすいんです。それとコメディはバババババと速く喋るから、すべっちゃうと気持ちが離れちゃうので、その辺は注意して作りたいなと思っています。
──この主人公のトゥルッファルディーノは、なかなか感情移入しにくいような気がします。
加藤 (笑)そうなんですね。だから気を付けないといけない。
──でも食べ物にすごく執着があったり、ちょっと愛嬌があって、そういうところは可愛い人物でもあるのかなと。
加藤 クラリーチェの召使のズメラルディーナに一目惚れしちゃうところとか可愛いですよね。好きだ!好きだ!って叫んで(笑)。3組目の恋人になるんです。
イタリアーノといえば奥村さんですから!
──奥村さんにも改めて役について伺います。イル・ドットーレ・ロンバルディは学識のある人物なのですね。
奥村 トゥルッファルディーノと直接やり取りする場面があんまりないんですが、息子のシルヴィオが振り回されているので関わってくるんですね。学者であることで、どこかの世間知らず的なトンチンカンぶりが見えると面白いかなと思っています。社会的には成功しているけれど、なんかガチガチで、一度こうと決めたら、お前が悪い、俺は正しいみたいなことになっていく。このガチガチぶりが笑いに繋がらないものかなと思っています。偉そうにしているけど、恋のことなんかなんもわかんねえだろお前、という感じになれば(笑)。
──加藤さんから見て、この役の奥村さんはいかがですか?
加藤 それはもう、イタリアーノと言えば奥村さんですから(笑)。
全員 (爆笑)。
加藤 イタリア人の男性の持つパワーといい加減さと、それとマザコンとか、そういうものを持ってるんじゃないかなと思って。
奥村 全然嬉しくない(笑)。
──土屋さんは、ホテルの支配人ブリゲッラです。
土屋 べアトリーチェが女だということを唯一知っている人間です。そこは喜劇としての摑みでもあって、この人がいつバラすのかなというところは、お客さんは多分見ていると思う。加藤さんが言ってましたけど、喜劇の掴みとしてはいいんですよね。でもその後はそれがそんなに生かされなくて(笑)、もうちょっとそれを知ってることで活躍できればよかったんだけど。
全員 (笑)。
土屋 あと若い人の恋愛が2組あって、加藤さんの面白い恋愛があって(笑)、「夏の夜の夢」じゃないけど、その狂言回しになればいいので。それから、劇中で出てくる料理を作る役なので、イタリアのよくわからない名前の料理とか調べました。やっぱりこういう料理なんだとわかっていたほうがいいから。プリンも出てくるんですが、イギリスのお菓子で実際に1700年頃はもうあったんですよね。意外と古くからあるんだなと。
──加藤さん、土屋さんをこの役にキャスティングしたのは?
加藤 やっぱりイタリアの旅館の主人といえば土屋くんでしょ。
全員 (爆笑)。
土屋 結局、見た目なんですね。
加藤 いや見た目もですけど、包容力というか、ベアトリーチェを守ってあげる、何かあるなと思ってるけど黙っている。その守ってあげるという感じがね。うん、奥村さんじゃ無理だなと。
奥村 え???(笑)
加藤 そういう優しさを持ち合わせた役なので。
土屋 確かに奥村さんにはその優しさはないです(笑)。
奥村 いや、ブリゲッラはベアトリーチェの秘密を知って、しめしめとか思って、いつバラしてやろうかとただ楽しんでるだけでしょ(笑)。
加藤 でも、お芝居ってすごいよね。女性が男装しても「これは男性ですよ」と言うと、みんながそれで観てしまう。全然不思議じゃない。シェイクスピアの頃は男性しかいなかったから、男性がずっと女性役をやってて、歌舞伎でも男性が女性をやってる。だから、「これは女なんですよ」と言ってしまえば、ずっと女として観ているというのが、お芝居のお客さんは身についてるんです。
──そして増田さんの役ですが、クラリーチェは清純という意味の名前で、とにかくシルヴィオを純粋に愛していますが、死んでしまった婚約者フェデリーゴのことは?
