今の”にざたま”を観てほしい!歌舞伎座「錦秋十月大歌舞伎」夜の部『婦系図』 片岡仁左衛門・坂東玉三郎 取材会レポート

明治期の初演から、新派の代表演目として練り上げられてきた、泉鏡花の名作『婦系図(おんなけいず)』。「切れろ別れろは芸者のときに言うことよ…」の名台詞でおなじみの「湯島境内」は、原作にはなく、新派の名優・初代喜多村緑郎の望みで鏡花が書き下ろした名場面だ。
10月2日に幕が開く歌舞伎座「錦秋十月大歌舞伎」の夜の部で、この『婦系図』が、片岡仁左衛門と坂東玉三郎によって上演されることになった(26日千穐楽、9日・17日は休演)。仁左衛門がドイツ語学者・早瀬主税を演じるのは、今回で6回目。玉三郎が、元芸者で主税の恋人・お蔦を演じるのは、なんと41年ぶり。そのほか、主税の師・酒井俊蔵に坂東彌十郎、主税とお蔦の仲をとりもつ小芳に中村萬壽などが、脇を固める。
歌舞伎界屈指の人気と実力を誇る”にざたま”コンビによる、歌舞伎ではなく新派『婦系図』での初共演は、歌舞伎ファンならずとも必見の舞台。
8月下旬、都内で片岡仁左衛門と坂東玉三郎による取材会が行われた。それぞれから挨拶の後、質疑応答に移った。

【挨拶】
坂東玉三郎 松嶋屋さん(仁左衛門)とこの数年ご一緒させていただいております。過去、『桜姫(東文章)』も2ヶ月にわたってできました。それから『(東海道)四谷怪談』、この間は「莨(たばこ)屋」と「強請り」(『於染久松色読販』)などもあり、これからどんなことが二人でできるかという話をしておりました。色々な演目が挙がったなかで、歌舞伎ではないのですが、(『婦系図』の)「湯島の境内」はどう?という話をしたら、「僕らが歌舞伎座でやるの?」と仰ってましたが、やりましょうと。松嶋屋さんが、「本郷薬師縁日」と「柳島柏家」の場面もつけたほうがわかりやすいと仰ったので、そうなりました。松嶋屋さんとは、『滝の白糸』『日本橋』など、新派の作品も数々やらせていただきましたし、松嶋屋さんも新派に客演なさって、新派とも親しくさせていただいた二人ですので、こういう企画になりました。


片岡仁左衛門 二人でお仕事をすることは非常に楽しいので、次は何をしようかとよく話しています。大和屋さん(玉三郎)が仰った通り、今年の2月に「これどう?」と言われて、最初は「えぇ?」と思いました。主税は好きな役ですが、「まだできるかな?」「大丈夫よ」「ならやろうか」と(笑)。今仰ったように、新派(作品)もいくつかご一緒しましたし、私も新派の劇団で、先代や当代の水谷八重子さんや波乃久里子さんたちと一緒にお芝居させていただいているので、新派も好きなんです。今回初めて大和屋さんのお蔦でやらせていただくので、もう一度勉強し直しますので、ぜひご覧くださいませ。


【質疑応答】
──主税の揺れ動く気持ちは、毎回どんな風に作られますか?

仁左衛門 毎回どんな風にやっていたかは忘れましたね。主税という人物に変わりはないものですから。やはり書生上がり、そして当時の師弟関係をしっかりと捉まえてやらせていただいています。今の時代の別れと当時の別れとは全然違いますから、その切なさが伝わればと。非常にしんどい役なんですよ。しんどい役はあんまり好きじゃないのですが、これは何か好きで(笑)。苦しんでいる間が一番難しくて、この役の大事なところでしょうね。

──主税がしんどいというのは、どの部分のことでしょうか。

仁左衛門 別れ話ですからね。先生に怒られてばかりいて、当時まだ修業の段階で彼女がいるなんてとんでもない話で(笑)、それを隠していたけど見つかっちゃって。しかも台詞にもあるように、別れる決意をしてからも、お蔦はそれを知らずに一生懸命尽くしてくれる。その間の、出ていない場面の苦しさ。いつ切り出そうかと悩んでいる苦しさ。そして打ち明けた後、説得するまでの苦しさ。ただ、湯島でお蔦に諭すところは大事だと思います。そこで生い立ちをお客様にわかっていただける。だから先生の言うことを聞かなければいけなかったんだ、と。

──玉三郎さんは、お蔦が本当に主税が好きで、妻に収まりつつあるのにうじうじする主税に何か言いたそうにしたり、楽しい気持ちもあり…というそのあたりの気持ちは。

玉三郎 お蔦に限らず、『滝の白糸』も『日本橋』もそうで、『日本橋』のお孝などは奔放な女性に書いてありますが、精神的には非常に似ているところがあって、今の恋愛感情とは、ちょっと違うかもしれませんね。ただ私たちの時代はそういう時代だったので、そのままやればいいのかなと。幸せではあまり物語にならないんでしょうね。でも、二人がお互いを思う気持ち自体は幸せだったと思います。だから、うまくいって幸せになるという話より、こうだから美しかったということもあるんじゃないでしょうか。

──お蔦という人の魅力は?

