加藤健一事務所vol.119音楽劇『詩人の恋』いよいよ開幕! 藤井ごう・加藤健一・加藤義宗 座談会
加藤健一事務所の傑作の1つで、2003年の初演から今回が5度目の上演となる音楽劇『詩人の恋』が、1月22日に本多劇場で開幕する。(2月2日まで。)
舞台となるのは1986年、オーストリア・ウィーン。
ある春の日の午後、マシュカン教授(加藤健一)のもとへ、アメリカ人ピアニストのスティーブン(加藤義宗)がやってきた。神童とも呼ばれたスティーブンだが、今は芸術の壁に突き当たっている。この状況を打破すべく紹介されたのは、声楽家・マシュカン教授のレッスンであった。初対面から気の合わない二人だったが、マシュカン教授が課題として出したのは、歌曲「詩人の恋」だった──。
第二次世界大戦の爪痕とともに生きる人々を名曲に乗せて描いた美しく響く音楽劇。ハイネの詩による、シューマンの連作歌曲「詩人の恋」を岩谷時子の訳詞に乗せて、カトケン&義宗が歌い、演じる。
この舞台の出演者、加藤健一と加藤義宗、そして演出の藤井ごうに、作品世界を語り合ってもらった。
加藤健一の稽古場は遊び心が満載
──音楽劇『詩人の恋』は2003年に初演されて、今回で5度目の上演となります。その魅力はどんなところにあるのでしょうか。
健一 この作品は、ハイネの詩にシューマンが曲をつけた連作歌曲「詩人の恋」の16曲とともにストーリーが進んでいきます。その構造がとても上手くできていて、それにクラシック音楽が題材というとちょっと硬い作品のように思われがちですが、これは意外と笑いを含んだドラマになっている。歌を歌ったことがないピアニストが歌を歌う、それがコメディとなっています。その一方で第二次世界大戦が残した影が描かれていて、その重さと軽さが良いバランスになっていて、僕はとても好きな作品です。
──今回は演出も相手役も新たな形での上演となりますが、演出の藤井ごうさんにとってこの作品の印象は?
藤井 今の加藤さんのお話にもありましたように、作品を彩る音楽がとても計算されて使われていて、よく出来た本だなと思いました。それに加藤健一さんがこれまで何度も上演してこられて、たいへん高い評価を受けてこられた作品なので、今回、僕が演出していいの?みたいな思いもありましたが、とくに新しくしようとか思わずに、この公演で演じるお二人が観客の方々とちゃんと繋がるように、僕ができることをきちんとやっていけばいいと思っています。
──藤井さんは加藤健一事務所作品は初参加ですが、加藤さんから見た藤井さんの演出は?
健一 とても丁寧で繊細な演出をする方なので、こういうデリケートな作品にはぴったりだなと。この作品は台詞の1つ1つのひだがとても細かいんです。コメディタッチで飛ばしていこうと思えばそうできる作品なのですが、ちゃんと拾っていこうとしたら細かいひだが沢山ある。そこをちゃんと拾って作ってほしかったので。
──デリケートということですが、音楽の入り方なども難しいということでしょうか?
健一 いや、このジョン・マランスという作家はもともと音楽家でもあったので、大学時代にシューマンの「詩人の恋」を自分でも歌ったことがあるらしく、音楽の使い方などは「ここでこの歌曲を何小節入れる」と全部指定してあるんです。そういう意味では音楽は指定通りやればいいのですが、やはり台詞の繊細なひだは稽古で作っていくしかないので、そこを藤井さんがどう演出してくださるかが楽しみです。
──藤井さんから見て加藤さんの稽古場はいかがですか?
藤井 加藤さんが作られる空間にはモノ作りの遊び心が満載で、そういう楽しさが溢れていて、僕があえて稽古場の空気を作り出さなくても自然に生まれてくるものがあるんです。だから稽古場に来るのがすごく楽しい(笑)。といっても初日はやはり緊張しましたし、僕の師匠の高瀬久男が加藤さんの作品をよく演出していたので、意識する部分もありました。でも始まってからはクリエイションの部分でお互いにリスペクトしながら作れているので、この楽しい空気をそのまま客席に届けられればと思っています。
なぜウィーンが物語の舞台になっているか
──そして加藤義宗さんは今回スティーブンを演じます。これまでこの公演は?
義宗 初演から全部観ています。すごく好きな作品ですし、加藤健一事務所の代表作の1つだと思っています。ただ自分がやれるとは思っていなかったし、ストーリーや印象的なシーンは覚えているのですが、畠中洋さんがスティーブンをどう演じていたのかは全然覚えていなくて、それは逆に良かったかなと。残像とか残っているとそれを払拭する作業が大変なので。それが今回は演出も藤井さんになって、美術も変わりますから。残っているのは加藤健一のマシュカン教授だけで(笑)。
藤井・健一 (笑)。
──加藤さんが今回、義宗さんをスティーブン役に選んだ意図は?