増田 (笑)やっぱりフェデリーゴのことはほんとに眼中になかったと思います。その潔さが、逆にすごい素敵だなと(笑)。この作品はやっぱり愛が大きなテーマだなと思っていて、セリフにも「愛している」、「離れたら死んでしまう」という言葉が結構出てくるので、ちょっと気恥ずかしさもあったりしたのですが、そのエネルギッシュな真っ直ぐさが共感していただけるのではないかと。ただクラリーチェもいろんな感情があって、さっきまで疑っていたベアトリーチェをすぐ信じてしまったり、愛しているからこそコロコロ変わっていくさまが可愛らしいというか、素敵だなって思えるところがあるので、それをちゃんと届けられたらと思っています。
──加藤さん、この役を増田さんに決めたのは?
加藤 この2人は王子様とお姫様の恋ですからね。お姫様といえばやはりあかねさんでしょう!
全員 (笑)。
ほかのものは削れても言葉だけは削れない
──今度は加藤さんについて話していただきます。奥村さんから見てどんな俳優さんですか。
奥村 すごい意地の悪い人で、人をなめてるというか、その手のひらでもて遊ばれてきたこの数年間です(笑)。と冗談はさておき、真面目に言うと本当に良い役者さんです。日本を代表する俳優ですから。
土屋 芝居で、なんでも受け止めてくれて、なんでも返してくれる安心感はすごいです。前回の芝居でも2人きりで絡む場面もあったんですけど、今回もちょっとあって、やっぱりガチで加藤さんと芝居できるのは嬉しいですね。それこそ長い間ずっと加藤さんの舞台を観ていますから、そういう加藤さんと一緒にできるのが、個人的にはすごく嬉しいです。
増田 私は今まで客席から加藤さんを拝見していたのですが、幸せにしてくれるエネルギーがすごい方だなと。加藤さんが演じている役も好きになりますし、加藤さんご自身も本当にそういう方だろうなという感じで、作品を通してファンになるというか、そういう魅力がすごい方だなと。ですから今回ご一緒させていただくにあたって、稽古から本番までもあらゆるものを吸収できたらいいなと思っております。
加藤 (奥村さんに)こういうこと言いなさいよ。
奥村 え!俺?
土屋 そうだよ(笑)。
奥村 俺、正直不動産なんだけど(笑)。
──共演してさすがだなと思ったことなどは?
奥村 舞台の上で余裕があるんですよ。で、僕がよくヘマをするんですけど、「これ、どうまとめるの」みたいな怖い目で見てくるんですよ(笑)。その目に負けないようにメンタルをすごく鍛えられました(笑)。
土屋 すごいなと思うのは、この作品もそうですが、いつも加藤さんが戯曲を選んでますよね。そしてその戯曲を読み込んで、ここは通じにくいとか、ここはつまらないとか、今回も演出の鵜山(仁)さんと話していましたけど、プロデューサーの目でちゃんと考えてるんです。同時に、役者として舞台に立ったときに、お客さんにまず届ける「言葉」というものについてちゃんと考えているなと。
加藤 総合芸術って舞台は言われますけど、でも言葉の芸術とも言われていて、やっぱり言葉が一番大事なんじゃないかなと。他のものは例えば予算がなければ削っていけるけども、言葉だけは削れない。素舞台でも芝居はできるし、太陽の光でもできるけど、言葉だけはなくしたら演劇じゃなくなっちゃう。だから言葉をすごく信用してるというか、言葉あっての演劇だと思うので、気を遣いますね。
昨日まで言ったことと全然変わっていいんだよと
──最後に改めてこの作品へのアピールを。
増田 やっぱり喜劇、コメディなので、観た方たちが幸せな気持ちになって、人生って滑稽だけど、だから面白いんだなというような、なんかちょっと救われた気持ちになってもらえる作品になったらいいなと思っています。
土屋 なかなか観られない喜劇で、加藤健一事務所でもまだやっていなかったような、そういう珍しい喜劇で、しかも1700年頃から今も上演されているということはすごいことで、そういう喜劇を本多劇場で観られるわけです。期待を持って来ていただきたいです。