玉三郎 私が印象深いのは、先生からもらったお金をおさめて、「あなたより先に死ぬまで、人の髪を結って暮らします」と言う。こういう台詞が、やはりしみじみとしますね。手切れ金を、最初は「こんなもの」と言ってから、はっと気がついて、「先生がくださったんですね。もったいないことをしました」と言える。そういう時代の女、そういう時代の人間たちというものを感じます。先代の八重子先生が、『十三夜』をやっていたとき、「今こういうことってわかっていただけないと思うのよ。だけど、しんみりわかるというより、こういう人がいたんだなと思ってもらうしかないわね」と、当時すでに仰っていた。だから、私たちが力を尽くして、どっぷり共感できるかどうかはわからないけれど、こういう恋人たちがいたんだなと実感していただくことが大事なのかと思います。

仁左衛門 お蔦という人は、台詞でも言っていますが、主税が寝てからも賃仕事、朝起きる前から味噌漉し下げて朝ご飯の用意をしている。そうして尽くして尽くしてくれて、女性たちの世界では張り合っているところがあるから、一度は手切れ金も捨てようとするけれど、先生のご恩もしみじみとわかっている。そして言葉は悪いけれど、当時の女性の無学さもあるからほっとけない。そのお蔦が寂しく人の髪を結って過ごすと言う。そういうお蔦の見えていない姿を台詞でお客様にわかっていただく。でもそれが説明になってはいけない。お蔦に本当に惚れこんでいないと、主税という役はできないんです。そういうところは、演者の面白い、楽しいところですね。

──新派の台詞は、いつも心地よい独特の間(ま)があると思います。演じる側として、新派の台詞とは?

仁左衛門 新派でも色々ありましてね。この『婦系図』は、私の台詞に関しては、新派独特の台詞回しというのはそれほどではなくて。私は、花柳章太郎先生の映像を参考にさせていただいていますが、すごくリアルなんですよね。

玉三郎 ある種、歌舞伎の生世話物と境目がないくらいの味がありますよね。だから旧派と新派と言ったんでしょうし。今、過去の名優のものを観ると、そこにいる人みたいな感じがある。だからちっとも歌っている感じはしないよね。

──41年ぶりにこの作品を演じるということについては、どういう心境でしょうか。

玉三郎 無事にできるかしらという気持ちですね。特に初演は新橋演舞場だったし、(仁左衛門に)あなたも歌舞伎座でやってないでしょう? 歌舞伎座は広いので、広いところで二人でブツブツ別れ話をしなきゃいけない。お蔦は駆け出したり、若々しく動かなくてはいけなくて、それができるかしらと。30代前半だと、体も細いし、さっと着れば着れるけど、年齢を重ねてきて、どうやってお蔦の線が出るかという心配ですね。いくら稽古しても、やってみなきゃわからない(笑)。お蔦ができたら次が考えられるという感じです。お客様が入った歌舞伎座で、どのくらい自分が対峙できるかでしょうね。

──お二人が共演された作品で特に印象深いのは?

玉三郎 とにかくご一緒したのは、ほとんど大きな役で、『お染の七役』(『鬼門の喜兵衛』)、南北物では『桜姫』が大きいですし、『盟三五大切』は、亡くなった(初代尾上)辰之助さんと3人で作りました。あと(『忠臣蔵』)の「七段目」や「九段目」もやらせていただきましたし、『熊谷陣屋』とか…数限りないですね。

仁左衛門 本当にいっぱい挙がってくるね(笑)。

玉三郎 『吉田屋』なんて、松嶋屋さんが嫌だって言ってたのに、一番多いんじゃないかしら(笑)。

仁左衛門 あの頃の若さで『吉田屋』は無理だと思った。でも喜の字屋のおじさん(十四代目守田勘彌)が、とにかくやれ、若いうちに恥をかけと言ってくださって、やらせていただきました。『封印切』の忠兵衛より『吉田屋』が難しい。忠兵衛はストーリーでも持っていけるけど、『吉田屋』は役者で見せるお芝居という部分が大きいので。