健一 義宗はピアノが弾けるので、それは大きいですね。天才ピアニストの役なのでピアノが弾けないとどうにもならない。あとは歌だけ苦労してもらえばいいので(笑)。
──藤井さんは、健一さんと義宗さんが親子であることを演出するうえで意識されたりしますか?
藤井 僕が意識してもしなくても、観ている方たちの頭にはそれが乗っかってくるとは思います。ただ、お二人は親子でありながら師弟関係でもあるので、それは今回の役柄に重なるわけです。義宗さんのスティーブンがトライをして、それをマシュカン教授が受け止めてというなかでマシュカンも変化していく。そんなふうに関係性が虚実ない交ぜになる面白さは、このキャスティングでないとあり得ないわけです。ですからそこは逆に大切にしていきたいですね。
──義宗さんはずっとこの作品を観てきたわけですが、今回、藤井さんの演出を受けていかがですか?
義宗 やはり今回はこれまでとはちょっと違ったものになるような気がしています。物語の底辺にある戦争の部分、これまでもそこは描きつつ、どちらかというと全体の調子はポップ寄りで弾けていたんです。でも藤井さんの演出は、もちろんポップな部分はありながらも、底辺にある戦争の面積が大きくなっている。そのうえで弾けるところはポップに弾けるので、この作品の持つ奥行きをより感じています。
藤井 僕としては、まずこの作品の舞台として、なぜウィーンという場所が選ばれているのかということから始まったわけです。そこから、俳優さんたちがそれぞれ立っている根元には何があるのか、そういうことをさりげなく問いかけながら作っていく作業をしていこうと。そして最終的には、俳優さんたちが立っている姿から、観ている方たちにどれだけのものを想像してもらえるのか、そこが大切だと思っています。
この公演のために岩谷時子さんが訳詞してくれた
──この作品のポップな感じや笑いは、マシュカン教授が作り出している部分が大きいと思いますが、加藤さんはこの人物像をどう捉えていますか?
健一 マシュカンは本来は子供っぽいというか、少年の部分をずっと持っている人だと。その人がたまたま暗い過去を持ってしまった。でも心がとても柔らかいので、相手の心をうまく開いていくわけです。
──教え方がとても上手な人ですね。そういえば加藤さんは、初演時にクラシック唱法を習ったそうですね。
健一 今も習っています。本当なら教師なのでプロの歌手よりうまくないといけないのですが、作家がそこはちゃんと考えてくれて、マシュカンが年をとってあまり声も出なくなったという設定にしてあるので、演じる役者が必ずしも歌がうまくなくてもいいんです(笑)。スティーブンがマシュカンの歌を聞いた第一声が「音程を1つ落としてますね」で、すでに衰えているというのをそこで説明してくれます(笑)。それにスティーブンについても、天才ピアニストだけど情熱を失っているということで、ピアノは弾かせずに歌を歌わせる。それも演じる役者がずっとピアノを弾かなくていいような設定にしてあるわけで、本当にこの作家はよく考えているなと思います。
──義宗さんも歌曲のレッスンをしているのですね。
義宗 3年前から習っています。実は今回の上演の話が出たのが3年前で、1年習ってみた時点でジャッジすると言われて(笑)、それで習いはじめたのですが、最初は喉がつらくて大変でした。でもなんとかジャッジでOKになりました。
──スティーブンが歌を歌わせられるのは、技術だけでなく感性の開放が必要ということですね?
義宗 そうですね。マシュカンは基本的に開いている人なんですが、スティーブンは閉じているというか感情を見せない人間なので。でもマシュカンに1曲ごとに強制的に心を開かれて、曲を追うごとにどんどんマシュカンのペースに引きずり込まれていくんです。しかもその1曲1曲がスティーブンの心境とうまくリンクしているんですよね。
藤井 この連作歌曲の中で歌われる内容で、マシュカンとスティーブンの心の動きもわかるようになっていて、でもミュージカルとはまた違う音楽の使い方になっている。そこはとても面白いですし、実によく出来た音楽劇だなと思います。
健一 この劇中で歌われるハイネの詩ですが、すべて岩谷時子さんが訳詞してくださっているんです。岩谷さんは僕の芝居をずっと観ていてくださっていたので、今度こういう作品をやるのでとお願いしたんです。ドイツ語の歌詞を日本語訳にするのはとても難しいとおっしゃりながらも、なんとか仕上げてくださった。ですから岩谷さんの歌詞で「詩人の恋」を歌うのはうちの公演だけなんです。
──それは貴重ですね。それに原語のドイツ語で歌うところもありますね。
健一 そうなんです。ドイツ語の歌詞も覚えないといけない(笑)。
義宗 僕なんかシューマンの曲自体、ほとんど聴いたことがなかったんですからね(笑)。
藤井・健一 (笑)。