奧村 僕はこの戯曲を読んで思ったのは、やっぱりイタリアーノの直情的な「好き」「嫌い」「死んでしまいたい」とか、コロコロ変わるところがいいなと。さっきまで「大好き」と言っていたのが、「死んでしまえ」とか。その変わりようは日本人にあんまり馴染みがなくて、さっきまでとどう繋がるんだ?というのがわからないけれど、今気が変わったからこうなったという。やっぱり日本人もそういうふうになってもいいんじゃない?と思うんです。そういう世界があるんだと、そうやって生きていってもいいんだよと、昨日まで言ったことと全然変わっていいんだよ、みたいなことを感じてもらえたらいいんじゃないかと思ってます。
加藤 日本には喜劇と悲劇と真ん中みたいなのがあるようなイメージがありますけど、 ヨーロッパとかでは悲劇以外は全部喜劇なんですね。だから人間劇も普通の笑わない芝居も喜劇なんです。喜劇の分類に入れているんです。だから「喜劇だから笑い」とイメージされると、この作品はちょっと観ている方も戸惑うかなと。つまりこれも普通の人間ドラマで、ただ、悲劇ではないというだけのことなんです。それからもう1つは、また新しい自分を見せられたらいいなと思っています。こういう面もあるんだというのをね。
【プロフィール】
かとうけんいち○静岡県出身。1968年に劇団俳優小劇場の養成所に入所。卒業後は、つかこうへい事務所の作品に多数客演。1980年、一人芝居『審判』上演のため加藤健一事務所を設立。その後は、英米の翻訳戯曲を中心に次々と作品を発表。紀伊國屋演劇賞個人賞(82、94年)、文化庁芸術祭賞(88、90、94、01年)、第9回読売演劇大賞優秀演出家賞(02年)、第11回読売演劇大賞優秀男優賞(04年)、第38回菊田一夫演劇賞、他演劇賞多数受賞。2007年、紫綬褒章受章。第70回毎日映画コンクール男優助演賞受賞(16年)。2024年、春の叙勲 旭日小綬章受章。
おくむらようじ○熊本県出身。1968年に劇団俳優小劇場の養成所に入所。卒業後は、つかこうへい事務所の作品に多数客演。 86年、劇団一跡二跳 旗揚げに参加。 07年解散まで全ての作品に主演。 09年、ワンツワンツーワークス旗揚げに参加。現在まで、ほぼ全ての作品に主演。加藤健一事務所への出演作は、『ハリウッドでシェイクスピアを』(16年)『喝采』(19年)他。
つちやりょうた○新潟県出身。早稲田大学卒業後、渡辺えり主宰の劇団3○○に入団。劇団員として数々の作品に出演する。1997年の劇団解散後は、ニ兎社、NODA・MAP、渡辺えり主宰のオフィス3○○への出演の他、映画、TVドラマにも進出。2018年には、本人プロデュースの演劇集団トレンブルシアターを旗揚げして活動している。加藤健一事務所への出演作は、『木の皿』(10年)他。
ますだあかね○東京都出身。劇団俳優座27期生、2015年入団。主な出演作品は『マクベスの悲劇』『七人の墓友』『クスコ』、22年 新劇交流プロジェクト『美しきものの伝説』名取事務所共同企画『カタブイ、1972』、23年『聖なる炎』など。
【公演情報】
加藤健一事務所 vol.117
『二人の主人を一度に持つと』
作:カルロ・ゴルドーニ
演出:鵜山 仁
訳:田之倉稔
出演:加藤健一 清水明彦(文学座) 奥村洋治(ワンツーワークス) 土屋良太 坂本岳大 小川蓮(扉座) 佐野匡俊/加藤忍 増田あかね(俳優座) 江原由夏(扉座)
●5/9~19◎下北沢・本多劇場
〈料金〉前売5,500円 当日6,050円 高校生以下2,750円(全席指定・税込・未就学児童入場不可)
※高校生以下(学生証提示・当日のみ)
〈チケット取扱〉各プレイガイド、 加藤健一事務所 03-3557-0789(10:00~18:00)
●5/25◎兵庫県立芸術文化センター
〈公演サイト〉http://katoken.la.coocan.jp/
【構成・文/榊原和子 撮影/田中亜紀】