玉三郎 『かさね』も多いですね。

仁左衛門 この人(玉三郎)は女方さんだから、(喜の字屋の)おじさんの追善をするのに『かさね』と『御所五郎蔵』をやらせていただいてましたね。私は、おじさんから受けた影響が非常に大きい。『鬼門の喜兵衛』があったから、(『桜姫』の)権助にも繋がったと思います。それまで、そういう役柄はやったことがなかったので。

──長く名コンビとして歌舞伎ファンに愛されているというのは。いかがですか。

玉三郎 先日も二人で対談があったのですが、縁というしかないと思います。こうして長く一緒にやって来られたのは。

──役者としてだけでなく人間的にも気が合う部分もありますか。

玉三郎 そうですね。私のほうが勝手ですけど(笑)。

仁左衛門 人間的にそういうところがなければ、芝居がもたないでしょう(笑)。

──お互いに合うところや好きなところは?

仁左衛門 今まで色々な方とこういう会見をさせていただいていますけど、こういう雰囲気になれる人って大和屋さんしかいないでしょう? とにかく、おじさんに可愛がられ、うちのお父さん(十三代目仁左衛門)に可愛がられ、親同士が仲良くて、その息子同士が自然と仲良くなって、不思議とできあがった。これも縁ですよね。

──ここ数十年での共演で感じる感覚と、20代10代でご一緒されていた時の感覚で変化したことがありますか。

玉三郎 やはりこの年代になって、お互いを思いやる気持ちが多くなったんじゃないかしら。それが一番大きいかしらね。

仁左衛門 そうやねえ。

玉三郎 若い時は、あれをしたいこれをしたいと思うけど、もうこの歳になったら、何ができるか、松嶋屋さんが何がやりたいと仰るかに、添っていく気持ちが大きいし、そうしたらもう余計なことはなくなるんです。今回もどうやったら「湯島」の2人になれるかに全力を尽くすしかない。若い時にこういう役をやった時は、どうしても段取りや形でやることがあったけど、でも今は一言一言がしみじみ実感があるから、そのまま喋ればいいんじゃない?(笑)だから「あなたより先に死ぬまで人の髪を結って暮らします」と平然と言えるかどうか、今自分で危険性を感じています(笑)。

──最後にお客様にメッセージをお願いします。

玉三郎 もちろん前(の場面)も付きますが、2人で「湯島」の場面を、どうやって滑らかに勤められるか、精一杯勤めたいと思うだけですね。開けてみなければわからない。

仁左衛門 今の私たちを観ておいていただきたい。

玉三郎 そうね。

仁左衛門 やはり、これから2人とも年を重ねていって、いろいろなお芝居が難しくなっていきますから。いつも大和屋さんとも言っていますが、半世紀以上コンビを組ませていただいて、お客様が喜んでくださる。本当にありがたいことなんですよね。でも残念ながら体力的にも衰えていく。いつまで続くか、そしていつまで皆様のご支持をいただけるか、不安でもあり、またそうならないように頑張らなきゃいけないと励みにもなります。とにかく、刹那刹那を大事にしていくので、その瞬間瞬間を観ておいていただきたい。


【公演情報】
歌舞伎座「錦秋十月大歌舞伎」
日程:2024年10月2日(水)~26日(土)
休演 9日(水)・17日(木)
出演:片岡仁左衛門、坂東玉三郎、中村時蔵、市川染五郎、中村亀鶴、上村吉弥、坂東彌十郎、中村萬壽、田口守 ほか
演目
◎夜の部 午後16時30分~
泉鏡花 作 成瀬芳一 演出
一、『婦系図』
本郷薬師縁日
柳橋柏家
湯島境内
早瀬主税 片岡仁左衛門
柏家小芳 中村萬壽
掏摸万吉 中村亀鶴
古本屋 片岡松之助
坂田礼之進 田口守
酒井俊蔵 坂東彌十郎
お蔦 坂東玉三郎
竹柴潤一 脚本 坂東玉三郎 監修 今井豊茂 演出
二、『源氏物語』
六条御息所の巻
六条御息所 坂東玉三郎
光源氏 市川染五郎
葵の上 中村時蔵
御息所の女房中将 上村吉弥
左大臣家の女房衛門 中村歌女之丞
比叡山の座主 中村亀鶴
左大臣 坂東彌十郎
北の方 中村萬壽
〈公演サイト〉https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/880


【取材・文/内河 文 写真提供/松竹】

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