義宗 でも日本語に訳されたものを聴くと本当に美しいなと感動します。音楽そのものの美しさが、日本語に訳された詞の意味でさらに心に響くんです。きっとお客様にも改めてシューマンのこの歌曲の素晴らしさが伝わるのではないかと思います。
お互いによって癒され、お互いを再生させる
──物語のもう1つのテーマとなっている第二次世界大戦の話ですが、後半でスティーブンがダッハウの強制収容所跡地を見に行きます。その場面と並行してオーストリアの大統領選挙の様子と、ナチズムに加担していた候補者が当選するという状況が語られ、マシュカンとスティーブンにもナチズムが影を落としていることが描かれます。
藤井 矛盾に満ちた世界の中で、矛盾に満ちた行動をしてしまう人間、そういう意味では人間自体が矛盾に満ちているのかもしれません。そういうテーマが全編に通底しているのがこの作品のすごさだと思います。
健一 この作品の構造で僕が一番好きな部分は、音楽で迷って助けを求めにきたスティーブンに、逆にマシュカンが助けられるというところなんです。二人はお互いによって自分の中の傷を癒されるとともに、お互いを再生させる。それが16曲の最後の曲の内容と重なるんです。「苦しみをすべて棺に収めて海に沈めよう」という歌詞で終わるんですが。
──本当にさまざまな思いを、美しい歌詞と曲で伝えてくれる作品ですね。最後に観にいらっしゃる方へのメッセージをぜひ。
義宗 クラシックというとちょっと難しく受け止める方もいらっしゃるかもしれませんが、まったく難しくありませんし、僕のようにシューマンを知らなくてもなんの問題もありません(笑)。基本的に弾んだ会話で笑えますし、そのまま内容に引き込まれていくという作品ですから、コメディを観るようなリラックスした気持ちで来ていただいて、楽しんでいただければと思っています。
健一 漫才みたいなデコボココンビみたいなやり取りで進んでいきます。そして世界でここでしか聴けない岩谷時子さんのハイネの訳詞を、その美しい詩を、シューマンの曲とともに受け取っていただければと思っています。
藤井 義宗くんの言ったように笑えるところが沢山ありますので、笑って楽しんでください。そして先ほども言いましたが、加藤健一さんと義宗さんという師弟関係の虚実の面白さのなかで、人間というものの奥行きを楽しんでいただければと思っています。
■PROFILE■
ふじいごう○東京都出身。演出家・劇作家。R-vive主宰。小劇場から新劇、ミュージカル、また俳優養成やプロレッスン、ワークショップコーチなど、その活動は多岐に渡る。高瀬久男(文学座)に師事。桜美林大学非常勤講師。燐光群『カムアウト2016←→1989』青年劇場『郡上の立百姓』椿組+親八会『海ゆかば水浸く屍』の三作の演出で毎日芸術賞第 19 回千田是也賞。メメント C『ダム』で文化庁芸術祭優秀賞など受賞。
かとうけんいち○静岡県出身。1968年に劇団俳優小劇場の養成所に入所。卒業後は、つかこうへい事務所の作品に多数客演。1980年、一人芝居『審判』上演のため加藤健一事務所を創立。その後は、英米の翻訳戯曲を中心に次々と作品を発表。紀伊國屋演劇賞個人賞(82、94年)、文化庁芸術祭賞(88、90、94、01年)、第9回読売演劇大賞優秀演出家賞(02年)、第11回読売演劇大賞優秀男優賞(04年)、第38回菊田一夫演劇賞、第64回毎日芸術賞(22年)、他演劇賞多数受賞。2007年、紫綬褒章受章。第70回毎日映画コンクール男優助演賞受賞(16年)。2024年、春の叙勲 旭日小綬章受章。
かとうよしむね○東京都出身。加藤健一事務所俳優教室17期生として父、加藤健ーより舞台のノウハウを学ぶ。舞台『シュペリオール・ドーナツ』(12年)『モリー先生との火曜日』(13年)ではW主演を演じた。近年の主な舞台出演は、『叔母との旅』『サンシャイン・ボーイズ』『夏の盛りの蟬のように』『灯に佇む』(以上、加藤健一事務所公演)、『更地 SELECT SAKURA V』(大森カンパニー)、『グッドディスタンス第五章』(本多真弓プロデュース)、『聖なる炎』(俳優座劇場プロデュース)。自身のプロプユースユニット義庵にて『審判』、『ちいさき神の、作りし子ら』などを上演。
【公演情報】
加藤健一事務所vol.119
音楽劇『詩人の恋』
作:ジョン・マランス
訳:小田島恒志
訳詞:岩谷時子
演出:藤井ごう
出演:加藤健一 加藤義宗
●1/22~2/2◎下北沢・本多劇場
〈料金〉(全席指定・税込)前売6,600円 当日7,150円 高校生以下3,300円※当日券のみ取り扱い、要学生証提示
〈チケット取扱〉加藤健一事務所 03-3557-0789(10:00~18:00)
〈公式サイト〉http://katoken.la.coocan.jp/119-index.html
【構成・文/榊原和子 撮影/田中亜紀】